リリィ

 『リリィ』

 堪えきれなかった。彼女が美しくなればなるほど、自分の身の程を知るようで。自分という人間が女でありながら女であることに微細な違和感を持ち、だけれどやはり女というアイディンティティは揺らぐことがなかった。女として女が好きだということが受け入れきれない。それなのに、彼女に触れられる”同性のクラスメイト”という立場を捨ててでも本当の自分を彼女に伝えたくてしょうがなかった。期待も不安もなにもかもなく、それはただ衝動でしかなかった。
 いつもの帰路、別れるその瞬間、彼女のくちびるは魔力を帯びていた。ただ、私だけが感じる魔力が。柔らかな髪の毛に、彼女の丸い頭に空いていた片手がまわる。くちびるが触れた。やわらかく、あたたかく、一瞬の出来事だった。目を開けるとぽかんとした彼女がいて、私は彼女の髪の毛から手を離した。そして逃げるように走りだして、身体中が暑くて、彼女といつも通っていた陽の落ちた河川敷までたどり着いた。頭の中は彼女に触れた瞬間のことでいっぱいで、今なら河にだって飛び込める気持ちだった。ずっと堪えていたことをやった。
 そう、もう私の精一杯は終わった。もうなんだっていい。彼女をもう求めなくていい。明日学校で後ろ指をさされたって、何もかも怖いものなんてない。笑いが自然と込み上げてくる。
「あはは、あはは……。やった、やってやった、もういいじゃんか」
 言葉は無意識で、声に出していることすら気づかなかった。もう全てを手に入れた、私は無敵な気分で、河川敷に転がって星空を見上げた。制服の黒いリボンを解き放って、まるで生まれ変わったように爽快だった。もう我慢は終わりだ。明日彼女がどんな顔をして登校していたって、私はいつも通りにいられる。全部終わったのだから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?