30日間の革命 #毎日小説15日目

 手崎恭子は、幼少期から将棋が好きという訳ではなかった。彼女が将棋に初めて触れたのは高校1年生の夏である。とりわけ何か好きなことがあったり、部活動に専念したりすることのなかった手崎だったが、放課後の図書室で静かに繰り広げられていた対局に目を奪われた。図書室の静寂の中、将棋の駒を指す「パチっ」という音のみが響く。お互い対話をする訳でもなく、ただただ盤を見つめ、真剣に駒を動かしている姿に、手崎の心は簡単に奪われた。

 そんな様子に気づいた、将棋同好会の金澤は、手崎を招き入れた。もともと熱しやすく冷めやすいタイプであり、興味を持ったものにはとことんのめりこむが、その分飽きも早い。そして、何かに熱中をすると周りが見えなくなる性格もあって、友達は少なかった。しかし、将棋と将棋同好会は違った。

 どれだけのめり込んでも、まったく底が見えないほど奥の深い将棋。そして、どれだけ周りが見えなくなっても決して見放さない将棋同好会のメンバー。いつしか手崎にとって、将棋というものが唯一の自分の拠り所になっていた。

 しかし、その同好会も存続の危機を迎えていた。現在のメンバーは金澤を含め3人が3年生である。つまり、このまま卒業をしてしまえば同好会は手崎一人となってしまう。そうなれば、手崎も同好会を続けることはなく、将棋同好会は消滅してしまうのではないかと、3年生全員が不安に思っていた。しかし、その不安は杞憂に過ぎなかった。手崎は一人でも同好会を存続することを宣言したのだった。一人では対戦もできないので、せめてもう一人メンバーを入れないかという提案にも手崎は首を縦にふらず、一人で続けると力強く答えた。根負けした金澤たちは、残りの学生生活を出来るだけ手崎と過ごし、そして卒業していった。

 そうして、現在2年生になった手崎は、一人で将棋同好会を続けていたのだ。毎日放課後、一人で将棋を指している姿をバカにする者もいた。それでも手崎は、将棋を指し続けた。自分の存在を唯一認めてくれた将棋同好会は、何にも変えることのできない大切なもの。誰にバカにされようが、辞めるつもりもなかった。もはや意地と言ってもいい。そうして、手崎は孤立していたのだった。

 そんな中、話しかけてきたのが加賀だった。授業以外で人と話す機会が減っていた手崎にとって、誰かから話しかけられることは珍しいことだった。ましてや、生徒会の副会長であり、人気者で評判の加賀から話しかけられるとは夢にも思っていなかった。だからこそ、どうしていいのか分からず、上手く応対することができなかった。別に誰からバカにされても今更落ち込むことのなかった手崎だったが、加賀と上手く話すことが出来なかったことに対しては、自責の念でいっぱいだった。

 (なんで話しかけてくれたんだろう。もしかして将棋が好きなのかな)

 色々な思いが頭を駆け巡り、手崎は生まれて初めて寝不足となった。しかし、翌日も加賀は図書室に現れた。

 「昨日は急にごめんね。ちょっとさ、俺も将棋やってみてもいい?」

 手崎は、自分の頬が緩んでいることを感じたーー

▼30日間の革命 1日目~14日目
まだお読みでない方は、ぜひ1日目からお読みください!

takuma.o

色々な実験を行い、その結果を公開していきます!もし何かしらの価値を感じていただけましたら、サポートしていただけますと幸いです!