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『二月の勝者』が終わってしまった

中学受験漫画の金字塔『二月の勝者』が完結してしまいました。

江草的には結構お気に入りの漫画で、折に触れて繰り返し読むぐらいには好きでした。

↓の記事でちょろっと引用させていただいたりも。

それがついに完結ということで、ちょっと寂しい気分です。

特にこの度の最終巻は全般エピローグ風な雰囲気で、殺伐とした受験期間からうってかわって、伏線回収やお別れのエピソードがてんこ盛りのエモい内容でしたので、余計にしみじみしてしまいました。

まあ、内容的に延々と何周も続けるようなテーマでもないですから、21巻と十分なボリュームにも至ったここらで幕を閉じるのはなんだかんだちょうど良かったと感じます。

改めて振り返ってみても、いやあ、素晴らしい漫画でした。


中学受験と聞いて、それに対する印象は様々なものがあるかと思われます。

特に、子どもたちがそんな小さく無邪気なうちに点取り競争させるなんてと、批判的な目を向ける人は少なくないでしょう。

本作の舞台となっている学習塾については、昨今、無節操な煽りや勧誘、価格の高騰なども言われてますから、なおさら世間のヘイトも溜まってるかと思います。

過熱する受験戦争の末路として教育虐待のような悲劇も報じられてますし、中学受験はそれこそ学歴社会や能力主義社会の弊害を助長、追認してる文化であることも否定はできません。

実際、江草自身も、先の記事でも分かるように、中学受験を含め過熱する受験戦争文化についてはあんまり好意的にはとらえていません。

やっぱり、子どもにはのびのびと育って欲しいなと思うし、勉強とはそうした対人競争のためにあるものではないと思いたいという理想主義的なこだわりがあるのです。

ただ、本作『二月の勝者』はそういう中学受験の負の側面もちゃんと認めつつ、その上で、受験に挑む子どもたちそして親や塾講師たちの生き様の"熱"を描き出しているんですね。これが本当に圧巻なんです。

うん。"熱"というのはちょっと伝わりにくいかもですね。江草の表現力が乏しくいせいで、なんか良い表現が見つからなくて。

この"熱"というのは、ただかっこいいとか熱血だとかそういう意味でもないんです。本作で登場してる人物たちはそうしたかっこいいとか熱いとか分かりやすいポジティブな姿だけでなく、見栄を張ったり、諦めたり、嫉妬したり、悩んだり、そういうどっちかというとネガティブな姿もまた描き出されています。

様々な人々が登場する群像劇として、ポジティブなものもネガティブなものも入り交じった多彩な人間の姿が描き出されています。そんな多彩な人間模様を中学受験というテーマで一串に貫いたような、本作はそんな作品なんですね。

つまり、ここでいう"熱"というのは「人間の体温」と言うのが近いのかもしれません。中学受験という人生や家族の岐路たるビッグイベントに際して、それぞれもがく人間の存在、すなわちそこに人が生きていることの放射熱みたいなものがこの作品からは感じ取れるわけです。

先ほど言ったように、これは決してかっこいいとか熱いとかそういう風に単純に片付けられるものではないんですが、でもやっぱりそこに人間の魂の温もりみたいなものがある。

何事かに翻弄されつつもそれでも生きようとしてる人たちの姿からは、やっぱりただの"平熱"とは片付けられない、人の魂の"熱"がある。そこに人の生が見える。そこについ胸を打たれてしまうんですね。

中学受験というのはまあやっぱり社会が生み出した理不尽な文化のひとつではあるのでしょう。理不尽なものはどうにかしないといけないと思うのは真っ当だし自然です。

ただ、人生というのはどうしても何かしらの理不尽に遭遇するというのも現実です。私たちは常に何かしらの理不尽と対峙して生き続けてるところがあります。

だから、理不尽を否定し拒絶するという生き方もおかしくはないのですが、そうではない方向、理不尽の中にありながらそれでも自身の最善を尽くそうという試みもまた、ひとつ人間の人間らしいところであって、実に愛らしく思われるのです。

本作のストーリーの中で非常に重要なキーになっているのが「星投げびと」の寓話であることは、まさにこうした「理不尽の大海の中にある個々人の生き様」を本作が強調したいと考えてることの象徴であるかと思います。

そこに人間が見える作品は良いものです。

でもほんと、すごく複雑な群像劇作品なので、取材はだいぶ労力をかけてされたんじゃないかと思われます。

中学受験をただ良いものとしてもただ悪いものとしても描き出さず、良悪が複雑に入り交じった多面的な様相を絶妙のバランス感覚で描ききった本作に拍手です。

いやあ、感想書いてたら、また最初から読みたくなりました。

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