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伏見稲荷は観光じゃなくて登山という話

休みだ。どこかに行こう。どこに行こう。
電車で行ける距離でまだ行っていないところを制覇していきたい。

そうだ、伏見稲荷に行こう。

かねてから行きたいと言いながら行けていなかった、かなりの名所。
アクセスを調べると、駅から徒歩で行けるらしい。
よし、ここにしよう。

朝のうちに洗濯を済ませ、日焼け止めを塗り、ご朱印帳をカバンに入れて帽子をかぶる。
念のため水筒にお茶を入れて出発。
河原町で京阪に乗り換え、その名の通り「伏見稲荷」駅で下車。

駅のホームは伏見稲荷推しの一色。
改札を出てすぐにおいなりさんが売っていた。あぁ、確かになぁ。

JRの踏切を越えて歩くと、すぐに鳥居が見えてきた。

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門前町みたいに土産物屋が立ち並んでいる。やはり客が少ないせいか、閉まっている店も多い。
キツネのお面が売られている。購入する人はいつ使うんだろう。

大きな本堂エリアに到着。横道から入ったらしいので、正面に回り込んでとりあえず撮影する。
ウイルスのことがなければ今頃大混雑だったと思うが、かなり人気の少ない写真が撮れた。

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さて、ご朱印をもらおう。
お守りなどが売られている社務所で「朱印→」と書かれた貼り紙を見つけ、
そちらの方に回り込むとお知らせが書かれていた。

「コロナウイルスの感染を防ぐため直接の記帳を遠慮させて頂き、お渡しのみとなっております」

ご朱印帳に直接書いてもらえないのか。感染対策の波はここまできていた。
直筆の墨汁の滲みと一発勝負の筆の流れを見るのが楽しみだったのに、残念。致し方ない。
さらに、ご朱印の紙を買おうとしたが窓口に誰もいないので、再び回り込んでお守りを売っている巫女さんに声をかける。

「すみません、ご朱印の紙を頂きたいのですが…」
「はい、かしこまりました」

巫女さんが声も軽やかにご朱印窓口の方に移ってくれたので、それに合わせてもう一度回り込む。
「ただいま紙のみのお渡しになっておりますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、ええよ」

あ、え、いやちょっと、

回り込もうとしたその窓口に、今ちょうど来た老夫婦のご主人が答えた。
今の質問は私に対して向けられたのだが、巫女さんもあれ、という顔をしたものの、既に財布を取り出しているご婦人。
私も後ろで慌てて財布を取り出したが、明らかに自分のほうが不自然な状態になっている。

多分、私宛に出してくれたとは思うけれど、「2枚お願いします」ということで結局そのご朱印はご夫婦の元へ渡っていった。
その後、「すみません、お待たせしました」とちょっと申し訳なさそうに応対してくれた。

ご朱印をゲットし、初の千本鳥居へ向かう。

そこそこ風が強く、緑の木々がざわざわと揺れる。おかげで暑いけれども頬をなでる風は心地良い。また、木々が直射日光を遮ってくれるのでありがたい。
千本鳥居まで行くまでの道に、既に十分な数の鳥居が所狭しと並んでいる。
伏見稲荷とはこんなところだったのか。

参道を歩いていくと、二本の道にそれぞれ連なる無数の赤い鳥居が見えてきた。
ここが噂の千本鳥居か。
人が少ないので、みんな順番待ちをして人が少なくなった頃を見計らって記念撮影をしている。

入口付近で中東系の男性グループと、アジア系カップルが端に寄ってスタンバイしていた。
中東系メンバーが一人ひとり入口の前で写真を撮り、次にカップルが待ってるのかなと思ってジェスチャーでどうぞと勧めると、笑顔で譲ってくれた。なんだ待ってなかったのか。
会話が通じなくても、笑顔の譲り合いだけで気持ちはほんわかするものだ。
ささっと写真を撮って右の鳥居の方へ歩き出す。

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なだらかな坂道に沿って鳥居のトンネルが続く。
鳥居と鳥居の隙間から自然の森らしい木々が聳え、夏の陽射しがキラキラと降り注いでいるのが見える。

大自然のなかを歩いているなぁ、と思うたび、いつも思う。
実家から歩いて30秒で大自然の裏山へ入っていけるのに、そもそも実家が割と大自然に近いのに、何故わざわざ遠出して大自然に足を踏み入れるのか。

そこで「鳥居を見に来たんだった」とはたと気づいた。大自然はここでなくても大丈夫だ。
根本的にはこういう景色が好きなんだろう、と思うことにする。
少し息切れしつつ、無理のないペースでのしのしと歩く。

千本鳥居が終わると、広場に出た。
奥社奉拝所というところらしい。
「おもかる石」という石があった。
願い事を念じた後に石を持ち上げ、意外と軽ければ願い事が叶いやすく、重く感じれば叶い難いらしい。
せっかくなので試してみる。

何か新しいことを始める!
パラレルキャリア!複業の道!

今そんなこと思ってたんやと自分に思いながら、よいしょっと石を持ち上げる。

おもっ

…た通りの重さだった。予想通り。
この場合はどう判断したら良いのだろう。叶うということで良いだろうか。

願い事って、叶うというか、叶えるものかもしれないな。
B'zの歌詞にもあったな、そういうの。
これからの一年はそれがキーワードだ。

伏見稲荷はまだ先に続くらしい。
再び順路を歩き出し、鳥居をくぐっていくと、鳥居が途切れたところで道が二手に分かれた。
左手に茶屋がある。
右かな、左かな。

ふと、茶屋のガラス戸に書かれた貼り紙が目に留まった。

「頂上まで40分」

だから声を大にして言いたい。
伏見稲荷が観光地だと言う人は、千本鳥居だけじゃなく他のところも同じくらい紹介して欲しい。
バリウムの凄さを語る人は、飲むバリウムの大変さだけではなく飲んだ後のアクロバティック運動のこともちゃんと教えてほしい。

40分とはしっかり登山の装い。のんびり観光地を遥かに超える勢い。
もっと簡単に考えていた。

とりあえず一旦休止。
スマホの画面を立ち上げると、買ったばかりのモバイルWi-Fiから「電波がないようです」と言われる。
そう言えば「山中とかは電波が届かない」って書いてあった。しばらく使えそうにない。
諦めて携帯の通信に切り替える。

ところでどうする。40分歩くか。
40分歩いて登ったら40分歩いて降りてこなければならない。
調子はどうか。とりあえずここに何しに来たのか。

何だか分からないが「ここで諦めたらこれからの一年が諦めづくしだ」と訳の分からない使命感が生まれ、意を決して歩き出すことにする。
ええい、進もう。

歩くたび、右足踵の痛みが地味に響く。
先日、テニス中に突然痛みが走り、それ以来痛みが尾を引いている。

というようなことは、さっき座っているときには思い出さなかった。
歩き出した瞬間に思い出した。
でも決めたから歩く。何故歩いている。ひい、ふう。
ひたすら自問自答の時間。

鳥居が並ぶ。もはや日常の風景になってきた。
暑い。時折帽子をとってあおぐ。
うっかりすると頭に熱がこもる。
山道で息切れする。マスクを取った。このままマスクをして歩き続けるのは不可能だ。
もともとすれ違う人もほとんどいないので目的からしても不要だ。

ひい、ふう。
四つ辻に出た。

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四つ辻の景色を見た瞬間、
「あれ、ここ来たことある」と思った。
何だろう、この既視感。

以前、この位置から景色を見下ろすように写真を撮ったような気がする。
このお茶屋に寄ったような気がする。

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念のためスマホの写真を手繰ってみるが、似たようなものは見つからない。
というか、暑い。デジャブだろうが何だろうがどうでも良くなってきた。
とりあえずベンチに腰掛けて一休みし、水筒のお茶を飲む。持ってきて良かったと心から思った。

お腹が空いてきた。
茶屋で一服すべきか。
いや、まだ目的地の半分も来ていない。ここで座れば後の旅路が辛い。

結構悩んだが、意を決して立ち上がり、頂上を目指して歩き出すことにする。
帰り道、ここでお昼ごはんを食べよう。そうしよう。

そこから先の道のりは本当に長かった。
すれ違う人もまばらになり、時折視界から誰もいなくなった。みんな千本鳥居か四つ辻どまりで、ほとんど頂上まで行かないらしい。
ひい、ふう。

行く道の鳥居は絶えずして、行き交う人もまた無口なり。
ひい、ふう。
たまにすれ違う人も、額に汗を滲ませて息を切らしながら歩き去っていく。
ひい、ふう。ひい、ふう。

買ったばかりの時計の革バンドが汗で変色し、それ以上の劣化を防ぐためはずす。
いやはずすんやったらしてきた意味ないやん。
背負ったカバンも皮なので気にかかり、たまにリュックを肩掛けに持ち替えて風を通す。
じゃあ革にするなよ。登山するとは思ってなかったんやって。
一人ツッコミが続く。

時折現れる休憩ポイントを横目に見ながら、ゆっくり歩く。
私は何故頂上を目指しているのだろう。
何故今は真夏なのだろう。
足が痛いのになぜ登山をしているのだろう。

数々の自問自答を繰り返してひいふう登り続けると、突如重なる朱の鳥居の向こうに「山頂」の文字が見えた。

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あぁ、山頂だ。
この瞬間は大学院で卒業証書を受け取ったとき以来の達成感ではないかと思った。

鳥居を抜け切ると、山頂と思しき階段の上に社が見える。あれが一の峰の社だ。
しかし、その社には上がらず、向かいの茶屋の軒先の日陰で2人くらいずつの数グループが汗だくの様子で並んでいる。

これはもしや、一度に入ることのできる人数が制限されているのだろうか。
一人、階段を下りてきた。
しばらく誰も動かない。
空気を読み取った2人組が入れ替わりに階段を上がっていく。

ご朱印帳の例もあるし、知らずに順番抜かしをしてはいかんなと思い、日傘をさしてハンカチで汗を拭きつつ立っている少し年配のご婦人に話しかけてみた。

「すみません」
「あ、はい」
「ここ並んでおられるんですか?」
「いえいえ並んでないですよ、どうぞどうぞ先へ上がってください。私はあっちの方に行った主人、連れを待っておりまして」
「あ、そうだったんですね」
「暑いですよねー」
「いやほんとに暑いですよね」
「初めてきたんですけど、こんなに大変なところだと思わなくて」
「いや本当にそうですよね。ブログとかでもっと書いて欲しいですよね」
「でもなかなか来ることないしと思って」
「いや本当にそうですよね」
「それでのぼってみたんですけど、真夏に来るとこじゃないですよね」
「本当にそうですよね」
「でもコロナの影響があるので、こんなに人が少ないのも今のうちかなーと」
「いやもう本当にそうですよね」

完全同意で意気投合。
思考回路も行動結果も完全一致。
本当にそうですよねを繰り返している間に連れの男性が戻ってきていた。
ではではこれで、じゃあ行ってきます、と社への階段を登る。

山頂の社で参拝。
境内はあまり広くなく、あっという間に社を一周できた。
向かいの茶屋や背丈を超える高さの塚の数々に遮られ、山頂から見渡せる景色も特にない。
ふむ、降りよう。

階段の麓に置かれた看板が秀逸である。

「山頂
 ※お店に確認は不要です」

多分、「ここ本当に山頂ですか?」という問い合わせが多かったんだろう。
ここが山頂なのかという不安より、
どちらかと言えば納得がいかなかったのかもしれない。

下山を開始する。
山頂までは2ルートあり、違う道を通って下りることができる。
下りの一歩目を踏み出した瞬間、全身に笑いがこみ上げてきた。

ぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷる

太腿と膝とふくらはぎが一斉に笑い出した。
第九を歌う年末のよう。

ここで攣っても誰も助けてくれないので、時折立ち止まり、一段ずつ下りたりして足のぷるぷるを抑えながら下りる。

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一つだけ気づいたのは、下山時に鳥居の奉納者の名前が見えることだった。
登っていく時は「奉納」の文字だけだったが、反対側から見ると住所と名前が書いてある。

名古屋市緑区滝ノ水。わー懐かしい。
鹿児島県南さつま市。おばあちゃん家の近くや。
あれ、このご夫婦さっきも名前なかったかな。

そしてまた、景色を見落としている自分に気づく。

ようやく四つ辻まで戻ってきた。初志貫徹、そばを注文して一服。

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畳に座ると、自然の風が通り抜けていく。加えて、天井の扇風機がぶーんと風を送ってくれる。
後で知ったが、西村和彦さんの実家らしい。

茶屋から見渡せる京都の景色は、さんさんと降り注ぐ陽光で光るように眩しい。
一本、ほぼ真っ直ぐに走っている道路が見える。
改めて、ここは太古から都だったのだと思う。

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四つ辻から麓までの下山途中、逆に登っていく人が増えてきた。
意外に浴衣姿の女性が多い。下駄でこんな道を登るとは思っていなかっただろう。

腰骨を指圧しながら歩いていると、足腰の神様なる神社が現れた。
これはご挨拶しておくべきではないか。立ち寄って拝む。
しかし、何やらプレハブのように囲まれたスペースで「ん?これ?」という感じだった。
伏見稲荷の境内にこんなのあったっけかな。

どうやら、帰り道に行きで通らなかったルートを選んでいたら、いつの間にか境内を出てしまっていたらしい。
道理で人家が並んでいると思った。
はて、このカエルは何だろう。
結局、千本鳥居の左の道を歩かずに帰ってきた。どう歩けば良かったんだろう。

伏見稲荷をコンプリートしたい方、ぜひ山登りの準備をしておでかけください。

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