見出し画像

『エンドウォーカー・ワン』第33話

 解放戦線とのファーストコンタクト初接触から数か月後。
 クラス5の魔女を迎え、訓練を続けていたエターブ社実働部隊の士気は最高潮に達そうとしていた。

みな心して聞くように」

 そんな中、大会議室でスポットライトを浴びた壇上のリカルドが大勢の社員たちを前に口火を切る。

「標準時間で同日0400時、サウストリア解放戦線が我々エターブ社および、系列企業7社に対して宣戦布告。同時刻に大陸と新日本を結ぶ海路を航行中だったタンカーが拿捕され消息を絶った」

 彼の言葉に室内からどよめきが生まれ壇上の人は一瞬だけ息を飲み、手元のリモートコントローラーを操作した。
 すると複数個所に設置された空間描写型プロジェクターが起動し、立体画像がリカルドと社員たちの間に展開していきアルター7この星の立体的な全域図が形成される。

「同タンカーはサウストリアと新日本の技術提携で開発された第六世代WAWを積載しており、敵の目的はそれの奪取と思われる。これが解放戦線の手に渡れば、戦局図は大きく塗り替わるだろう。優勢である今、それだけは断固阻止しなければならない」

 リカルドは病的に理性が宿る青の瞳と冷静な口ぶりから場の空気を支配する。

「偵察衛星による近辺のスキャンの結果、トールバス諸島に停泊中の船団を確認。データベース照会を行ったがどれもここ数年前内に廃棄されたものばかりだ。またXM1の機影が確認できたことから当社はこれを解放戦線と断定、新型の奪還または破壊作戦行動を実施する。詳細は追って知らせる。第一、第二小隊は10分内に出撃準備。他は待機だ。以上」

 そう言い残し、リカルドが会議室を去った瞬間、隊員たちがわあっと慌ただしく動き始めた。

「マジかよ。こんな呆気ない開戦があっていーのかよ」
「レックス、戦争の始まりなんてこんなものだと思うよ。ねえ、隊長?」
「二人とも駄弁ってないで足を動かせ」

 ノインに急かされ、席から立ち上がる第一小隊の面々。

「私はどうするの? 教官というお仕事は貰ってるけど」

 アルファは人の流れに乗るノインたちの後を追い、目を回しながら声を張る。

「所属はうちということになってるから、一応準備してくれ」
「了解。その時はちゃんと守ってね、隊長さん・・・・

 アルファが何故か熱っぽい吐息混じりに言うものだから、ノインは背筋に寒気が走る思いだった。
 自分のことを信頼してくれている――そこに他意はないのだろうが、あの騎士ごっこの宣誓がノインに跳ね返ってきて胸部を締め付ける。
 あれからというもの、時々意味もなく苛立ったり、かと思えば急に距離感が近くなったり。彼には女性というものが理解できないでいた。
 人がばらけた通路を急ぎながらそんな二人をフォリシアはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら見守り、レックスは初陣の緊張感でそれどころではなかった。

「おせーぞ、ノイの字ぃ……」

 試験段階を終え、初の実戦投入となる新型のパイロットスーツに身を包んだノインたち。
 彼らをWAWヴァンドリングヴァーゲン格納庫ガレージで出迎えたのは額から頬にかけて傷痕のある強面こわもての中年男性。
 周囲の作業員は役職違いで色分けされた服に身を包んでいたが、その男性だけは黒のスーツに身を包み、その上からホームセンターの店員が着用していそうな前エプロンを着用していた。
 街を歩けば人が人混みが割れる。そんな物語の中で生きる裏社会の人間がここに体現し、息のかかる距離までノインに詰め寄っていた。

「イサカ技術主任。前にも言ったように、スーツだと汚れますよ」
「ああん? 誰がどう言おうとこれが俺の仕事服なんじゃあ! 文句は言わせんぞ、ワレェ!」

 イサカはノインの首元を掴もうとしたが、皮膚とシームレスに繋がっているスーツでは掴められる部分が狭く、伸ばした手は空を切った。

「イサカ様。それでは折角のお召し物が台無しになりますわよ。私としましては、作業服の貴方も見てみたいのですが」

 「灰被り」ならぬ「猫かぶり」のアルファが柔らかい笑顔を咲かし、毒気を少しだけ抜かれたイサカは「お、おう」と歯切れ悪く返した。

「……仮にだ、俺が作業服で仕事したら魔女のじょーちゃんは例のシノギやってくれんだろぉな?」
「い・や・で・す」

 アルファはアップセットに束ねた銀色のポニーテールを揺らして会釈をし、自分の機体へと歩いていく。

「それよりも例の改修の進捗しんちょくは」
「おう、さっき終わったとこだ。しかしこんな尖ったチューニング、おめぇぐらいしか扱えんだろ。それに塗装は前のままでいいのか?」

 全高5メートルほどの自機を見上げるノインとイサカ。
 アルター7条約で企業が保持する軍隊は迷彩塗装が出来ないため、エターブ社では兵器類は彩度を落として統一されていた。
 だが、ノインは暗灰を基とした差し色に紅という目立つ塗装で戦場を駆けていた。
 それはわば警告であり、同時に一目で自分だと知らしめるためのサイン。

「これがいいんだ」

 ノインの言葉は誰に向けたものだろうか。
 出撃前の喧騒溢れた格納庫で、数人だけがその細い声に耳を傾ける。

「ま、いいさ。行ってこい。無事生還出来たら、極上のブツで夢見せてやる」

 両手を無意味にクネクネとしならせ、まるで非合法品を取り扱っているふうのイサカ。

「あっ、わたしはパンケーキが良いー!」
「また太るぞ」
「っさい!」

 フォリシアが放った下段突きをレックスが慣れた様子でいなす。

「そろそろ行くぞ。各員、搭乗」

 アスファルトに片足をひざまずかせたM9A2グレイハウンドの搭乗用タラップを第一小隊隊員たちが昇っていく。
 役目を終えた足場は自動で機体に収納され、ガス圧による固定具が外されて先端のホースが躍る。
 誘導灯を両手に持った作業員に導かれ、肩部に101と描かれた機体から順番に滑走路にゆっくりと歩んでいく。
 再面部には鈍重そうな長距離航行用ブースターを揺らし、一機。また一機。

「進路クリア。第一小隊、順に離陸せよ」
「了解。101、離陸テイクオフ

 グレイハウンドは身を屈め、上方へ跳躍すると共にブースターに点火して高度を上げる。そして再面部の独立したエンジンユニットが推力を生み出し、地を飛び交うWAWがミサイルのように白い残留煙を残して飛翔していく。
 向かうはここよりはるか東の彼方。サウストリアと新日本の中継交易地帯、トールバス諸島。



  • 執筆・投稿 雨月サト

  • ©DIGITAL butter/EUREKA project

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?