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一夜城が呼ぶ

 これは七歳年上の知人が実際に体験した怖い話。
 私は母の代まで江戸っ子でしたが、私自身は生まれも育ちもK県の城下町。一夜城伝説なんてものがある「ほぼ静岡だろ」の辛うじて群民ではない市民でした。

 さて、我々Оっ子(市名は伏せる)は高校生になるとО城に登ります。誰が始めたことなのか、とにかく高校生になるとО城に登る。別に授業の一環ではなく、暇だから登る。学校の課題ではなく自発的に地元の文化に触れたいと願い行動を起こすのは、高校生ぐらいが丁度よい塩梅だったのでしょう。
 なにはともあれ、周辺の学生は高校に上がると一度は登るものです。

 さて、恐怖体験をした知人Aは極度の怖がりでした。
 心霊特番なんて見ない。ホラー映画無理、ホラー漫画だって無理。心霊写真とか絶対無理。というか夜中に出歩く人の気が知れない。
 年頃女性だったAは危機管理がしっかりした人で、君子危うきに近寄らずを地で行くタイプの女性でした。

 そんなAはある日友人宅で集まってワイワイします。年頃ですもの、特に用事がなくても同年代の家に泊まりに行くものです。酒なんて不要、話題は尽きぬ。女たるもの、身体は噂で出来ている。血潮は少な目、心はスライム。幾たびの修羅場を超えて無益ってなもんです。
 話題には事欠かない、人間とはそうした生き物。

 で、何故かその時、我らがО城の向かいある一夜城の話になりました。
 知らぬ方もいらっしゃると思うのでご説明させて頂きたい。一夜城についてではなく、一夜城のについて。

 秀吉が作ったという一夜城ですが、真実一夜にして作れるわけありません。何ヵ月かかけて作ったってのが史実的には有力です。一晩で城作るなんて常識で考えてあり得ねえだろと言われようが、Оっ子は「北条様がそれで負けたってんだから秀吉は作ったんだよ。なんだてめえやんのか」ぐらいの気持ち。仙台市民が伊達政宗公を誇りに思う感情に酷似しています。
 ただ一夜城跡地、私は見に行ったことがありません。恐らく多くの人は見てないでしょう。けど耳にしたことはある、聞いたことはある、あって当然、そういう認識。

 問題なのは見てない・見たことがないのではなく、一夜城跡には行ってはならなぬ、という暗黙の了解でした。

 以下はAより上の世代で起きた一夜城跡でのホラー話です。

・怖いもの知らずのヤンキーたちが深夜に一夜城跡地を探して歩いた。
・そんなに大きくない城内なのに何故か全員迷子になった。
・行き止まりに到着したので元の道を戻ろうとした時、背後から「オイ」と声をかけられた。
・振り返ると三つの墓石があり、その上に男の首が浮いていた。
・悲鳴をあげて逃げ回るも、何故か墓石の前に戻ってしまう。
・いよいよもうダメだと思った時、なんとか見知った道に戻れた。

 一夜城跡地を探すなというより、三つの墓石を探すな……が正しいのでしょうけれど、以来Aの世代では「一夜城には近付くな」が合言葉になったそう。

 話は戻ります。
 怖がりなAは一夜城の話を聞くのも話すのも嫌いでした。なのにその日その夜、友人と集まって深夜に出た話題が一夜城です。それだけでも普段のAなら「やめてよ」と言うところが、「墓石探し、行ってみようか」の提案に「いいね、私も見てみたい」と返答してしまいます。この時何故かなにも考えられなかったと言っていたので、深夜テンションとも違うのでしょう。
 かくして友人の車でAを含めた三人は、一夜城を目指しドライブに出かけます。「思えばこの時から自分はおかしかった」と、Aは話の席で私に零していました。

 一路は車内で楽し気に話をし、歌を歌い、深夜の市内をドライブします。どこも似たようなものでしょうが、城下町は大抵一方通行。我らがО市も駅前から城周辺は一方通行で、ゾロレベルの方向音痴でなければ早々迷いません。一夜城は駅から少々離れた場所にありますが、それでも一方通行の道のが多いのです。
 普段なら十分程度で着く小山。
 なのにカーストレオから流れるCDは一枚目が終了しました。

 ……おかしい。
 どんなに道が混雑してようが二十分もあれば到着する一夜城に、一向にたどり着かない。

 カーナビなんてものがまだ導入されて間もない時代ですが、車乗りの地元民が一夜城までの道のりを間違えるなんて稀有な現象。異常事態だと気付くのに圧倒的な後れを取ったものの、誰一人として現状を受け入れられる余裕がない。
 ジクジクと浸透する恐怖はやがて車内を満たし、誰とはなしに「帰ろう」と言い出しました。
 三人とも一夜城を目的地とするのではなく、帰宅を目的に変更したのですが、どうしたことか今度は帰り道が判らない。見知った道に出られない。
 車内の空気は一触即発となり、「なにしてんの!」「早く道戻って!」と叫び声が挙がる中、運転しているAの友人は涙目で「道に出ないんだって! 知ってる道に出られないよ!」と悲鳴混じりです。
 一方通行だからね。どこかでUターンするか、突き当りを曲がって戻るかでしか戻れないね。

 ですが不意に、車はちょっとした広場に出ました。
 見たこともない広場でしたが、ここならバックしてUターンできると思ったのでしょう。運転席の子は背後を振り返りハンドルを切ろうとします。

 けれどその瞬間彼女の視界に入って来たのは三つの石
 横に並んで置かれた三つの墓石でした。

 車内の三人は恐怖という恐怖を煮詰めて凝縮した恐怖スペシャルセットを無理やり突き付けられ、法定速度もなんのそのでその場から脱出しました。
 ですがこれだけ迷子になっていたのに、見知った道には即座に出られたそうです。
 前方に向かって発進すると、即座にいつもの大通りに出られる道に侵入。
 助かった!と直線優先道路に出た三人が次に経験した恐怖は、轟くブレーキ音と真横にベタ付けされた一般車でした。車内の三人はもちろん、隣にベタ付け状態の車の運転手さんも唖然呆然。

 車内の三人とも周囲に車や人影はなかったのを確認していますし、それは相手の車の人もそうだったと言います。
 ただ黒い空間から突然三人が乗る車が現れ、咄嗟に急ブレーキを踏んで事なきを得たと。

 それを聞いて三人とも震えあがり、此処までの経緯を語ったそうです。男性は少し考えるような素振りのあと、「やめたほうがいいよ。今ならまだ間に合う」と意味深な発言をしました。

 男性の親切心によって駅前大通りまで連れ立って進み、安堵した三人はそのまま友人宅まで帰宅しましたが、Aはひとつだけ納得できない(ひとつじゃねえだろ)ことがあったと言います。
 それが時間です。

 確かに一夜城目指して市内を走っていた間、CDアルバム一枚を聞き終えるほどの時間を費やしたはず。なのに衝突寸前の車と遭遇した時間から逆算すると、市内を走っていた時間は三十分にも満たない。当時はCDを編集してカーステレオで聞く技術などありません。曲をスキップした覚えもないと言います。

 だとしたら空白の三十分以上はなんなのでしょう。
 話の席でポツポツと、Aが無表情で語った言葉が私は忘れられません。
 
「恐らくだけど、私は友達の家で一夜城の話が出た時に、もう呼ばれていたんだと思う。だから恐怖を感じなくて、なにも考えられない状態だった。けど途中からなんらかの理由で恐怖に気付いた

「なんでだろう、このことずっと忘れてたんだよね。そっか、ハムケツの世代には一夜城の話伝わってないんだ……」

「忘れてたほうがいいのかな。忘れないほうがいいのかな。けど、ハムケツは忘れないでね。『一夜城には近付くな』」

 正直言えば、極度の怖がりなAがこの話をしたこと自体、違和感があります。極度の怖がりが嘘の場合もあるし、一夜城の噂自体が嘘の可能性もある。まるっと全部嘘の可能性あるし、私みたいにぜーんぶ夢!の可能性だってある。或いはちょっと話を盛った可能性だってある。
 事実なのは私はО市民だというのに一夜城跡を見たことがなく、О市民はО城には登るが、一夜城跡は敢えて見に行かないこと。また三つ並びの墓石についてはほぼ知られてないこと。

 そんでもってこの話をAは淡々と淡々と、無感情に無表情に語ったこと。いつもケラケラと笑い上戸で人の眼を見て話す人なのに、この話の間は一度も私の眼を見なかった。

 選択肢はふたつだと思う。
 この話を聞いて三つ並びの墓石を探すのか、避けるのか。
 私はもちろん避けた。

 車の免許持ってねえし。
 一夜城跡地ってそこそこ駅から歩かなきゃならねえし。
 そんなとこ行くぐらいならО城登るわ。

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