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【3人声劇】演じるということ

■タイトル:演じるということ


■キャラ

金石一(かないしはじめ):男

幼少期から役者を目指す少年

高校で演劇部に入っている


志島緑(しじまみどり):女 

周りを惹きつける自然体な演技と声が特徴的な少女


大平昂(おおひらこう):性別自由 一人称や言い回しは変えてください

ぶっきらぼうだが、生徒想いの演劇部顧問

役者を目指していたが、諦めて教師になった過去を持つ


▼ここから本編

――――――――――――――――――――――――


大平:(NA)

60分…時計の長針がたった一周する間の短い時間

高校演劇はその60分に全てをかける…いったい彼らは舞台の上で何を思うのだろう

厳しい練習の記憶か…演技に込めた想いか…はたまた別の何かなのか

定められたルールの中ならば台本も脚本も演じ方も思うまま…

正解など無い…ただ、その場の人間の心を奪えるかどうか

これは全国に2000校以上に存在する演劇部の中の…たった二人のアクターにフォーカスした物語…

さぁ…幕が上がります


―――――――――――――――――――――――――――――――


志島:あなたを…愛しています…


金石:(NA)

それはまるで…魔法のようだった

彼女がスポットライトに照らされ、涙を流しながらそう呟いた瞬間…彼女の言葉はその場の全てを支配した


大平:あい、皆お疲れさん…えっと、そんじゃ総評ね…うん、結果から言えばいい出来だったな

舞元(まいもと)は中盤の長台詞…不安がってたけどよく頑張った

金石の演技に引っ張られて感情のノリが練習より良かったと思うよ

木崎(きさき)はあそこで噛んだのは痛かったけど、他は悪くなかった…動きが特に良かったよ…それから、3年生たちだけど…

※木崎は~辺りから徐々にボリュームを落とす


※大平の台詞とかぶせるように

金石:(NA)

新体制になったうちの演劇部が迎えた最初の舞台

順位はつかない発表会だったが、高い評価を得たのはわかった

全国大会上位に毎年食い込む強豪校…メンバーを導く顧問の手腕(しゅわん)はさすがと言う他ない

だが…その総評は僕の耳から流れて行った


(誰もいなくなったホールで金石は舞台の上にいる)


金石:あなたを…愛しています…か


志島:……それ、私の台詞だよね?


金石:…志島さん


志島:探したよ?…誰もいないステージって声響くね

はぁ…緊張したなぁ…初めての大舞台(おおぶたい)…

金石君は…どうだった?


金石:僕は今のベストを尽くせたと思う…総評も良かったしね


志島:先輩も金石くんもみんなすっごく上手だったもんなぁ


金石:志島さんも凄かった

告白の台詞…あの台詞がこの場所にいた全員を惹きつけた…観客も、裏方も…僕も


志島:…そんな…私


金石:ちょっとやそっとでできる演技じゃなかった

少し…羨ましくなるくらいだったよ


志島:あ、ありがとう…


金石:…みんな帰りの準備終わったの?


志島:あ、あぁ、うん

大平先生が呼んで来いって…


金石:わかった、ありがとう


――――――――――――――――――


大平:(NA)

志島緑はそのルックスと声で入学後すぐに校内で話題になり、それに目を付けた演劇部員にスカウトされてやって来た


金石:…あ、君も新入部員?…えっと名簿名簿…志島さんかな


志島:うん、志島緑!よろしくね、かねいし君!


金石:あ…かないし、金石一(かないしはじめ)っていうんだ


志島:あ、ご、ごめん…!


金石:全然、良く間違われるから…綺麗な声だね

一緒に演技できるのが楽しみだよ、よろしく


志島:え…あ、ありがと…

改めて、よろしくね金石君!

――――――――――――――――――


(志島の下手な演技)

志島:だって…ここであなたを止めなければ、あなたは行ってしまうのでしょう!


大平:あ~…志島はツラと声はいいけど、演技はからっきしだな

…あ、前半部分はオフレコで頼むわ


志島:それ…おもいっきり問題発言ですよ、大平先生

あんまりうれしくないですし…せっかく演劇部に入ったんだから演技力で評価されたいですよ

私だって、初心者ですけど先輩達と一緒に演技できるようにって本気で思ってるんですから


大平:でもなぁ、演技するなら顔とか声…まあいわゆる天性のものってのは大事なんだぞ

志島はさ、おしゃれカフェで出てくる1000円くらいのコーヒーと、金石が淹れたコーヒーの違いがわかる自信ある?


志島:…え、それは…ないですね


金石:僕のコーヒーは美味しいですよ


大平:そういう話じゃないの

みんなの頭には“うまいコーヒー”っていう概念があるだろ?

そのコーヒーに近しい物であれば、違いがわかんなくてもうまいってことはわかるよな?

このBOSSの缶コーヒーも、ドトールもスタバも、金石のコーヒーもうまいもんはうまい


志島:…まぁ、確かに?好みとかもありますけど…


大平:じゃあ、“うまい演技”ってなんだと思う?


志島:…えっと、それはぁ…う~ん


大平:たいていの奴は言語化できない

芝居の感じ方はなんて、コーヒーより好みの幅はずっと広くなる

…つまるところ演技の良し悪しはそのへんの素人にはわからないわけ

そんな時に大きな判断基準となるのが、ツラと声だ


志島:なんか暴論じゃないですか?

ドラマとか見てれば、下手だなあ、うまいなぁは素人目でもわかりますよ?


大平:そりゃあ、演技一本でやって来た役者と話題性だけで出演が決まったタレントが一緒に演技するドラマの中じゃあ、わかりやすい差が出るのは当然だ

でも、ツラや声が良ければ作品として見てられるだろ


志島:う…そう言われれば…そうですね…


大平:俺が思うに演技において大きな障害は…“違和感”だ


志島:違和感…ですか?


大平:その場面にそぐわない話し方、そぐわない表情、そぐわない素振り

その違和感の積み重ねは“作り物感”を生み、“下手くそ”という評価につながる


志島:確かに…うまい役者ってカメレオン俳優とか言われますもんね


大平:つまるところ、造形や声色が美しいやつが傾向的に多くなる演技の世界では、第一印象が評価の一端(いったん)を担(にな)っちまう

志島の言う通り、これは暴論なのかもしれないが…だとしてもイケメン美人なら響くシーンも、不細工が言えばコメディになっちまうことだってある

芝居、ひいては作品のクオリティを語るうえで無視することができない要素であることは否定できない

演技派じゃない3枚目俳優なんて、俺(私)はぱっと出せないね


金石:顔と声がいい…って言うのは、あまりにも明確な強みですから…羨ましい長所です


大平:…ツラはまあ…いろんな努力の方法がある…お前らが演技する舞台の上には高校生しかいないんだ、小奇麗にすれば大した差は生まれない

だが、声はどうしたって限界がある

でも…運よくお前にはそれが備わってるんだ

演劇において武器になるものはじゃんじゃん使うべき…ってのが先生の持論

そして、お前に必要なのは正しい武器の使い方だ


志島:う~ん、武器の使い方ですか…なんというかさっぱりですね


大平:志島の“方向性”を考えてみようか…それじゃあ、金石

ちょっと手伝ってくれるか?簡単な読み合わせをしよう


金石:…読み合わせですか?


大平:志島の演技指導なら…たぶんお前が適任だ

同級生だし


志島:適当ですね…金石君めっちゃうまいじゃないですか…


大平:金石は昔から演技をずっと頑張ってるからな…差があるのは当然だ

でも経験や知識だけじゃ語れないもんが演技には存在してる

この台本のこのシーン、ちょっとやってみてくれるか?


金石:少し…読んでもいいですか?

初めて見る台本なので


大平:あぁ、いいぞ、何なら書き込みしてもいい

志島は?


志島:私、解釈(かいしゃく)がへっぽこなので、どんな作品なのか教えてもらえますか?

読みながら聞きます…


大平:登場人物は大学に通う男女だ

後輩の女は先輩に恋してる…んで、後輩はそれを遠回しに知ってもらおうって頑張ってる…

でも、男の方はそれを拒否する、後半で語られる理由から後輩の気持ちを受け止められないんだ

理由は…57pを見てくれ


志島:な、なるほど…そんなに難しい漢字とかもなさそうだし…私頑張ります…!


大平:おし、金石はいける?


金石:大丈夫です


大平:よし、それじゃあ…スタート!


志島:ふぅ

(ここから志島の演技がスタート)

…先輩、愛って…何ですか?


金石:はは、唐突だな…哲学なら橋本の分野じゃないかな?


志島:先輩の話が聞きたいんです…ダメですか?


金石:…わかった

そうだな…作家のポール・ヴァレリーによると恋愛とは二人で愚かになること…らしい


志島:なんか…よくわからないです


金石:じゃあ、ドイツの詩人ローガウ…

ローガウは恋が入ると知恵が出ていくって言葉を残してるらしい


志島…恋すると人は馬鹿になるって言いたいんですか?


金石:多分、そういうことだと思う

でも…恋は落ちるものだって言うだろ?

どこまでも落ちて…落ちて、落ちて…正常な判断ができなくなる

それこそが愛って奴なんじゃないかな

…おっと…もうこんな時間か…俺、行かなきゃ、じゃあね


志島:あぁ…きっと、愚かになるのは私だけ

なのに私は、この恋に落とされ続ける

泥のようなこの恋に

(演技は終了し、会話に戻る)


金石:…


大平:…


志島:…あれ、ど、どう…でした?


大平:志島は…何を考えながらやった?


志島:…恥ずかしながら、過去に敗(やぶ)れた恋を


金石:…そっか、志島さんはそういう演技ができる人なんだね


――――――――――――――――――


大平:…おつかれ、金石


金石:おつかれさまです…


大平:随分長く残ってたな


金石:今日の録音聞いて反省をまとめていました…もっとうまくできるところがたくさんあったと思って


大平:お前は理論派だもんな


金石:先生もそうでしょ?


大平:指導者だからな


金石:…志島さんの演技…どうでしたか?


大平:うまかったと思うよ?

身振り手振り…表情、目線…改善できるところはまだまだあるけど…うまいと感じさせた

なんでそんなこと聞くんだ?お前もわかってたろ?


金石:…僕は演じる役がどんなキャラクターかを考えます…どんな生い立ちで、どういう考え方で、どういう理念を持っているのか…彼ならこの場面で、どういう表情で、どういうトーンでこのセリフを言うか考えます

たとえ誰かが決めたセリフでも、キャラ自身がどうしてそのセリフを言うことにしたのか考えます

明確なキャラクター像を思い浮かべ…金石一を殺してその台詞を言うべきキャラにチューニングしていく…

でも志島さんは違った…志島さんがあの登場人物に共感できた瞬間…志島さんは志島緑のまま作品のキャラクターになった

変に作った表情や声じゃない…違和感なく作品に志島緑を登場させていた…僕にはできない演技です


大平:…演技ってのはなにかしらの制約がある

だが、その制約を守りさえすればバーリトゥード…何でもありだ

…そう言うことが聞きたいんだろ?

お前の方向性、そして志島の方向性…どっちも正しくてどっちも間違ってる

観客も監督も忖度(そんたく)はしない

評価された奴の勝ちだ


金石:…羨ましいです


大平:プレイヤーは平等じゃない…お前もわかってるだろ?

お前がプロの世界で戦いたいなら…ちゃんと自分の武器を磨け


金石:…はい、ありがとうございます


―――――――――――――――――――――


志島:私が入部を決めてからたったの2週間 ほどで春季の発表会がやってきた

まだ演技のなんたるかなんて何もわからない…でも、“もしかしたら”

そんな不安と期待が私の胸を渦巻いていた


大平:…さて、次の公演は新体制になってから初の舞台だ

まぁ…新体制って言っても、3年はこれが最後の公演になるだろうけどな


志島:…ねえ、まるっと1年残ってるのに、どうして引退しちゃうの?


金石:…3年生がこれから全国大会を目指すと、スタートは9月頃…

ギリギリまで粘っても地区大会が限度なんだ

全国大会は年度をまたぐから留年でもしない限り出れないんだよ


志島:だから…キリよくここで終わりってこと?


金石:そういうこと


大平:春の発表会は順位が付く公演じゃないが…やるからには1番の評価貰うつもりで行くぞ

1年生は知らない奴もいると思うけどうちは3年生中心のAチーム、それから、1、2年生中心のBチームに分かれて出場するつもりだ

Aチームは去年から作ってた新作で行くけど、Bチームは過去作を演じてもらう

演目は「月を見ていた」だ


金石:月を…見ていた…!


大平:Bチームの役に関しては全員の希望を取るが…被った場合はオーディションだ

俺(私)と三年生で演技を評価する

詳しいスケジュールは部長から連絡させるから確認しとくように

以上だ


志島:…ねえ、金石君は何の役するの?


金石:主役を狙うよ


志島:そっか…じゃあ、私も狙ってみようかなぁ…ヒロイン

最近、金石君にも練習付き合ってもらってるし…私だってちょっとはうまくなったんじゃないかなって…思うしさぁ…なんて


金石:…志島さんはあの台本知ってる?


志島:へ?いや…初めて聞いたけど…


金石:あれはうちの演劇部が初めて全国大会で優勝した演目なんだ

当時の部長が台本の骨組みを作ったらしい

…小学生の時観たんだけど、衝撃を受けた演目だよ…録画も数え切れないくらい見てる

あれは…そういう演目なんだ


志島:そ…そっか…?


金石:ヒロインを狙うなら先輩たちと本気でぶつかることになる

Bチームの先輩たちだって全国レベルの部員なんだ…1年生にメインどころを簡単に譲ってくれるほど優しくはないよ


志島:う、うん…そうだね…!

頑張るよ!!


―――――――――――――――――――――


志島:とは言ったもののですよ…不安でしかないです…

なんであんなこと言っちゃったんだろ…


大平:今のメンバーならヒロインぶんどったっていじめられたりはしないから安心しろよ


志島:そんなこと心配してません

初の舞台、初のオーディションだからやばいんです!

私だって練習はしてるつもりですけど…先輩達も金石君も私より歴が長いですし…


大平:お前がヒロインを目指すって決めたんじゃないのか?

そりゃあ歴の長さは大事だけどさ、それだけが全てじゃないよ…演技ってのは

あ、タバコ吸ってもいい?…一応ここ喫煙所だし


志島:あ、まぁ…はい、いいですよ

はぁ…ほんとに不安ですよ…あんな大見得(おおみえ)切っておいてこんなもんかって思われちゃう…


大平:まぁ、私って部員からスカウトされたし、めちゃくちゃ上手な金石君に稽古付き合ってもらってるし、自分もやってみよっかな~…くらいの気持ちのまま舞い上がって言っちゃったんだろ?


志島:…うぐ、ぐうの音も出ません…

あぁもう…身の丈に合った役を希望するべきだった…


大平:…志島はどうして演劇部入ったんだ?

スカウトされたって言っても、未経験者が軽い気持ちで入部するような部活じゃないだろ?


志島:あぁ…私ポンコツなんで…勉強も運動もそんな得意じゃないし…

前の学校ではバスケしてましたけど…万年補欠で…

そんな私でも受け入れてもらえる場所があるならって…心機一転ここで頑張ってみようって思ったんです

せっかく先輩達に誘ってもらったんですから…それが失敗だったって思わせたくはないんですよ…


大平:そっか…まぁ、頑張れよ

そうだ、金石にこれ渡してきてくれるか?

たぶんまだ教室にいると思うからさ


志島:え、はい、わかりました…


(大平を志島が見送る)


大平:大見得きったのに恥ずかしい…か…

…そんなことも言えなくなるだろうさ…“本気”の前じゃあな

―――――――――――――――――――――


(志島は手渡されたプリントを持って校舎を歩く)


志島:このプリント…わざわざ今渡すようなもんじゃないけどな…

ほんとにいるかもわからないし………あ、いた

金石君…何してんだろ


(人気のいない教室で姿見を見る金石)


金石:…こうかな


志島:…金石君?


金石:あれ、志島さん…?

どうしたの?今日は部活休みなのに


志島:い、いや…その…ちょっと頼まれごとで…金石君も何してるの?

鏡とにらめっこして


金石:動きと表情の練習

この台本のキャラならどう動くかを考えてたんだ

後は自分の顔とかスタイルが一番よく見える角度とかポージングを研究してる

セリフ言ってるときに棒立ちになると、なんか変だからね


志島:…そっか、なんだか…凄いね


金石:そうでもないよ…歴代の「月を見ていた」を演じた先輩の動きとか、雰囲気を参考にして、自分の動きに落とし込んでるんだけど…なかなかうまくいかなくて

…ほら、例えばこの場面…(自分のスマホを見せる)

この人は動きが少なくて、静かなトーンをキープしてるから張りつめた緊迫感がある…こっちは身振り手振りで自分の心情をわかりやすくアピールしてる

同じシーンなのに全然違うんだ…

自分の出せる声や雰囲気、そこに頭の中のキャラクター像を重ねていってるんだけど…結局は先人をなぞってるだけに思えて、なかなか納得がいかないんだよね


志島:私なんて…内容覚えて、嚙まないようにセリフ言うのでいっぱいいっぱいだよ

…ずっと考えてるの?…そういうこと


金石:まぁ、うん…考えてる…僕は自分に自信があるタイプじゃないから…

金石一じゃダメなんだ…自分じゃない誰かにならなきゃいけない…

そのためには考えないと…自分が納得できる形に言語化しないと不安でたまらないんだよ


志島:…金石君も不安なの?

そんなに上手なのに


金石:僕よりうまい人なんていくらでもいる

それに…ただうまいだけで評価される分野じゃないし…評価をうけるまでは、いつだって不安だよ…

だからせめて…僕は全力で準備したって…そのうえでどんな評価だって甘んじて受け入れるんだって…

表面的にでもそう思えるようになってないと…僕は本番に立ち向かえない


志島:なんだか…意外だった

金石君、いつも自信満々に演技してるように見えたから…


金石:ほんとにそうなら、最高なんだけどね

志島さんは…頼まれごとって何だったの?


志島:あっ…うん、これ渡すように頼まれてたの…!

邪魔してごめんね…!それじゃっ!


(志島はその場を後にする)


金石:…自信満々だったら…この演技のしかたはきっと選ばなかったよ


大平:いいねぇ…悩める若人たち


金石:先生…見てたんですか?

悪趣味ですよ


大平:どいつもこいつも教師に対する態度がなってねえな…

そろそろ教室閉めるから、追い出しの時間なの


金石:…先生、どうしてあの台本を僕たちの初舞台に選んだんですか?


大平:なんでそんなこと聞くんだ?


金石:…あれは新体制の一発目でやるような難易度の演目じゃないです


大平: はは、なんで初回の演目であんな難しい台本を選んだのか、ね…だって、そっちのほうが面白いだろ?


金石:…たまったもんじゃないですね


大平:褒めんなよ

ほら、荷物まとめろ


金石:はい、さようなら、大平先生


(金石もその場を去る)


―――――――――――――――――――――


志島:(NA)

後悔先に立たず…それが親の口癖だった

大人の小言だと思っていたけど…私は痛感した

今まで、本当に後悔するほどのものに…出会っていなかっただけだということを…


金石:志島は演目に“入れれば”強い

でも、そうじゃない役になるとどうしても“演じている感”が否めないかな…

この人の演技とか参考になるかもしれない


大平:駄目だな…感情が先行しすぎてて何言ってるかわからん

基礎からしっかりだ

焦ってもろくなことにならないぞ


志島:(NA)

私は浮ついていたんだ

うちの演劇部が強豪だっていうのは最初からわかってた…そんなところからスカウトしてもらって…褒めてもらって…すごく演技のうまい人達と一緒に演技をして…同じステージに立てている気がした

軽い気持ちでヒロインを目指して…不安になって…

私はずっと…本気なんかじゃなかった…スタートラインにも…立っていなかったんだ

本当に本気な人を前にして…私は…なんて恥ずかしい…


大平:よし、オーディションは明日だ

各々、先輩だりなんだりから聞いたアドバイスだのなんだのをしっかり復習するように

お前らがどんな状態でも、どんな仕上がりでも本番は来る

嫌でも来ちまう

ベストを尽くせ、やるしかないぞ

んじゃ、解散


志島:(NA)

そうだ…私は…やるしかないんだ!


―――――――――――――――――――――


大平:んじゃ、配役については後で連絡網にメールするから確認してね

何か聞きたいことがあったらその後質問に来い

そんじゃ…解散


金石:お疲れ様でした

…志島さん、片付けするから手伝ってくれる?…大丈夫?


(かなり落ち込んだ様子の志島、から元気で話す)

志島:大丈夫…ちょっとオーディションが全然駄目だっただけ…


金石:そうなの?


志島:うん…はぁ…もっと前からしっかり練習していれば…


金石:…僕は、志島さんは前からしっかり練習してたと思う

特にこの1週間はすごかった

どんな結果でも…僕は驚かない


志島:うん…とにかく結果を待つしかないもんね…


金石:そうだね…


志島:(NA)

その次の日に送られてきた配役リスト…

主役ではないものの、メイン級の役として金石君の名前があった…そしてヒロインの欄に私の名前は載っていなかった…


―――――――――――――――――――――


大平:最近の志島はすごいな

目に見えてわかるよ…前とはずいぶん違うってな


志島:…ヒロインは駄目でしたけど、役はもらえましたから、せめて精一杯やりたくて

…この役をしたかった人だっていたはずなんです

役を貰ったからには…真摯(しんし)に向き合わなきゃ


大平:よかったよ、志島のけつに火が付いてさ…

羨ましいなぁ、本気な奴がすぐ近くにいてよ


志島:…もしかして、前に私にプリント持っていかせたのって、そのためですか?


大平:怒るなよ?

…演技なんて、つきつめればエゴイズムみたいなもんじゃないかと俺(私)は思うわけ

まだ日の浅い志島が本気の出し方がわからないのも無理はない

だから本気ってやつがどんなもんなのかを知ってほしかったんだよ

金石は利用しちゃってごめんなんだけどな


志島:…あとで金石君にお礼言わなきゃ


大平:…なぁ、志島


志島:は、はい


大平:俺(私)は顧問だからさ、生徒一人一人の努力や希望とは向き合いたい

ここ最近のお前の努力は部内でもトップクラスだと思う…

でも…俺(私)は監督でもあるんだ

劇そのもののクオリティつまりは努力の先の結果を無視することはできない

お前にヒロインをさせてやれなかったみたいにな


志島:それは…そうですね…


大平:じゃあ希望もしていなかったあの役にお前を据えたのはなんでだと思う?


志島:え?そ、それは…


大平:色々考えてみてくれ…期待してる、がんばれよ


志島:はい…あれ、そういえば金石君はどこだろ…?


大平:あっち、気になるなら様子見てきたらどうだ?


志島:じゃ、じゃあ、邪魔にならない程度で


―――――――――――――――――――――――――――――――


(校舎裏、金石が地面に座り込むようにして息を切らす)


金石:はぁ…はぁ…はぁ…


志島:…飲む?


金石:あれ、志島さん…?

ありがとう


志島:大丈夫?座り込んでるからびっくりしちゃった


金石:ちょっと…おっきい声出すセリフを読んでたから…息吐ききったら頭くらくらしちゃって…

どうしたの?こっちまで来てさ


志島:ホールにいなかったから、ちょっと気になって


金石:そっか…集中したくてこっちに来てたんだ

…いや…ごめん、ちょっと違う…悔しかったんだ


志島:え?


金石:月を見ていたにはかなり思い入れがある

練習だって続けてきた…歴代の主役の演技を見て…僕ならどうするかをずっと考えてきたから…

でも負けた…負けたんだ


志島:…でも相手は3年生だし…最後の舞台だし


金石:僕には関係ない…オーディション、負けたくなかった

…あの先輩の顔を見ると悔しすぎて…まだ割り切れないんだ

…志島さんは凄いと思う


志島:…何が?


金石:…僕が初めてオーディションを受けたのは、9歳の時だった

周りはもっと小さい時からずっと演技をしてきた子役ばかりで…僕は完膚なきまでにボコボコにされたよ

その時思ったのは…自分なんかが勝てるわけない、だった

みんな自分よりたくさん練習してきてるんだ…当たり前の結果だろって…開き直ってふてくされて腐ってた

あれから何回オーディション受けても、選考で落ちれば程度の差はあれ腐ってる

志島はさんはもう立ち上がって、前を向いて自分の役に打ち込んで、向き合ってる…凄いと思うよ


志島:…悔しいけど、まだ悔しがれるほどじゃないから…私

あれ…なんか変なこと言ったかな…はは


金石:悔しい気持ちは誰だって持っていいものだよ

悔しさの発散の仕方は…時と場合だけどね…

でも悔しくなきゃ成長できない

演技の悔しさは演技で返さなきゃ意味が無い


志島:…ねえ、ちょっと読み合わせしない?


金石:え?


志島:…私たち、結構絡むでしょ?

ちょっと合わせてみようよ


金石:…そうだね、じゃあ、このシーンから行こうか?


志島:いいね、じゃあ私から


金石:うん、それじゃあスタートまで3,2,1…


―――――――――――――――――――――――――――――――​


大平:(NA)

いつも通りにやる…

それはこれ以上なく難しいことだ

舞台、客入り、シチュエーション

何をとっても特殊な空間…それは、プレイヤーからいつも通りを奪ってしまう

もちろんそれは…


志島:…あわわわわわわ


金石:大丈夫?セリフ飛んだりしてない?


志島:それは大丈夫…絶対に飛ばさない…けど

口回るかな…緊張して力入ってるかも…

金石君はすごいね…落ち着いてて


金石:ううん…緊張してるよ

僕は好きなんだけどね…本番のこの空気


志島:私はまだこの状況を楽しめる状態じゃなさそう…

はぁ~大丈夫、いつも通り、いつも通りにやるだけ


金石:…志島さん


志島:なに?


金石:いつも通りってすごく難しいと思うんだ

だってここはいつもと違う場所だから…だからいつも通りじゃないってことをまず受け入れる

いつも通りじゃないんだから、僕らもいつも通りにやれなくたってしょうがないんだよ


志島:え、でもそれじゃあ…


金石:今のは心持ちの話

僕が信じられるのは今までしてきた練習だけ

…僕はやれるだけのことをしてきた…いつもと違う環境だからいつも通りにやれないかもしれないけど…どうせ僕はいつも通りにしかできない

先に行くね…

ねぇ…僕は志島さんと一緒に舞台に立てて、嬉しいよ


志島:金石君…!


(少し間を取る)


志島:(NA)

金石君はうそつきだ

どうせいつも通りににしかできないって…そんなことないじゃない…

いつも金石君を見てきたんだ…経験が浅い私にだってわかる…


(舞台の上でセリフを言う金石を志島は眺める)


志島:いつもより…ずっといい


大平:(NA)やっぱり金石をあの役に据えたのは正解だった

何でも演じれることと、どんな役にもピッタリはまることはイコールじゃない

あいつなら、ぴったりはまると思ってたよ…さぁ、魅せてやれ…!


金石:(NA)

わかってる…先生が僕をこの役を割り振った意味

だから…それがこの場における僕の役割

主役は、主役だけでは輝かない…なら全うするしかないだろ


大平:(NA)

そうだ…主役を主役たらしめろ

他の奴らを引き上げろ…お前が導火線だ…観客の胸にドカッと響くその瞬間をお前が作りだすんだ!


金石:(NA)

このキャラクターならどうする…

目線は、手ぶりは…?それはなぜ…彼の生い立ちか?人間関係か…?

この行動に納得感を…集中しろ…思考を止めるな…!


大平:(NA)

よし、金石は心配してなかったが、志島も安定してるな

だが…安定じゃダメだ

その役ならお前の武器がもっと光るだろう…!

だからお前をそこに据えたんだ…!


(少し間をあける)


志島:(NA)

不思議な感覚だった…演技と現実の境界がぼやけてる

私は今から主役に愛を伝える…決して届かない愛を…何度も読みこんだストーリー

何百回も考えた…私なら…志島緑ならこの場面で一体どうしたんだろう、どうすべきだったんだろう…

それを思うと涙が止まらなくなった…ダメだ、台詞を…!

ちゃんと…私の台詞を!!


(少し間を取る)


志島:あなたを…愛しています…


金石:っ…!?


大平:…食ったな


志島:(NA)

…まるで別の世界に生まれ変わったようなしたような…そんな気分だった

気づいたら…大きな拍手の中、客席に向かって頭を下げていた


―――――――――――――――――――――――――――――――


大平:…お、戻って来たな?

んじゃ、バス乗るぞ~

3年から先に乗れ、奥から詰めてけよ~


金石:遅れてすいません…志島さん、先乗っていいよ


志島:うん、ありがと


大平:…おし、全員乗ったな

んじゃ出発するぞ~

…すいません、お願いします


志島:…金石君


金石:…なに?


志島:さっき、ホールで羨ましいって…どういう意味?


金石:…ううん、何でもないよ

どうだった?初舞台


志島:…緊張した、すっごく

…でもなんだか途中から…ここじゃない世界…

本当に月を見ていたの世界に入れたみたいな気分になれたの

…ちょっと変なこと言ってるかもだけどさ


金石:そんなことないよ…


志島:金石君もある?そういうことって


金石:…まだない

でも、自分じゃない何かになれた気がしたことはある…

自分が完全に別の存在になったような気分…志島さんとは反対だね


志島:それって…いつの話?


金石:…小学生の時だったかな

…オーディションの時にね

そのオーディションは落ちちゃったんだけど…それが、心から演技が楽しいって感じた、最後だったかも

そこからしばらく落ちっぱなしだったしね


志島:今は…楽しくないの?


金石:そんなことないよ、でも…どうしても結果とか周りの演技を知って…現実に引き戻される感じがする…

その壁を越えた気がしても…また壁にぶち当たって…

ほんの少しの楽しい時間と長くて厳しい苦しい時間を交互に感じてる

昔は…演技してればいつでも楽しかったんだけどね

…でも、今日は楽しかったな


志島:そっか…


金石:…先生、今日の録画って


大平:ん?俺(私)?あぁ、あるよ?

あとでYouTubeにアップするから確認してくれ


志島:え、YouTubeにアップするんですか?


大平:あぁ、そしたら確認が楽だろ?


志島:確かに…でもネットに上がっちゃうのか…ちょっと恥ずかしいな


大平:大丈夫大丈夫

限定公開だから関係者しか見れないよ


志島:あ、そうなんですね

…先生、今日の私の演技…どうでした?

個人向けに総評ください


大平:ん?そうだな…まぁ、いっぱい改善点があったかなぁ


志島:うぐ…やっぱり


大平:初舞台だからな

本番の雰囲気とか、みんなの演技につられて力が入ってた

活舌が怪しかったり、強調したいところがわからなくなってたのもちょっと気になった

まぁその辺はまたおいおい


志島:道のりはまだまだ長いですね


大平:入部してすぐだろ?まだまだ道の最初の最初だよ

んじゃ、ここからはいいところ


志島:は、はい!


大平:俺がお前をあの役に据えたのは、感情の動きが難しいキャラだったからだ


志島:そう…ですね…難しかったです


大平:強い恋心、それを抑え込んで平静を装う姿…

厳しい生い立ちからくる価値観…

あのキャラクターの人間性を理解するのは一筋縄じゃない…

でもお前はあのキャラに共感して、感情移入して…理屈じゃなくて感覚でキャラクターを理解した

そこからくる表情や、身振り手振り…そういうところが自然でスッと入ってきた

そしてあの台詞…


金石:あなたを…愛しています…


大平:そうそう

あの瞬間…間違いなく会場のスポットライトはお前にあたってた

主役はお前になったんだよ

頑張った成果だな


志島:あ、ありがとうございます…!


志島:(NA)

やばい泣きそうだ

流されるままに入った部活だったけど…皆と一緒にこの舞台に立てたことが…こんなにも誇らしい


金石:…先生、僕はどうでしたか?


大平:そうだな、お前には…


志島:(NA)

その後2人が何を話しているのかは理解できないくらい難しかった

でも、私の胸は熱かった

私もやっとこの部活の仲間になれたんだと…そう言ってもいい気がした

――――――――――――――――――――――――――――――


大平:金石?今日休みだけど?


志島:え、そうなんですか?


大平:あぁ、あいつはアクターズスクールに通ってるからな

今日はそっちらしい

向こうの先生のコマに空きが無かったんだと


志島:そう…なんですね…

見てほしかったんだけどなぁ…


大平:…それ、台本か?


志島:は、はい!


大平:へぇ…お前、物書きに興味あったのか?


志島:そんな大層なもんじゃないですけど…私も書いてみたくて

「月を見ていた」は昔の部長が書いたって聞いたので…


大平:…当時はまだ顧問じゃなかったから知らないんだが…

やっぱり考えるよな…この作品は、一体どうやって生まれてきたんだろう

どんな人が、どんな考えで創ったんだろうってさ


志島:…はい

高校演劇について色々ストーリーにしてみました…

まだまだ私のあっさい演技歴じゃちょっと深みも足りないし、つたないですが…


大平:こういうチャレンジは大歓迎だ

見せてもいいなって思ったら俺(私)にも見せてくれよな


志島:は、はい!


――――――――――――――――――――――――――――――


(スクールから疲れた顔の金石が出てくる)

金石:ありがとうございました…

はぁ…


志島:あれ?金石君


金石:…志島さん?

こんな時間に何してるの?


志島:ちょっと走ってて…その帰り


金石:体力づくり?


志島:うん、おっきい声出す演技とかすぐばてちゃうし…運動神経がそんなによくないから、ちょっとでもよくしようと思って

…ここでレッスン受けてるんだね


金石:うん…そう

なかなか…結果には繋がってない…けど


志島:そうなの?


金石:オーディションが近いんだけど…まだまだ出てもいいようなレベルになってないんだ

…一緒にレッスン受けてる同世代の奴らは先に進んでるのに…僕だけ取り残されてる気分


志島:そう…なんだ…

ごめん…なんて言ったらいいか…わからなくて


金石:いいよ…大丈夫

途中まで一緒に帰ろ


志島:うん

…ねえ、金石君


金石:何?


志島:もし…もし、よかったら…なんだけど…さ

大変そうだから全然後に回してもいいんだけどさ…これ読んでくれないかな…


金石:これ…台本?


志島:そう…台本…書いてみたの


金石:凄いけど…どうしてまた?


志島:初舞台から結構たって…練習も入部したころから比べれば慣れてきて…少し余裕が出たから…やれることを精一杯やってみたくて

自分で書いてみたら、他の人がどんな気持ちで台本作ったのかもわかるんじゃないかなぁって思ってさ…


金石:そっか…でも僕でいいの?

あんまり台本の批評とかしたことないよ?


志島:私だってないよ

でも…最初は、金石君に読んでほしくてさ


金石:…わかった…最近忙しいから、少し遅くなっちゃうかもしれないけど


志島:全然!空いてるときでいいから…感想聞かせてね…


金石:うん…必ず


――――――――――――――――――――――――――――――


志島:金石君…今日も休みですか…


大平:…そうだな

まぁ、こればっかりはなぁ

部活が本気じゃないとは決して言わないけど…あいつは仕事としてやってるんだ

今後の将来に直結するんだから、集中したい気持ちもわかるよ


志島:そうですか…そうですよね…


大平:…金石と一緒に演技できなくて寂しいか


志島:そんなことはっ…!?

…そんなことは…ありますね


大平:あら、意外と素直じゃないの


志島:入部してからずっとおんぶにだっこで引っ張ってもらったけど…

私はやっぱり金石君と一緒にやるのが楽しいですから…


大平:…なら、尚更今の金石のことはそっとしておいてやるんだな

お互いのためによ


志島:それって…どういう


大平:おしっ!時間だから部活始めんぞ~


志島:あっ…


――――――――――――――――――――――――――――――


(アクターズスクール近くの公園で一人泣いている金石)


金石:うっ…ぐす…うぅ…


志島:…あれ…金石…君?


金石:志島さん…っ!?

あぁ…えぇっと…ここで何してるの?


志島:いや…ちょっと帰り道で…


金石:そ…っか…ごめんね、変なもの見せて


志島:ううん…いいの

…何か…あったの?


金石:大したことじゃない…オーディションがだめだった…だけ…


志島:え、そう…だったんだ…


金石:最終選考までは残ったんだけど…榊原良平って人が選ばれてね

自信あったんだけど…どうにも…


志島:榊原って…あのモデルの?

そんな人も出てくるなんて…凄いんだなぁ…


金石:…そっか…凄い…か


志島:次のチャンスがあるよ、金石君すっごいうまいんだし…


金石:うまいだけじゃどうにもならないんだよ


志島:え…


金石:最終選考は…僕よりうまいって言われてる人だっていた

でも…負けた…負けたんだよ

演技経験なんて全然ない今を時めくモデルの話題性にさ…!

芸能の世界だからわかってたことなんだけど、皆やるせない気持ちだった


志島:…そう…なんだ…

でも、金石君がすごく努力してるは知ってるし…ルックスと話題性だけが役者になる道じゃないでしょ?

だから…諦めないで続ければ…


金石:志島さんに何がわかるの?

志島:え…そ、その…


金石:志島さんはほんの数ヶ月演技かじっただけじゃないか…


志島:それは…そうだけど…


金石: 志島さんにはわからない…ルックスや声…僕がどうやったって手に入れられない華を持ってて、強いコンプレックスもどうしようもない虚無感も持ったことないだろう!


志島:そんなの大なり小なりみんな持ってるものでしょ!

それに私が…ルックスと声だけで演技してるって…そう言いたいの…!?

確かに私は歴が浅いよ!でも…私だって追いつこうと必死で…


金石:本気で追いつけるって思ってた?


志島:え…


金石:どこかで思ってたんじゃないの?

私なんかが…先輩や経験者に勝てるわけないって…そう思ってたんじゃないの!?


志島:それは…


金石:僕が何年この道で戦ってきたと思ってる…!

努力なんて前提条件だ…どんなに駄目でもどんなに経験に差があっても負けるわけにはいかない…一回一回、演技については真剣抜いてやってるんだよ!

刺して刺されて、嫌になるくらい続けてるんだ!

僕らは自分が一番になるんだって、神経すり減らしながら本気で演技してる奴らと毎日毎日競い合ってる!

志島さんは始めたばっかりで…感覚で演技して、いい役貰ってさぞ楽しいだろうさ!

何したって評価されていい気分だろうさ!!

君なんかが僕らの技術に…気持ちに追いつけるわけがない…追いつかせるつもりなんて無い!


志島:金石君…


金石:はぁ…はぁ…あ…ごめん…


志島:ううん…ごめんなさい


大平:(NA

本気の出し方がわからないのも無理はない

だから本気ってやつがどんなもんなのかを知ってほしかったんだよ…


志島:(NA)

あぁ…私はなんて馬鹿なんだ


大平:(NA)

…なら、尚更今の金石のことはそっとしておいてやるんだな

お互いのためによ


志島:(NA)

先生の言ってたことがようやくわかった…

金石君はひどいことを言ったと思う…でも、それが金石君の剝き出しになった真剣なんだ

私はその真剣と打ち合えるだけの剣を持ってるだろうか…

…言い返せなかった…私はただ…それだけなのだろうか


――――――――――――――――――――――――――――――


志島:(NA)

次の日の朝、私の机に金石君が確認しただろう台本が入っていた

いいところや気になるところに付箋で丁寧にコメントが書き込まれている

所々ペンが違う…あれだけ忙しそうだったにも関わらず何日にもわたってしっかり読み込んでくれたのだろうことはすぐにわかった


大平:…なんでお前らここ来んの?

喫煙所だって言ってんじゃん


金石:…先生がここにいすぎなんですよ


大平:そりゃお前…辛い労働には煙の吸引が必要なの


金石:教頭先生は喫煙所撲滅しようとしてるじゃないですか


大平:あぁ…みたいね

こないだ志島とここで話した時に、何で服からたばこのにおいがするんですかってカンカンになっちゃってさ…

今や俺も電子タバコの人ですよ

(たばこの煙を吐き出す)

んで…?どしたのよ

まぁ大体想像はつくけどな…


金石:志島さんにひどいこと言いました


大平:それだけじゃ何もわからんだろ


金石:…僕は9歳から演技の道を志したんですが


大平:さかのぼりすぎだろ、ベタかよ

オーディション落ちて…偶然志島に会って、荒れたメンタルに任せてきついこと言ったんだろ?


金石:先生…エスパーですか


大平:志島から聞いた


金石:今までの時間返してください


大平:先生は正しい状況把握が大事なの


(少し間を置く)


金石:…聞いてもいいですか?先生はどうして役者諦めたのか…


大平:何?辞めたいの?


金石:違います、違いますけど…違いません…


大平:わかるよ…

辞めたいほどしんどいのに…辞められないくらい楽しい

ただ純粋に楽しみたいのに…純粋に楽しませてくれない壁が多すぎる

俺(私)はそういうのに負けた

何をやっても誰かの下位互換でしかない…そう感じちまったからやめたんだ


金石:…僕はどうするべきでしょうか


大平:やめたければやめればいい…まぁ完全にやめる必要なんてないしな

バスケ部が全員NBA目指すわけじゃない

身の丈にあうと思った場所で楽しく演技を続けるのもいいだろう

だが…金石はもやり続けるんだろうな…諦めて逃げたっていう事実に…


金石:そんなのわからないじゃないですか


大平:わかるよ…俺(私)もそうだ


金石:でも…続けるのも辛いですよ…


大平:当たり前だろ?

金石…身の丈は自分で決めろ…自分の立ち位置はっきりさせてから、志島と話せ

お前が志島にぶつけたもんをどうするのか…ちゃんと考えろ


金石:…はい


――――――――――――――――――――――――――――――


金石:(NA)

いい演技ってどれだけ悩んでもわからない

陸上みたいにタイムも出ないし、テストみたいに点数もつかない

仮にうまかったとしても、それで役がもらえるわけじゃない

将来役者として成功を収めるのは1%~2%

そんな役者の上澄みの上澄みを目指し続けるのに…僕は正直疲れていた


志島:(NA)

志島緑!よろしくね、かねいし君!


金石:(NA)

まぶしかった…


志島:(NA)

…はぁ…もっと前からしっかり練習していれば…


金石:(NA)

ただまっすぐに…楽しそうに演技に向かう志島さんが…羨ましかった


志島:(NA)…台本…書いてみたの


金石:(NA)

僕が飲み込んだもの、諦めたもの…


志島:(NA)

金石君…


金石(NA)

やめてくれ…僕は君にそんな目で見られる資格なんてない…!


志島:(NA)

金石君


金石:(NA)

もう…やめてくれ!!


志島:金石君!


金石:はっ…!?

あれ…志島さん…僕…


(教室の机で突っ伏して寝ていた金石を志島が起こす)


志島:よかった…起きた…大丈夫?うなされてたけど


金石:だ、大丈夫


志島;そんなになるまで教室で寝てたなんて…よっぽど疲れてたんだね


金石:いや…!あぁ…うん、疲れてた…みたい


志島:自分のことはわからないもんね


金石:あの、ごめん!


志島:…なにが?


金石:僕…志島さんに対して酷いこと言った

…本気で演技に向き合ってる人に言う言葉じゃなかった


志島:…ほんとだよ

新規参入者を折る言葉だよ


金石:ごめ…


志島:でも、正しかった


金石:…え


志島:私の剣は真剣どころかおもちゃのナイフくらいしかないんだなって思ったの

金石君が本気で演技の真剣を抜いたとき、私は戦えない

戦う覚悟も技術も持ってないから

でも…私の身の丈を今の私が決めるのはもったいない


金石:どういうこと?


志島:長くやってるからいいってもんじゃないって先生も言ってたし…

9歳の金石君より、16歳の私の方が吸収早いかもしれないじゃん

うだうだ迷ってる間に、その首に届いちゃうよ?私の真剣…


金石:それは…こんな所で居眠りしてる場合じゃないね…


志島:でしょ?でも私たちは同じ部活のメンバーでもあるわけなので…よいしょっと…

(カバンから冊子を取り出す)

やろうよ私たちで!ん!


(志島が冊子を手渡す)


金石:これって…


志島:金石君のコメントを反映してみました

私の処女作…2人で完成させようよ

まずは…月を見ていたを超えよう!


金石:…いいね、それ

高校演劇を題材にした、リアルな演目は観客に刺さりそうだし


志島:じゃあタイトル決めよう!

タイトル!


金石:え、ここに書いてるのじゃダメなの?


志島:えぇ、だって…パパッて付けちゃったし…


金石:いいと思うのになぁ


志島:えぇい!じゃあこれで行こう!


金石:じゃあ、タイトルは…


――――――――――――――――――――――――――――――


大平:…よぉ、1年生…なんでどいつもこいつも煙草吸ってるときに来るんだよ…何か聞きたいことでもあるのか?

台本書きたい?あぁ、最近そういう奴増えたよ

顧問としては嬉しい限りだね…たぶんあいつらの影響だよなぁ…

ん?あ、知らないの?ほら、あの全国大会のトロフィーの…そうそう、でけえよなぁ

そのトロフィーの横に置いてんのが、去年卒業した偉大な先輩方が書いた台本の原本なんだ

どう書いたらいいかわからないならまずはあれを読んでみるといい

タイトルは…


(少し間をあける)


志島:演じるということ!


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