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文部科学省による学部新設の定員抑制報道について

私立大の新設を抑制へ、少子化で「定員割れ」相次ぎ…学生確保の見通しを厳格に審査

このような記事がありました。もはや、ヤフコメなどワンパターンで読んでいませんが、
「大学が増えすぎている(補注:短大と専修学校が四大化しているだけで高卒者の受入機関数はあまり変わらない)」
「偏差値〇〇以下の大学は閉鎖させてしまえ(補注:偏差値の対象となる現在の一般入試入学率知ってる?)」
「定員割れの大学は閉鎖させてしまえ(補注:誰に何の権限で?)」
「真紀子は正しかった(補注:認可と許可の違いわかる?)」
みたいな意見で溢れかえっていることでしょう。

その一方、これらのコメントをする人は「大学は本来研究機関だ(=だからそうではない大学は淘汰されてしまえ)」みたいな、現実にはあまりそぐわないものの本来的に真っ当なことも主張します。
現在、新設学部として認められているものは、彼らの意に反して、医療ナントカ学部(医学部ではない作業療法系や福祉系)みたいなものが全盛です。何故、このような学部ばかりができるのでしょうか。

近年、大学の学部を設置したい大学が提出する書類には、「学生の確保の見通し等を記載した書類」というものが追加になりました。つまり、定員を満たせそうもない学部は設置できない建前は今現在も存在しています。そして、大手の大学以外で定員が満たせそうな形だけの統計資料だけでも出せるのが非医学部の医療系ぐらいしかないのです。

参考までに実際の書類を紹介します。キャリア官僚おかかえのヒットマンに狙われたくないので、直リンクは貼りません(笑)。見たい方はコピペして閲覧してください。
ttps://www.dsecchi.mext.go.jp/2208nsecchi/pdf/kyotojyoshi_2208nsecchi_gakusei2.pdf

この書類作成の何が酷いかというと、教育コンサル業者へ大学にカネ払わせて、高校生に無料でアンケートを取って、業者が御託を並べて定員を満たせる論理を考えるという流れなのですよ。
形式さえ満たせば認可される(某真紀子はこの認可の意味を取り違えて自分が許可をする立場だと思い込んで例の問題が起きた)ので、要するに大学は形式的作業のために面倒とコストがかかり、当然そのコストは学生とその保護者が負担し、調査対象の高校生は多大な迷惑をこうむります。笑うのは教育コンサルだけという、あれ、この構図、都立高校入試のスピーキングや共通テスト記述式導入の際に見たような・・・。
また、社会的要請という名のもとの事実上就職に関する調査も取らされます。学問と民間企業へのサラリーマン就職は切り離して考えるべきものを、経済に強いとやら時の政権の意向で、思いきり産業寄りの施策に切り替えられました。学校教育法の条文はどこへやら、大学の就職予備校路線に国家そのものが加担している現状です。

受験生の需要、企業の需要という側面にばかり着目しているので、学問としての永続的必要性を一切無視しています。学問の始祖であり基礎であり基盤である哲学などは、学問としての永続的必要性の極みですが、この制度が続く限り、二度と日本から文学部哲学科は誕生しないでしょう。データサイエンス学科は誕生しても理学部数学科ももう設置されないかもしれません。

そもそも論として、定員割れと赤字は強い相関性はあるもののイコールではありません。大きめのハコを作って定員割れしているけれど黒字の大学も存在しますし、需要がなければ淘汰されるのはラーメン屋もコンビニもパチンコ屋も大学も同じです。それを、私営である大学に対して国策で潰せなどと発言する人は何が狙いなのでしょうか(これを主張すると必ず出てくる経常費補助金の話題ですが、調べてみればわかる通り微々たるもので消費税分の負担にすらなっていませんし、そもそも著しい定員割れの大学には交付されないというルールがあります)。
ビルトインスタビライザーではないですが、自然的な市場原理にゆだねて、需要がなくなればおのずから閉学する、それでいいと考えます。大学閉鎖推進派の皆さんの「~の理由から、~の論拠で(大学を人為的に閉鎖させよ)」という部分について、経常費補助金を5割貰っているなどという誤認識、俺が高卒で部下が大卒だからなどのヤッカミではない、正当な論拠があれば是非拝見したいところです。

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