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ハンテッド・ナイトメア

 夏なんで私自身が唯一恐怖を感じた体験談をつらつら語ろうと思う。
 今から何年前かは忘れた。まだ実家にいた頃なので三年以上前なのは確かです。

 私は夢を見ていた。
 夢の中で私は兄と共になんらかの施設におり、施設職員は皆白衣のようなものを着ていた。
 此処はどこだろう、なんの施設だろうと考える私は小学生時代の肉体に戻っていて、兄もまた私と三つ離れた程度の肉体だった。

 施設はとにかく『整って』いた。
 どこもかしこも管理され、ゴミひとつない白い空間だ。いくつか部屋はあるのだろうけれど、廊下や共有スペースが雑然としていない。ぼんやり病院か児童養護施設かなのだと思う。
 ただひとつ奇妙なことがあるとすれば、『ハナちゃん』の存在だった。
 漢字でも平仮名でもなく、片仮名で『ハナちゃん』。誰に教えられたわけでもないが、夢の中の私は知っていた。

 ハナちゃんは施設職員の背後からヒョコ、と顔を出す小さな女の子で、おかっぱ頭に赤系統の着物を着ていた。猫の眼みたいに若干釣り目、照れた様子で微笑んでいるものの、一度としてハナちゃんの声を聴いたことがない。
 つやつやとしたカラスの濡れ羽色の黒髪が羨ましく、話しかけようとしたこともあるが、いざ話しかけようとするタイミングでいなくなる。よく判らんがそういうものかと納得していた。

 あの子だけ赴きが違うなぁと疑問を抱く私だったが、ある日を境にハナちゃんは増殖した。どの職員の後ろにもハナちゃんがいて、此方をクスクスってな感じで見詰めている。施設職員はハナちゃんの存在に気付いてないのか知らん振りなのか、増殖したハナちゃんになんの反応も示さない。

 気味が悪いと思い始めた私だが、此処がどこなのか判らないのであてどもなく兄と共に施設内を歩いていた。すると唐突に兄が「脱出しよう」と言い出し、裏口から施設の庭へ飛び出した。
 厳重警戒態勢かと思いきやそうでもなく、施設の裏口はあっさり開いた。内鍵なので私たちが鍵を開ければ行く手を阻むものはなにもない。なんとなく施設からの脱走は禁止的な空気を感じていたのに。

 背後からハナちゃんがスーと近付いて来たが、私たちが施設を取り囲むフェンスを登るのを眺めるだけで、施設裏口からは一歩も踏み出して来ない。人を食ったような微笑みはいつしか無表情になり、憤怒や憎悪の眼差しで此方を睨み付けて来る。

 その時何故だか「ハナちゃんは施設から出られない」と私は確信し、そしたこの世のものではないことも確信した。
 だが敷地内から出られないなら怖くない。強気になった私はフェンスの頂上で叫んだ。

 ざまぁみろ!
 お前はそこから動けないんだろ!
 来れるものなら追って来い!

 声高らかにおのれの自由を叫ぶ私だが、ハナちゃんは怒りの形相からまたゆっくり微笑み、そして異様な満面の微笑みに変わる。
 しまったと思った。
 私はフェンスの頂上で、まだ片足を施設の敷地内から引き抜いてなかったのだ。フェンスを跨いだ体勢で、私の身体は半分施設敷地内、半分外界の状態だったのである。
 先にフェンスを降りた兄に倣い、慌てて私もフェンスを飛び降りようとした。

 そこで目を覚ました。
 明け方間近なのか深夜なのか判らないが、私は夢から覚めていた。夢か、夢だなと理解が早いのは、常日頃私はよく夢を見るからである。夢の内容を克明に覚えているのもよくある。荒唐無稽な夢が多いものの、今回に関してはとびきりの異端だ。

 なんせ背後にハナちゃんがいるのが感じられた

 ハナちゃんだけではない、ハナちゃんの左右に老人男性と老人女性がいるのも感じ取れていた。真ん中にハナちゃん、左右に爺さん婆さん。三人律儀に私の背後で正座している。
 夢の続きか、はたまた連れて来てしまったのか。
 夢の中で私は施設敷地内に半分入ったままでハナちゃんを煽り、来れるものなら追って来いと言い放っている。つまり半分は現実、半分は夢の境界でハナちゃんを呼んでいる。
 ついでに言えば私は夢の中でフェンスを降りきってない

 横向きで寝ている私の背後、「此方を見ろ」の圧が来る。ハナちゃん側から。
 これでも私は心霊特番などは欠かさず見る、怖がりなのに好奇心強いタイプで、こうした場合背後を振り返ってはならぬのを知っている。ぜってぇ振り返らねえから!と気合いを入れるが、意識とは無関係に身体が背後を振り返ろうとする。確認しようとする。確認して「気のせいか」とやりたがる。それ以上にハナちゃんからの圧がエグい。「こっち見ろよ」の圧エグい。両隣の爺さん婆さんはなんなのか知らんけども。
 なにしに来たの爺さんと婆さんは。お茶シバくにも時間帯とか考えてくんない?

 ともあれ背後を確認したくないのに身体が振り返ろうとしている。横向きで寝ている私の身体は顔だけを後ろに向けようとしている。
 もうダメだ、ハナちゃんが視界に入る。布団越しでもきっと視界に入り込む。
 ハナちゃんを現実世界で見たら私は確実になにかこう……なんかヤバいことになるだろう。具体的によく判らんが、おぞましいことになるだろう。予感ではなくもう断言する。ハナちゃん見たら死亡フラグだ、それだけは間違いない。

 ところでよく心霊体験やら怖い話で、それそのものに遭遇すると上手いこと気絶するケースがある。幽霊でも妖怪でも得体の知れぬものと遭遇すると、高確率で人が気絶するケース。
 そんな都合よく気絶するかいって思うかも知れない。私もそう思っていた。

 ところがどっこい、気絶した
 体感五分程度だろうか。もっと長かったかも知れない。心霊体験した人の中には一時間この状況でいた……なんて話も聞くが、私の場合は体感五分で気絶した。ハナちゃんと私の攻防戦は五分で終了したのである。

 ただ気絶する瞬間が全く記憶にない。睡眠障害を患っている私なら、意識が途切れる瞬間をほぼ記憶してる。毎日毎晩、あ、そろそろ寝落ちるな~なんてのを感じているのだから。
 以前ODのし過ぎで睡眠薬がもらえず、寝れないなら気絶するまでよと耐久脳処理落ちレースした時だって気絶する瞬間は判った。
 だがハナちゃんとの精神の綱引きでは、自分が気絶する瞬間は把握も記憶も出来なかった。

 私は現実世界でハナちゃんを見たのだろうか?
 見なくて済んだのだろうか?
 そこについて一切が判らない。

 思うに気絶するケースは、精神のみの存在である幽霊・心霊といったものと、肉体・精神のふたつを所有する人間による攻防結果なのだ。
 肉体という物理的、量子的な器に乗せられる精神の分量には限度がある。たとえ話だが生きている人間に百の数値があったとして、肉体に五十精神に五十と振り分け均等を保つ。
 だが幽霊や心霊といった者たちは百の数値すべてを精神に振る。肉体がないから数値を全振りしても無問題なので、そんなのと精神の綱引きすれば当然負ける。

 心霊体験した人々の多くが気絶するのは、精神の綱引きをしたことによる弊害なのではないだろうか。精神の綱引き、または精神の防衛。此方の精神と肉体に干渉されないため防衛に徹した結果、百の数値に五十で耐え切る。
 防衛戦は相手戦力の三分の一の戦力があればよい。我々ひ弱(ひ弱?)な生きている人間でも五十の戦力があれば、百の戦力に防衛しきれるってわけだ。
 ゆえに逆もまた真なりで、おのれの精神力が五十保ててない場合、または相手戦力の三分の一以下の場合、取り込まれ取り憑かれ戻って来れないのではなかろうか。

 なんてことを気絶から覚めた布団の中で考え、汗だくになって顔を出したのが昼の十一時頃。どうやら布団様で結界でも作っていたらしい。俺生きてんのか……と初めて心霊体験による恐怖を味わった。
 全部夢だよ、なにもかも夢、単なる夢です心霊体験なんてしてません!と超現実主義的な考えをしてもよいのだが、ふと端末を手にして見た数字で再び心臓が凍る。

 八月九日。
 もーーーーーなんだよ!!
 全く無関係ですよ私には!!
 その日に様々な方々が悲劇に見舞われましたけど、私の親類縁者の中にそれ関係の人いませんよ!!なんならその前の原爆のほうのが印象強いよ!!って、だからですか……?
 八月六日だけでなく、八月九日も手を合わせろってことですか……?と最終的にその思考に着地した時、よく判らないけど祖父ちゃんを思い出していた。

 私の祖父ちゃんは都内でガラス職人をやっていた人だが、身体が弱くて戦争には行けなかった。行けなかったことを悔やんでいたと母から聞いたことがある。東京大空襲で祖母ちゃんの田舎に疎開して、元々はええとこの跡取りだった祖父ちゃんは東京を捨て、祖母ちゃんの地元で家族を養い息を引き取った。
 私が生まれる前の話だ。

 けれどだからなのかも知れない。
 生前会うことすらままならなかった祖父ちゃんが、どうか戦禍を忘れてくれるなとトラウマものの夢を見せたのかも知れない。ってかそういうことにしてくれねえと俺の心が休まらねえよ。誰だよハナちゃんてハナちゃんイズ誰!!

 ……というのが、私自身が唯一恐怖を抱いた心霊体験だ。

 ちなみにこの話を聞かせた某氏から「危ないことしちゃダメ言っちゃダメ!」とフェンスの上で叫んだ私へのお叱りがあったのだが、知人の言によれば「その時点で相手からもう呼ばれてる。だから本人の意志ではない」とのこと。機会があればこの人の恐怖体験もこの夏に書きたいものだ。中々に「呼ばれる」の具体例を出してくれた人だった。

 様々な恐怖体験、心霊体験がこの世にはあり、大抵「なんでそんなことするかな~」と導入に憤りを感じるけれど、因果応報以外の心霊体験はすべてあちら側が呼んだことで勃発しているように思う。
 とは言え私は怖がりなので、すべては夢、なにもかも夢だったと夢オチにしたいわけだけども。

 ブラッドボーンみたいに全部夢なんだよ。
 ハンテッド・ナイトメア。

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