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『エンドウォーカー・ワン』第36話

 アルファは島の反対側から響いていた轟音が止むのを見計らい、警戒を緩めて「皆さん、もう大丈夫です。脅威は去りました」と現地住民たちへ外部スピーカーで穏やかに話しかけた。
 その可憐な声色は怒れる獅子すらも大人しくさせるほどだが、住民たちは強張った表情のまま直立不動でグレイハウンドの頭部を見上げていた。
 上空ではレックスとフォリシアの機体が緩やかに旋回し、目の前には完全武装のWAWヴァンドリングヴァーゲンが佇んでいる。
 不安に思うのも当然のことだろう。
 新型機の所在が気になるところではあるが、「お人好し」の彼女はコンピューターに機体を任せ、高低差のある機体から軽やかに飛び降りた。

「……魔女だ。サウストリアの『灰被りの魔女』だ」

 その姿を見、住民たちの中から声があがる。

「噂では一人で機甲師団を壊滅させたとか」
「人の血を吸ってその美貌を維持しているらしいぞ」
「それね。実年齢は1000歳を越えているみたいよ」
「ばっか、この星が発見される遥か昔じゃねーか」

 騒ぎは次第に大きくなり、民衆はアルファに関してのあることないことをぎゃあぎゃあとまくし立てあげる。

「あ、あのー。皆さん?」

 アルファが眉をひそめ、住民たちへ遠慮気味に話しかけるが、ゴシップ好きな彼らは誰一人とて耳を貸そうとはしない。
 人の脳を食らうだとか、若い女性に化けて男性をたぶらかしているだとか。
 彼女は引きつった笑顔で声をかけるが、それは誰にも届かない。
 いわれのない誹謗中傷に彼女は心が痛んだが、それでも緊張の糸を緩めることはできたと感じ、口の端を曲げて浅く息を吐いた。

 それにしては妙だ――彼女は僅かに首を傾げた。
 遠くで行われていた戦闘に多少・・の不安を感じているものの、解放戦線らに銃口を向けられて「人の盾」として扱われている様子はない。
 かといい、彼らに同調してこちら側に敵意を向けている様子も好意も感じない。
 まるで物珍しい観光客を眺めるような好奇な視線。

「お嬢さん。戸惑っているご様子だが」

 そんな中から身なりの良い老紳士がアルファの元へ歩み寄ってきた。
 頭髪と顔には多くの歴史が刻まれた痕が残ってはいるが背筋は真っ直ぐに伸び、足運びには優雅さすら感じられる。

「帰りなさい。貴女の本来いる場所へ」
「……それはどういう意味ですか?」
「言葉通りのことだ。ここにいるべきではない、さあ早く」

 白髪混じりの男性は押し殺した声でアルファの肩を押し、機体へのほうへ押しやる。

「ちょ……少し待っていただけませんか。こちらも任務があります。それを放棄する訳には――」

 刹那。

「アルファ、機体へ戻れ! 伏兵だ!」

 遠くから腹の底を突き抜けるかのような炸裂音と共に、ヘッドセットから切迫したノインの声が息切れぎれに聞こえてきた。

「皆さんっ! 此処は危険です、避難を!」
「……遅かったか。だが、我々は何処にも行けんよ。誰が生まれ故郷を捨てられようか」

 その男性は動乱の世にありながら理性的な瞳でアルファを見つめる。
 騒ぎ立てていた他の者たちも同じ目・・・をして彼女を一点に視線を注ぐ。
 次の瞬間。彼らの背後の空間が歪み、無から溶け出るように二機のWAWヴァンドリングヴァーゲンが姿を現す。

「光学迷彩……検知サーチも出来ないなんて」

 予期しない敵の出現にアルファは唇を軽く噛みつけた。
 咄嗟に身構える彼女だったが、二機は直立不動のままその場を動こうとはしない。
 搭乗しているのは解放戦線の戦士で間違いはないだろうが、住民との関係性が分からず彼女の中で様々な憶測が飛び交う。
 住民たちはそれが当然・・であるがように静かに佇んでいた。

「……これはどういうことですか」

 アルファはそう言わざるを得なかった。
 その声を拾ったのか。輸送中に鹵獲ろかくされ、解放戦線の手に渡った新型のWAWヴァンドリングヴァーゲンが僅かに揺らいだ。

「イリア・トリトニア特殊作戦群中尉、これは私なりの温情なのですよ」

 塗装も施されていない新型機の外部スピーカーから芯のある、低めの女性の声が響く。

「シビル? あなた、地区・・に送られたはずじゃ……」
「我々は解放戦線と共に立ち上がったのです。中尉殿」

 過剰な魔法行使などが原因で稀に発症する重度エーテル病。
 その症状は様々だが高濃度の結晶体が皮膚上に現れることが多く、感染した人間の寿命を吸い取るとも言われている。
 現代医学では有効な治療法が発見されておらず、投薬などによる進行阻害程度しか手立てはない。
 「感染者」は健常者よりも多くの魔力量を持ち、容姿も歪になることから差別の対象となってきた。

――エーテル病は人から人に感染する。

 医学的根拠のない噂が飛び交い、感染者への批難、暴行事件は後を絶たない。
 そのため、多くの国々は「保護区域」という名の壁を作りそこへ感染者たちを隔離した。

 未知のものを恐れながらも目先の利益だけにその力を使い、異質な容姿に変貌すれば排除する。
 人は過ちを繰り返す――何も、学ばない。

「シビル、私はあなたを庇いきれなくて――」
こちら・・・のベルハルトは貴女の身柄確保と、ノインと呼ばれる男の排除を命じています。ですが――私としては恩を仇で返すような真似はしたくない」

 アルファイリアにはシビルがスピーカー越しにすぅと息を飲む音が聞こえた気がした。

「立ち去りなさい。次現れた時は容赦はしません」

 シビルが解放戦線のWAWヴァンドリングヴァーゲンたちが銃口を向け、住民たちも隠し持っていた拳銃を構える。

「――そう。残念だけどその機会は訪れない」

 アルファが手の甲を上に右手を真っすぐに伸ばす。
 光が生まれ、一瞬にして弾け散る。
 そこには杖があった。
 架空フィクションの中で出てくる棒切れなどではなく、つるどうしが巻き付いて出来た焦茶色の杖を彼女は両手に持ち直した。

「ここであなたを討つ。二度と大切な人をうしないたくないから」

 アルファの紅色が引き絞られ、冷たい光が瞳に走った。



  • 執筆・投稿 雨月サト

  • ©DIGITAL butter/EUREKA project


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