見出し画像

第二章1節「入学」

夢小説『スタウロライト 十字石の追憶』

 かつて「旧大陸」は独裁政権に支配されていたが、天変地異を機に反乱が勃発し、政権は崩壊した。大陸は四つの「」に分裂し、それぞれ別々の国家に統治され、内戦が続いている。天変地異によって生じた未知のエネルギーは、この世界の物理法則を歪め、科学と神話が交錯する新時代に突入した。4島の一つである「東島」に迷い込んだ主人公「」は、そこで自分を救ってくれた仲間達と出逢い、彼女らと共に生きる事となった…。


第二章1節「入学」(5話)

 いよいよ、新しい学校に入る日が迫って来ました。私は、この世界の美しさを、そこに生きる方々の想いを学び、その心を形にできるような勉強をしてみたいです。そして…大好きなあなたと一緒の学院に通う事ができて、私はとっても嬉しいんだよ!

メグミの日記

 既に見てきたように、あの天変地異の後、旧大陸は四つの大島に、そして複数の国々に分裂した。それらの各勢力は、新時代の天下を巡って争い、長く続く内戦が勃発した。具体的には…。

「私とヒジリ、そして母さん(ミコト)が経験したのは『ウプシロン決戦』と『アルファ川の戦い』ね」

 私がヒジリ達の教会に拾われる前に、この世界(特に私達が居る東島の東部平原地方)で起きた戦争について、イサミが説明してくれた。

 一つ目の「ウプシロン決戦」は、それまで旧大陸を独裁支配していた「人民共和国」と、これに抵抗して立ち上がった「帝国」及び「民主共和国」の連合軍が、人民共和国の最終拠点であるウプシロン城(東部内陸)において、文字通り最後の激戦を繰り広げた日の事である。連合軍は、人民共和国の恐怖政治を終わらせるべく、要塞化された工業都市ウプシロン城に総攻撃を仕掛けた。

「最期の覚悟を決めた人民共和国も、そして私達の帝国軍も、互いに最新鋭の戦闘機を繰り出していたわね」

 この決戦の結果、連合軍に敗れて壊滅状態に陥った人民共和国は、東部平原を放棄し、北東地方から北洋を渡海して、北島へと撤退した。ウプシロン決戦は、圧政からの解放を記念する、歴史的な戦いであった。

「でも、これで平和にならないのが歴史の常。その後、帝国と民主共和国の対立が表面化し…」

 人民共和国という共通の敵を撃退した結果、それまで連合軍として共闘していた帝国・民主共和国が対立(仲間割れ)し始め、遂に武力衝突してしまった。それが「アルファ川の戦い」であり、東部平原を南北に分ける国境の河川において、帝国軍と民主共和国軍が激突した。

「こっちの戦いは、さっきと違って決着が付かなかったわ。帝国も民主共和国も、お互いに『新時代の天下を取り、平和な世界を創る』なんて素敵な理想を信じていたから、双方とも士気が高く、一進一退を繰り返して膠着したわ」

 結局、両軍は停戦協定を結び、一時的に休戦して撤兵する事となった。その結果、人民共和国なき後の東部平原は、国境のアルファ川を挟んで、南側・海岸の帝国と、北側・内陸の民主共和国という、二つの国家に分断された。

 ほかにも、世界各地に色々な国が建てられた事は、既に見た通りである。古き時代の終焉を見届けるかのように、ヒジリ・イサミ・メグミの母であるミコトが亡くなった。そして、その後…長引く天変地異で死にかけていた私が、ヒジリ達に救助され、彼女らと共に教会で暮らすようになって、今に至るわけである。

「ただ今、戻りましたよ」

 ヒジリが帰って来た。

「お帰り、ヒジリ」

「イサミ、お留守番ありがとう御座います。あなたも、お待たせ致しましたね」
 
「じゃ、私は基地に戻るわ」

「はい、行ってらっしゃいませ」

 私とヒジリで、忙しそうなイサミの出陣を見送る。軍人であるイサミは、基地や戦場での寝泊まりが多く、この家に居られる時間は長くない。

 さて、帰宅したヒジリに、私は訊かねばならない事がある。それは、私の入学に関して。ヒジリ達に拾われる前、私がどこの学校に通っていたのかは、記憶喪失の私には思い出せないし、学生証のような物も持っていなかった。

 今この世界は内戦状態であり、戦闘を勝ち抜く、あるいは生き残るだけの実力があれば、学歴が無くても生活には困らない。逆に、どんなに頭が良くても、力が無ければ無力でもある。だから、学歴だけで人間の価値が決まるわけではないのだが、教育熱心なヒジリとしては、心を豊かにする教養を学び、その上で文武両道を目指す事を私に望んだ。そして、私を受け入れてくれそうな学校を探した結果は…。

「はい、楽しそうな学院が見付かりましたよ!」

 そう言ってヒジリは、私に「学院」とやらの入学案内パンフレットを見せてくれた。読んでみると、ここは国語・美術・音楽などの探究に力を入れる、芸術系の学院らしい。詳細を読むと、文学・絵画・作曲・映像など、文芸作品を創る科目が並んでおり、制作活動に励む学生達の様子は、実に楽しそうである。

「お姉ちゃんとしては、学業やお仕事に関して、あなたに無理をさせたくはありません。いつ何が起こるのか分からない時代ですが、大切なのは、常に感謝の気持ちを忘れずに、一日一生を幸せに生きる事です。そのために役立つのは、美しい芸術と触れ合い、心を豊かにする事だと思います」

 教会で働くヒジリにとって、芸術への思い入れは深い。教会や神殿には、神を讃える諸々の芸術が揃っている事からも分かるように、人間の文化史において、宗教と芸術は密接に結び付き、同じ起源を持っていると思われるからだ。その起源とは「外なる世界の真善美をし、内なる世界に真善美をする」事だと、ヒジリは言っていた。

「はい、元来は母から教わった事です。人間とは想像し、創造する存在であるのだと。具体的には…」

 太古…私達の祖先は、眼前に実在する現実世界を認識するのみならず、その裏側にある異界や、死後の来世、そして神の存在を想像し、それらを最初は壁画に、次いで文字に描かれた存在として創造した。それが神話であり、宗教と美術の誕生である。また、初期の人類は、恐らく熱帯雨林の環境音など、身近な自然環境の音と、自分達の声しか知らなかったが、彼らは「こんな音があったら良いな」と想像し、それを音楽という芸術に創造した。

 そして、近現代。現実の生物界は優勝劣敗・適者生存であり、生存競争に敗れた者や、変化に適応できぬ者は必滅すると、生物学者は説く。いわゆる弱肉強食である。しかし…。

「その真理に敢えて抗い、全ての人間に、ひいては一切衆生に、自由と至福の権利が授けられている。強き者には、弱き者を護る使命がある…そう信じ、戦ってきたのが、私達の歴史でもありますね」

 「人類」の定義は、幾つかある。人類学的な定説は、直立二足歩行する、脳容積が大きい、道具と火を使う、言語を操る…などである。そして、智慧の実を食べ、文明に通ずる技術を得た人間の、最大の「特技」と言えば、代表的なものは戦争と環境破壊、つまりは罪を犯す事である。きっと、人が初めて神に背いた時から、今に至るまでそうなのかも知れない。そして、それを変えようとする努力も、常に時代と共に存在し続けた。

「外なる世界の真善美を想像し、内なる世界に真善美を創造する…それは、人が人である証であり、神様が私達に授けて下さった天命であると、私は信じています。それで、えっと…」

 ヒジリの悪癖。話題が哲学的な方向に脱線し過ぎて、本題を忘れる。

「ああ、学院でしたね。実は、あなただけでなくメグミも、その学院に関心があるようなので、お二方で御一緒に入られては如何でしょうか?」

 メグミと一緒…それなら確かに、気が楽ではある。

「戦乱の影響で、運営に窮している学校が多く、新しい場所を探さねばならないのは、メグミも同じなんです」

 そういうわけで、メグミと一緒に、東部平原の海岸にある、港町の学院へと入学する事になった。それを知ったメグミは案の定、大喜びした。

「あなたと一緒にお勉強、嬉しいな!」


東島 東部平原 国営列車

東島 東部平原 国営列車

 諸々の手続きを済ませ、無事入学できる事になった私達は、貝塚村から南に向かい、東部台地の南端に流れる河川を、復旧した列車で渡る。東部平原は、北から南へと標高が低くなる地形になっており、南に向かうほど、周囲の景色が台地から低地に、そして海岸へと移り変わる。こうして、東部海岸の港町に到着した。なお、港町の駅に着くまで、私とメグミは、列車内で色々な会話をしたが、メグミが私に抱き付くなど、基本的には(健全に)イチャイチャしていただけなので、この日記に詳細は書かないでおく。でも、周囲の乗客さん達も暖かい目線で見守ってくれていた(気がする)ので、きっと御迷惑ではなかったと信じよう。


東部海岸 港町

東部海岸 港町

「…ここだね」

 メグミと(腕を組みながら)下車し、港町に降り立つ。駅舎を出た直後、私達の眼に映った光景は…。

「わあ…大きな街だね!」

 私達が住んでいる貝塚村は、それほど大きくない小都市であり、全体的に建物の高さが低く、古来の遺跡・神殿なども見られる。それに比べ、こちらの港町は、如何にも近未来な大都市であり、高層ビルが建ち並んでいる。南東の大洋に注ぐ水路も、天然流路ではなく、コンクリートで整備された人工河道になっている。それほど遠く離れているわけではないのに、同じ島国とは思えない景観の差異である。

「私達の郷土とは、また違った魅力がある、綺麗な街だね!」

 メグミは、どちらかと言えば緑豊かな「伝統的文化景観」が好きだが、この港町のような近代的都市景観にも、都会ならでは価値を見出す性格である。時間とストレスに追われ、ともすれば愚痴ばかりこぼしがちな私達は、メグミのポジティブ思考を見習ったほうが良さそうである。

「えっと、この川を渡れば良いんだよね」

 メグミは(ヒジリもそうだが)機械を扱うのが苦手で、携帯電話を持っていない。よって、デジタルマップのルート案内も使えず、目的地に向かう際は、次のいずれかの手段を用いる。

  1. 取り敢えず記憶を頼りに歩く。

  2. 紙の地図を見てみる。

  3. 迷子になる。

  4. テレパシーでどうにかする。

  5. 他者に道を尋ねる。

 幸い今回の通学路は、そこまで複雑ではなく、そもそも徒歩5分の距離なので、冷静に場所を確認すれば、メグミの「テレパシー」でどうにかしなくても、どうにかなりそうである。駅から学院までの5分を歩く間にも、メグミは周囲を見渡し、風景を楽しんでいる。
 
「お空、綺麗に晴れているね。天の神様も、私達の入学を祝って下さっているなら、嬉しいな!」


 お読み下さり、ありがとう御座います。東京の大森・蒲田(大田区)出身、2023(令和五)年よりDAC横浜に所属。大学などでの探究を表現する「地球学(地理学文芸)作家」を志し、夢小説ライトノベルを創っています。物語の主人公は、本書を御覧の「あなた」自身です。

2023(令和五)年5月9日(火曜)
アキラ(デジタルアートセンター横浜)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?