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5月 (1150文字)


 ウイルスのせいもあり、季節の移り変わりを感じにくい生活をしている今日この頃だけど、いつの間にか、もう5月も半分を過ぎていた。で、これはおそらく、5月だからだと思うのだけれど、各SNSでの、周りの投稿がネガティブ傾向にある。いわゆる五月病ってやつなのか。この時節の上にもちゃんとあるんか五月病。お前も休めや。

 私は結構、SNS依存があるタイプの人間なので、タイムラインにネガティブ成分が増えると、自分も引っ張られてしまったりする。



 いや別にいいのだけど。なんでも書けばいいんだけど。
 それがその人の戦いであるのなら。
 諦めないための方法であるのなら。

 

 ところでこれは単なる私の体感だけど、人の成長は、一次関数のような直線の坂道ではなく、階段状になっている。しばらく水平な停滞があり、ある時突然レベルが上がり、その瞬間に能力パラメータが上がる。ドラクエみたいに。FFみたいに。ポケモンみたいに。現実でもきっと同じ感じだと、私は思っている。
 経験値という概念。レベル上げという概念。レベルが上がるほど、次のレベルに必要な経験値は多くなる。能力が向上しない時間が多くなる。強い敵ほど多くの経験値をくれる。弱い敵がくれる経験値は少ない。

 停滞の時期は苦しい。自己肯定感が低い人間は大抵、現状に満足するということを知らない。そして多くのゲーマーにとって、レベル上げの作業は苦行だ。

 しかも現実は経験量が数値化されてなどおらず、次のレベルまであとどのくらい経験を積めばいいかなんて誰も知らない。ともすれば、自分の成長を感じられない時間の長さに、もしかしたらもうここで頭打ちなのかもしれない、なんて思ったりもする。


 だけど諦めないことだということを、私は言いたい。自分にも言いたい。

 生きているだけでも経験値は入ってくるし、休み休みでもレベル上げを続けていれば、停滞は決して永遠ではない。いつか成長は必ず、かつ、突然訪れる。その積み重ねがやがて、自分を救う力になる。


 私はそう思っているよ。挫折しそうなときに思い出すよ。今がそうなんだけどね無職だから。
 だけど成功体験だけが経験値ではないでしょう。そうだよね。ね。

 生きていれば、何かしら経験値は得ている。そこから、自力でどこまで積み増しできるかはまた別の話として。

 欠損のある人間には、そのかわり何処か別に秀でた能力がある。そういう言説に縋っていたときもあった。でもどうやらそうでもない。かといって普通でもない。それはそうとして、それはもう仕方のないこととして、私はいったい、何処まで行けるのか。何処へ行くだろう。欠陥を抱えていても、私は、何かを為さねばならない、のだよな。

 以前に自分が書いた文章がゴミに思えるのも、きっと成長の証拠。そうだよね。ね。



(終わり)

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最後まで読んでくれてありがとう。 無職ですが、貯金には回さないと思います😊