見出し画像

田園交響楽(2)

 ベートーベンの田園交響曲。これを「交響楽」と表記しているのは,まあ,イメージの問題だろうか。第一楽章が「田舎に着いたときの愉快な気分」ということだから,なんとなく「交響楽」と書きたい。
 それはともかく,この曲を聴衆として聴くのではなく,演奏者としてどう考えながら演奏したかという視点で語るのが本稿である。
 前回は「クラリネット吹きとして」であった。今回はそれから8年後,フルートで演奏したときの話である。指揮は小林研一郎。「炎のコバケン」と呼ばれるようになる少し前のことである。

フルート吹きとして
 初めに,フルートという楽器の「難しさ」について述べておこう。フルートでは9本の指に対応するキーを使って穴を開け閉めして出す音の高さを決める。残りの1本は楽器を支えるだけ。半音にはそのためのキーが用意されていたり,指使いによって変えたりする。しかし,それだけで3オクターブに及ぶ音が出せるのはなぜか。
 クラリネットでは,左の親指で小さな穴を空けるキーを押すことで12度上の音が出る。1オクターブではない。これに対して,フルートでは,息遣いによって1オクターブ上の音を出す。同じ指でありながら,吹き方でオクターブを切り替えるのだ。さらに2オクターブ上ではそれに加えて指使いを変えることになる。これは,「倍音」という音の構造のためである。 
 そういった構造的・原理的なこともあって,フルートは音程をとりにくい楽器なのである。指を順に離していけば音階ができる,という単純なものではない。たとえば,3オクターブ目の「ド」の前後では,「ド」を「シ」より少し低めに,「レ」を「ド」より高めにしなければならない。それは,息を入れる角度によって変わるので,息遣いに加えて顎も使うことになる。慣れてくれば無意識にできるようになるが,そこまでがなかなか大変なのである。

 たとえば,第4楽章から第5楽章に入るときのフルートのソロ。

画像1


ただの音階と侮るなかれ。
図では,第5楽章の頭の音がないが,実際には「ド」の音がある。前述の通り,最高音の「ラ」から「シ」に降りるとき,「シ」から「ド」に移るときに音程の調整が必要なのだ。それも,まったくのソロなら少しくらいは違ってもあまりわからないが,ここでは最後の「ド」が第5楽章のクラリネットの「ド」につながるのだ。
クラリネットの「ド」とぴったり合わなくてはならない。クラリネットはこの音から始めるので,出してから調整というわけにはいかない。この程度は,プロならなんなくできるところだが,こちらはアマチュア。練習ではなかなか合わずに苦労した。
本番は? 「やったね!」だった。

 「田園」では,このような,「フルートだけの短いけれど大切なパッセージ」がいたるところにあるのだが,ここでは,中でも聴かせどころの多い第2楽章に絞ろう。
 第2楽章はクラリネットにも聴かせどころが多いが,フルートはそのクラリネットやオーボエなどと協調しながら進んでいく。
 初めは57小節目。1小節のソロの後,分散和音がある。

画像2

スタッカートマークはついていないが,当然スタッカート気味に演奏する。そのあとオーボエに主旋律が現れ,それを受け継ぐように分散和音が続く。

画像3

ニュアンス,バランスともオーボエと合わせていく。単なるソロではなくアンサンブルなのだ。

 続いて,今度はフルートに主旋律が渡される。分散和音はクラリネット,ファゴットとヴァイオリン。

画像4

 曲の末尾には,有名なナイチンゲールがある。オーボエのウズラ,クラリネットのカッコウと鳴き交わす。

画像5

ここは,完全にフルート1本になる。したがってとても緊張する。本番では緊張で十分息が吸えず,トリルの途中で息が足りなくなってわずかに間が空いてしまった。2回とも。返す返すも残念であった。

 今,プレイバックを聴くと,まあ,結構健闘しているが,もっとソリスティックに演奏する方がよかったなと思う。どうしても「合わせる」ために萎縮してしまったようだ。
 もし,次に演奏の機会があって,クラリネットかフルートかのどちらかを選べといわれたらどうするだろう。自信があるのはクラリネット。しかし,フルートで雪辱を果たしたい気もする。
 まるで「わが青春のブラ4」のようだが,実は,今3回目が来ている。首席は若い人に譲るが,練習ではピンチヒッターで演奏するかもしれない。練習でもいいからソリスティックに満足の行く演奏をしたいものだ。