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エブモス観測→:翡翠の調停者-10

夕陽がアバロン宮殿の壮麗な石壁を赤く染め上げる頃、一つの知らせが宮廷を震わせた。伝承法が新たな動きを見せ、次代の皇帝候補を示したのだ。この知らせは、皇帝アイリーンにもすぐさま届けられた。

アイリーンは書斎で帝国の報告書に目を通していた。翡翠色の髪が夕陽に輝き、疲れた表情の中にも不思議な落ち着きが漂っていた。ノックの音が扉を叩くと、彼女は静かに顔を上げた。

「どうぞ。」

入室したのは、リアンだった。彼は冷静さを保ちながらも、どこか緊張感を漂わせていた。手には一通の文書が握られている。

「伝承法が新たな皇帝候補を示しました。」

その言葉に、アイリーンの手が一瞬止まる。しかし、驚きではなく、むしろ安堵の表情が浮かんだ。

「ついに来たのね。」

彼女は静かに呟き、文書を受け取る。封を開け、中身に目を通すと、伝承法が示した人物の名が記されていた。

「グレイ。北の小さな村の出身者……。」

リアンが言葉を添える。

「彼は七英雄の影響を直接受けながらも生き抜いた生存者です。若いですが、その経歴と行動力からすれば適任と言えるでしょう。」

アイリーンは文書を閉じ、机に置いた。その視線は遠くを見つめるように宙を漂う。

「伝承法が彼を選んだのなら、きっと意味があるはずよ。私たちが進めてきた帝国の再建は、次の世代に引き継がれる時が来たのね。」

彼女の声には微かな寂しさが含まれていたが、その瞳には確固たる意志が宿っていた。


翌日、宮廷では伝承法の発動に関する会議が開かれた。貴族たち、異種族の代表、地方の指導者たちが一堂に会し、アイリーンの退位と新皇帝の即位について話し合う場となった。

大広間には多くの人々が集まっていたが、空気は緊張感に包まれていた。アイリーンは玉座に座り、全員の視線を受け止めていた。その顔には威厳が漂い、同時にどこか穏やかさも感じられた。

「陛下、伝承法が選んだ次の皇帝について、すでに情報が共有されています。」

中央のテーブルに座っていた貴族の一人が、慎重に言葉を選びながら口を開いた。

「ですが、彼が本当に帝国を導く能力を持っているのか、私たちにはまだ分かりません。」

別の貴族がそれに続けた。

「若すぎるのではありませんか?帝国の未来を託すには、不安が残ります。」

異種族の代表であるセレナが静かに反論した。

「それは過去の伝承法が示した皇帝たちにも言えることです。若さは必ずしも弱点ではありません。彼の背景や行動力を考えれば、期待を抱くべきでは?」

アイリーンは全員の意見を静かに聞き、最後に口を開いた。

「皆さんの懸念は分かります。ですが、伝承法が選んだ候補に疑問を投げかけることは、その選択を否定することになります。帝国はこれまで、伝承法に従って繁栄を築いてきました。」

彼女の言葉は広間を静寂に包んだ。その瞬間、全員が彼女の意志の強さを感じ取った。

「私は彼を信じます。そして、皆さんにも信じてほしい。」

その言葉に、広間の空気が徐々に和らいでいった。


数日後、アイリーンはグレイとの初対面の場を設けた。彼は若く、素朴な雰囲気を漂わせていたが、その瞳には強い意志と決意が見て取れた。

「皇帝陛下、初めまして。」

彼は深々と頭を下げ、礼儀正しく挨拶をした。アイリーンは微笑みながら彼に近づいた。

「グレイ、ようこそアバロンへ。あなたが次の皇帝として選ばれた理由を、これから一緒に探りましょう。」

彼は少し戸惑いながらも、力強く頷いた。

「私にはまだ分からないことばかりですが、伝承法が選んだ以上、その期待に応えたいと思っています。」

「その姿勢が大切よ。私たちはこれから、多くのことを共有し、あなたが帝国を導く準備を進めていきます。」

彼らの対話は短かったが、そこには確かな信頼と期待が芽生えていた。


夜、アイリーンは玉座の間に一人で立っていた。その空間には静寂が漂い、彼女の心の中に去来する感情が反映されているようだった。

「6年……短いようで、とても長い時間だった。」

彼女は玉座に手を触れながら呟いた。その手には、これまで帝国を支え続けてきた重みが宿っている。

「でも、この重みを次の世代に託す時が来た。」

アイリーンは瞳を閉じ、深く息を吸い込んだ。その先には、彼女が築いた未来が確かに待っている。


アバロンの北に位置する広大な草原の中、ひっそりと佇む古代の遺跡があった。その場所は帝国の創設期に建てられたとされ、伝承法の核が眠る神聖な地とされている。夕陽が低く地平線に沈みかける中、アイリーンはその遺跡に足を踏み入れた。

遺跡の入り口は、古代の文字が刻まれた巨大な石柱が二本立ち、威厳と神秘を感じさせた。風に揺れる草原の音と、石の間から漏れる微かな光が、儀式の場への期待感を高めていた。

「ここが……最後の場所。」

アイリーンは小声で呟いた。その声には覚悟と少しの緊張が滲んでいた。彼女の背後にはリアンとエリオットが静かに立っている。

「ここが伝承法の中心なんだな。」

リアンが視線を巡らせながら言った。彼の手は、緊張を隠すかのように腰の剣に軽く触れていた。エリオットは遺跡の構造に目を輝かせ、メモを取る手を止めようとしなかった。

「この遺跡に来たのは初めてだけど、ここに立つとその歴史の重みを感じるわ。」

アイリーンは一歩ずつ遺跡の中に足を進める。内部は冷たい空気に包まれ、古代の灯りが微かな光を放っていた。壁には無数の絵画や文字が描かれており、それぞれが過去の皇帝たちの物語を語っているようだった。


中央の大広間に辿り着いたとき、空間の広がりに圧倒される。高い天井には星空のような輝く石が散りばめられ、広間全体を柔らかな光で満たしていた。中央には、まるで宙に浮かぶかのような巨大な結晶が輝いていた。

「これが……伝承法の核。」

アイリーンは足を止め、結晶を見上げた。その中には無数の光の粒が踊り、時折それらが形を作るかのように収束する。一歩近づくたびに、彼女の心臓が高鳴るのを感じた。

「アイリーン……。」

リアンが心配そうに声をかける。彼の表情には緊張が浮かび、何かが起きるのではないかという警戒心が滲んでいた。

「大丈夫。これは私がやらなきゃいけないこと。」

アイリーンは微笑み、決然とした足取りで結晶の前に立つ。その時、結晶から光が溢れ出し、彼女の体を包み込んだ。


光が収まると、目の前に一人の男性が立っていた。その姿は透明で、まるで霧が形を成したかのように見えた。しかし、その姿は歴史に刻まれた初代皇帝レオンの肖像画と同じだった。

「あなたが、初代皇帝レオン……?」

アイリーンの声は震えながらも尊敬の念に満ちていた。レオンは柔らかい微笑みを浮かべながら頷いた。

「そうだ、若き皇帝よ。私はこの伝承法の核に魂を残し、未来の皇帝たちを見守ってきた。」

「伝承法が次代の皇帝を選びました。その時が来たのですね。」

アイリーンは静かに語りかける。レオンは彼女をじっと見つめ、重々しく言葉を続けた。

「そうだ。この核は、帝国の未来を託すべき者を見極める。だが、それは決して単なる選択ではない。お前が築き上げた道を次代に託すためのものだ。」

「私が築いた道……。」

アイリーンは自分の6年間を振り返りながら呟いた。その表情には、自分が行ってきたことへの誇りと、未来への期待が交錯していた。


レオンは結晶に手をかざすと、光の粒が再び舞い上がり、結晶から剣の形をした光の柱が現れた。

「この剣を新たな皇帝に託すのだ。それがお前の最後の役目だ。」

アイリーンはその剣に手を伸ばし、しっかりと握り締めた。剣は冷たくも心地よい重みを持ち、その輝きが彼女の翡翠色の髪をさらに際立たせた。

「この剣を……未来へ。」

彼女はその一言に全ての思いを込める。光の剣が彼女の手の中で温かく輝き、新たな皇帝への道を示しているようだった。


儀式を終えた後、アイリーンは再びリアンとエリオットのもとに戻った。彼女の表情には、何かをやり遂げた満足感が漂っていた。

「終わったのか?」

リアンが尋ねると、アイリーンは静かに頷いた。

「ええ。これで次代への準備は整った。」

エリオットが彼女の横に立ち、結晶を見上げながら言った。

「あなたが築いた道は、これからも多くの人々に影響を与えるでしょう。」

「そうね。でも、私たちの仕事はこれで終わりじゃない。」

アイリーンの言葉には、未来への希望と自信が溢れていた。その姿を見て、リアンもまた安心した表情を浮かべた。

「次に進む時が来たな。」

遺跡を出る三人の背中には、沈みゆく夕陽の光が差し込み、新たな時代の始まりを予感させるものとなった。


アバロンの大広間は、これまでにないほど多くの人々で埋め尽くされていた。貴族、地方の代表、異種族のリーダーたち、そして帝国の未来を見守ろうと集まった民衆たち。荘厳なステンドグラス越しに差し込む陽光が、大広間を神聖な雰囲気で包み込んでいた。

玉座に座るアイリーンは、一瞬目を閉じ深呼吸をした。翡翠色の髪が光を受けて輝き、その姿は威厳と慈愛に満ちていた。彼女は目を開け、広間全体を見渡した。

「皆さん、今日は私から大切なお知らせがあります。」

アイリーンの声は広間全体に響き渡った。静寂が訪れ、誰もが彼女の言葉に耳を傾けた。

「私は6年前、この帝国を再建し、未来へと導くために皇帝の座につきました。その間、多くの困難に直面しましたが、皆さんの力を借りて乗り越えることができました。」

彼女は一呼吸置き、民衆の表情を一人ひとり確認するように視線を巡らせた。

「しかし、帝国が新たな安定を迎えた今、私は皇帝としての務めを終える時が来たと感じています。」

会場にざわめきが広がる。貴族たちは驚きの表情を浮かべ、地方の代表たちは互いに目を見合わせた。民衆の中からも声が漏れた。

「退位……?」

「陛下、なぜですか?」

アイリーンはその反応に静かに微笑み、再び話し始めた。

「伝承法が次の皇帝を選びました。そして、彼がこの帝国をさらに新しい未来へと導くべきだと示されています。」

その言葉に再び静寂が訪れた。誰もがアイリーンの次の言葉を待っていた。

「私は、これまでの6年間で、この帝国に安定と未来への礎を築くために全力を尽くしてきました。しかし、未来を託すべき時が来たのです。」


アイリーンは軽く頷き、広間の入り口に視線を向けた。その視線を追うように全員が振り返ると、一人の若い男性がゆっくりと広間へ歩み入った。彼はグレイと名乗る新皇帝候補だった。

「皆さん、この方が次の皇帝として伝承法に選ばれたグレイです。」

アイリーンが紹介すると、グレイは深々と頭を下げた。緊張を隠せない表情ながら、その瞳には決意が宿っていた。

「私はまだ未熟ですが、この帝国を未来へ繋ぐために全力を尽くす覚悟です。」

グレイの言葉に民衆は静かに耳を傾けた。その素朴で誠実な態度は、次第に会場の雰囲気を和らげていった。


グレイが一歩下がると、アイリーンが再び前に出た。彼女の姿は玉座の前に立ち、帝国の象徴である剣を握りしめていた。

「この剣は、帝国の象徴であり、私たちの信念と未来への希望を表しています。」

アイリーンは剣を持ち上げ、その輝きが広間全体を照らした。

「私はこの剣をグレイに託します。彼が次の時代を切り開き、私たちが築いた基盤をさらに発展させると信じています。」

彼女は剣をグレイに手渡した。その瞬間、翡翠色の光が剣を包み込み、まるで未来を祝福するかのような輝きを放った。


一瞬の静寂の後、広間全体が拍手に包まれた。最初は小さな拍手だったが、次第に大きな波となり、異種族も貴族も地方の代表も、全ての人々が一体となって新たな皇帝を迎える歓声を上げた。

「陛下、ありがとう!」

「グレイ皇帝、よろしくお願いします!」

民衆の声が次々と響く中、アイリーンは微笑みながらその場を見渡した。彼女の胸には、これまでの重責から解放された安堵と、新しい時代への期待が渦巻いていた。


式典が一段落し、人々がそれぞれ散っていく中、アイリーンはリアンとエリオットと向き合った。

「リアン、エリオット、これからも帝国を支えてくれる?」

リアンは頷き、アイリーンの手を握った。

「もちろんだ。離れていても、お前の意志はここに残る。」

エリオットも静かに笑いながら答えた。

「現場を見てきた君の経験が、これからも必要だ。僕たちもそれに応えるよ。」

彼らとの絆を感じながら、アイリーンは最後の決意を固めた。


最後に、アイリーンは民衆に向けて深々と一礼をした。

「これからも皆さんとともに歩みます。新しい時代を共に築いていきましょう。」

その言葉に広間は再び歓声に包まれた。アイリーンはゆっくりと広間を後にし、次の旅路への準備を始める。その背中には、未来への希望と覚悟が滲んでいた。


夜の帳がアバロンの街を静かに包み込む中、宮殿の中庭は月光に照らされていた。庭園の花々が静かに風に揺れ、清らかな香りが漂う。その場所に、アイリーンとリアンは立っていた。

「夜の中庭は特別ね。」

アイリーンが静かに言った。その声は穏やかでありながら、どこか切なさを含んでいる。彼女の翡翠色の髪が月光を反射し、まるで自ら輝いているかのようだった。

「そうだな。ここで過ごした時間が、なんだかずっと昔のことのように感じる。」

リアンは少し微笑みながら彼女の隣に立った。彼の瞳には、彼女を見つめる深い思いが宿っていた。二人は言葉少なに庭園を歩き、静かな時間を共有していた。

「リアン、あなたには本当に感謝しているわ。あなたがいなければ、ここまでやり遂げることはできなかった。」

アイリーンは立ち止まり、彼に向き合った。その言葉には感謝だけでなく、彼女自身が背負っていた重責への思いが込められていた。

「俺はお前を支えるためにここにいた。それが俺の役割だった。」

リアンは真剣な表情で答えた。彼の声には、決して揺るがない信念が感じられた。


アイリーンは微笑みながら、リアンの手を軽く握った。その手は暖かく、彼女にとって唯一無二の安心感を与えるものだった。

「これからも、あなたはここにいて帝国を支えてくれるのね。」

「当然だ。お前が築いたものを守る。それに……お前が帰ってくる場所を作っておく必要があるだろう。」

リアンの言葉に、アイリーンは思わず笑みをこぼした。その笑顔には、彼への深い信頼と愛情が溢れていた。

「あなたがいるなら、私は安心して次の道に進めるわ。」

彼女の言葉に、リアンは小さく頷いた。そして、一瞬の沈黙の後、彼は少し冗談交じりに言葉を続けた。

「まあ、誰かがここに残って、エリオットに冷静さを取り戻させる役目も必要だしな。」

アイリーンはくすくすと笑った。その笑い声が夜空に響き、庭園を柔らかく包み込む。


しかし、笑い声の後に訪れた静寂は、別れの重さを再び思い出させるものだった。アイリーンはリアンをじっと見つめ、その目には涙が浮かんでいた。

「離れるのは辛いけれど、これは私が選んだ道。あなたも理解してくれるわよね。」

「もちろんだ。お前が選んだ道なら、俺は全力で支える。それがどんなに離れた場所にいてもだ。」

リアンは強く頷き、アイリーンの肩にそっと手を置いた。その手の温もりが、彼女の心を少しだけ軽くした。

「リアン、ありがとう。本当に……ありがとう。」

アイリーンは彼の手を握り返し、もう一度笑みを浮かべた。そして、リアンは小さく息を吐き、彼女の髪に軽く触れた。

「翡翠色の髪……その輝きを忘れるなよ。どんなに遠くにいても、それがあれば俺たちは繋がっている。」

その言葉に、アイリーンは静かに頷いた。彼女はその瞬間、これまで以上に彼への愛情を実感した。


月がさらに高く昇り、庭園は銀色の光で満たされていた。アイリーンはリアンに背を向け、ゆっくりと歩き出した。

「さよならじゃないわ。いつか、きっとまた会いましょう。」

その言葉を最後に、彼女は振り返ることなく歩き続けた。リアンはその背中を見つめながら、小さく呟いた。

「俺も……お前を誇りに思う。」

アイリーンが庭園を去った後、リアンは静かに空を見上げた。月の光は彼の決意を照らし、その心に新たな希望を宿していた。

庭園には再び静寂が戻り、ただ風の音だけが響いていた。しかし、その中には二人の絆が確かに存在していた。彼らの未来は別々の道を歩むかもしれないが、その道はきっと再び交わると信じられるものだった。


アバロンの宮殿の大広間は、異例の静けさに包まれていた。最後の式典を終えたアイリーンは、堂々たる姿勢で玉座の前に立っていた。その翡翠色の髪が光を受けて輝き、その場にいる全ての人々を魅了していた。

「これが私の最後の務めです。」

彼女の声が広間に響き渡ると、全員が一斉に頭を下げた。その中には貴族や地方の代表、異種族のリーダーたちが含まれていた。彼女の言葉には迷いがなく、未来への確固たる意志が感じられた。

「私はこの玉座を去ります。そして、新たな皇帝グレイに未来を託します。」

アイリーンは玉座を見つめながら、一瞬だけ感傷的な表情を浮かべたが、すぐにその感情を押し殺した。

「この帝国は、私たち全員の手で未来を築いていくべきです。そのために、私はこれからも皆さんと共に歩みます。」

彼女の言葉が終わると、大広間は拍手と歓声で包まれた。その響きは宮殿の外まで届き、外で待つ民衆たちの声と重なり合った。


式典が終わり、アイリーンは静かに私室へと戻った。部屋には彼女が愛用していた書類や小物が整然と並べられている。これらの品々も次第に片付けられ、部屋は少しずつ過去のものとなっていく。

「陛下……いや、これからはただのアイリーンでいいのでしょうか。」

エリオットが扉をノックして入ってきた。その声には名残惜しさが漂っていた。アイリーンは微笑みながら振り返る。

「その通りよ、エリオット。ただのアイリーンとして、これからは自由な旅を始めるわ。」

「しかし、私たちにとってあなたは永遠に皇帝です。アイリーン皇帝としての業績は、誰も忘れることはありません。」

エリオットの言葉に、アイリーンは少し照れたように視線を逸らした。

「それでも、今の私はもう玉座に座るべきではない。帝国には次の時代が来ているわ。」


宮殿の門前には、多くの民衆が集まっていた。彼らは最後の見送りをするため、アイリーンの姿を一目見ようとしていた。

「皆さん、ありがとう。この帝国は皆さん一人ひとりの力で成り立っています。どうか、これからも未来を共に築いていきましょう。」

アイリーンは民衆に向けて静かに語りかけた。その言葉に、集まった人々は感動の涙を浮かべ、声を合わせて彼女を称えた。

「皇帝万歳!」

「アイリーン様、どうかお元気で!」

彼女は一人ひとりの顔を見つめ、深々と頭を下げた。その姿は、まさに民衆と共に歩んだ皇帝そのものだった。


宮殿を後にする前、リアンが彼女に近づいた。彼の瞳には、別れの悲しみと彼女への深い愛情が宿っていた。

「本当に行くのか?」

リアンの声は低く、しかし感情が込められていた。アイリーンは静かに頷き、彼の手を握った。

「ええ。でもこれは別れじゃない。私たちはいつでも心で繋がっているわ。」

彼女の言葉に、リアンは小さく笑った。

「お前の言葉を信じるさ。それでも……気をつけろよ。」

リアンは最後に彼女の髪に軽く触れ、その輝きをじっと見つめた。

「ありがとう、リアン。」

アイリーンは彼の手を離し、ゆっくりと歩き出した。その背中を見送るリアンの表情には、決して消えない信頼が浮かんでいた。


アイリーンは馬車に乗り込み、ゆっくりと門を抜けていった。民衆の声が遠ざかり、彼女の視界には広大な草原が広がった。

「これが新しい始まりね。」

彼女は静かに呟き、旅の目的地を心に描いた。未来はまだ見えないが、その先には必ず新たな出会いと挑戦が待っている。

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