エブモス観測→:翡翠の継承者-7
朝露が光る草原を歩きながら、アイリーン、リアン、エリオットの三人は新しい旅の第一歩を踏み出していた。日の光が東から差し込み、彼らの影を西へと伸ばしている。アイリーンの翡翠色の髪が朝日を受けてきらめき、風にそよぐその姿が、一瞬幻想的な絵画のように映る。
「こんな朝に出発するのは、いい気分だな。」
リアンが両手を頭の後ろで組み、軽やかな口調で言った。その言葉には余裕が漂っていたが、どこか期待に満ちた響きもあった。
「確かにね。」
エリオットが頷きながら応じた。彼の肩にかけられた装置のストラップが揺れ、歩くたびに微かな音を立てている。
「こんな風に新しい土地を目指すのは、まるで冒険小説みたいだよ。」
アイリーンは二人のやり取りに微笑みながらも、少し先を見つめていた。その目は、新たな目的地へ向かう決意と、旅路への不安が混ざり合っているようだった。
「次の目的地について、もう少し具体的に話しておいたほうがいいかもね。」
彼女の言葉にリアンが肩をすくめた。
「まずは遺跡のある方角に向かう。それ以上の細かい計画は、現地についてから考えればいいさ。」
「相変わらず大雑把ね。」
アイリーンは苦笑したが、その顔にはどこか安心感も漂っていた。リアンの飄々とした態度は、緊張感を和らげる効果がある。
ふと振り返ると、村が遠くに小さく見えていた。小さな煙がいくつか上がり、村人たちが一日の生活を始めている様子がうかがえる。村での穏やかな日々が、彼らの記憶に鮮明に残っていた。
「村の人たち、元気にやっていけるかな。」
アイリーンがつぶやくと、エリオットが答えた。
「君が守ったんだ。村の人たちはこれから立ち直っていくさ。」
「それでも…私はもっとできることがあったんじゃないかって思うの。」
リアンがその言葉に振り向き、少し鋭い目で彼女を見た。
「お前は十分やった。それ以上背負い込む必要はない。」
その言葉にアイリーンは小さく頷いたが、まだ納得しきれない様子だった。リアンはそれ以上何も言わず、前を向いて歩き出した。
草原の中に一筋の道が現れた。それは東へ続く道と、南に向かう小道に分かれていた。リアンが立ち止まり、指を顎に当てて考え込む仕草を見せる。
「さて、どっちに行く?」
「南の小道はどう見ても人が通らなさそうね。」
アイリーンが周囲を見回しながら言う。南へ向かう小道は草に覆われ、長い間使われていない様子だった。一方、東の道は踏み固められており、商人や旅人が通る道であることがわかる。
「安全を考えるなら東。でも、僕たちが探しているような遺跡は、人の目が届かない場所にあることが多い。」
エリオットが冷静に分析しながら提案する。その言葉にアイリーンがうなずき、リアンが軽く笑った。
「よし、冒険者らしく南に行くか。安全な道ばかり通っていたら、面白いものも見つからないからな。」
「相変わらず無茶苦茶ね。」
アイリーンはため息をつきつつも、その目には少しだけ冒険への期待が宿っていた。
南の小道を進むにつれ、草がさらに生い茂り、道は細くなっていった。鳥の声や小さな動物の足音が周囲を彩る中、三人は歩きながら会話を続けた。
「ねぇ、リアン。」
アイリーンがふと問いかける。
「もし、この旅が終わったら、あなたはどうするの?」
リアンは一瞬考えるように眉をひそめたが、すぐに肩をすくめた。
「さぁな。俺は特に計画なんてない。ただ、お前について行く理由がなくなったら、次の面白いものを探すだけだ。」
「それだけ?」
アイリーンが少し不満そうに聞くと、リアンは笑いながら答えた。
「それだけで十分だろう。人生は退屈する暇がないほうが楽しい。」
エリオットがそれを聞いて苦笑しながら口を挟んだ。
「リアンらしいね。でも、それもまた一つの生き方だと思う。」
「お前こそ、この旅が終わったら何をするんだ?」
リアンが逆にエリオットに尋ねると、彼は少し考え込んでから答えた。
「僕はもっと研究を続けるよ。この世界にはまだまだ解明されていないことが多い。それに…君たちとの旅で得た知識を活かしたいしね。」
「真面目だな、お前は。」
リアンが笑いながら肩を叩くと、エリオットは照れくさそうに笑った。
アイリーンは二人のやり取りを聞きながら、ふと自分自身に問いかけていた。この旅が終わったとき、彼女はどこに向かうべきなのか。
突然、茂みの奥からガサガサと音が聞こえた。三人は一斉に立ち止まり、音の方向に目を向けた。リアンが剣の柄に手をかけ、エリオットは腰に吊るした小型の装置を取り出す。
「なんだ?」
リアンが低い声でつぶやくと、茂みの中から現れたのは一匹の小さな動物だった。茶色の毛並みを持つウサギが、彼らを見つめている。
「ただのウサギね。」
アイリーンが肩の力を抜いて微笑むと、リアンも剣から手を離した。
「拍子抜けだな。」
エリオットがその様子を見て笑いながら言った。
「でも、それだけ平和な場所だってことじゃない?」
三人はその場で笑い合い、再び歩き出した。小さな出来事だったが、それは彼らの心を和ませ、新しい旅の始まりにふさわしい穏やかな瞬間だった。
三人が歩みを進めるにつれ、南の小道は次第に険しさを増していった。草が生い茂り、木々が道を覆うように枝を伸ばしている。日の光が木漏れ日となって地面を照らし、空気はひんやりとしていた。
「これ、思ったより道が悪いな。」
リアンが軽い調子で言いながら、枝を払いのけて道を切り開いている。その言葉にエリオットが頷き、装置を調整しながら答えた。
「確かにね。でも、こういう場所には大抵、誰も知らないような発見が眠っているものだよ。」
「お前のその楽観主義、嫌いじゃないぜ。」
リアンが笑いながらそう言うと、エリオットも笑みを返した。アイリーンは二人のやり取りを微笑ましく思いながら、足元に注意を払いながら進んでいた。
「でも、この道の先に本当に何かあるのかしら。」
彼女の言葉に、リアンが肩をすくめた。
「それは着いてみなければ分からないさ。だが、この道が普通じゃないことは確かだ。」
リアンの言葉に、アイリーンは頷いた。彼女の心には期待と不安が入り混じっていた。未知の場所に踏み込む高揚感と、何が待ち受けているか分からない不安。それでも彼女は、一歩一歩前へ進むことを選んだ。
しばらく歩くと、道の脇に古びた標識が立っているのを発見した。木製の標識は風雨にさらされて色あせており、文字はかろうじて読める程度だった。
「なんて書いてある?」
リアンが標識に近づき、手で軽く埃を払った。エリオットが興味深げに覗き込みながら言った。
「『アルカディアの遺跡まであと3リーグ』って書いてある。アルカディアって、古代人が建てたとされる都市の名前だよね。」
「そうだな。伝説の遺跡がこの先にあるのかもしれない。」
リアンが口元に笑みを浮かべた。その目には冒険への期待が宿っていた。
「じゃあ、この道を進めばいいってことね。」
アイリーンが力強く言うと、リアンとエリオットも頷いた。彼らは再び歩き出し、標識の示す方向へと足を進めた。
森の奥深くに進むにつれて、周囲の音が徐々に消えていくような感覚に襲われた。鳥の声も、風の音も次第に薄れ、三人は不自然な静けさに気づいた。
「おい、何か変だと思わないか?」
リアンが低い声で言う。アイリーンも立ち止まり、周囲を見回した。
「確かに…こんなに静かな森、普通じゃないわ。」
「これは…何かが近くにいるかもしれない。」
エリオットが慎重に周囲を観察しながら装置を操作した。その様子に、リアンは剣の柄に手をかけ、警戒の色を濃くした。
「用心して進もう。」
アイリーンがそう言い、三人はさらに慎重に歩みを進めた。静寂の中、彼らの足音だけが響く。その音がかえって緊張感を高めているようだった。
やがて、彼らは小さな池にたどり着いた。池の水は澄んでおり、周囲には緑の草と小さな花が咲いている。静けさの中にも、美しい風景が広がっていた。
「ここで少し休憩しよう。」
リアンがそう提案し、三人は池のそばに腰を下ろした。エリオットは装置を地面に置き、アイリーンは池の水を手ですくいながら、その冷たさを感じていた。
「こんな静かな場所に遺跡があるなんて、不思議な気がするわ。」
彼女の言葉に、リアンが頷きながら言った。
「だからこそ、遺跡なんだろう。誰も簡単にはたどり着けない場所にあるからな。」
エリオットがその言葉に笑いながら付け加えた。
「それに、こういう場所ほど、古代人が隠した重要なものが残されていることが多いんだよ。」
「確かに。」
アイリーンは微笑みながら頷いた。その時、ふと遠くの木陰に何かが動く気配を感じた。
「今、何かが動いた気がする。」
彼女が小声で言うと、リアンとエリオットもすぐに警戒態勢を取った。リアンが剣を抜き、エリオットが装置を手に持つ。
「どこだ?」
リアンが低く問いかけると、アイリーンは動いた方向を指さした。彼らはゆっくりとその方向に進み始めた。
木々を抜けた先に現れたのは、古びた石造りの門だった。蔦に覆われ、長い年月を感じさせるその門は、間違いなくアルカディアの遺跡への入口だと感じさせた。
「ここが…遺跡の入口?」
アイリーンが呟くように言う。リアンが剣を下ろし、門の前で立ち止まった。
「間違いないだろう。この先に、俺たちが探していたものがある。」
エリオットが装置を操作しながら門を調べ始めた。
「この門、何か仕掛けがありそうだ。開けるにはパズルを解く必要があるかもしれない。」
「手伝うわ。」
アイリーンがエリオットのそばに立ち、一緒に門の仕掛けを調べ始めた。リアンはその後ろで周囲を見張りながら、静かに剣を構えていた。
「さぁ、これを解いたら何が待っているか楽しみだな。」
リアンの言葉に、アイリーンとエリオットも期待に胸を膨らませた。新たな旅の始まりは、ここから本格的に幕を開けようとしていた。
朝焼けが大地を黄金色に染める中、アイリーン、リアン、エリオットの三人はアルカディア遺跡の入口に立っていた。門を通り抜けると、広がる光景は圧巻だった。巨大な柱が整然と並び、そこかしこに彫刻や装飾が施された石造りの建物が点在している。緑の蔦が遺跡を覆い尽くしており、自然と人の手による歴史の融合が感じられた。
「ここがアルカディアの遺跡か…。すごいな。」
リアンが静かに感嘆の声を漏らす。普段飄々としている彼が、神妙な面持ちになるほどの威厳がこの場所にはあった。
「本当に、言葉を失うね。」
エリオットは装置を片手に、夢中になったように遺跡の彫刻を観察している。その目は輝き、探求心に満ちていた。
「ここには、きっと古代人の知恵や記録が残されているはず。解明できれば、七英雄やタームについての新しい事実がわかるかもしれない。」
「でも、そのためには慎重に行動する必要があるわね。」
アイリーンが周囲を見回しながら言った。その目は鋭く、遺跡の神秘に圧倒されながらも、どこか危険を警戒しているようだった。
「そうだな。こんな場所には、何かしらの罠や仕掛けがある可能性が高い。」
リアンが剣を片手に持ちながら警戒を促す。その言葉にエリオットも頷き、慎重に装置を操作し始めた。
「とりあえず、この近くを調べてみよう。門を抜けた直後の場所なら、大きな手がかりが残っているかもしれない。」
三人は遺跡の中心に向かってゆっくりと歩き始めた。
遺跡内は驚くほど静かだった。風の音や遠くの鳥の声がかすかに聞こえるだけで、まるで時間が止まっているかのような空間だった。三人は足音を響かせながら、慎重に進んでいく。
「ここの静けさ、普通じゃないね。」
エリオットが低い声で言った。リアンがその言葉に頷きながら、辺りを見渡した。
「確かにな。この静寂は、何かがこの場所を守っているように感じる。」
「気をつけて進みましょう。どんな危険があるかわからないわ。」
アイリーンが鋭い声で注意を促す。彼女の翡翠色の髪が、薄暗い遺跡の中でも柔らかい光を反射していた。
やがて、三人は中央にそびえる大きな建物にたどり着いた。その建物は他の遺跡よりも保存状態が良く、入り口には不思議な文様が刻まれていた。
「この文様、見覚えがある気がする。」
エリオットが彫刻を指しながら言った。その言葉にリアンとアイリーンも興味深げに近づいた。
「これは、古代人が使っていた記録装置の一部かもしれない。」
エリオットは装置を取り出し、文様に近づけてデータを解析し始めた。その様子を見て、リアンが肩をすくめた。
「お前がそれを解読している間、俺たちは周囲を警戒しておく。」
「ありがとう。でも、この解析には少し時間がかかりそうだよ。」
「構わないわ。エリオット、あなたにしかできない仕事なんだから、安心して進めて。」
アイリーンが微笑みながら言うと、エリオットも笑顔を返した。
「任せて。」
エリオットが解析を進める間、リアンとアイリーンは少し離れた場所で周囲を見張っていた。リアンが手にした剣を肩に担ぎながら、ふとアイリーンに話しかけた。
「なあ、アイリーン。お前、この遺跡に何を期待しているんだ?」
アイリーンは少し考え込んだ後、静かに答えた。
「私自身、この力がどこから来たのか、そしてこの力をどう使うべきかを知りたいの。ここにはその答えがある気がする。」
リアンは彼女の言葉を聞きながら、目を細めて考え込むような表情を見せた。
「お前は責任を感じすぎるんだよ。でも、その責任感があるからこそ、俺たちはお前について行こうと思える。」
「リアン…ありがとう。」
アイリーンが小さな声で感謝を伝えると、リアンは少し照れたように視線をそらした。
「礼を言うのはまだ早いさ。この先、何が待っているかわからないからな。」
「できた!」
エリオットの声が響き、二人が彼の元に駆け寄った。彼の手元にある装置が文様の解析を終え、緑色の光が浮かび上がっている。
「これで、この建物の中に入れるはずだ。」
エリオットが装置を文様にかざすと、低い振動音が響き、建物の入口がゆっくりと開いた。中からは柔らかな光が漏れ出し、三人を誘うように輝いていた。
「これが…アルカディアの核心部分なのかしら。」
アイリーンが感嘆の声を漏らす。その瞳には、期待と興奮が入り混じった感情が宿っていた。
「行くぞ。」
リアンが先頭に立ち、剣を構えながら中へと足を踏み入れた。アイリーンとエリオットも続き、三人は光の先へと進んでいった。
アルカディアの建物の中に足を踏み入れた三人の目の前には、広々とした大空間が広がっていた。壁一面に施された精緻な彫刻は、光を反射し、まるで空間そのものが生きているかのようだった。中央には円形のプラットフォームがあり、その上には半透明な結晶の柱が立っていた。
「これが…この遺跡の中心?」
アイリーンは目を見開きながら柱を見上げた。その柱は不思議な光を放ち、見る角度によって色が変わるように見えた。
「間違いない。この柱には何か特別な力が宿っている。」
エリオットが装置を操作しながら柱に近づいた。その動きに、リアンが警戒しつつ周囲を見回す。
「慎重にしろ。こういう場所には罠があるのが常だ。」
「分かってるよ。」
エリオットが柱に触れると、柱全体が一瞬明るく輝き、空間全体が震えるような音を発した。次の瞬間、柱の中に浮かび上がるように映像が現れた。それは、古代の人々が記録した映像だった。
映像には、壮麗な都市が映し出されていた。その都市には、空を飛ぶ船や光を放つ装置があり、明らかに現代の技術を超越した文明が存在していた。だが、それが一瞬にして崩壊する様子も同時に映し出された。
「これは…タームと古代人の戦い?」
アイリーンが呟く。映像には、タームの女王と思しき存在が無数のタームを率いて都市を襲う様子が映っていた。しかし、戦いの中で、タームの女王は何かに戸惑い、力を抑えるような仕草を見せた。
「彼女は…攻撃をやめたのか?」
リアンが眉をひそめて言った。その言葉に、エリオットが頷きながら解析を続けた。
「もしかすると、タームの女王はただ破壊を望んでいたわけじゃないのかもしれない。彼女もまた、何かを守ろうとしていたのかも。」
アイリーンはその言葉に深く考え込みながら、再び映像に目を向けた。
「もしそうなら、私がその意思を受け継ぐべきなのかもしれない。」
彼女の言葉には静かな決意が込められていた。その時、柱が再び光を放ち、新たな映像が映し出された。
映像には、一人の女性が映っていた。それは、かつてのアルカディアの指導者と思われる人物だった。彼女は落ち着いた声で語り始めた。
「この力は未来を紡ぐためのもの。だが、それをどう使うかは次の時代を担う者に託される。」
その言葉が終わると、柱が淡い光を放ちながら消え、再び静寂が訪れた。アイリーンはその場に立ち尽くし、しばらく何も言わなかった。
「未来を紡ぐ力…私にできるのだろうか。」
彼女が小さく呟くと、リアンが近づき、優しく肩に手を置いた。
「お前ならできるさ。お前は力を恐れず、それをどう使うかを考え続けてきたんだからな。」
「リアン…。」
その言葉にアイリーンは目を閉じ、深呼吸をした。そして再び目を開けたとき、彼女の中には揺るぎない決意が宿っていた。
「この力を未来のために使う。それが、私が選ぶ道。」
遺跡を出た三人は、草原の中に立っていた。太陽は高く昇り、明るい光が大地を照らしている。アイリーンは翡翠色の髪をなびかせながら、遠くの地平線を見つめていた。
「これからどうする?」
リアンが尋ねると、アイリーンは微笑みながら答えた。
「まずは、村に戻って報告するわ。それから、この力をどう使うか、具体的に考えたい。」
エリオットがその言葉に頷き、装置を片付けながら言った。
「君の決意は正しいと思う。これからも僕たちで支えていくよ。」
リアンも笑みを浮かべながら剣を背中に収めた。
「もちろんだ。お前が何を選ぼうと、俺たちは一緒だ。」
「ありがとう。二人がいてくれるから、私は進むことができる。」
アイリーンの目には、感謝と希望の光が宿っていた。
三人は草原を歩き出した。その背中には、それぞれの覚悟と希望が宿っていた。彼らの旅はまだ終わらない。むしろ、ここからが本当の始まりだった。
そして、その旅の先には、アイリーンが未来の皇帝として立つ可能性もまた、静かに息づいていた。