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『エンドウォーカー・ワン』第43話

「求めた手が掴んだのがこの国際平和監視機構だ」
「おいおい、やっぱ敵じゃねぇかよ!」

 淡々と語るドミニクに徒手空拳で立ち向かおうとするランス。
 それを「止めておきなさい。既に彼のテリトリー内です」とヴァッツが片手で制する。
 ラフな姿の中佐は「ふん、威勢は良いな」と満足そうにわらってみせた。

「当機構は脅威を未然に防ぐために軍を展開こそするが、目立った先制攻撃が出来ない。そこで俺はエターブ社重役に就いたリカルドとコンタクトを取り、協同作戦を計画していた矢先にこれだ」

 ドミニクはふう、と大きくため息をつき「奴はこうなることも織り込み済みだったのだろう。世界中のサーバーに暗号化を施したファイルのピースを散りばめ、一部の人間だけに分かるようにノーナンバーに関する証拠を残しておいた。そして、それは本人の失踪と合重なり、確固たるものになった」「では、父……いや、リカルドはわざと捕まったと?」
「ふん、奴はそんな献身的な人間ではない。さしずめ内通者でも紛れ込んでいたのだろう」

 心をざわめかせるベルハルトをドミニクは鼻息混じりに一蹴する。

「だが、エターブ社、機構の両組織を敵に回す結果となった。西はそこまで形振り構っていられない状況なのですか?」
「ケッ、ヴァッツよぉ。オメー、インテリ気取ってる割にはニュースとか見てねーのかよ。あの不毛な国は世界最大企業『ヘキサアームス』社で支えられてんだ。食料品の9割以上を輸入に頼って、国民はなんとか食い繋いでいる。それを支える軍事産業が傾いたらどーするよ。あそこは常に新鮮な火種を求めてやがんのさ」

 いつになく饒舌じょうぜつなランスにベルハルトとヴァッツの視線が集まる。

「大体そんなところだ。そしてお前たちにはリカルド・トロイヤードの救出作戦先行部隊として露払いを行ってもらう」

 ドミニクが語り始める前。彼の口から「同僚」という語句が聞いて取れ、ベルハルトは手で顎を支え、暫しの思考に浸る。
 エターブ社でのリカルドは国外への出張が多く、本社に居ることはあまりなかった。
 そのことについて彼に言及もしたこともあるが、いつも「ただの仕事だ」としか返ってこなかった。
 一体どこの国へ何の目的で行っていたのかは本人ぞ知るところだろう。
 しかし、今の言動をそのまま受け取るのならば、リカルドは国際平和監視機構の職員でもあるということなのだろうか。
 では、彼は何を目論んでエターブ社で?
 ベルハルトが幼少期の頃、父から散々聞かされた「正義のヒーローになりたかった」という世迷言を真に受け取るならばそれも理解できる。

「……単刀直入に聞きたい。リカルドはここで何を?」

 ベルハルトは全ての思考や恐れを振り切り、ドミニクの褐色の瞳を見つめる。

「奴はエターブ社の中枢に入り込み、腐敗が進んでいた当機構が上手く機能するように便宜を図っていた。胡散臭く感じると思うが『清浄なる新世界の為に』というやつだ」
「サウストリア解放戦線のベルハルトもそのようなことを言っていたな。確か、入植初期に設立されたアルター7国際連合の掲げていた言葉だったか」

 ヴァッツがドミニクの言葉を補う。
 地球で繰り返された大戦の教訓からきた言葉ではあるが、人は争う。
 互いを求めれば、求めるほどに。

うちの・・・ベルハルトも似たようなことを言ってやがったな。ま、俺は綺麗ごとに過ぎんと思うが」

 ランスは不貞腐れ顔で空を仰いだ。
 気候は異なるが故郷と同じ空がどこまでも続いており、毒を吐きまくる普段の彼からは想像もできないほど穏やかな様子で「だけど俺たちどうなっちまうのかな」と憂いを零す。

「生き残れば未来は開ける――子どもの時はそう思っていたけどな」

 ベルハルトはランスに倣い、自分の瞳と同じ色を見つめる。
 青黒いキャンパスにうろこ雲が縦横無尽に自然のアートを描いていた。
 思い出すのは黄金こがね色の世界、灰色の線を追っていた。
 どこまでも。

「今は戦わなければ何も変わらない。リカルドはお前たちのことを思い、戦闘技術を仕込んだのだろう。俺にはそれを手助けする『理由』と『義務』を持ち合わせている」

 ドミニクはそこまで言うと、三人に背中を向けて格納庫へ再び歩き出し「お喋りは終わりだ。着いて来い」と歩き出す。
 ベルハルトとヴァッツは迷うことなくそれに続くが、ランスは納得いかない様子で頭髪を掻きむしると「これだから物分かりのいい優等生はよォ!」と叫びながら二人を追いかけた。

 辿り着いた先は何の変哲もないWAWヴァンドリングヴァーゲンの格納庫だったが、そこに並ぶ機体が異質だった。
 ベルハルトらの目にも明らかに分かる、従来機とは一線を画する実戦的ではない・・・・・・・歪な形状。
 先の共同開発された新型機や、XM1スレイプニルのような先鋭的で流線型をしているのとは対照的に、ここに並んでいる機体たちは生物をモチーフにした彫り物のように不気味であった。
 それはまるで巨大な人造人間であるような――ベルハルトは思わず肩をすくめる。

「MWZ1キャリバーン。XMシリーズを元に新日本で急造された次世代機だ。敢えてMナンバーじゃねえのは適合者専用に設計されたコアパーツ、大容量ジェネレータに高出力ブースター。それに加え、M2規格による柔軟なパーツ換装も可能。問題といえば、優等生過ぎて面白くねーことだ。お前もそう思うだろ? ベルの字よぉ」

 整備員たちに怒声を飛ばしていたはずのイサカが息継ぎなしに一気にまくし立てあげ、ベルハルトたちに向き直る。
 整備を担当していたであろう彼は言葉とは裏腹に誇らしげな顔をしていた。

「スペックシートを見せてくれ。ふむ」

 ベルハルトはイサカに歩み寄ると、携帯端末を借りてそれを舐めるように読む。
 何度か顔を上げて腹の空いた犬のようにキャリバーンの周囲をぐるぐると歩き回り、作業の邪魔をされて迷惑そうな整備員たちに構うことなく機体を眺める。

「……性能は申し分ないが、このエネルギー出力ならばシュタイナー社の高機動ブースターに換装してもいいのでは。そうだな、シリーズ9BDXMK3とかはどうだ」
「宇宙にでも行くつもりか? アレはいくらお前でも扱いきれんだろうが」
「やってみないと分からないさ」

 青年は青い目を少年のように輝かせながらイサカに返す。
 その先に小麦色に染まるあの街のことを。
 そして、灰色の少女を想いながら。



  • 執筆・投稿 雨月サト

  • ©DIGITAL butter/EUREKA project

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