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『エンドウォーカー・ワン』第38話

「だーかーら、何度も言ってんだろ! 俺達は任務であの島に居たんだ。リカルド・トロイヤードに不審な動きはなかったか、だって? 知らねーよ、それより顔近付けんじゃねー!」

「そうです。ええ……サウストリア解放戦線に奪われたWAWヴァンドリングヴァーゲンの奪取が目的で。わたしたちは上空で待機してましたのでそこまでは……ノイン隊長とアルファ先生ですか……? いいえ、特には何も聞いてはいません」

 その密室にはハーフミラーといくつかの機材があった。
 壁色は薄灰色で、薄明りの中佇む女性と男性たちも灰の臭いを醸し出している。

「アレク、どう思う」
「どう思うって……完全にシロですよ。彼らは操られていただけに過ぎない。それにリカルド・トロイヤードが解放戦線に寝返ったという情報も怪しいものです。動機はある。だけど、それに至るには足りていない」

 アレクと呼ばれた緑色の少年――いや、幼顔の青年・・は長くなってきた緑色の髪を掻きむしりながら唇を噛んだ。
 その間も薄紫の瞳を小刻みに動かし、モニタに映し出された監視カメラの情報を何一つ見逃さんとしている。

「足りていない、とは?」

 30前後の背高な青髪女性が安物の紙巻煙草を吹かしながらニヤリと意味ありげに微笑んで見せる。

「彼の所属するエターブ社は元こそサウストリアの企業ですが、戦後の再建という名の元にノーストリアが出資し南北融和の象徴として今の規模まで成長した。皮肉にも『サウストリア解放戦線』という共通の敵を以てして、それはより強固なものとなった」
「だがそのリーダーは奴の息子、ベルハルト・トロイヤードというじゃないか。情が移ったという線は?」
「それに関しては――」

 アレクがふうと深呼吸をし、そこまで言いかけるとタイミングを見計らったようにモニター室の金属扉が外部のノックを響かせる。

「失礼します」

 そうして量販店で吊るし売りにされているようなボウタイ付きのブラウスにデニムといったラフな姿のアルファが顔を伏せて入ってきた。

「多忙なところを感謝します。まあ、立ち話も何ですから、そこにおかけください。自分はノーストリア情報部特務大尉、レスティア・シャーロット。こちらは同特務少尉アレク・フェルナンド」
「はじめまして。えーと、『アルファ』さんとお呼びしたほうがよろしいですか?」

 「灰被りの魔女」は一瞬だけ表情を強張らせ、瞳孔を引き絞った。
 当然と言えばそうだ。
 あの村に北軍がやってきた時点で隠し通せる筈がなかった。
 エターブ社で長期間泳がされていたのも何かしらの思惑があるのだろう。
 だが、身元が割れているというのに偽名を言ってくるとはどういう魂胆こんたんだろうか――彼女は慎重に言葉を選んでいた。

アルファ・・・・殿、そんなに構えなくとも、貴女のことを知っているのは一部の人間だけですよ。村を訪れた者が無礼を働いたとは聞いていますが、少なくとも自分――いや、アタシたちは味方だ。キミの知っていることを全て話してほしい」
「……ですが」

 アルファに真っすぐ注がれるレスティアの視線が熱を帯びてくる。
 その言葉には一切の偽りはなく、彼女がいかに真摯しんしに自分の仕事に向き合ってきたかが垣間見れた。
 アレクは先輩捜査官が何を言い出すのか戦々恐々せんせんきょうきょうとしていた。だが、レスティアの「キミも何か言ったらどうだい」と言わんばかりの視線を受け、咳払いを一つ、たどたどしく語り出した

「ご存じのようにエターブ社はリカルド・トロイヤードが反旗をひるがえし、ユエフ会長を殺害、実権を握っていた役員を拉致し姿を消した。現在では系列企業が指揮をとり混乱を収めようとしていますが、正直なところ一企業として機能していません。ここまで『表』の話。いいですね?」

 アレクの言葉にアルファは戸惑い気味に首を縦に落とした。

「……ここから先が本題です。画面をご覧ください」

 青年がラップトップパソコンを操作し、アルファのほうへそれを向けて動画の再生キーを押した。
 そこには備え付けのカメラによる低解像度な戦闘指揮所CICの様子が映し出されていた。
 正規軍とは違い、WAWヴァンドリングヴァーゲン部隊が主軸なためか人員は最小限で、指揮官であるリカルドもまたスクリーンを掻き混ぜながら作戦に従事している様子が見て取れる。
 だが、モニタ類を視認し易いように薄暗く調整されていた部屋の灯りが完全に落ちた。 場がざわつく暇もなく、ネットワークが切断されると同時に頑強な入り口扉が轟音と共に吹き飛んだ。
 そして突発的に始まる銃撃戦――いや、襲撃者たちによる一方的な虐殺。
 リカルドは頭にライフルを突き付けられ、地面に四つん這いにされて手首を拘束されて目出し帽を被った者たちに何処かへ連れ出される。

「……やはり、あの通信は」

 アルファも耳にした途切れ途切れだったリカルドの最後の抵抗。
 逃げろ、と。

「この映像は正規の場所ともう一つ。データベースの深層にコピーされるようになっていました。彼なりの『保険』だったのでしょう」
「ですが……この映像がありながら、どうしてリカルドが主犯格に?」
「ここ数年、彼の口座に『エイシア』連邦から大量の送金があり、かつ自身も観光という名目で何度も渡航している。目立ち過ぎたのさ、あのオジさんは」

 レスティアが熱くなってきた手元を名残惜しそうに眺めながら鈍色にびいろの灰皿へ煙草を押し付ける。

「サウストリアの英雄、リカルド・トロイヤードは数々の軍事活動に従事し、両軍から畏怖と尊敬の念を送られていました。戦後の軍事裁判では軍属を外れ、南北共同体であるエターブ社に尽力することで刑を減刑されました。いえ、その時点で最初からこうなることを仕組まれていたのでしょうか……?」

 アレクが髪をガシガシと搔きむしりながら手元の画面を睨み付ける。

「北でも南でもない。解放戦線でもなく、エイシアに分かり易い濡れ衣を着せるのはどこの誰だい? 各国を混乱させて得をするところは」
「……オストア共和国。アルター7の工業品をほぼ賄っているという」

 レスティアの言葉にアルファは条件反射で答えていた。
 大尉は十分に手入れの行き届いていない青髪を手櫛で整えながら「今のところ状況証拠しかないが、ね。あの国は戦争需要で発展を遂げた。各国を扇動して栄光をまた味わいたいんだろう」とぼやくと、張った胸のポケットからくしゃくしゃになった煙草の紙パックを取り出した。

「ですが、それならばあの無差別爆撃は一体何処が? オストアは領土から遠いですし、大型爆撃機を有している企業・国は限られています。何よりもソフトターゲットに対して火力過剰。爆弾も安くないというのに」

 アレクがラップトップパソコンを操作しながら眉をひそめた。
 疲労が相当溜まっているのか、背もたれをぎいと鳴らして目頭を押さえる。

「まるで戦闘の痕跡を隠蔽いんぺいしたい感じもするねえ。それはさておいて、行方不明になっている『ハウンズ』の三名だけど、現時点では遺体の痕跡は残っていない。無事だとは言い難いけれど、生きている可能性はある。少年、例の画像を」
「だから、俺は成人してますって! 何度言えば――」

 童顔のアレクは目を細めてレスティアを睨むが、全く動じないものなので渋々タッチパッドに指を滑らせてフォルダの中身を展開する。

「島内に巡らされた地下トンネル。大戦の名残だね。ここに潜れば生き延びれるかもしれな――って、アンタ」
「……え?」

 アルファはレスティアに声を掛けられ、はっと我に返る。
 目元から生暖かい何かが流れている。
 それは頬を伝って熱を次第に奪われていき、冷たい雫となってポタポタと事務机の上に滴り落ちた。

「……はっ、それほど好いた相手だったんだね」
「いっ、いえ。これはそういう訳ではなくて。あれ、なんで私……泣いてるの……?」
「こんなご時世だ。アンタも相当苦労してきたんだろうね。同情するよ」

 知り合ったばかりのレスティアの言葉はきっかけに過ぎなかったが、薄氷の如く薄く脆い仮面を剥ぎ取るには十分過ぎた。
 次第に嗚咽が加わり、彼女は小さな手でそれを覆い隠そうとする。
 そんなアルファをレスティアは柔らかな眼差しで見つめながら「一緒にアンタの大切な人を探そうじゃないか。ね?」と優しく肩を擦りながら言う。
 人の温かさなど知らないであろう無機質な暗がりで、そこには確かに人の気配がしていた。



  • 執筆・投稿 雨月サト

  • ©DIGITAL butter/EUREKA project


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