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『エンドウォーカー・ワン』第19話

「この話はここまで」
「なんだよ、もう少しで終わりそうじゃねえかよっ。その『仕事』がうちの組織だった、ってオチだろ?」

 薄氷の中に仄暗い過去を隠すフォリシア。
 レックスは察しが悪いようで、引き下がる彼女に詰め寄る。
 小麦色の女性は不機嫌そうに頬をほんの少しだけ膨らませ、いつものように湿った唇でぶすーっと息を吹き出す。

「サウストリア解放戦線に敵対していた叔父さんは暗殺された。これで満足かな?」
「悪い……って、謝ってばかりだな、オレ」
「少しは学習しなさいっ」

 鋭さの増した肘鉄がレックスを襲う。

「いてぇって! 何だよ、オレのこと嫌いなのかよ」
「そうかもねぇ?」
「そこは否定しろよ!」

 星々の動く音に二人の楽しそうな声が溶けていった。


「それではわたしたちはこれで。継続的支援については上と掛け合ってますから」
「世話になっておいて何なのだが、本当に信用してもよいのかね?」
「……不確かなことの多い世の中です。だからこそ『信じて』ください」

 彼の人生で擦り切れた瞳を、この世に生まれたばかりのアメシストが差し込んだ。
 その色度合は明るく、しかし奥底に眠る深紫は想像を絶するほどに深く。
 どのような体験をすればこのような顔ができるというのだろうか。男性は顔の皺を手でなぞりながら戦争が生み出した悲しき産物を眺める。

「――分かった。もう一度信じてみようではないか」
「ありがとうございますっ」

 フォリシアは先ほどの表情が嘘のようで、花が咲き誇るかのような笑顔で勢いよく頭を下げて黄金色の線を垂らす。

「ありがとう、おねーちゃんたち」
「お陰で希望がわいてきたよ」
「ありがとう。ありがとう」

 すっかり泥にまみれた作業用WAWに乗り込んでいた彼女らに集まった村民たちから声があがる。
 フォリシアは搭乗用のワイヤーを掴んだ逆の手で彼らに手を振ると、一団の後ろのほうで静かに佇んでしたアルファにバランスが崩れるほどに全力で手を振り後髪を引かれる思いで村を後にした。

「今では珍しいほど気持ちの良い奴らだったの」

 小さく手を振り返していた銀髪の女性に村長が声をかける。

「ええ、だからこそ私個人が心を開く訳にはいかないのです」
「そうは言うが、お前も自由になってもよい頃合いだと思うぞ」
「まだ、です。トリトニア家の血を絶やすのは決してあってはならないことですから」

 アルファはフードを深く被り、フォリシアと出会った時と同じように目元を隠すとあてもなく彼女らと反対方向に歩み出す。
 それは決別を示すようで。

「さよなら、フォリシア」

 光を弾く唇はその言葉を結び、きつく閉じられた。


 後日。
 旧サウストリア国ハーバラ州エターブ社。

「ああ……やらかしちまったなぁ」

 低層ビルの三階、賃貸オフィスの一角で事務作業を終えたレックスが間延びをした。
 出張扱いだというのに彼らには休暇は与えられず、明日は他企業との合同演習への参加も控えている。
 だというのにアルター時間で17時現在、報告書の作成で詰まっていた。

「こちらとて進学校の音楽部だぞ!? 報告書なんて書いたことねぇっての!」

 新入社員の青年は人の少なくなってきたオフィスで、太陽フレイヤIIに向かって吠えた。

「レックス君は残業決定ですか。はあ、残念です……。あと、時間外手当は発生しませんからそのつもりで」

 スーツ姿の20代後半の女性事務員が深いため息と共に、手をひらひらと振ると茶色のバッグを片手に室内から出ていく。
 他の社員たちもラップトップパソコンにかじりついているレックスに苦い笑いを浮かべては去っていった。
 入口が開閉するたびに焦燥感だけが積もっていく。

「お疲れーっす」

 室内は既に無人だと思ったのか、男性社員が入り口付近の照明スイッチを切ってしまい、オフィスは薄暗闇に囚われる。

「まだ残ってんよぉ!」

 レックスは閉まりたての扉に向かって吠えるが誰も応える者は居らず、彼の声は虚しく人が減り響きの良くなったオフィスにこだまする。

――会社ってのはこういうトコなんかよ……。

 彼は心の奥底で悪態をつく。
 席を立ちあがり、狭くはないオフィスの自分の部分だけでも明かりを点けに行こうかとも思ったが、それも面倒だと手探りでデスクライトに触れる。
 21世紀から改良が続けられてきた発光ダイオードが少しずつ明度を上げ、環境光に合わせて自動調整をする。
 これもまた時代が進んでも代わり映えのしないラップトップパソコンで書式を確認しながら白いページを文字で埋めていく。

 彼は事務仕事等の雑務は全て担当の人間がやるものだと思っていた。
 自分は選ばれた戦士で、この星を焼き尽くすという災厄と戦うだけの存在だと。

「はあ……」

 映画フィクションの世界で見たような厳しい訓練、座学では専門知識を目を回すまで叩きこまれ、いざ初仕事と意気込んでみれば復興支援の荷物運びときた。
 それでも復旧作業に関わり、共に汗を流した人々のあの顔を見た時の多幸感は代え難いものがある。
 初めてピアノを弾いたときの両親の顔。
 合同コンサートでの聴衆の割れるような拍手を受けた時の感覚に似ている。
 その反応が、人を笑顔にするのが大好きで彼は路上でもパフォーマンスをした。

――ああ、オレは将来こういう仕事に就くんだ。

 人々の幸せそうな笑顔の中で、まだ少年だった彼は心の中でそう誓う。
 何もかもが輝いていて。
 家族も、恋人も。友人たちも皆居て。
 戦後の不況でも絶対に自分たちならば乗り越えられるという自信があった。

「生き残るだけでは未来は開けない」

 それに一石を投じたのが「サウストリア解放戦線」
 北の侵略戦争に対し徹底抗戦を続ける構えを見せる敗残兵の集団で、圧倒的物量の差から壊滅は時間の問題かと思われたが、彼らは地下に潜伏しゲリラ活動を開始。
 事態は困窮を極めていた。

 解放戦線を指揮しているのは元サウストリア陸軍のベルハルト・トロイヤード。
 彼の幼少期を知る人間はあまりにも少なく、その生い立ちについては尾ひれ羽ひれが付き、北メディアによりていの良いテロリスト像に仕立てあげられている。

「ベル……」

 辺境の村で夕暮れの小麦畑に彼を想い

「ベルハルト、本当にお前なのか……」

 無数の星々の下で血を分けた息子を想い

「こんな腐った世の中は一度リセットするべきだ。そうは思わないか? 『イリア』」
「そうだね『ベルハルト』」

 その存在はこの国の――いや、この星の滅亡を願う。
 歪な者たちがお互いを慈しみ、憎み、殺し合う。
 これは、穢れなき新世界が生み出した一抹の闇の物語。


  • 執筆・投稿 雨月サト

  • ©DIGITAL butter/EUREKA project

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