『エンドウォーカー・ワン』第55話
「民間人の避難急げ!」
「こんな廃校寸前の体育館に女、子どもを詰め込んでどうする気だ!?」
「地下壕はもう満員なんだ。ここが落とされたら負けってことさ」
ノーストリア情報部実働部隊の怒声が飛び交っていた。
現代戦の中核を成すWAWの始祖とも言える歩兵支援用の鈍重そうなPLが二機、校門付近で両腕に装備した20ミリ機関砲を構え警戒をしている。
その側をカバーするように隊員たちが対人用の小火器を構え、頼りない遮蔽物に身を預けていた。
「故郷の為だ。私たちも共に戦おう」
偵察に向かっていたドローンが対空レーザーで焼き尽くされた直後で、防衛ラインに緊張が走っていた最中、武装した地元住民たち数十人が全線へ一斉に押し寄せてきた。
どこまで事態を把握しているというのだろうか。彼らの士気だけは異様に高い。
ATロケットを担ぐものもいたが、全体的に装備は不揃いで練度も高いようにもレスティアらの目には見えなかった。
彼女たちは顔を見合わせ、険しい表情を浮かべるが彼らの意識は固く、退去を促しても頑なに動こうとはしない。
「……分かった。ですが、こちらの指示には従っていただく」
「了解だ。異国の可愛いお嬢さん」
初老の域にあるリーダー格の男性がレスティアたちに恭しく頭を垂れる。
彼に倣い、他の住民たちも一斉に平伏した。
「未成年はダメです。下がらせてください」
アレクの目に幼い兄妹が映り、彼は二人を両手で追いやりながら口を尖らせた。
「アンタだってまだ子どもじゃないか! 俺だって戦える!」
少年はその手を渾身の力で掴み、押しのけようとするがアレクは「俺は26だ。このガキがっ!」と目を思い切り細め、口元を引き釣らせる。
「この二人は事故で両親を亡くしていてな。俺が面倒を見ている」
男性は顔に刻まれた皺を寄せて二人の肩を優しく引いた。
「……じゃあなんだ。アンタは自分が育てた子どもを戦場へ放り込もうって言うのか?」
「少年、口調が元に戻ってるぞ」
一旦熱が入ると冷めることを知らないアレクを呆れ顔のレスティアがやんわりと制する。
「……生き残れば――生きてさえいれば未来は開ける。そう思っていた時が俺にもあったさ」
老兵のこの世の理で擦り硝子のように曇った瞳が僅かに揺らいだ。
過去に一体何があったというのだろうか。アレクらにそれを確かめる手段はなかったが、小さな肩を抱かれる兄妹は老父の身体をぎゅっと抱きしめていた。
「では、あなたがた三人は最終防衛ラインまで下がってください。アタシたちの『最後の砦』を守ってほしい」
「俺は残ろう。未来ある若者だけを矢面に立たせる訳にはいかんでな」
レスティアの命令を老兵は不敵な笑みを浮かべ、拒否する。
だが、一連のやり取りを聞いていた勇士たちが「老師……」と神妙な表情で彼を取り囲んだ。
「俺たちとしても老師には後方で皆のことを任せたい」
「アンタが居なけりゃ、俺たちはただの荒くれ者だった。アンタが戦う意味を、力をくれた。今こそそれを果たす時だ」
「お前たち……相分かった」
長年苦楽を共にしてきた者たちは目を交わしただけで多くを語らず、老師と呼ばれている男性に首を縦に落とさせた。
「っしゃぁ! テメーら、男見せんぞ!」
「おう!」
士気高揚とした一団は手押し車などに満載した資材を次々と現場に持ち込む。
「今時、AKか。骨董品屋でしか見たことないぞ」
「銃なんて撃てて当たりゃ良いんだって」
「この間武器商人から仕入れた50口径はまだか?」
「弾薬箱はある程度分散して配置しろ。誘爆したら厄介だ」
野盗などの対応で場慣れはしているのだろうか。
民兵たちはノーストリア正規軍をよそに陣を固めていく。
「レスティアさん、この人たちは?」
単独行動していたイリアが道を駆けていく汗臭い一団を怪訝そうに避けながらレスティアに問い掛けた。
「ま、援軍だよ」
この場の最高責任者かつ指揮官であるレスティア・シャーロット大尉は、イリアの問いに対して口の端を折り、息を吐き出しながら返す。
そこに一陣の風が吹き抜け、黄土を巻き上げて視界を一瞬濁らせる。
――まるで狙いすましたかのように。
「……『標的』から熱源反応複数! 広範囲に展開していきます!」
戻ってきたイリアに一瞬だけ気を取られていた情報士官が不意に叫ぶ。
「レギオンか……殺人だけしかできないろくでもない機械さ。こんなに早く展開してくるとは。距離は?」
「約2万。高速で接近中の物体あり。数10」
駆け付けたレスティアが端末画面を見、地図に映し出された高熱源を示す無数の赤点――それが集まり、広大な面を作り出しているのを見て嘆いた。
「それは恐らく飛翔体――地上攻撃機だ。こちらの戦力を削って、戦車級や歩兵級で制圧する。そんなところだろうさ」
「レスティアさん、あなたは一体?」
歯をきつく食い縛り、移り変わる画面を睨んでいたレスティアにイリアが恐る恐る声をかけた。
表情を剥き出しにしていた女性指揮官はイリアの細い声に力を緩めて「……全て終わったら話すさ。大丈夫。なんて気休めは言わないけど、今を生き残るためにはキミの力が必要だ。『灰被りの魔女』の力、今こそ貸してくれないか」と微笑んでみせた。
「敵飛翔体を補足。撃ってきます!」
「伏せろっ!」
イリアが差し伸べられた手を取る間もなく、物見櫓からほぼ絶叫とも聞いて取れる声があがった。
監視任務にあたっていた隊員たちはそれだけを告げると目にも止まらぬ早さで梯子を滑り降りる。
彼らが地上に降り立つが早いか、無差別に放たれた対地ロケット弾がありとあらゆる建造物に喰いかかり、腹の中に抱えた炸薬が爆ぜて次々に家屋を吹き飛ばす。
土や石片がパラパラと地面に伏していた者たちに降り注ぎ、喉に絡みつく砂埃にあちらこちらから咳が響いた。
「攻撃を確認。SAMで反撃する」
PLのパイロットがそう告げると、左肩部に装着された短距離ミサイルの発射管から炎が上がり、それは瞬く間に加速して白い煙を吐き出しながら目標に向かって飛翔する。
迫り来る脅威に対し相手は一切軌道を変えることなく一直線に突き進み、ミサイルの直撃を受けて二機が地上へ引き摺り降ろされた。
それは熾烈な対空砲火の最中にあっても同じで、一機、また一機と敢え無く撃墜されていく。
「突っ込んでくるぞ! 迎撃しろ!」
「ダメだ、間に合わん!」
それでも地上の二機はFCSをフル稼働させて機関砲を撃ち続けた。
銃口から生まれる燃焼ガスで造られた銃花が辺りを照らしては散っていく。
砲の下方に設けられたエジェクションポートからは滝のように白煙を纏った空薬莢が排出され、黄土を押し固めただけの地面に流れ落ちた。
機関砲から射出された曳光弾が描く光線が空に向かって薙がれ、次々に攻撃機を撃墜していく。
「クソッ! 弾倉を交換する、カバーしてくれ」
だが、薄くなった弾幕を掻い潜った一機がリロード中の無防備なPLに突き刺さり、爆発四散する。
機体制御機能が集中している上半身を失い、ぼろぼろになった下半身が転がってレンガ壁を倒壊させた。
残されたもう一機が破壊された僚機の安否を確認をしようとした瞬間、脚部と胴体部へ攻撃機――いや、もはや特攻兵器と呼ぶに相応しいものが命中し、爆ぜた。
執筆・投稿 雨月サト
©DIGITAL butter/EUREKA project
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