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七つの星の詩

10月初め。
「ねえ,今度の #教養のエチュード賞 ,どうするの」
と妻が訊いた。
「最近の嶋津さんは,詩に興味を持っているようだから,詩を書きかけてるんだけど」
「どれどれ。『七つの星のし』?」
「『うた』と読んで」

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     七つの星の詩

星に名前があるなんて知らなかったころ
ほら一番星だよと
朱に染まる西の空
祖母の背中で見た明るい星
初めて教えてくれたのが 金星

あの先に北極星があるのだと
父が指さした七つ星
音楽のテストで歌った 冬の星座
「無窮を指さす 北斗の針と」
拍手喝采の ボーイソプラノ

水泳教室で行った伊豆の海
海岸で眺めた天の河
いつのまにか後ろに来た体育の先生
いじめられていることを知ってか知らずか
人間同士のいさかいなんて ちっぽけなものだなと

東の空に流星が降るという
Wの文字を探したカシオペア

初めて行った南半球
ラザフォードにあこがれて選んだニュージーランド
日本にいては見えないという
君と眺めた南十字星

冬の夜
オリオンの三つ星

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「5行ずつで6つ?」
「あとひとつで7つ」
「そうか。後ろの方はまだなのね」
「なかなか浮かばない」
「え〜と,始めがこどもで,2番目が小学生ってわけか」
「まあ,そういうことだ。小学生もこどもだけど」
「あれ? でも,音楽のテストで『冬の星座』を歌ったのは中一じゃなかった?」
「そうだけどね,『北斗の針と』は北斗七星でしょ。それだから小学校かな,と」
「まあ,実話でなくていいんだけど。小学校は『里の秋』だっけ」
「そう,校内放送で歌った。歌詞の意味も知らずにね」
「歌詞の意味? 静かな里の秋の情景を歌ってるんでしょ」
「そう思うよね。でも,1番で『ああ 母さんと ただふたり』って,変だと思わなかった?」
「とうさんはまだ帰ってないんでしょ」
「そう,どこから?」
「会社? 里,だったら,畑?」
「2番以降を聞くとわかるよ。とうさんは,戦地に行ってるんだ。」
「あー,なるほど,お父さんの無事を祈ってるんだ。」
「それでね,」
「うん,まあ,里の秋はいいから,星でしょ。3番目だけど,伊豆へ行ったの高校じゃなかった?」
「そう。だから,中学ができてない。」
「まあ,がんばるのね」

数日後。

「どう?」
「中学がこうなった」

七夕飾りに見上げる空
織姫と彦星がベガとアルタイルと聞いた新鮮さ
それにデネブが加わって三角形をなすのだと
あの子とぼくがベガとアルタイルなら
デネブは誰だろうとざわついた中学生の心

「ふーん,『ざわついた』って,なんか月並みだねえ」
「ほかに,なんかいい表現ある?」
「ないねえ。で,高校だけどさ,いじめられてたの?」
「いや。全然。だから,実話じゃないんだから。伊豆の海で天の河を見たのはほんとだけど」
「まあ,いいけど。じゃあ,次は大学?」
「うん,こうなった」

北の空に星が降るという
Wの文字を探したカシオペア
大学のグランドで サークル仲間と数えた流れ星
肩を並べていたのは君とぼく
やがてふたりだけのプラネタリウム

「なるほど,彼女といたのか。こら,いたのか。」
「だからあ,フィクションだって。だって,ジューンブライドもニュージーランドも違うでしょ」
「まあそうか。シーズンオフのの2月だったし。しかも,最初,結婚式を仏滅の日にしようとしたしね。で,最後はどうなったの?」

しんしんと静まりかえる里のあぜ道
南の空にシリウスとオリオンの三つ星
妻がやさしく微笑むその横で
あそこに馬の形の星雲があるのだと
息子に聞かせる 星の物語

「ふーん。南の空にオリオンって,冬の9時ころか。寒いぞ」
「10時過ぎに駅から歩いて帰ってくるとき,よく見えたよ。正面にオリオン。」
「3人で見たことなんてないよね。これもフィクションだね。」
「で,どうだ」
「なんか,ちょっとイマイチだね。それに,第1回の要項見ると,詩は該当しないみたいだよ。字数少ないし」
「えっ・・・ ほんとだ。がーん。じゃあ,これは単発でいつか出して,#教養のエチュード は他に書くか。」

それから数日。「他に書くか」はいっこうに浮かばないままであった。

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パタリ。ノートパソコンを閉じた。これでどうだ。メイキングから始まる文章。
実際には,妻とこんな会話はしてないから,これ全体が半分フィクション。
実話と思った人もいるだろうな。
「氷室の氷は糺ノ森」で猫野サラさんが本当かと思ったみたいに。
考えてみれば,note に書かれているたくさんの作品。エッセイなのか,実話なのか,創作なのか,まったく不明だったりする。
現実と虚構が,合わせ鏡のように無限に連なっている。虚像のまた虚像。
いま書いたこの6行前さえ,真実ではない。
「ノートパソコンを閉じた」は,いかにもそれらしいが,実際には,ノートパソコンを24インチのディスプレイにつなぎ,Bluetoothのキーボードで打っているので,書き終えて「ノートパソコンを閉じる」ということはないのだ。閉じるのは原稿のファイル。
このように,この文章自体,虚構が入り交じっている。
いったい,何が真実なのか。
いや,それはどうでもよい。
誰かの note を読んで感激したとき,それがフィクションでもノンフィクションでも,どちらでもよいではないか。
いい話には感動する。それでよい。
そうして,私は今こうして書いている。我書く。故に我在り。カント。 
(また嘘を,デカルトでしょ・・・ って,それも嘘。我思う だからね)
最後くらいほんとのこと書いたら?

はい。かくして3週間以上をかけて,結局単発でなく,メイキングから書くという,ありえない手法をとった「七つの星の詩(うた)」。始めの頃に書いたものを復活するために,Macのタイムマシンに乗って10月4日へ。
第三回 #教養のエチュード 出品作として公開です。


        ☆ ☆ ☆

        七つの星の詩

    星に名前があると 知らない頃
    朱と紺のグラデーションに染まる空
    ほら一番星だよと 祖母が指さす 
    あれをね きんせいっていうんだよ
    惑星という言葉も知らず
    お星さまは皆同じだと思っていた
    漢字さえ知らず 音だけで覚えた金星
  
    おおぐま座にこぐま座
    あの先に北極星があるのだと
    父と数えた七つ星
    音楽の試験で歌った 冬の星座
    語調とメロディーが好きだった
    「無窮を指さす 北斗の針と」
    拍手喝采だった ボーイソプラノ
  
    七夕飾りに織姫と彦星
    それがベガとアルタイルと聞いた新鮮さ
    デネブが加わって三角形をなすのだと
    あの子とぼくがベガとアルタイルなら
    デネブは誰だろうとゆらいだ中学生の心
    一年に一度だけでなく
    ずっと一緒にいたいと思った 儚い煌めき
  
    水泳教室で行った伊豆の海
    初めて見た乳白色の天の河
    光る砂を漆黒の空にちりばめて
    いつのまにか後ろに来た体育の先生
    見ろよ 人間同士のいさかいなんて
    ちっぽけなものだなと
    聞いたような台詞が 耳に残った
  
    北の空に星が降るという
    Wの文字を探したカシオペア
    大学のグランドにシートを敷いて
    サークル仲間の観望会
    肩を並べていたのは 君とぼく
    一緒に願い事をしようと言ったとき
    アンドロメダをかすめた大火球
  
    君が望んだジューンブライド
    ぼくが選んだニュージーランド
    透明なリゾートビーチではなく
    ふたりで選んだテカポ湖
    山の向こうに陽が落ちて
    あらわれたのは 全天に輝く大聖堂
    祝福する司祭は 南十字星
  
    しんしんと静まりかえる里のあぜ道
    南の空にシリウスとオリオンの三つ星
    そのまわりに数々の星たち
    都会では見えない空がここにある
    妻がやさしく微笑むその横で
    あそこに馬の形の星雲があるのだと
    息子に聞かせる 星の物語