ここちよいくらしのために。①

大学3年の時、2年間住んだ寮を出て、生まれて初めてのひとり暮らしをはじめた。
初めはまだよかったが、徐々に引きこもるようになり、奨学金の手続きを行うためにしぶしぶ大学へ行った時、健康支援センターでの面談を薦められた。

そうして大学病院で見てもらうことになり、精神科で、発達障害の傾向があると言われた。

片付けられない、時間の管理ができない、バスの停留所を間違える、忘れ物をする・・・異様に街の雑音は大きいのに、隣で話しかけてくる人の声が聞こえない。やる気が出ない。それまでも生活に支障があるほどの困難があったが、検査や面談を経てそれが、改めて

注意力欠陥障害(ADHDと呼ばれることもある)

という名前をつけられて、自分のもとにかえってきた。

発達障害には、みずぼうそうやはしかのような、明確な症状はあまりない。各個人、それぞれの苦しさがある。診断があってもなくても、私の生活や気持ちが劇的に変わるものでもなかった。ちょっと片付けられない女、というだけだ。ただ、脳の癖が強いだけだ。SNSではよく、発達障害が差別的に扱われる場面にも遭遇したが、対岸の火事のように思えた。私自体は今も、発達障害の定義を疑っている。初めの頃はくすりももらったが、副作用がひどく、飲むタイミングを間違って胃痛に苦しむことも多々あった。

どうして、人生でいちばん自由な時間のある時代にこんなことにと、床の上をのたうち回って涙を流したこともあった。完治することはない、よりよく生きていくことしかできないのだ。足踏みしている間も、歳はとっていく。そうして私は、脳の癖を飼い慣らせないまま、社会人になった。

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