一つ目の鬼の街

その日は仕事が休みで職場の同僚に誘われて昼間から池袋に飲みに行きました。
夕方くらいまで楽しく飲んだあと、同僚とは帰りの方向が違う為1人で駅に向かって歩いていました。
元々池袋の土地勘があまりない私はお酒も入って気分も良かったため、スマホで地図を見ることもなく散歩がてらなんとなくで駅に向かっていました。

「この道の奥に確か駅があったよな…。」と右斜めに少し狭い道を入っていった時少し街に違和感を感じました。
気のせいかとも思いそのまま進んでいくとすぐに違和感の正体に気が付きます。
さっきまで高い建物が見えていたのが見えなくなっていて、周りはお店が多かったのが急に住宅街のような街並みに変わっていました。
そして、人もおらず車の音なども聞こえずすごく静かでした。
 周りの家の玄関にはスプレーのようなもので三角や丸などで模様が書かれていて家によってそれぞれ模様が違うようでした。

全然知らない場所で何も聞こえず少し怖く思っていましたが、戻ることもできずそのまま歩いていると何かが聞こえてきました。
呻き声のような、言葉にもなっていないような声で明らかに男性のものでした。
 声の方に釣られるように歩いていくと丁字路の突き当たりの建物から声が聞こえて来ていました。
その建物は住宅とは違い、現すなら小さな学校のような周りが緑のフェンスに囲まれている白い色が少し汚れた建物でした。
声を辿ってその建物に近づき、裏の窓のような所から中を覗いたら3人の男性が首輪を付けられ鎖に繋がれていました。
そのうち2人は寝ているのか静かでしたが、1人は丸まって横になったまま「うーうー」と唸り声を上げながら前後に身体を揺らしていました。
私は何か事件なのかと固唾を飲んで見ていると唸り声を上げていた1人と目が合いました。
その男は目を丸くして今にも飛びかかってきそうな勢いで「助けてくれ!助けてくれ!」と懇願しました。
すると他の2人もその声に飛び起きて「助けてくれ!ここから出して!」と騒ぎ始め、私は何となくここにいてはいけない気がしてその場から逃げ出しました。

 陽が落ちて暗くなって来た頃、途方もなく歩いていると近くの家の玄関がガタガタっと鳴りました。
人がいるならば道を聞こうとその玄関を見つめていると、玄関から出てきたのは人ではありませんでした。
玄関からは人ではなく、頭に小さい角をひとつ生やし、顔には大きな目がひとつある鬼が出てきました。
しかも人よりもはるかに大きな身体で手には棍棒のようなものを持っていました。

玄関の模様は召喚の陣のようで一つ目の鬼はそこらかスルッと出てきているようでした。
そして私がその姿に絶句していると「うがァァァ!」と一つ目の鬼が叫び声をあげ私に向かってきました。
 よくわからない状況の中(殺される!!)と反射的に身体が動き、私は走って逃げました。
 走って逃げているとそいつは少し足が遅いのがわかりました。
しかしここは住宅街。
案の定あちこちの玄関の模様から一つ目の鬼が次々に出てきて私を追いかけてきました。
鬼たちはそれぞれ包丁やら日本刀やら棍棒などの武器を持っていて、「ガーガー」などの音で会話をしているようでした。それでも不思議と日本語に変換され理解は出来ました。

一つ目の鬼の大群から逃げている私は適当に街の中を走っていました。
そして道を右に曲がると少し坂になっていました。鬼たちは走るのが苦手なのか坂に差し掛かると普通に走るよりペースが遅くなりそこで差を広げることが出来ました。
坂の途中の左側に空き地のようなスペースがあり、そのスペースの右端にボロボロの畑に使うようなハウスがありました。
土の上にハウスがあるというより、牧草のようなものが下に敷き詰められていてその上にハウスがただ乗っかってるといった感じでした。
 鬼たちとの差を広げた私はそのハウスに行き、身を伏せて自分の上に牧草をかけてカモフラージュしました。外の様子は隙間から伺うことが出来ました。

何人かの鬼がそのまま坂を駆け上がって行くのが見えました。また何人かの鬼はキョロキョロしながら近くの住宅の裏や空き地の木の裏など丹念に探しながら歩いていました。
鬼の様子を見ていると空き地の入口にいる鬼と目が合った気がしました。
そしてのしのしと私が隠れているハウスに向かってきました。しかし入口をガバッと開けて誰もいないとわかるとバタッと閉めて、牧草の下を確認することも無く行ってしまいました。
そして私から見える空き地の入口の道路に集まって何か話し合っているようでした。
今のうちに逃げようかと思っていた時、また1人の鬼がこちらに向かって歩いてきました。
まっすぐ私に向かって歩いてきます。(どうしよう、バレてる?逃げるか?でも待ち伏せしてるかも…)なんてパニックになっていたら、いつの間にか鬼は私の目の前、ハウスの横に立っていました。叫びたくなるのを我慢しじっとしていると「ジョロロロ〜」と鬼は私の目の前で用を足し始めました。顔に飛び散っていましたが(バレてない!)と思い我慢していました。用を足し終わると鬼はみんながいる道路の方に帰っていき「ガガガ!」とノイズが走ったような声で「お前ら早く片付けろ!」と怒鳴りました。そうするとさっき見た男達のように首輪と鎖を付けられた人間の男4人が鬼が用を足した場所に水をかけたり、空き地に落ちているゴミを拾ったりしていました。
すると水をかけていた男が私に気が付き驚いたような顔をして小さな声で「何をしてる。」と聞いてきました。私は今までの経緯を話して「ここはどこですか?」と聞きました。するとその男は「ここは一つ目の鬼たちが住んでいる街だ。人間の世界とは別にある。」とコソコソ教えてくれました。私は「どうしたら元の世界に戻れますか?」と聞いたら男は「それは簡単だ。この空き地の塀を乗り越えればいい。ただし、今は鬼が大勢いる。一つ目の鬼は夜にしか動けない。そのまま朝を待て。」そう言うと素知らぬ顔をして違う場所へと行き掃除をしながらどこかに行ってしまいました。
私は男の言う通りこのまま朝までここに隠れていることにしました。

 陽が昇り、そろそろとそこから出てみると鬼たちはどこにもおらず昨日私が迷い込んだ時みたいに静かでした。
 昨日の学校のような建物に「朝まで待て」と教えてくれた男もいるに違いないと私は建物を探しました。ようやく建物をみつけ中を覗こうとした時、ふと視線を感じました。パッと顔を上げ視線の方を見ると人間の子供サイズの一つ目の鬼がいました。手に武器は持っておらず、ただ大きな一つの目でジッと私を見ていました。
(何もしてこないのか?)と思っていた次の瞬間、「キャァァァ!」と甲高い叫び声を上げました。
(これはまずい!)と思ってると反対側から昨日の男が走って来ました。「何してる!!走れ!!」とあたふたしている私の手を引き走り出しました。
男は走りながら「あれは子どもで捕まっても殺されることは無いが、捕まって夜になれば大人が出てくる。そうなれば殺されるか奴隷行きだ!」と教えてくれました。
そして一つ目の鬼の子どもが何人も追ってくる中、男は迷うこと無く私をあの空き地に連れてきてくれました。「この塀を越えれば元の世界だ!」と高い塀に私を押し上げてくれました。塀の上から「早く!」と男に向かって手を伸ばすと男は「俺は行けない。早く行け!」といいました。すると私は何か不思議な力に引っ張られるように塀の向こうに倒れました。塀の向こう側に身体が落ちていく瞬間、子どもの鬼たちに捕まっている男の顔が見えました。その顔は穏やかに微笑んでいて、とても満ち足りた顔に見えました。

私は何事も無かったのように元の世界に戻り暮らしていますが、あの男がその後どうなったのか鎖で繋がれていた男達がどうなったのか知りません。
 ただふと最後に見たあの男の微笑みを思い出す時があるのです。

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