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駐輪違反をしたら、県警で中国語を教えることになった話

憧れの「おしゃれなカフェ」でのバイト

この記事でも少しお話しましたが、私は留学で来日してから、たくさんアルバイトを経験しました。

留学生は、日本語がまだ話せないうちは厨房などのアルバイトが多く、その後は、中華屋、ラーメンや居酒屋のバイトが多い印象でした。

私も居酒屋でのアルバイトが長かったのですが、生活も慣れてきて、日本語も問題なく話せるようになった頃、「日本人の女の子たちが普通にアルバイトをするようなおしゃれなカフェでバイトしてみたい!」と思うようになりました。

ちょうどこの頃、スタバが九州にも上陸し「タバコが吸えないコーヒーショップ」として脚光を浴びた時期でした。お酒と変わらない値段のコーヒーに驚きつつも、若者が多く入るようなそれまでとは違った「カフェ」というものへの憧れもあったのだと思います。

バイトしている居酒屋と同じアーケード街に、若い女子に人気のカフェがありました。2階に構えるカフェは、通りに面している大きな窓があって、若い子女の子たちが楽しそうにお喋りしながらオシャレなドリンクを飲んでいるのを見て、いいなって憧れながらバイトしている居酒屋に通っていました。

当時のカフェ。この方がブログでアップしてくださっていたので画像をいただいています。夜はバー風になる素敵なカフェでした。

運良く憧れのカフェで働けることになって、バイト仲間はお洋服も髪型もとてもこだわっていたり、彼女たちと恋バナで盛り上がったりと、小さなお店ながらも親しい人間関係を育むことができ、とても楽しい時間を過ごしました。

それまでの居酒屋バイトとは打って変わり、メニューにはカタカナばかり。賄い料理も、ナシゴレンやガパオなど、おしゃれなものになってとてもうれしかったのを覚えています。

駐輪違反で呼び出される

さて、ここで気になっている人も多いであろう表題の件を。笑

バイトには基本的に自転車で通っていたのですが、居酒屋の時は、ボロい自転車で通ってましたし、お店の裏に駐輪場があり、そこに停めていました。

しかし、カフェで働くようになって、おしゃれのために、可愛い小型の自転車を新調しました。アーケード街の中心部にカフェがあって、近くに駐輪場はなかったですが、アーケード街を横切る細い路地に多くの自転車が停めていましたので、私も同じようにしていました。

ある日、さて帰ろうと思って路地を見ると、自転車は一台もありません。そこで初めて知りました。日本は駐車違反すると、本当に撤去されるんですね。
新調した自転車なだけに、とても痛かったです。すぐに買うこともできず、しばらく40分かけて歩いて通っていました。

数日後、大学の学生課から連絡がありました。「あなた停めては行けないところに自転車を停めましたね。警察から連絡がきましたよ。自分で警察に電話をして謝罪し、自転車を取りに行きなさい」と指導をされました。
どうやら、自転車を買う時に、盗難防止のために名前などを登録していました。留学に来て以来、人の国で暮らしているからか、何も悪いことしていないのに、警察がとても怖いです。悩みましたが、嫌々電話して謝罪して、お説教を受け、委託会社まで自転車を取りに行き、とても大変だったことを今でも覚えています。

でも実は、この「自分で電話をする」というのがこの後の奇跡的な展開につながったのです。

まさかの展開で「中国語講座」の講師に抜擢される

そんな事件から数日後。

私の元に学生課からまた電話がありました。また怒られるの?と憂鬱になりながら電話に出たところ、「警察の方が、署内で中国語の講座をやりたいけど、講座を担当できる講師が見つからないそうで、あなたやってみない?」という内容でした。

なんと、あの日の電話で、「中国人で意外と日本語もうまい」と認識されてのお話だったのです。
ビビってる相手の先生になるのか?と思い、やってやろうという気持ちで、依頼を受けることにしました。

とはいえ、私はそれまで誰かに何かを教える経験もなかったので最初は大苦戦。45分の授業をどのように構成し、どんな教科書を使い、どうやって興味をもってもらうか?とカリキュラム作りを一生懸命頑張りました。

みなさんは、仕事終わりに学びに来ています。しかも中国語は、発音が難しく、そこばかりやると、眠くなりやすいし達成感がない。そこて、講座は、短文の会話と発音と中国の時事ネタという3部構成にしてみました。短文はすぐ覚えられて、達成感に繋がりやすい。発音は難しいけど短時間だと集中しやすい。時事ネタはカルチャーの違いにみんな興味を持ちやすい。この構成がうまくはまりました。

講座を何度も任されるようになり、結局2年くらいは継続しました。個別で1on1レッスンを申し込んでくる方もいました。
コースが終わる頃には受講生の警察官とも仲良くなり、一緒にご飯を食べに行くほどになったのもいい思い出です。

その後、警察内部の通訳のお仕事も呼ばれるようになり、私の中でそれまで選択肢になかった「中国語を教える」という仕事が、1つの強みとして自分の中でも認識できるようになりました。そして、警察はお友達って思うようになりました。笑

運を活かすのは、結局自分。

そんな大学時代から約20年がたった今、あの経験がまた活かされる時がきています。

4年ほど前から、国立がん研究センター東病院で、ドクターや勤務している職員向けの中国語講座を担当しています。最先端の治療を受けるべく、中国からの患者さんが増えているとのことで、私に声がかかったのです。

大学生の頃に県警で教えた3部構成をブラッシュアップし、実践できる会話を中心に、中国の医療事情など、ドクターたちが興味をもって学習に取り組みやすいプログラムを意識するようにしました。

またこれ以外にも病院のwechatの運用、中国語での問い合わせ対応など、付随する業務も担当しております。

振り返ると、あの時もしカフェバイトを始めていなかったら、駐輪違反をしていなかったら、自分で電話をしていなかったら、こんなチャンスにもつながっていなかったはずです。

すべての偶然や自分の判断が奇跡的につながった結果です。

もちろん運がいい、といえばそれまでですが、たまたま降ってきたその運を、ちゃんとキャッチして、結果にできるかは自分次第なのではないでしょうか。

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