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『エンドウォーカー・ワン』第42話

「チクショー! だからこんな任務、俺は気乗りがしなかったんだよ!」

 太陽フレイヤIIが照り付ける真昼。
 とある地方都市で行われていた制圧戦の最中、倒壊したビルを盾にノーストリア軍と銃撃戦を繰り広げていた兵士が軽機関銃LMGで道路の向こう側に制圧射撃を行いながら叫んだ。
 リンクベルトで結合された銃弾の帯が左から右へ流れ、焦げた真鍮と鋼鉄のベルトを次々と吐き捨てていく。

「よく言うよドミニク。今までに気の向く任務があったか?」

 銃火にさらされながら、遮蔽物から冷静に立射で応戦する別の兵士が答える。
 彼は単射で敵兵に狙いを定め、引き金を慎重に引く。
 何回も。何回も。
 だが、放たれた銃弾はコンクリートやアスファルトといった人工物を少し抉り取ったばかりで一発も本来の役目は果たせず砕け散る。

「……ふむ、やはり射撃は得意ではないな」
「リカルドぉ! どうして兵隊になったんだよ! ちくしょおぉぉぉ!」

 軽機関銃LMGとドミニクの絶叫が戦場に響き渡る中、リカルドは遮蔽物に身を任せると悠長に弾倉を交換するのだった。


 その街をめぐる戦いは混沌を極め、互いの兵器は数日で全損し、歩兵同士による単発的な戦闘が続いていた。
 両軍とも後方からの増援は望み薄く、前時代的な小火器での撃ち合い。
 兵士たちはコンクリート片などが舞い散る中、戦線を維持しようと睨み合いが続いていた。


「なあ、リカルド。夢とかってあるのか?」

 ドミニクが湯を張ったボウルで剃刀に付いたシェービングフォームを洗い落としながらたずねた。

「そうだな……WAWヴァンドリングヴァーゲン、アレに乗ってみたい」
「違う違う、そうじゃなくてプライベートのハナシだ。何かないのか?」
「ふむ」

 そこは最前線からほんの少しだけ外れた東部の小学校グランド。
 サウストリア軍の野営地としてテントが張られ、その一角で屈強な男性たちに囲まれ、一際若い二人が慣れない手つきで顔に剃刀を滑らせている。
 汗臭い中にクリームの爽やかな芳香成分が混ざり、比較的・・・安全なそこは幾分かの安らぎの場所となっていた。
 リカルドはひりつく顔に手を当て、「強いて言うならば――」とちらりとドミニクのほうを見やる。

「この戦争を生き延びて、故郷の恋人と結婚することだな。挙式の段取りはしてあるんだ」
「ああ、ヘルメットの中に挟んであるお守り・・・の彼女か。だが、それはフラグだから止めておけ。それにあんな鉄の棺桶WAWに乗って何の得になる? 手当が多少増えるだけだろう」

 ドミニクは顔に皺を思い切り寄せ、にちゃりと湿った笑みを浮かべる。

「分からないか、ドミニク。二足歩行兵器は男の浪漫なんだよ。2030年頃に汎用工作機体に装甲と火器を搭載したのが最初だといわれているが、アルター7開拓時代には戦略的優位性は無視され、パーツに互換性を持たせた寄せ集めの兵器としてWAWヴァンドリングヴァーゲンの始祖と言われている。また――」
「そういうところだぞ、リカルド」

 普段の冷静さはどこへやら。
 熱くWAWヴァンドリングヴァーゲンについて語るリカルドに相棒は呆れ果て、髭剃りを再開する。
 かつてアニメで活躍するロボットを見、力の拡張器である存在に憧れた。

 そのやり取りから間もなく、彼の願いは叶う。
 だが、地上を這いずる歩行戦車WAWヴァンドリングヴァーゲン兵器・・としては器用貧乏もいいいところで、並みの搭乗員ではその優れた機動性も十分には活かせない。
 鋭敏に動くには戦闘機以上のG耐性が求められ、魔法で重力を操作できる者もそう多くはなく、多くの歩行戦車たちはコストカットの為に二次元的な機動しかできずにいた。
 限られた者だけが地を滑走し、時には空を跳び、三次元機動を可能とする機体を駆ることができた。

 中でもサウストリア陸軍第44ハウンズ小隊は異彩を放っており、ハンドラー調教師の蔑称で呼ばれる指揮官の元、少数精鋭による潜入作戦、破壊活動などを主任務としている。
 天性の才を持つリカルドは精鋭の中でも頭角を現し戦果をあげる中、その相棒であるドミニクは部隊の中では・・・・・・いたって凡才だった。
 彼が努力を積み重ねる度に目指していたものが照り付けて劣等感を煽る。

 リカルドは古くからの戦友として何ら変わることなくドミニクと接していたが、本人はそれが辛かった。
 情けをかけられているようで惨めで。
 いつだって周囲はエースの話題で持ちきりだった。
 そんな輝かしい存在が傍にいるだけで自分が引き立て役のような気がし、憤りさえ覚えた。


ハンドラー・・・・、俺はここまでだ」

 雨が降りしきる日。
 荷造りを終えたドミニクがリカルドの部屋を訪れていた。

「……どういう意味だ。除隊するなど聞いていないが」
「そのままだ。お前の下で働く気はせんし、偶には普通の人生・・・・・を送ってみたくなったのさ。ゾラとベルハルトにはよろしく伝えておいてくれ」

 ドミニクはそう言い残すと、肩を掴んで引き留めようとするリカルドを振り払い部屋から出ていく。

「さて、どうしたものか」

 伸びてきた顎鬚あごひげを擦りながら壮年の男性はこれまでの人生を振り返る。
 そうはいってもたかが30年そこらだ。

――やり直したい。

 切にそう思う。
 今までに稼いできた金で新しい人生を買い直せるのならば、是が非でもそうしたい。
 平和な時代に生きて、家庭をもって、自分の跡継ぎを――

「あ」

 ドミニクの口から言葉が溢れ出す。
 思えば奴とはいつも一緒だった。
 敬意、愛情、信頼……欲しいものは全てリカルドが取っていった。
 自分に残されたものといえば、幾分かの金と背中から這い上がる後悔の念。
 相棒が評価される度に嫉妬で気が狂いそうになった。
 やりどころのない怒りを物や人にぶつけたこともあった。
 だけど満たされない。
 満たされない。
 渇望感が感情を支配し、精神が軋む音がする。

「ああ、分かった」

 そして透明な存在を俯瞰してはじめて理解した。

「俺は、お前みたいになりたかった」

 美しい女性と結ばれ一児の父となり、南北戦争終結の立役者となり「英雄」として輝かしい軌跡を描いていく。
 何の学も才も持たない無味透明が英雄に憧れてしまった。
 出会った時からこうなることは決められていたのだ。
 乾ききった唇から失意の音が漏れ出し、世界に何の痕跡も残さずに儚く消えていく。
 人生は千差万別とは云うが、その中にすらは含まれない。
 命令を与えられなければ動けない機械。

 それでも。
 俺は前を向いて歩き続けたい。
 思いにしがみつき、共に溺れるよりは前へ。
 前へ。



  • 執筆・投稿 雨月サト

  • ©DIGITAL butter/EUREKA project


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