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ビギナー向けカメラという矛盾。今こそビギナー用を難解にしてみては?

 スマホがカメラの存在を脅かして久しい。家電量販店であんなにあったコンデジをほとんど見なくなった。押せば写る、レンズ付きフイルムのころからそれを徹底してきたカメラは、押せば写るし、ちょっとした加工もできるし、なんならネットにも気楽にあげられる、という究極の簡潔性に負けてしまうのは道理だ。絞りがどうの、シャッタースピードがどうの、と細かな設定を考えなければ「表現」できないカメラは、日常をカラフルに「記録」したい人にはただの重石である。
 もちろん、そのスマホで「表現」したいという人もいて、それについて行くだけの性能をすでにスマホは持っている。レンズ交換に対しては複数のレンズを付与することによって、ボケも疑似的にして、目を皿のようにして見なければ、問題は感じない。するとカメラの存在意義は、長望遠とか、自然なボケ味とか、そんなニッチなところにしか見いだせなくなってくる。あるいはプロカメラマンのためのものとか。けれどだからと言って、カメラはもう必要ない、というわけではない。確かに規模は縮小を余儀なくされるだろうけれど、カメラにはカメラの存在意義がまだあると信じている。

 僕はフイルムカメラを使ったことはあれ、カメラはデジタルから始めたクチだ。当時からすでにコンデジは押せば写る、一眼レフも全自動から、お花のマークだったり、山のマークだったり、人が走るマークだったりと、意図に従って、押せば写るを推し進めていっていた。初めて一眼レフを買いに行ったとき、当時のビギナー向けのカメラは、そんな仕様の操作性と、ISO1600 1秒3枚の「高速な」撮影可能枚数、4000分の1秒までのシャッタースピードといったカメラに、18-55 f3.5-5.6というレンズが付いていて、それで10万円とかいうプライスタグがついていた。
 しかし、それから色んなカメラを手にしてきたけれど、初級機とかビギナー向けとかいうその言葉にだんだんと違和感を持ち始めてくるようになった。
 それはなにか、と言えば、明らかに初級機より中級機、上級機の方が、瞬間を逃さないことに秀でている、ということだ。本当の意味で初心者にやさしいのである。

 AFの測距点の数、その測距点を気楽に動かせるスティック、水平垂直を知らせる装置、SD等のダブルスロット、とにかく広いファインダー。これらは、写真をしっかり撮るのに有効に働いてくれる。例えば他にもEOS kissは露出を変える時、露出ボタンを押しながら、ダイヤルを回すという煩雑(ってほどでもないけれど)さがあったが、EOS二桁機からは、後ろのコントロールホイール(サブ電子ダイヤルですね)で調整できた。その動作の差はさほど大きなものではないとは思うけれど、露出を変える、という写真の写りの根幹を為すところが、2アクション必要……つまり、説明書を読まなければできない、というのはやはりちょっと面倒だ。何が面倒かと言えば、ハイアマチュアは露出を変えるという概念を知っているから、2アクションだとしても、それをどうすべきかを探すだろう。しかし初心者には、そういう機能があるとは知らないわけで、全自動からAVモードとかTVモードへと移行するには壁ができてしまう。しかし中級機以上はそういう「ちょっとした動きも省略したい」ということでできているので、その辺はより直感的にできているはずだ。そしてその直感的な、というのが初心者には大事で、残念だけれども、説明書を逐一読みながら撮影する人はそういないのだ。スマホにデータを飛ばしたい、とか、そういう皆が知っている概念に関しては説明書を開くだろう。けれども、露出の変更はともすればその概念すら知らないでいる…ということもあるのだから、説明書を開くことはないだろう。スマホで明るくしたり暗くしたりできるのは知っていても、一眼レフではできないんだなあ、で終わるかもしれない。もちろん例えばの話である。

 つまり、初級機というのは、初心者向けではなくて、廉価機なのである。廉価なかわりに小型で軽量で、街中で振り回しても目立たない。そういう特性を持った機体なのだ。本当に初心者向けにカメラの扉を開かせたいのであれば、中級機以上のある一定の機能を持たせなくてはならないのだ。直感的で、しかしシンプルで、フォーカスも瞳AFとかばっちりで、そういうものを。そしてそれは、よく考えてみれば、これもまた「押せば写る」を研ぎ澄ましたもの、とも言えるように思う。

 すると価格は高くなる。大きく重くもなるだろう。するとスマホからカメラに移行する人には大きな壁ができるだろう。そこまでして写真で「表現」したいと思う人も出てはくるだろうけれど、そのパイを増やしたいのなら、別のベクトルを目指すことが出てくるのではないだろうか。それこそが「押せば写る」というところからの脱却なのだ。

 カメラはフルサイズで。ここはなるだけスマホのセンサーとは一線を画したい。一眼レフでも、ミラーレスでもいいが、ファインダーを搭載することは絶対だ。スマホで撮る人は覗かない? いやいや、覗かせるんだよ。覗いて撮る面白さを知ってもらうんだ。背面液晶は、流石にあった方がいい。が、思い切って無くしたり、コストをかけないで済むなら無くしてもいいかもしれない。それからレンズはできるだけ小型のレンズがいい。そのためには、斜めからの光にも対応できるように撮像素子の改善やレンズの改良が必要になってくるが、これはまた難しい話、大きさを考えるなら、AF機能を省くという手でもいいくらい。レンズはズームの便利さと、単焦点のボケの美しさ、双方をバランスよくラインナップ。小型にこだわって完璧な写りをしなくてもいい。ボケがーとか、フリンジがーとか、ハレーションがーとか、あまりそこを気にしない。手振れ補正はボディの大きさを阻害するくらいならいらない。

 はやい話が、NikonのDfのようなイメージか。いやFM2のような立ち位置のデジタルと言えばいいか。富士のカメラのように、シャッタースピードも、絞りも昔のカメラのように自身の手で調整する。そういうカメラを主として売り出すところがあったらどうだろうか。バカ受けはしないかもしれない。けれども、熱狂的なファンが生まれるような気がしなくもない。スマホで撮影の楽しさを知った人が、その所作を知って本格的に写真をやってみたいというときの入り口となれるかも知れない。

 いや、まて、そんなないないづくしのカメラ、それこそ初心者は説明書を読まないから難しいだろうと思うかもしれない。けれども、このカメラはわけわからないんです。でも使えば良さはわかるんです、という広告と、わけわからない佇まいをしていれば、さすがにググるはずだし、説明書も、もっとビジュアルをよくして、絞りやシャッター速度、ISO感度の関係性をばあああんと分かりやすくした一枚を用意するだけで全然違ってくるのではないか。そうやってカメラを触って、あれ、どうなってんだろう?となって、ボタンでなく、ダイヤルをぐりぐりやっていくうちに仕組みが分かってくる。
 それは写真の「体験」である。「体験」こそを売るカメラを出すのだ。その「体験」が極上だと感じたならば、そこからぐっとカメラの面白さに目覚めるやもしれない。そういう人を増やすことに注力していくことが、ひいてはカメラ文化を、写真文化をより広げることにつながるのではなかろうか。

 そうして、そういうカメラを、日本のカメラメーカーが総出で作るのである。一台の廉価機を、みんなで作るのだ。どのメーカーのカメラにあとで行くにしても、まずはお試しに、このカメラを使ってよ、というカメラを作る。マウントは何か一つに絞ってもいいだろうが、現時点での企業のカメラマウントのどれでもないことが大切で、新規に作ってもいい。レンズは数を最初から限っておく。初心者向け、つまり勉強のためのカメラということを前面に出す。あるいは、その上でカメラボディに、 様々なマウントアダプターを付けられるというのもいいかもしれない。cannon用、Nikon用、Sony用のレンズをつけるために、ある意味マウントのないカメラを作るのだ。
 価格は初級機のそれくらい。できたらそれよりも安く。スマホより手に入れやすく。可能だろうか。何もかもが根拠もない、思いつきの仕様だが、連写もできない、気軽に撮れない、でもフルサイズのボケは楽しめるし、レンズ交換したその変化も楽しめる。ただし、そのためには昔のマニュアルカメラのように一定の所作を求める、そんなカメラがあったら、カメラの面倒くささのなかから楽しみを見つける人も出てくるのではないかなと思う。

 いや、そんなカメラ買わない、と言われそうだな……。むしろハイアマが買ってしまいそう。でももっとスマホユーザーに訴えかけるカメラが必要なのは確かだ。その一つの方法が、カメラという所作を楽しむ価値観の醸成なのだと信じたい。

 押せば写るとは真逆。そんなモノに時間をかける喜び。noteやインスタ界隈ではFUJIFILMのカメラがよく出てくる。フイルムカメラで撮った写真も見る。パイは少ないかもしれないが、確実に面倒を通り越して、それを楽しむ人がいるのだ。そのパイを拡大することに今動かなくては、どんなスゴイカメラを売り出してもその価格や大きさに、ま、スマホでいっか、という壁を越えられないように思うのだが、いかに。

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