『経済学の考え方』、宇沢弘文

・経済学は自然科学と違い繰り返しの観察が許されない歴史的状況の中の社会と人間を観察する社会科学である。ゆえに、よく言われるようにthe most artistic of the sciencesだし、he most scientific of the artsでもある。

・経済学の使命の一つは、貧困と分配の問題を通して、(空間的、時間的に)すべての人がゆたかになるにはどうすればいいかを考えること。ゆえに、暖かい心と冷めた頭脳が求められる。

・経済学の主流な考え方。合理主義的経済学は、人間の趣向が歴史や状況に左右されず不変であると考える。歴史学派制度学派は、財やサービスの生産及び交換の条件によって、人間の趣向は制限されると考える。

・近代の経済学は、スミスの国富論から始まると言われる。国富論の前にスミスは道徳感情論を著しており、これによってスミスは道徳哲学者としての地位を不動のものにしていた。市民社会は人間が感情を自由に表現できるような社会であるべきであり、しかもこの感情は個人的なものというよりは他の人にも共通のものであり、同感(sympathy)できるのが人間の特徴であるという考えがスミスの基底にある。その上で、そのような社会を実現するには経済的に豊かでなければいけない、という考えを推し進めたのが国富論である。

・国富論のポイント。①分業によって生産性は高まる。一人の職人がピン製造の全過程をこなそうとすれば一日に一本のピンすら作れないが、十人の職人が分業すれば一日に48,000本のピンが作れる。②分業に見られる経済的利益をもたらす仕組みは、改革によるものではなく、人間が内発的に行うものである。③分業による生産性の向上により、個人は自らが生産したものによつて、欲望の一部しか満たせなくなる。よって、余剰に生産したものを交換することで、交換が中心となる商業社会が生まれる。④交換を媒介するものは貨幣であり、ものの価値は、各人が自分の利益を考えて行動するにも関わらず需要と供給が一致する自然価格(natural price)へと収斂し、それが長期間持続する。これは見えざる手によってなされる業である。⑤自由な経済発展を促す政策こそが望ましく、保護主義的な政策は自由を阻害するという点で徹底的に批判される。

・スミスの国富論に厳しい批判を与えたのが、David Ricardoと、Robert Malthus。リカードは、分配の問題こそ経済学の使命であると唱え続けた。ナポレオンの大陸封鎖によってイギリスの労働者と資本家は打撃を受けたが、地主は逆に豊かになった点に着目したのである。外国貿易に関しては、比較生産費説を唱え、生産優位のある商品を関税をかけずに輸出することでいずれの国も豊かになると分析した。

・マルサスは人口論の中で、人口は等比級数的に増えるが食糧生産は等差級数的にしか増えないため、穀物価格は長期的に高騰することを示した。

・1870年代に誕生した新古典派経済学は、ワルラスの一般均衡理論によっておおよそまとめ上げられる。

・ヴェブレンは新古典派経済学への批判を展開して、ホモエコノミクス(経済人)という概念が現実の人間の行動からは乖離しているものであると指摘した。

・1930年の大恐慌から、新古典派経済学はその権威を失い、代わりに1970年ごろまで続く「ケインズの時代」が始まることになる。ケインズは父が大学の要職、母もロンドン市長を務めるなどエリート家庭に生まれ、ケインズ経済学の中にもelitism的な思想は見てとれる。のちにアメリカの経済学者の多くはelitism的な点を批判したりしている。主著は『一般理論』。修辞的表現の多さから来る難解さゆえに誤解を受けることも多いが、経済学に与えた影響は計り知れない。ポイントは、①新古典派の言う完全雇用は実現できないこと、②富と所得の分布が恣意的であり、不平等であること。新古典派は完全雇用と経済の安定的成長が正常としたが、ケインズでは非自発的失業の大量発生と経済循環の不安定化が一般的状態だとした。

・企業は投資をして固定的な生産手段を蓄積する。しかし、投資は未来への期待からするものであり、今の時点で手にした固定的生産手段が、未来において最適な質や量ではないかもしれない。そして、ひとたび固定的生産手段を手にすれば簡単には処分できなくなる。この、不確実性を伴う時間的流れの中で、企業活動は行われる、という認識がケインズ経済学を形作る。

・1970年代には、反ケインズ主義が流行し、マーケットに対する宗教的帰依感が見られる。この時代はホモエコノミカスの考え方が再流行し、ヴェブレンがかつて編集長を務めたjournal of political economyに、合理的な人間が24時間のうち何時間妻と一緒にいて何時間愛人と一緒にいれば効用が最大となるか、のような論文が発表される事態になっていたが、これは1970年代の経済学の状況を象徴する1ページであった。

・1980年代に入り、反ケインズ主義が現実政治ではうまくいかないことが明らかになり、ようやく経済学も正常な雰囲気に戻ってきた。

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