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VR時代の初恋模様 #XR創作大賞 #SF小説

ちょっと間抜けな話をしよう。僕の初恋の相手はおじいちゃんだった。未だに友達に笑われるネタだけど、僕としては大事な思い出でもあるからすごく複雑だ。

生活インフラの多くがVRソーシャルの中で実装されているということもあり、みんな各々好きなアバターを使ってVRソーシャルに入っていく。僕は子供の頃、大好きだったバブルガムモンスターのアバターをよく使っていた。初等知識課程はほとんどVRソーシャルのなかで受けるから、僕の当時の記憶は様々な形をしたアバターたちと共にあるといっていい。性別年齢どころか皮膚の色だって手足の数だって自由自在だ。

さあ、ここまで話せばだいたいわかってきただろう。当時僕が好きだった「女の子」は、とっても可愛いアバターを使っていた。あんまり表情が変わる方ではなかったが、仕草がいちいち可愛くて、やさしくて物知りの「女の子」だった。「彼女」に会うのが楽しみで、あまり興味の持てない知識課程も再試験なしで突破できるように頑張った。昔の日本の祭祀所をモチーフにした広場が好きだった「彼女」に会うために、毎日欠かさずそこへログインしていた。

それが、まさか、いっしょに暮らしているおじいちゃんだなんて、誰が予想しただろう?

実はおじいちゃんも、いっしょに遊んでいるコミカルなモンスターのアバターが自分の孫だなんて気づいていなかったらしい。杖がなくては長い距離を歩くのも難しい生活だけど、VRソーシャルの中でならまるで子供のように飛び跳ねて駆け回ることができる。そんな遊びに毎日付き合ってくれるヘンなモンスターは、おじいちゃんにとっても親友だったことは間違いない。そこは自信がある。なにせ「彼女」に直接聞いたのだから。

ことの顛末が明らかになったのは、ちょっとだけ悲しい出来事だ。

おじいちゃんが天に召されるまでの1ヶ月くらいは、さすがに僕もVRソーシャルへのログインはほどほどにしていた。他ならぬおじいちゃんが、家族との時間を大事にしたがっていたからね。それでも時間をみつけてはログインしていたのだけど、この期間は「彼女」に全然会えなかった。別に何時に会おうと約束していたわけじゃない。数日に1回、しかもごく短時間しかログインできていないのだから、会えなくてもそんなものかと思っていた。

いよいよおじいちゃんの意識が朦朧としてきた時のこと。たまにだけど妙に女の子みたいな言葉になることがあった。僕以外の家族は子供の頃の思い出が蘇ってきているのだと解釈していたけど、僕だけは不思議な驚きを感じていた。あの女の子の口調だったからだ。

僕は家族が寝しずまった深夜におじいちゃんの病室に忍び込んで、自分のアバターのキャプチャー画像を用意し、おじいちゃんの眼前に映し出した。朦朧とした意識、霞んだ視界では、目の前に映る映像が光線なのかVRソーシャルのものなのか、もはや区別がつかないだろう。僕は、恋い焦がれていた「彼女」の名前を、そっと呼んでみた。

その返事は、しわがれた声だけど、確かに「彼女」だった。僕の初恋の相手の「彼女」以外の何者でもなかった。途切れ途切れの声だけど、いつも通りの優しい口調で、昔の遊びらしい缶蹴りのルールを教えてくれた。

「それじゃあ…また明日ね」

それがおじいちゃんの最期の言葉だった。街の人たちたくさんに慕われていたから、お葬式はそれはそれは賑やかだった。

大切な家族と、初恋の人を同時に失った僕もさすがに落ち込んでいたけれど、ふと、「また明日」の言葉がひっかかり、お葬式を抜け出していつもの場所へ行ってみることにした。行くのは一瞬だ。VRソーシャルの電源を入れるだけ。

そこに、彼女はいた。変わらぬ姿で、元気に階段を駆け回っていた。

「どうしたの? 最近来なかったよね」

そう挨拶する「彼女」は何も変わってない。僕以外の人間なら、なにかが変わったことになんて絶対に気づかないだろう。だけど、僕は取り返せない変化があったことを知っている。

「彼女」は人工知能が再現した、生前の「彼女」となんら見分けがつかない人格だ。継承人格などと呼ばれている、僕たちのVRソーシャルではありふれた技術だ。

おじいちゃんはたくさんの街の住民に好かれていたから、当然、おじいちゃん自身の継承人格も用意していた。きっと今日も、たくさんの人がおじいちゃんの継承人格とお茶会をしたり古いボードゲームをしたりして遊んでいることだろう。これによって僕たちは死別の悲しみを緩やかに消化していくことができる。

実は継承人格を作るのは結構手間がかかる。2つも用意した人なんて聞いたことがない。もちろん不可能ではないのだけど、端的に言って無茶だ。そんな気持ちが出てしまったのだろう、「ひょっとして、かなり無理をしてここに来ているんじゃない?」と僕はつい口に出してしまっていた。

「いやぁまあ、いろいろ無茶はしたけどね。これも親友と会うためだから」

「彼女」と「親友」ってことに自信があると、さっき言ったのはこのためだ。「ちょっと悲しい」と言ったのも嘘ではない。「ちょっと」しか悲しくないからだ。

かつての初恋の思い出である、僕のVRソーシャルのアイテムボックスの、すごく下の方にあるモンスター型アバター。これは今、無二の親友と会うための鍵になっている。

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