短編小説『フィラメント』第4話
彼女は行くあてもないように歩く。
その姿はまるで生きる屍のようで、通学路をふらふらと彷徨っていた。
世界は色褪せていて色彩を失っていたが、彼女はいつものことだと自傷気味に嗤う。
散歩中の柴犬には吠えられ、放課後を満喫していたであろう小学生には思い切り引かれた。
心の傷を抉られながら何とか学校から最寄りの駅まで辿り着いた由衣。
駅の改札を抜けようとポケットから定期券を取り出そうとした時だった。
「……?」
普段なら雑音でかき消されているような気にも止まらないような声色。
それが優しく由衣の耳に飛び込んできた。
音のする方向へ寄っていくと、なんとそこには柱を背にして群衆に歌いかける自分が居た。
お世辞にも上手いとはいえない歌声だが、歌っている本人は自分に全く感心のない通行人たちへ朗らかに笑いかけていて心底楽しそうだ。
幻覚でも見ているのだろうか。由衣は髪をぶんぶんと振り、自分の姿を再度探した。
だが、そこには若作りをしている中年男性がギターを弾いているだけだった。朝方にも見かけたが、通しでやっている様子ではない。
彼はいかにも趣味でやっています。といった風貌で、道行く人々は彼のことを一瞥もせず足早に通り過ぎる。それがインターネット上の自分と重なって見えたのだろうか。彼女は思案した。
そして初めて絵を投稿サイトへ投稿した時のことを思い出す。
伸びない閲覧数、高評価も低評価も付かない、感想も当然つかない。その時の自分が持ちうる全ての力を振り絞って仕上げた作品を全否定された気がして、彼女は三日三晩涙で枕を濡らした。
他人に認められたい。そして自分を価値ある人間だと思いたい。由衣の欲は肥大化していき、いつしか彼女は承認欲求の怪物と化していた。
やがて「少し――だけど、上手いね」そうクラスメイトに褒められた時の高揚感や達成感。そして何よりも結果を出せずにいた自分をようやく許せて、重荷を下して安堵していた。
ふと男性に視線を戻すと、彼の前に立ち止まって演奏を聞き入っている女性がいた。
彼女はしばらく立ち止まって男性と二、三言交わすとハードケースの中に銀色の硬貨を落とす。
それを深々と礼をして見送る中年パフォーマー。
彼女が立ち去った後の彼は満面の笑みを浮かべ、より一層演奏に魂がこもっているように少女には思えた。
由衣は思う。
――ああ、自分も何かを創ることが好きなんだ。
素晴らしい作品を描きたい。などという高尚な想いだけではない、自己表現の楽しさや他人に認められた時の高揚感。それら全てを含めて自分は創作が好きなんだ。
由衣の瞳が世界から生まれた僅かな光を受け流す。
今まで彼女が信じていた世の中の悪意だとか、自分への敵意、嫌悪感はただの思い違いでこの世はそんなに絶望に値するものではないのだろうか、とも思う。
「……ふう」
彼女自身が答えを出したからといってすぐさま体調が回復するわけでもなく、重たい頭と身体を引きずって帰途へつくのだった。
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