見出し画像

ひろゆきが特茶に論破されたようだな

先日、人気の「論破王」こと、ひろゆき氏がサントリー特茶に論破される広告が登場していたとのこと。

特茶を飲んでも脂肪は減らないと語っていたひろゆき氏に対して、サントリー側が「エビデンスがあるんです」と論破した形です。

まあこれは確かに、特に論拠なく断言してしまったひろゆき氏に失点があり、根拠を提出してきた特茶に軍配があがると言えましょう。

しかし、

「ひろゆきがやられたようだな……」
「フフフ……奴は論破四天王の中でも最弱……」
「特茶ごときに負けるとは論破王の面汚しよ……」

という、定番のコピペというわけではないのですが、ひろゆき氏がやられたなら、「ほなそんならそのエビデンスとやらはどんなもんでっしゃろかいな」と江草がちょっとしゃしゃり出てみようかなと思い立ったのでした。

一応、江草はよく妻に「ひろゆきみたい」と褒められてる(もしかして貶されてる?)のもあって、ひろゆき氏のかたきを取ってあげたくなったのです。

いやでも、実際、そんな自信満々に広告を打つなんて、どんなエビデンスか気になりますよね?

まあ、江草も全然四天王を名乗れるほどのたいした者ではなく、医療統計とか疫学を多少かじったことがある程度の平凡な一介の医師に過ぎないのですが(生活習慣病関係の専門でもないし)、一応無関係とは言いがたい健康系の話でもありますからチェックはしておこうかなと思った次第です。こうしてサントリー側も堂々とエビデンスを見て議論していいぞという姿勢を出してるわけですしね。

事前予想が的中

で、特茶のことを調べる前の、江草の前印象としては、

「お茶を飲んで脂肪が減るエビデンスねえ。きっと、内臓脂肪が2㎠減ったとか、そんなもんな予感がするなあ」

という感じだったのですが、見事に江草の予感は的中してしまったようです。

SUNTORY 「特茶の秘密」
(以下、特に説明なければ同引用画像)

↑これがサントリー公式サイトが提示してる特茶のエビデンスデータの資料です。

ひろゆき氏を論破するに至った堂々と誇るべきエビデンスであるはずなのに思ったよりもサイトの奥にあったので探すのに苦労しましたが、まあそれはいいでしょう。

なお、きっちりちゃんと内容を評価するには対象者の集め方やcharacteristicsや、介入のデザインとか詳細をもっと知りたいところですが、出典の文献を探しに行くのも大変なので、今回は公式が万人に知らしめるべくオープンに提示してるこの情報で分かる範囲の吟味に限っておきます。(あくまで今回は専門職としてでなく趣味の範疇で探ってるだけなのと、倒されたひろゆき氏の継投を果たせれば十分と思うので)

で、ほら、この部分。

やっぱり脂肪面積の話でした。一応、江草の予想した-2㎠よりはマシな-5㎠相当ではありますが、まんま同系統の話ですよね。予想的中。

いや、実は過去に江草も何かのトクホ(特定保健用食品)のお茶(特茶かどうかは覚えてないけど多分違うやつかな?)のエビデンスを興味本位で調べた時がありまして、その時に「脂肪面積が2㎠減るだけなんかーい」と思った記憶があったので、やはりこの系統なのだなと。

でまあ、今回のサントリーのデータをめちゃくちゃ素直な気持ちで見れば、確かに「特茶を飲んで脂肪が減る」と主張することを支持するエビデンスではあるのですけれど、今言ったみたいに「効果量としてこれってどうなん」とは感じてしまいます。

本質的な効果は5㎠か10㎠か問題

まあ、結論を急がず、ひとつひとつ吟味していきましょうか。

さて、サントリーとしては「対照飲料(特茶でないお茶)を飲んだ人たちと被験飲料(特茶)を飲んだ人たちの差が10㎠もあったよ」と主張しようとしています。

この表の「平均値」の列ですね。

江草はさっき「-5㎠」と言ってたのに、サントリーが提示してる表では「-10㎠」となっています。どういうことでしょう。

それは、観察期間中に「特茶でないお茶を飲んでた人たち」がなぜか5㎠太っているからです。

(再掲画像)

いや、君たちなんで太ったん?

と、思わずにはいられませんが、対照群が太ってくれたことをいいことに、サントリー側はそれらの差として「-10㎠」という数値を高らかに特茶の効果として謳い上げてるというわけです。しかし理由なくそんな特茶に妙に有利な現象が起きていいのでしょうか(さすがにまさか対照群に砂糖入りのお茶を配ってたわけではないでしょうけれど)。

好意的に受け止めれば、特茶がもともと太る傾向があった人たちの太るトレンドを止めて、しかもその上で痩せる方向にまで逆転させたと解釈もできますが、それでも普通は「現時点(ゼロ)からどれぐらい脂肪が減るか」に関心があるでしょうから、あえて数値が大きくなる対照群との差を提示するのは小狡い感じが否めません。

江草はより本質的な効果に近いのはゼロからの減少量としての「-5㎠相当」じゃないかと思うので、その数値の方を採り上げてるわけです。(もっとも、どちらの数値を妥当と見るかは最終的には好みなところがありますが)

途中で下げ止まってる問題

また、脂肪減少量の数値マジックもさることながら、8週で下げ止まってるのはどう考えるのかという問題もあります。グラフを見て分かるように、特茶を飲んだ人たちの8週から12週は脂肪面積は横ばいです。

なんなら、勝手に(好都合にも)太ってくれている対照群もなぜか8週から12週は太り止まってます。さっきまで太り続けていたのにいきなり何の介入もなく太り止まるのは謎が深い感があります。せっかく先ほど「勝手に太り続ける傾向がある人たち」を対象としてると好意的に解釈しようとしたのに、困っちゃいますね。

しかし、このように互いに独立であるはずの両群がなぜか8週と12週で同様に動きをピタリと止めるというのは、何か研究デザイン上の不備があるのではないかとちょっと警戒してしまいます。まあ、あくまで疑問レベルであって不備がある確証があるわけではありませんけれど。

で、いずれにしても8週から12週は下げ止まっているわけですから、

この「8週目から」という表記は優良誤認を誘ってる気がしてなりません。せめて「8週目までは」が妥当な説明ではないでしょうか。

それに、観察期間が12週までと短いので、12週以降どうなるのか不明なのも気掛かりです。すでに8週〜12週で下げ止まってる以上、結局長期的に効果が持続しない、なんならリバウンドする可能性も十分ありえますからね。
もし「飲み始めて8週間だけは脂肪が減る飲み物(なおその後リバウンドする)」だったら、正直ちょっと微妙でしょう。しかし、その可能性は全然否定できないエビデンスとなっているわけです。

対象者は限定されてる

あと、対象者が肥満の方々に限定されてる点もこの特茶の効果を解釈する際には注意が必要ですね。

BMIが25kg/㎡以上30kg/㎡未満と対象者が限定されていますが、これは軽めの肥満に相当する方々です。(何を隠そう、江草もこの範囲に入る人間です。あわわ)

つまり、すでに健康標準的な体重の方や、あるいは重度の肥満の方に対して特茶が脂肪減少の効果があるかどうかは検証されてないと言えます。

軽めの肥満の方々に効果があるなら他の肥満度の人にも効果があるはずだと外挿するのは必ずしもおかしいわけではないですが、そこは外的妥当性の問題が生じ、エビデンスが不足する「推測の度合い」が強まることには違いありません。

だから、エビデンスがある対象者層(軽めの肥満)を明言せずに、「体脂肪を減らすエビデンスがあるんです」とばかり(一般的に効くかのように)強調するのは、これまたちょっと小狡い言い方だなあと思いますね。(一応、よくよく見れば小さな文字でこっそり書いてはあるんですけどね)

(余談)この信頼区間の説明は大丈夫か

なお、余談ですが、サントリーの資料によるこの信頼区間の説明は、

オンライン上を徘徊している怖い統計学警察の方々に怒られそうな予感がします。

ただ、江草もそれをちゃんと説明指摘するほどの技量はないので今回は江草からつべこべ言うのはパスしておきます。(p値以上に信頼区間の定義はややこしい)

ちなみに、統計WEBさんはこう言ってますね。(他力本願)

「95%信頼区間」とは、「正規分布に従う母集団から標本を取ってきてその平均から95%信頼区間を求めた時に、その区間の中に95%の確率で母平均が含まれる」という意味だと思う人がいるかもしれませんが、これは間違いです。

ありゃま。

効果としてほんとにすごいのか問題

閑話休題。

しかし、最終的に最も検討が必要だと思うところは、「で、効果があるとしても、この5㎠の脂肪面積減少って、そんなすごいことなん?」という点でしょう。

ただ、「脂肪面積」って言われてもほとんどの人は実感わかないですよね。せっかくなので、ちょうど同じサントリー系列の健康情報サイトによる説明を見てみましょう。

メタボリックシンドロームの診断基準とされる腹囲は男性・女性で異なり、男性の場合85cm以上、女性で90cm以上です。
また腹囲だけではなく、内臓脂肪の面積にも基準値があり、男女ともに内臓脂肪面積100cm²以上が診断基準に当てはまります。
内臓脂肪の面積を正確に測るためには、CTスキャンやMRIで検査をしなくてはなりません。しかし、腹囲と内臓脂肪の面積はある程度比例しているため、腹囲だけでもおおよその目安はつくため、検診などの場ではこちらを用いることが多いでしょう。

サントリーウェルネスOnline 「内臓脂肪の数値の見方|メタボリックシンドロームの判断基準とは

つまり、腹囲で言うと男性85cm、女性90cmが、おおよそ内臓脂肪100㎠に相当するというわけですね。(確か腹囲基準に男女差が設けられてる点は色々と議論があった場所だったと記憶してますが今回はこの話は追いません)

今回のエビデンスの対象者が(軽度)肥満者に限定されてることを考えると、対象者はそもそも100㎠前後の内臓脂肪があってもおかしくない方々と想定されます。したがって、5㎠の脂肪面積減少は内臓脂肪面積で言うと5%未満の減少量なわけです。

この5%未満の脂肪面積の減少。多いでしょうか、少ないでしょうか。

質問しておいてなんですが、これは「一概には決められない」というのが妥当な結論かと思います。

なぜなら「多いか少ないか」というのは、それぞれの目的に応じた主観的評価の要素がどうしても含まれることになるからです。つまり「みなさん何を目的にどれぐらい脂肪面積を減らそうとしてるのか」というそもそも論がまず必要なんですね。

健康面からの視点

たとえば、まず、健康面でのメリットを求めて脂肪面積を減らそうとしてるとします。なにせトクホですから、健康面のメリットを求めてると考えるのは至極自然なことです。

しかし、それなら、5㎠の脂肪面積減少がどれぐらいの具体的な健康面での効果(心筋梗塞や脳卒中の予防など)をもたらしているかを提示しないとフェアではないでしょう。

血圧は血圧を下げること自体が健康面での最終目的ではないのと同じで、脂肪面積減少だってそれ自体が最終目的ではないはずです。それらは各自の健康(重篤な疾病の予防等)をもたらすために参考にする中間的な代理指標(サロゲート)に過ぎないことを忘れてはいけません。

だから、脂肪面積減少がどれぐらいの具体的な健康メリットにつながるのかを提示してないと「何となく健康によさそう」とかいうほんわかした印象論の範疇でしかないんですよね。

もちろん、内臓脂肪面積が100㎠以下かどうかで生活習慣病のリスクに差があるという話はありますけれど、そのことは必ずしも「5㎠の脂肪面積減少が十分に強い効果だ」と解釈できる十分な根拠にはなりません。

なにせ、この脂肪面積5㎠という数字は、今回のサントリーのデータが明示してるように、ほっといても対照群(特茶を飲まなかった人たち)が8週間ですぐに増やしてしまう程度には、たやすく増減する程度のものです。

そのレベルの変動に本当に強い健康貢献効果があると言えるのか、そこまで示してこそ特茶のエビデンスとしてフェアで頑強なものとなるでしょう。

逆に言えば、それを示してない以上は「で、それそんなすごいことなん?脂肪面積5%未満しか減らないし、しかも8週で下げ止まるなんて、たいしたメリットはないんじゃないの?」と疑問を持たれても仕方がないとなります。

(まあこの辺は健康効果の認定責任を担っているトクホ制度の方の問題とも言えますが)

美容面からの視点

では、他方、健康面ではなく、美容面の視点から脂肪面積を減少させようとしてるという可能性について考えましょう。もしかすると、健康面以上にこちらのニーズの方が世間的には高いかもしれません。

この点については、繰り返しになりますが、まず今回のデータが肥満者を対象にしていることから、美容に関心が高い層と思われる、すでにモデルのような体型の方々に効果があるとは言えないことをまず押さえておかないといけないでしょう。「脂肪を減らす」というところだけ強調して広報すると、そういう層に対して優良誤認をさせる恐れがあります。(ちなみに65歳を超える高齢者層も直接的なエビデンスの対象外ですが、有力な購買層になってそうな気がしないでもありません)

で、肥満者層にしてみても、5㎠(相対的に言えば当人比5%未満)の脂肪面積減少というのは、どれぐらいの美容的、すなわち外見的な変化をもたらすものなのでしょうか。

正直言って、そんなのパッと見で分からない違いでしかないんじゃないのという疑問はつい起きてしまいます。5㎠をリアルワールドで試しに測ってみたらけっこう小さいですよ。対象者層がそもそも肥満な方なのもあって、5㎠の差は見た目的には誤差範囲という可能性はままあるような気がしてしまいます。

もちろん、これに対して「いや5㎠減れば、だいぶ見た目的にも変わるはずだ」と考える方もいるでしょう。「減らないよりはマシだ」という意見もあるかと思います。先ほども言ったように、最終的には主観的な評価の問題になってくるので、それは自由です。

ただ、サントリー側も脂肪面積減少の無味乾燥な数値しか出しておらず、具体的にどれぐらい美容的な向上に寄与するかを例示してないので、分からないんですよね。ライザップみたいにビフォアーアフターが分かるといいのかもしれませんが、そういう具体的なイメージがないんですね(もしかしてどこかにあったらすみません)。

だから、美容面においても、その辺の情報提供がないと、結局「言うて5㎠の減少なんて、見た目的にはたいした効果ではなさそうだし、そんなにおおげさに宣伝するようなこと?」と疑問を持たれても仕方がないということになります。

エビデンスは「あるかないか」ではない

で、つまり、総合的にどういう問題があるかというと、エビデンスに求められることは「エビデンスがあるかないか」という二値的な話ではないんですよ、というところなんですね。

エビデンス(統計的有意性)がたとえあったとしても、それが十分に有意義な現実的な効果を持っているかどうかは全く保証されないのです。悲しいことに「エビデンスがあるけど、効果しょっぼ」というのは十分に起きえる事態なんです。

上の図表でもp値が有意水準以下であることを明示してますけれど、このp値はその効果の強さについては何も言ってないんですね。

P値はその値より極端な値をとる確率を示したものに過ぎないため、その実験において実際にどの程度の効果があったかを知ることはできません。

なのに、統計的有意差があること(p値が有意水準以下であること)をもって、「すごい効果があった」かのように喧伝する者が後を絶たないので、統計学界隈では「もうp値を提示する慣習はやめようぜ」という話も出てるとか。

まあ今回の特茶は一応は最終的に信頼区間を提示してるだけ丁寧ではありますけれども、ひろゆき氏に対する応答として「エビデンス(統計的有意差)があります」だけ強調した広告を打ってるというのが、その効果の大きさの評価についての議論に蓋をしている印象が拭えず、江草的には疑問があるわけです。

もっとも、ひろゆき氏が普段から「それってエビデンスあるんですか」などと「エビデンスがあるかないか」という二値的な議論に持っていきがちなせいで(だからこそ彼は「論破四天王としては最弱」なのかもしれない)、特茶側もそういう議論に乗っかっただけと見ることはできるかもしれません。

そのひろゆき氏が無事論破されたとのことなので、今回、江草としてはそのエビデンスの有無ではなく、そのエビデンスとしての効果の大きさについてツッコミを入れてみた次第です。

この展開こそ、

ひろゆきさんのような惑わしキャラクター、、、、、、、、、がぞくぞく登場!

との特茶の広告企画に合致してて楽しいでしょでしょ。

結語

というわけで、結語。

特茶のエビデンスの図表を見させてもらった限りでは、エビデンスがあるかないかで言えば確かに「ある」とは言えるけれども、内容を具体的に見ると疑問点も多いし、そもそも効果的にあんまりすごそうには見えないなというのが、江草の「個人の感想」です。

どう思われるかは最終的にはみなさん次第ですけれど。

江草の発信を応援してくださる方、よろしければサポートをお願いします。なんなら江草以外の人に対してでもいいです。今後の社会は直接的な見返り抜きに個々の活動を支援するパトロン型投資が重要になる時代になると思っています。皆で活動をサポートし合う文化を築いていきましょう。