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【戯曲】虚星のレイス(全編無料)

はじめに

演劇企画ヱウレーカ主宰、ならびに当戯曲の作者である、荒井ミサです。このnoteでは、舞台「虚星のレイス」の特典として配布した書き下ろしノベルを全編無料で公開しております。

しむじゃっくpresents 演劇企画ヱウレーカでの同公演配信不可に際し、ご期待いただいたすべての皆様、劇団・関係者各位を懇意にしているお客様へ、謝罪、ならびにご期待いただいていた気持ちに少しでも何かをお返しさせていただければと考え、当公開に至りました。
少しでもお楽しみいただけますと幸いです。

演劇企画ヱウレーカとは

演劇における何らかを企画する際の母体として、荒井ミサが設立した団体。架空国家「日ノ本」を舞台としたオリジナル脚本をもとに、ヒトと「しあわせ」をテーマとしたエンタメ世界を描く。特徴は確立された世界観と独特の節回し。

関連作品/情報

「虚星のレイス」スピンオフ小説 公式noteにて無料公開中
前日譚「竜宮の咎人」「竜宮の番」公式YouTubeにて無料公開中
ゲネプロ画像 公式Twitterにて公開中

◆◆◆◆◆


あらすじ

終戦からはや百余年
強い身体に鋭利な翼、竜と伴侶の人間は
今や戦場へ飛ぶこともなく、美技は遊芸に相成った

日ノ本の國技
強く速く美しく飛ぶ
空中遊芸「ファクーム」

竜のユウテン、伴侶の神無月 勅
昔なじみの二人はいつも、ただただ愉しく飛んでいた
図抜けた伴侶、九面 桜花がやってくるまでは

いつまで飛べる?
どこまで飛べる?
彼奴より飛べる?

つわものどもが雲の先
才も能もありゃしないけど
わたしはきみと飛んでいたい

そうして唄った才能惨歌の果てで見る
獣たちの夢一夜


登場人物

◆神睦月 勅 / カムヅキ トキ (糸島冬真)
主人公。秀才のリュウグウ遣い。現実を見たいお年頃。君の神様になりたかった。
◆幽天 / ユウテン (山下慶祐/演劇企画ヱウレーカ)
主人公のリュウグウ兼幼なじみ。凡才。底抜けに明るい。

◆鬼児島 中也 / キコジマ チュウヤ (木山りお/怪奇月蝕キヲテラエ)
ライバル。凡才のリュウグウ遣い。姉御肌のエセお嬢様。
◆旱魃 / カンバツ (瀧澤由舞)
ライバルのリュウグウ兼マブダチ。天才。勝気。

◆九面 桜花 / クメン オウカ (山下えり/劇団えりちゃんず)
モンスター。天才のリュウグウ遣い。修道服を身に着けている。
◆水天 / スイテン (まひたん)
モンスターのリュウグウ。秀才。傷だらけになってでも飛ぶ。

◆二宮 典人 /ニノミヤ ノリト (仙石智彬/ファルスシアター)
次期空軍総統であり、混血のリュウグウ。ファクームを諦めた者。
◆祈竜院 レイ / キリュウイン レイ (四宮菜々子)
リュウグウと人のクォーター。ハルカスと共に飛ぶ、機才の軍人。
◆春霞 / ハルカス (平安咲貴/route.©︎)
片翼のリュウグウ。凡才とすら呼べない落ちぶれた獣。

◆川嶋 安吾/カワシマ アンゴ (上岡実来)
勅やユウテンの友人。勅と同じバイト先で働く。
◆夜鷹 / ヨタカ (藤澤知香)
勅やユウテンの友人であり、純血のリュウグウ。口癖は「ぽいね」

◆実翻 アタウ / ミコボシ アタウ (荒井ミサ/演劇企画ヱウレーカ)
実況者であり、純血のリュウグウ。ファクームを諦めない者。
◆神睦月 帝 / カムヅキ ミカド (吉間幼一郎)
主人公の兄。リュウグウケアラーとして生計を立てる。二宮や実翻のケアを担当していたことがある。


舞台設定

・日ノ本
現代の日本をベースにしたパラレルワールド
・リュウグウ
異種族。見目麗しく、鱗や長い爪、大きな翼が特徴。
・ファクーム
日ノ本の国技。人とリュウグウがペアとなり、美しさと実技(スピード)を競う。ファクームの生まれた経緯に即し、飛び手を「竜」、操り手を「伴侶」と呼ぶ。ボディビルと競馬を足したイメージ。
・如来宝珠
ファクームの実技中に、竜と伴侶の意思疎通に使われる。球状の形をしており、振ると音が鳴る。
・リュウグウケアラー
ファクームに出場する竜のメンテナンスを生業とする職業のこと。

本編

■第一幕:去星-ありしひ-

【一-一:竜星-はじまり-】
二宮「あの日、あの満月の夜、俺たちは誰よりも自由で、誰よりも不自由だった」

十年前の満月の夜。
それはファクームの前夜祭。飛ぶさまをひとめ眺めたいと、案内役の兄貴分を連れて、野原を歩き回る影。飛び回る若人の影。元始我らは子であった。

勅「やべ、なあアレ!やべーって!」
帝「こら、走らない!」
夜鷹「早く!早く!」
川嶋「ハル平気?」
春霞「(弱々しく首を横に振る)」
幽天「待ってって!」
夜鷹「飛びゃいいじゃんか」
幽天「気軽に言ってぇ」
実翻「気軽だから、よかったんだよ」
春霞「(勢いよく首を縦に振る)」
夜鷹「羽のちっちゃな幽天は、未だ穹には飛び立てぬ〜」
幽天「ン???」
春霞「あ、わ、ケンカ」
帝「だいじょぶだいじょぶ、仲良しだもんね?」
川嶋「仲良しだよ!ね、ね!」
夜鷹「ふーんっ」
勅「ねー、はやく!」
幽天「疲れるってばあ」
帝「あ、きた!」

SE:空を切る風の音
子どもたち、一同に宙を見上げる
笑いながら、競いながら、高く穹を翔ぶ実翻と二宮。何をするにも楽しかったあの日。

勅「す」
春「す」
勅/春「すげーーーー!!!!/すごーーーい!!」

はしゃぎまわる勅と春霞、ついてまわる川嶋、それを見て笑う帝。
幽天と夜鷹、語りとともに少しずつ青年期へ時間が流れていく 。

幽天「夜空を切るは成体の竜、長い爪に大きな翼、髪を空にたなびかせては、彗星の如く飛んでゆく」
帝「僕にとっての常識は、彼らにとって非常識で、若葉を踏みつけてしまう分には十分で」
川嶋「すごいな」
勅「…」
帝「この頃から、戦争は徐々に近付いていて」
実翻「ただ、ただ目を背けては、芸事に興じ笑ったあの日」
幽天「光の距離ほど離れぬ星を、瞳に捕まえ笑う勅の顔を、ずっと忘れられなくて」
春霞「(幽天の袖を引いて)ね、とんでみてよ」
夜鷹「あたしたちは、小さく細くまほろな翼を腕をその身を抱いて息をつく」
二宮「ただ、ただ、それしかできない、子どもという名を拒んだとて、」
川嶋「夜鷹?」
帝「それがどうにも忘れられなくて」
幽天「小さい羽も、いつの日か、そう願ってしまうほど」
夜鷹「…ぽくないこと、しちゃダメだねえ!」
春霞「!や、だめ!もー!(くすぐられて笑っている)」
川嶋「こらこらぁ」
帝「…ほら、こっちだよ」

流れでハケていく面々

勅「幽天!」
幽天「おおきな瞳に映った僕は、小さく、そりゃもう小さくて、」
勅「俺たち、どこまでだって行ける。あの穹にだって!」
幽天「なんで僕は頷いたって、君に言ったら笑われるかも」
勅「君は彗星、駆ける竜、俺は其奴の軌道を創り、導き守る伴侶となろう」
幽天「だから僕は」
勅「だからやろう、ファクーム!」
幽天「…勿論!僕の伴侶、僕の命運、僕の…一番大事なともだち」

【一-二:夢現-こんにち-】
照明転換。
時は変わって現在、観戦する観客を尻目に準備を進める旱魃。

実翻「やって参りました輝くファクーム。戦後一二〇年アニバーサリー、栄冠は誰に輝くか!さあささ宴の始まりだ!」

SE:観客の歓声
勅、ヘッドホンで音楽を聴きながらバインダーを捲っている。

幽天「ね、ねね、」
勅「…」
幽天「ねえ」
勅「…」
幽天「ねえねえねえねえねーーーえ!勅!」
勅「あ、ちょっと!」
幽天「もー、僕より大事ィ?」
勅「比べはしないが、まあまあ大事?」
幽天「いけず!」
勅「ごめん、なんて?」
幽天「楽しみだね、ファクーム」
勅「素人六年アマチュア四年、やぁっと掴んだ出場権、楽しむどころか、」
幽天「えい(デコピン)」
勅「ってえな!?」
幽天「今まで負かした負かされた人、その分楽しみゃいいじゃない?」

にへー、と笑う幽天。いつだって、楽しさの中で翔ぶものだから。
勅、幽天の身体をぺたぺた触る。目の開きと筋肉のしなりが、少し弱い。幽天、首を傾げる。

幽天「?」
勅「大方夜中の二時睡眠」
幽天「ウ」
勅「へえ?」
幽天「うぐぐ」
勅「ゆーうーてーんー」
幽天「し、しょうがないだろ!目が冴えて!」
勅「……はぁ。九組打ち負かしやあっと立った、舞台で万全出せなきゃ損だぜ」
幽天「わかってる!もーわかってまーす!」
勅「腹八分目にストレッチ、羽根はよく拭いて爪磨き、目薬は」
幽天「やべっ」
勅「…(じと目)。俺がいなきゃどうすんだよ」
幽天「へへ、最後はメンテしてくれるでしょ?」
勅「それはどうかなぁ」
幽天「えー、ケチだー」
勅「ファクームの魔物に吞まれるぞ〜」
幽天「いないいないよゥ、そんなこわぁいヤツなんて」

当たり前のことをなぜ口にするのか。その当たり前が、ことこの伴侶にとっては大切なことだと、幽天は知らない。
鬼児島、上の階から下の階へ舞い降り、ツカツカと二人に寄っていく。
鬼児島「ファクームの魔物その身を潜めてヒタリ、ヒタリと近づいてはそうお前の頬に手をのせるお前の伴侶を分けとくれ、さもなきゃお供に空の旅へと、火の玉を抱いてゆくがよい」
幽天「やだー!こわいー!」
勅「ガキくさ」
鬼児島「アハおふたり様のんびりねぇ、社長出勤と洒落込むつもり?」
幽天「キコさんどーもっ」
鬼児島「ごきげんよう?」
勅「構えませんよ」
鬼児島「じゃれあいもダメ?」
勅「猫も杓子もお構い無しだ、もう練習じゃないんだからさ」
鬼児島「あーあー年に一度のファクーム、だのに弟分がこの調子。先が重たい重たいですわぁ」
旱魃「同感同感激しく同感」

旱魃、二階から一階へ降りてくる

勅「旱魃」
幽天「カンちゃーん!」
旱魃「ゴキゲンよー、ユウ!ややァ、愉しくて仕方がないねェ、翼がブルブル勇んで止まねえ、そうだろそうだろ、君だってさあ」
幽天「ドキドキしちゃうもんだってぇ嗚呼留まることも知れずにねェ」
旱魃「このこの、可愛いもんだこと!」
幽天「やぁだな(飾りが)取れちゃう!取れちゃうよ!」

勅、サッと幽天を自分の方へ引き寄せる。

旱魃「カホゴ~」
鬼児島「優等生は違いますわァ。もっと気楽に楽しく楽しく!」
勅「アンタがいっとうシビアだろ」
鬼児島「お褒めにあずかり光栄でして」
勅「いやはや骨が折れちまうって、荒くれ者の相手はさ」
旱魃「ナァニィ?昔は可愛かったのに!」
勅「あー聞こえなーい聞こえないー」
旱魃「イロハを教えて嗚呼ネェサンと、ぴいぴい鳴いたろ鳥みたいにさ」
鬼児島「そうですわ!私もお姐さまってさァ」
勅「お前はダメ」
鬼児島「なぁによ意固地な!」
旱魃「幽坊(ゆうぼう)なかなか、鬼嫁だねぇ」
幽天「鬼って言うならカンちゃんだって」
勅/鬼児島「は????」
旱魃「たのしいねェ」
幽天「んへ、楽しいねェ!」

春霞、入場した視界の先で勅と幽天を見つける。
見知った顔に声をかけよう、すんでのところで止められる。

祈竜院「春霞?」
春霞「あ」
祈竜院「どしたの」
春霞「あのね」
二宮「なんだ、売れる油があったか」
祈竜院「恐れながら中将殿、」
春霞「いい」
祈竜院「春霞」
春霞「いこ」
祈竜院「どこに?」
春霞「…」

自由なようで行き場なんてない春霞。
行き場がない夜鷹、舞台の端に座っている。観たところでそう、虚しさ以外はないものを。

春霞「逃げる翼も、ないんだから」

【一-三:快晴-くぐもり-】
実翻「さァ本日は開幕の儀のみ、トーナメント形式ってのはジリジリ決まって崖に蹴落とし一人王者が嗤う戦と、下卑たもんじゃあありやしない。勇ましき武を、美しい儀を、競る様で見せるファクームってのは、リーグ戦そうさ総当たりって、話は決まっていましょうや!そいつぁ何戦見せられるんだ、まあまま心配しなさんな。ふるいにかかった東西の勇、四組のみの総当たり。三日三晩の宵の宴を、これから始めていきましょうや!実況解説はわたくし実翻アタウと」
帝「神睦月帝がお送りしまァす」
実翻/帝「よろしくおねがいします~」
実翻「去年に続いてどうもどうもで」
帝「こんな季節かと思いますよねェ」
実翻「当大会は一条財閥の提供と、稗田財閥の寄付金そして、皆様の善意に国庫支出金、リュウグウ達のメンテナンスには隣の御仁と、大体混ぜこぜ行われます!金は大事だ偉大だなぁ!え、帝さん何回目?」
帝「ひいふうみいよ、」
実翻「癒着ですねェ」
帝「日ノ本随一のリュウグウケアラー、リュウグウのことは俺に聞け、二つ名どころか名ばかり増えて、しようもないと思いませんか」
実翻「あは、そんじょそこらのファクームファンは、そうも言っちゃくれますまい」
帝「あなたも負けちゃないでしょ。往年のレジェンド、リュウグウ実翻」
実翻「おひとり様じゃあからきしですよ」
帝「お相手さんはどこにいましょうや」
実翻「あは。…さぁささ、時間だ時間が来たよと、雁首揃えて顔上げ胸張りさあ張り切っての選手入場!」

各ペア、壇上に上がっていく。

実翻「ファクームと言えばまずはこのペアを思い出す方も多いのでは?過去五回の連続出場!水面や浜辺を干上げて、息もできない渇きにまみれ、さすれど神々しきかなと。太陽のごとく駆けるその名はリュウグウ・旱魃!」
旱魃「やぁやぁ諸君!楽しんでんねぇ!」
実翻「そのお隣に立った御仁にも、慣れ親しんだものでしょう。ファクームファンなら一度は通る、花の伴侶はトゲ付き、言うならバラの乙女だってそんな可愛いもんじゃあないサ!太陽に乗った鬼は此度こそ、勝利を捧げられようか!伴侶・鬼児島 中也!」
鬼児島「負けられませんわ、今年は特に」
旱魃「当たり前だろ、中也チャン」
鬼児島「そうして五年も無冠のままって、どうも運が悪いのネ」
旱魃「いつも通りだろ?わが主」
実翻「今年もあのペアは仲良しですね~」
帝「彼らの肝は信頼関係、熟年夫婦の勢いですが、変わった顔が見られると、こちらとしても面白い」
旱魃「あ見て中也、焼きそば焼きそば!あとで食おうぜぜってぇよぉ!」
鬼児島「お黙りなさいな大食いが!」

SE:おなかの鳴る音

旱魃「ねえ」
鬼児島「お黙りになって」
旱魃「ねえ」
鬼児島「お黙り!」
旱魃「ハイハイハ~イ」
実翻「さあささ実は今大会、残り三組は初の本戦!」
帝「世代交代の時期ですねえ」
実翻「まずはフレッシュ最年少ペア、予選大会も価値を積み上げ、確実に勝ちを取ってきた!澄んだ瞳にうら若く、心のままにふるまう身体、その無邪気さに魅了されたってそんなお方も多いでしょう!雪降る冬の空模様、リュウグウ・幽天!」
幽天「あはは、こ、こんにちは~!」
帝「ホントになれてないですね~」
実翻「そこがかわいらしいですね~」
帝「お~い」
幽天「あ!おーい!」
帝「あは」
実翻「はあはてこんな真白な瞳で、なにを貪欲に勝ち進む。飛ぶ先を辿り、道を指し示す、半紙をなぞる墨となりしは、数多の知恵に積み重ね策を走らせる名宰相。積み上げ才覚を表した、努力の君と言えましょう!名もなきファクーム遣いの希望、伴侶・神睦月勅!」
勅「…」

少しばつの悪そうな勅。目立つのは嫌いだが、嫌な気分でもない。
ここにいたのが別の誰かなら、もっとうまく笑えただろうか。

幽天「勅も上がってきなよ!」
勅「でも」
幽天「ほらっ、はやく!」
勅「あ、」

SE:歓声
幽天に手を引かれ、壇上に上がる勅。観客たちは、己の先の成果を求めて熱狂し、拍手を送っているのだろう。そう思えばほら、何ともない。

鬼児島「ほらぁ!勅ィ、しゃんとしな!」
旱魃「幽坊ー、ひっぱたいてやれ!」
勅「アンタらギャーギャーうるせえな!!」
幽天「アハ!」
勅「…こんなもんか」
幽天「欲しがりだなぁ」
勅「勝つぞ、幽天」
幽天「勿論だとも!」
実翻「十八ですって」
帝「新世代ですネ」
実翻「弟さんの活躍が、特等席で見れますよォ?」
帝「よくよく見えはしますまい」
実翻「あは、要ります?老眼鏡」
帝「遠慮しますよ」
実翻「さてさてお次も新顔さらにはこと久々のリュウグウコンビ」
帝「初めてご覧の方にとっては何のことやらさっぱりでしょう。本来ファクーム、リュウグウと伴侶、リュウグウと人がコンビを組んで、挑む競技でございます。実競技はことリュウグウに限り、伴侶はその行く末を照らす…たとえるならば監督か、ああ競馬ならば騎手ですね。ともに語らい技が生まれる、以心伝心の美技でしょう」
実翻「フフ。サ、仕切り直して!巷じゃ戦禍の香りがすると、そいつァ根の葉もない噂カモ、だあってここには猛々しい武者なぞ一人もやって来なかった!先も申したリュウグウコンビ、厳密にいえばハーフとクォーター、竜の血を持つふたりだからこそ、交わす言の葉少ないが、阿吽の呼吸で空を飛ぶ。空軍のエースパイロット!リュウグウ・祈竜院レイ!」
帝「ご婦人方に人気ですよねえ」
祈竜院「…」

二宮、祈竜院の背中を押す。叱咤するように、励ますように。

二宮「武運を(祈る)」
祈竜院「芸術の場ですよ」
二宮「どうだか」
祈竜院「自由にやらせてもらいますよ」
二宮「言ってくれるな」

帝、関係者席にいる二宮を見つける。実翻は見つけてなお見ないふりをしている。

帝「あ、あれって、」
実翻「さあささ伴侶は誰だってぇそう、小さく佇み、さすれど竜の血を引く子。煌めく瞳に花咲く旅路、華やかな航路その手で示す、春の名を背負う彼女はなんだい、空軍きっての秘蔵っ子!リュウグウ・春霞!」
春霞「あ、う」

拍手に怖気づく春霞、祈竜院の裏に隠れる。
気づかれたくない、この片翼に。

祈竜院「ハルカス」
春霞「れ、レ」
祈竜院「平気だよ、すぐ終わる」
春霞「ごめ、なさ」
祈竜院「(手を握る)」
春霞「?」
祈竜院「ありがとうの方が好きかも」

伏せていた顔をあげ、きょとん、とパートナーの顔を見つめる春霞。
救ってみせる、この地獄から、君を。

帝「言うなら姫と騎士ですか」
実翻「あなたも存外夢想家ですねぇ」
二宮「今もまだ見るか、くだらん夢を」
帝「あなたも存外夢見がちですヨ」

二宮、顔を伏せて去っていく。
救われたいんだ、この地獄から、俺が。

【一-四:送辞-いりぐち-】
地獄の底、観客席ですらない野原のただなかに座る夜鷹には、あの日から行き場がない。

川嶋「待った?」
夜鷹「言ったじゃん、来なくていいって」
川嶋「いろいろあってさ、気に入るよ!ええっとねぇ、(棒付き飴)」
夜鷹「行きなよ」
川嶋「やだよお」
夜鷹「いい席取ったと思うんだケド?特等席ってやつだから、それそれみんな見えるだろう。勅とユウと、アァ知らなんだ春霞もいる」
川嶋「ほうら、夜鷹がいないじゃない」
夜鷹「いたんだよ、」
川嶋「…」
夜鷹「…いたんだよ」
川嶋「うん」
夜鷹「あんただって」
川嶋「…」
夜鷹「なんであたしら、」
川嶋「僕にはよく見えないからさ!…ほら食べよ!こんな日にはあったかく、ホットレモンでもいかがでしょ」
夜鷹「…あんたっぽい(飴を咥える)」
川嶋「そいつはどーも!」

二人の会話中、実況ふたりは選手たちに雑に話題を振りながら場を繋ごうとしている。

幽天・春霞「ふぁ~(欠伸)…、!!」

ふたりとも、己のパートナーから顔をそらす

祈竜院「そろそろかな」
幽天「ね、眠いんじゃなくてェ!!(言い訳)」

帝「さて…どうします?」
実翻「ウーンそろそろ厳しいものがありますね」
帝「時間もないし」
実翻「場を押さえておくのは」
帝「え」

SE:風を切る音
九面と水天登場。嵐が、化け物が、災厄が、天才がやってきた。

夜鷹「…あっちの方がさ、ぽいのかなァ」
川嶋「僕は、そうは思わないよ」
夜鷹「そういう話じゃない」
川嶋「え、ちょ待って、夜鷹!」

逃げるようにハケて行く夜鷹と、後ろを追う川嶋。
だから嫌だったんだ、自分の身の丈を外れるようなことするの。

実翻「記念大会の晴れの日に、突如決まったシード枠!あれっ決まっていた鷹の目ペアは?シークレットでワンダホー、エキシビジョンでめっためた!頭が悪いワードチョイスってそいつぁ言葉を尽くしていたって陳腐に見えちまうからさ。彗星の如く現れた、天才、鬼才、図抜けた飛びザマに何を見る!伴侶・九面桜花、リュウグウ・水天ペア!」

SE:歓声とざわめき

帝「実翻さん!」
実翻「ンフ、オトナの事情」
帝「だからって」
実翻「見守りましょう、老人らしく。ショーはショーらしくハプニングでさえ活かせる度量と商才を、ってね」
帝「…金でも握らされましたか」
実翻「いいえ?もっと大事なものを」

旱魃「オイオイなんだぁ斜に構えてねえ、かわいい子は好きだがなんだい、かわいげのない野郎は苦手さ」
鬼児島「ウンウン同感、同感だねぇ社長どころか会長出勤、いい度胸じゃないですの」
祈竜院「や、やあ、僕は」
春霞「だめ」
祈竜院「春霞?」
春霞「…だめ」
幽天「や、僕幽天!」
水天「(頷く)」
勅「九面、桜花」
九面「名前はきらい」
勅「は?」
九面「黄色いサルや鱗の生えた、ヘビだなんだと個々の色に染め、意味を生みそして余白を埋める。見えないものも、見えるものもね」
鬼児島「回りくどくてよ、何が言いたいの」
九面「君たちは何のために飛ぶの?」
祈竜院「…」
九面「勝利のため、栄光のため、名誉に欲望にはたまたお金?それとも神との約束か、なにかどれかがあるのかなって。余計なことは考えずにさ、楽しくとぼーよ、愉しくさ!だってこんなに、空がきれいなんだもの!」
実翻「第一二〇回、嵐のファクーム、その幕開けでありました」

★OP:メドミア さっさかサレンダー

■第二幕:挙世-にちじょう-

【二-一:手入-メンテナンス】
所謂選手村。リュウグウケアラーたちは、リュウグウのメンテナンスに勤しんでいた。手を止めていては邪念に囚われれる。選手のはずの勅も現場に立っていた。

川嶋「来ねえな〜」
勅「まー今日だれも飛ばねえし」
川嶋「開会式やる意味ある?」
勅「……なあ、夜た(か)」
川嶋「明日の準備は早い方がさ、いいもんだって言うけどねぃ」
勅「…エキシビション、知らんかったわ」
川嶋「あったってんなら、あったんだよう」
勅「そんなもんか」
川嶋「出場できたヤツが勝者だ。それ以外はなんだっていい、客前でやる必要も、理由も責任もなんにもない、らしくないことだそいつはさ」
勅「さすが伴侶」
川嶋「へ?」
勅「夜鷹みたいなこと言うなって」
川嶋「そお?」
勅「あれだよ、ぽくない」
川嶋「そーそーぽくない」
勅「ぽいってなんだよ」
川嶋「なんだろなー」

踏み込みすぎない友人たちの、ぬるい空気をぶち壊すように、
ドスドスと音を立てて室内に入ってくる鬼児島。
いつものことだと笑いながら旱魃も後ろを歩いている。

鬼児島「ちょっと!」
勅「あーハイあんたね」
川嶋「らっしゃっせー」
旱魃「どーもどーもネ、今日も頼むよォ?」
川嶋「合点で~」
鬼児島「ねえナニなになになんなのあれは!」
勅「九面桜花」
鬼児島「予選であんなやつ居なかった、居たら噂になるでしょう!」
川嶋「ほらほら姐さん、エキシビジョンさ、客前で飛ばなかっただけですぁ」
鬼児島「道理じゃなくって感情の話!肥溜めからでもくみ取ったってかこのクソみてぇな理由をさ!」
勅「ねーバイト中」
鬼児島「ズルに賄賂に八百長口添え、何がしやって来たんじゃないの!?」
勅「すっぱ抜かれたらどうすんの」
旱魃「だぁいじょうぶ、ねーカワちゃん」
川嶋「ねーカンさん」
勅「まじ…バイト中なんだけど」
旱魃「勤め先が悪いよねぃ」
勅「理不尽」
旱魃「災難だったね」
川嶋「…ほらっ、姐さんメンテでしょ?オーダーは」
鬼児島「…あのクソに、勝てるだけの装束を!見たものの心枯れはてるほど、強く猛く飛べる体を!」
川嶋/勅「かしこまりました、お客様」

川嶋と勅、旱魃の手入れを始める。

【二-二:梃入-さるしばい-】
舞台の反対側、行き場のないままさまよう夜鷹の、止まり木がふらと現れる。
アレルヤ、ふらつく夜鷹を後ろから支える。

アレルヤ「失礼」
夜鷹「…ハッ。らしくない、猿芝居などおやめになって。礼を失い敬うことなく失敬失礼口にするでしょ」
アレルヤ「ああでは平にお詫びをば、失敬失礼哀れな鷹へ、差し伸べるものもございませんで」
夜鷹「満足?」
アレルヤ「ええ」
夜鷹「エキシビジョンと名ばかりの、惨めな黒星抱かせて、桜の花は手折れば枯れると知ってもなおそう挿げ替えて、せせらぐ川すら音をなくして」
アレルヤ「ええ、ええええそりゃあもう」
夜鷹「…返して、あたしが飛ぶはずだったの、あそこで!あたし達が!」
アレルヤ「爪を、牙を、鱗を飾りを、内側外側すべてを手入れし、身の髄から美しく。美技を競う会場に、平穏なんぞは無用です。竜の血の朱に染まる牡丹、美しきかなめでるだけ、いやいや彼岸に手折ってしまえば二度と咲かぬ一度きり、賽の河原も驚く宴に、してやらなくっちゃなりますまい」
夜鷹「ここは現世よ、死に際じゃあない」
二宮「死を想わずして飛べるものかね」
夜鷹「…」

アレルヤ、柘榴を取り出す

アレルヤ「どうぞ?」
夜鷹「いい、ぽくない」
アレルヤ「なら何がよろしくて?」
夜鷹「籠入りの鳥に似合うもの。もうエスコートもできないわ」
アレルヤ「気が立つね」
夜鷹「それくらいしか立てられなくて?翼も牙ももがれちゃネ」
アレルヤ「望み通りに君の友人、伴侶も五体満足で、欠けることなくあそこにいるんだ、むしろ喜ぶべきじゃないカナ」
夜鷹「見えすぎなのよ、わかんないかな」
アレルヤ「意固地だねぇ」
夜鷹「なにがしたいの」
アレルヤ「ただのおせっかい余計なお世話、かわいがり甲斐のあるうちに、ちょっかいをかけているだけさ。美しきもの、飽き果てるまでがそいつの寿命と」
夜鷹「アンタ、ファクームの何」
アレルヤ「私?そうさねぇ、竜と人の血を流せど流れぬ、愛し愛されず憎んだその先、祈りの権化と言えようか」
夜鷹「…アレルヤ」
アレルヤ「いい名だろう」
夜鷹「全然?ぽくない」

夜鷹、アレルヤを置いて出ていく。
この人は、本当はファクームが好きなだけなのだろう。

アレルヤ「観衆は知りもしないだろうさ、國の御業と謳うよりも前、竜は常日頃飛ぶものだとは。空を愛し、空を信じ、飛ぶことを、愛しただけの」
二宮「わかっている、…わかっているとも」

【二-三:幕入 -かいこう-】
照明変化、反対側のケアラーたちに焦点が移る。
旱魃には、ほとんど手入れの必要がない。

川嶋「ン~、…なんだよ張り合いないなぁ」
旱魃「あは」
川嶋「羽根よし、ツヤよし、水気に血の気、身体の締まりも問題ない。いつ見かけたってばっちりでさぁ」
旱魃「喉から手が出る美しさ、ファクームで駆けるリュウグウならば、前提のようなもんだろう?」
川嶋「生活リズムに爪磨き、内も外もと整え続けて、喉から血も出るもんだろう」
旱魃「?」
川嶋「?」
旱魃「なんにも意識してなくて」
川嶋「はー幽坊に見せてやれ」
勅「言えてる」
鬼児島「当たり前、旱魃は強いんだから!誰よりも、何よりも」
川嶋「熱烈ゥ」
帝「ヨォ~、やってる?」
鬼児島「!!みっ、帝さァん!」
帝「や、キコちゃん」
川嶋「浮気ィ」
鬼児島「あのっ、えっとっ」
帝「ん~?」
川嶋「いいんすか?出走前のメンテ見て」
帝「公平に万全に、贔屓にしなきゃ大丈夫。バイト君たちの腕も見とかなきゃ、雇い主の名も落ちるしネ?」
川嶋「緊張すること言いますねェ」

帝、旱魃の身体に触れたり眺めたり。

旱魃「いい腕だろォ?」
帝「…ウン、そうね!あとはも少し愛情を、っと」

帝、旱魃の衣装のパーツを少し整える(結ぶとか、検討)

旱魃「およ、」
帝「現状維持は自分でできるさ」
川嶋「さすがみか(ど)」
鬼児島「さすが帝さん!勉強になります~!!」
旱魃「勉強なんぞ言えた口かね」
鬼児島「カ・ン・バ・ツ!」
旱魃「カカカ!」
勅「なあ」
帝「ん?」
勅「公平ってことは」
帝「勿論!お連れしたよ、二名様」

セリフとほぼ同タイミングで九面と水天が登場。

鬼児島「アンタ」
九面「アンタじゃないかも」
水天「手入れをしてもらえると聞いた」
勅「おい川嶋」
川嶋「ごめーん仕上げ中!」
旱魃「堪忍な」
鬼児島「ちょっと!」
帝「ちゃんとお手入れしてネ、弟」
勅「…任されようとも、クソ兄貴」

勅、水天と九面に近寄る

勅「オーダーは?」
九面「?」
水天「すまない、他人の手入れが初めてで」
勅「よく飛べてるな」
水天「併せてるだけだ」
勅「伴侶に?」
水天「…」
九面「そうだぁそれだぁ!よく飛べるように、それでOK」
水天「今日も手入れはした。仕上げと思ってくれればいい」
勅「…言ってくれちゃって」

【二-四:干渉-よこやり-】
照明変化、反対側にはうなだれた二宮。
実翻、帝に電話をかける。

帝「ハイ神睦月」
実翻「ちょっと帝、油売りすぎ。時計の針とて焦りだしますよ」
帝「貴方もおおよそ外出中でしょ」
実翻「私はいいのサ、すぐ戻れるし」
帝「…売れる油は売っておけ、後進に道を譲るためにもね。あなたと違って先の短いこの命ってもんですよ」
実翻「気が早いなあ。メンテナンス中?」
帝「ええ」
実翻「ブラコンって言われません」
帝「愛情深いことは悪かないデショ」
実翻「どうかなぁ」
帝「同族なのだと思いましたがね」
実翻「愛を練ったとて、至らなければ、届かなければ、それは未練となりましょう?」

帝、黙ってしまう。心が、ぐらぐらする。
実翻、電話口を塞ぎながらアレルヤと目線をあわせている

実翻「ねぇ、取引相手サマ?」
アレルヤ「私が頼んだのは九面桜花をねじ込むこと、だけですよ?」
実翻「やり方は僕に任せる、でしょ?」
二宮「…お前はいつもそうだ」
実翻「水面に春を油を呼び込み、桜吹雪は桃へ溶けるか、才を抱えた鬼と蛇とが互いを食い合い踊りあかそうか」
二宮「天才秀才そうして凡才、ばけりゃあ鬼才になろうかと、押しなべてしまえ駆ける姿に、観客は才を見出すと、」
実翻「化学反応が後を絶たない、爆発だらけのファクームの場で、目なんて待ってちゃ始まらないぜ?」
二宮「成果と質は別物なんだ、何故にそれがわからない」
実翻「失ってからじゃ遅いのに」
二宮「もう失った、お前も俺も」
実翻「ハッ。波風よりは嵐の方が、こと祝祭には似合いだろうさ。…顔も見せない君の機嫌を、取るのは難しいものだから」
二宮「嫌われるぞ、未練がましい獣は特に」

二宮、背を向けて去っていく。

帝「もう十年ですよ、実翻さん」
実翻「ええ、まだ十年です」

■第三幕:虚勢-ほころび-

【三-一:凡才vs天才 -はかなし-】
日付変わって、ファクームの対戦初日。
人気ペアとダークホースの衝突を、満員の観客たちが待っていた。
夜鷹と川嶋、すこし離れて隠れるように二宮も観戦に足を運んでいた。

実翻「日付変わって本日は、ファクーム初戦の幕開けだ!」
帝「月もまたいで神無月、神も仏も見てはいますまい、何せこんなにも人の目が、集ってしまっちゃ隠れもできぬとおいそれ逃げてしまいましょう」

SE:歓声

実翻「乗ってきましたネいい調子ィ!」
帝「本日二戦の予定ですがあぁ初戦からまま厄介なもので」
実翻「昨日の今日でご覧の皆様はきっと混乱の最中でしょうが、お気になさらずなど言いませぬ、さあささ力を、その美技を、酔うまで浴びせてもらえりゃそうさ、酸いも甘いも嚙み分けましょうとそれが芸事の常であります!」
帝「そういうとこは嫌いなんですよ」
実翻「奇遇ですね」
帝「狙ったでしょう」

旱魃「なー、ちゃんと寝た?」
鬼児島「…」
旱魃「もー」
鬼児島「興奮しておりますが故の、目のぎらつきとも言えましょう」
旱魃「餓鬼くせぇんだから、うちの奥さんは」

鬼児島「調子がいいねェ、恨めしい」
旱魃「中也」

旱魃と鬼児島、額を突き合わせる。旱魃、鬼児島の手を己の胸の上に添えさせる。君の心、私の心が、どうか交わりますように。そうして心に安寧を、もたらしてくれますように。

旱魃「あは、早ぁ」
鬼児島「アンタがね」
旱魃「決まってんだろ、緊張しいだぜ?」
鬼児島「…アタクシたちは二人で一つ」
旱魃「雨も風も日の光でも、アタシたちを阻めない」
鬼児島「アンタの前を阻むのは、天上天下アタクシだけ」
旱魃「えー、そうかな」
鬼児島「生意気ねェ」
旱魃「…どーさ、ちったあマシでしょォ?」
鬼児島「生意気!」
旱魃「なんでぇ!べらぼうめ!」

心拍が落ち着いた鬼児島。アタシたちなら、どこまでも飛べるさ。

九面「いい空ネ!」
水天「ええ」
九面「今日の空は、きっとそう、軌跡でましろな線を描いて、青と契りを結ぶんだ!一本線に届かない、端くれなんぞは風で飛びゆく、地上数千メートルの木枯らし円錐に満ち満ちと」
水天「ねえ」
九面「ん?」
水天「私は、何を」
九面「飛べばいい。飛んで、飛んで、私と一緒にいたならば、綺麗な空となれるしょ」
水天「それは、…それは、夢(地獄)のようだね」

SE:歓声

帝「呑気なもんです、消えちまったペアも忘れて」
実翻「ほらァ帝サン平和に行きましょ、八百長どころか九百一千多くの皆様注目の、ファクームその初戦なのですから!」
帝「フェアプレーの精神ネ」
実翻「さぁ、両チームの伴侶に【如来宝珠】が手渡されます!人は人、竜は竜、息飲む音すら置き去りにする、飛ぶリュウグウへと届く音色は錆すら愛しい丸みかな。リュウグウと人の心を繋ぐ、組紐とでも呼びましょう」
帝「しっかりね」
鬼児島「はいっ」
帝「君も」
九面「首輪はお好き?」
帝「あんまり」
九面「私はね、着けるのが好き」
帝「繋がれるのは?」
九面「んふふ。ちょー嫌い!」
実翻「初戦、数多の経験を積んだ玄人と、突如現れた彗星の舞!降り注ぐのはただの小石か、それとも引力に力を借りて、隕石にでもなろうかと!」
帝「まずは装飾点の有識者審査から。各竜は、己の姿をお見せください」

旱魃と水天、首から下を隠していた布をはぎ取る。

実翻「立派なもんですネ」
帝「東は古の機織りから嗚呼、西は新進気鋭のファッションデザイナーまで選り取りみどりの瞳たち、その目に触れる機会なぞ、そうそうやって来やしません」
実翻「実技と装飾、技と見目とを争う芸術は少ないですし」
旱魃「やぁ嬢ちゃん、綺麗なこったね」
水天「どっちが、です?」
帝「鬼児島ペアの旱魃は…余分なものを切り落としてなお、邪魔なものほど美しいとでも、言いたいようじゃァありません?」
実翻「フハ」
帝「何年たっても美しい、使い込まれた指輪のようだと、手入れをしていても思うものです」
実翻「あ、カンニング。ズルーイ!ずるいずるーい」
帝「他方を見れば、蔵の奥底に眠った武者が、甲冑と共にしまった刀を、刃の欠けたナマクラを、携えやって来たようですよ」
九面「でしょ、でしょ!いつだってそうであるように、その美しさは手に入れられない、穹以外の誰にもね」
実翻「褒めてます?」
帝「ええ、いっとうに」
水天「ありがたく、受け取ります」
実翻「にしては古めいた言の葉だこと」
帝「身体もあんなに包帯だらけ、パッと見たきらびやかさで言えば、欠けるところもありましょうがね。あのしなやかさも美しささえ、包まれてもなお、錆びついてもなお、鈍るものではないもの、…かも」
旱魃「サアサア、今日はよろしゅうに」
水天「よろしくできると、いいですね」
帝「ん、採点も終わりましょうか」
実翻「ご覧の皆様そうそこの君も、装飾点は参加型!好きに勝手に入れてってよネ、最終日まではご自由に!続いていよいよお待ちかね、実技の時間に参りましょ!」

SE:歓声
旱魃と水天、両の翼を広げる。

川嶋「いいの?」
夜鷹「…いい」
川嶋「意固地ィ」
夜鷹「あたしっぽいでしょ」
川嶋「かくあらんとすることが、常(つね)己とは限らないデショ?」
夜鷹「わかんないかな」
川嶋「わかりたくないかも」
夜鷹「わかろうとしてよ。お願いだから」
川嶋「古傷抉って何になるって、まだかさぶたにもなっちゃいない」
夜鷹「…あたしを守ってどうすんの」
川嶋「守らせてよ、…僕のせいだって思ってくれていい」
夜鷹「アンタだって、」
川嶋「僕、まだ選べるんだ」
夜鷹「…うらやましくは、ないケドね」

鬼児島「気に入らないんですの、最初からずっと」
九面「あれ、んー、何の話?」
鬼児島「興味ないってツラしやがって」
九面「野性味か、いや野蛮カモ」
鬼児島「勝利を渇望しないまま、己の欲に従って飛ぶ。お遊戯会には付き合えなくてよ」
九面「やだやだ難しい話って~」
実翻「先に空高くそびえる塔の、頂に立った旗を掲げた竜こそが速く猛きものだと、その美しき飛びざまを、我らは美技と呼び讃えようと。さあさ!両者準備はどうだい」
九面「いつでもどーぞ」
鬼児島「よくってよ!」
実翻「それじゃあ行きましょ!第一滑走、レディー、ゴー!!」

SE:出立の合図

実翻「ひょ~!」
帝「速、」
夜鷹「スピード型か」
川嶋「旱魃姐さんの得意分野だ」
夜鷹「…胡坐かくと、痛い目見るよ」
帝「初速を見るに両者互角と、言えましょうかね往々に」
実翻「日差しを水気をそうして風を、雲を切り裂くためには嗚呼そう、闇雲に飛んじゃ意味がない」
鬼児島「よし、」
九面「…」
帝「九面桜花、伴侶から目を離してますね」
実翻「別のものを、見ているのやも?」
帝「実技の途中に目を離すなんて、一般的にはあり得ませんよ。風を、空を、読んで進むには竜と空とを、真上を眺めてこそでありましょう」
実翻「並みの伴侶なら、そうでしょうねえ」
鬼児島「余裕そうね」
九面「んー?そうかな」
鬼児島「お遊戯どころじゃありませんわ、愚弄でもするおつもりでして?パートナーは空高く、我らの立てない領域までも、飛んで跳んで翔んでいるのに」
九面「参観日じゃないのに?」
鬼児島「は?」
九面「先生なんていないんだ、保護者だなんて持っての他さ。四つの一つがぶつかる場所で、見守るなんて他人事、ヒトゴトだって思ってるからできるんだ」
鬼児島「知った口を」

SE:風の音

帝「うわ、強(目を閉じる)」
実翻「帝さんよく見て。…荒れますよ」
九面「いこー!お祭りの時間だよ!」

九面、如来宝珠を鳴らす。
水天、ひとつ頷いて速度を上げる。旱魃を追い抜き、強い向かい風を割いて、泳ぐように進んでいく。

九面「さあ!」
水天/九面「渦潮に乗りて流れに任せ、いざやゆかん永久の波、荒波に乗れば船乗りですら、海の王座に座れよう!」
旱魃「クソ、速ッ」
鬼児島「旱魃!」

鬼児島、手元の如来宝珠を鳴らす。

実翻「あらぁあっちも」
帝「早すぎる圧は毒になりましょう」
旱魃「だめ、まだ」
鬼児島「でも!」
実翻「速く飛んじゃえばいいのにィ~って、お茶の間の声が聞こえてきますネ」
帝「旱魃は、彼女は歴戦の勇であればこそ、己の身体を知っている、飛び方引き際攻め際を」
実翻「あの子に風は不向きだねぇ」
帝「旱魃さすれば枯れ果ててこそ、風無き空にこそ映える。…身体もそうそう強くない」
実翻「教えられずとも風を読めるのは、天性のモノかはあはてよもや、…いつも白星をあげはするけれど、奥方様はどうかしら」

鬼児島、如来宝珠を鳴らす。

旱魃「まだ上がれないよ、わかってんだろ」

鬼児島、如来宝珠を鳴らし続ける。

旱魃「いい加減にしな!」
鬼児島「いいから聞いて!」
旱魃「聞けないねぇ!よく見るこんな負け戦、無冠の我らは不運だなって?アンタの勘は、アタシの羽は、激情に生まれ流れる濁流、飲まれちゃそいつぁもがれるよ!わかってんだろォいよいよさ!」
鬼児島「勘じゃない」
旱魃「中也!」
鬼児島「アタクシの意地よ!!」
旱魃「意地って」
鬼児島「意地を張って、何が悪い!意地と勘しか働かない、風なんてそうよ一つも読めない、だけれどアタクシいつもいつだって、アンタと飛ぶのをやめないわ。雨も風も日の光でも、アタクシたちを阻めない、アンタの前を阻むのは、天上天下アタクシだけ!あんな奴に、阻まれたままにアァそうですかと項垂れるだけの、負け戦なんぞしたくない!!」

向かい合う旱魃と鬼児島。

旱魃「勝ちより意地かい」
鬼児島「惚れてんでしょ?」
旱魃「ハッ。…泣きついたって知らないかンね」
鬼児島「そっくりそのままお返しするわ!」
旱魃「アーア、可愛くネんだから!」

鬼児島、如来宝珠を鳴らす。

旱魃「いざやゆかん、渇きに満ちた喉を、空を、心を満たす愉しみを糧として、吸い上げ我が身の力となれ!」
鬼児島「行けええええ旱魃―――――!!!!」

旱魃、ぐんと上昇し水天に迫るも、並び立ったところで片方の翼が閉じてしまう。
バランスが取れず、一気に差が開いてしまう。

水天「…綺麗ですよ、とても」
九面「アァあはれ、あきれるほどに美しき、散り際の枯れた華なんて」
実翻「無念悲しやその差縮まらず、勝者、九面桜花・水天ペア!」

SE:ゴール音と歓声

川嶋「姐さ」
夜鷹「行って」
川嶋「え」
夜鷹「早く!」
川嶋「でも」
夜鷹「あの人、あたしと、同じ目してる」

川嶋、ピッチへ走っていく。沈み切ってしまえばそうさ、鳥は昨日の飛び方をも忘れる。

夜鷹「人の心配ばっかして」
二宮「砂利水したたり溜まった靴を、知った人の子はもう海原に、足の先すら浸かれない」
夜鷹「ホントに、何がしたいのよ」
二宮「アレは、なしだな」
帝「天才リュウグウ旱魃に、対して何を返せよう」
実翻「初期から釣り合わないと言われ続けてましたからねぇ」
帝「それでもああも毅然としていた、彼女は真に伴侶と呼べましょう」
実翻「ええ。…ええ、そうでしょうとも」
九面「んふふ、イイネ!イイカンジ!アタシの思った通りだわ。ほら降りてきて、綺麗にネ」
水天「醜い、ですよ」
九面「何がー?」
水天「ひみつ」
九面「そ」

水天、九面の元へ降り立つ。

水天「桜花」
九面「おい」
水天「…」
九面「呼ばないでって、言ったデショ?」
水天「…たのしい?」
九面「言葉にしなきゃネ!」

九面と水天、ハケて行く。入れ替わりで入場する春霞と祈竜院。ここは、どうにも居心地が悪い。
一方、鬼児島の傍には風で羽が傷ついた旱魃。応急手当は、会話の裏で川嶋が対応してくれている。鬼児島、地面を強く蹴る。

旱魃「中也」
鬼児島「クソ、クソ、クソ、…クソっ!!」
川嶋「…悔しいのはわかるけど」
鬼児島「わかるけど!?」
旱魃「やめな中也、みっともねぇ」
鬼児島「…アタクシのせいなの愉しさに飲まれず冷静に飛んだあの女よりも余程幼稚な、意地を、」
夜鷹「わかるよ」
鬼児島「だからッ、…夜鷹」
川嶋「…わかりたいの。飛べないし、飛ばせてやれねんだぜ?」
鬼児島「生意気」
川嶋「そうっすかぁ?」
夜鷹「そうね」
川嶋「マジかァ」
旱魃「中也」
鬼児島「なに、」
旱魃「みっともねぇな、…アタシたち」
鬼児島「…ごめん」

旱魃、鬼児島の肩を弱弱しく拳で小突く。

旱魃「意地はいつでもカッコ悪いさね。ホラ、次次!」
鬼児島「ごめん、…ごめん、ごめんねぇ、」
旱魃「バカ、好きで従ってんだぜ?」
鬼児島「…じゃあ旱魃もバカ」
旱魃「言うじゃ~ん」
夜鷹「…ホラ、明日が待ってるよ」
川嶋「君にもね」
夜鷹「どうかな」

【三-二:秀才vs軍 -おさななじみ-】
鬼児島と夜鷹、川嶋に支えられた旱魃、ハケ。
入れ替わる形で勅と幽天が入り。
SE:歓声
次の戦いを、観客たちは待ってはくれない。

勅「集中しな」
幽天「でも」
勅「信じろ」
実翻「さあささ嵐のあとには決まって、さわやぐ花の風が吹く。新顔同士の対戦とあらば誰もかれもが予想もつくまい!」
帝「あなた以外はって話ですか」
実翻「やぁださっきからトゲトゲしい」
帝「否が応でもオシゴトですんで、リュウグウが美しく武く健全に、飛ぶために応と手を貸すんです。工作なんぞ、悪さなんぞを、されりゃあ気分も悪ござんしょう?」
実翻「ノンノンあたくし悪さなんて嗚呼お天道様が見ていますもの、変なことはしちゃいませんヨ」

幽天「ねえ勅」
勅「ほら集中」
幽天「いや、集中してんだけど」
勅「ん?」
幽天「あの子、どっかで見たような、」
春霞「ユ」
祈竜院「春霞?」
春霞「ユ、ちゃ!ト、キくん!」
祈竜院「もしかして、あの子たち?」
春霞「…」
祈竜院「ほら、」
春霞「ん?」

祈竜院、春霞の顔を覆う装飾品を外してあげる。

祈竜院「きっとわかるから、もう一回、ね?」
春霞「ゆ、ユーちゃーん!トキくーんー!」
勅「え、ハ、」
幽天「ハルちゃんだぁ!!」

幽天、春霞に駆け寄ってぴょんぴょん飛び跳ねている。かわいい。とてもかわいい。

幽天「ハルちゃん!ハルちゃん!」
春霞「へ、へへへ!」
勅「ハル、お前軍隊になんか入ったの」
春霞「なんか、じゃないもん」
勅「あ、おう、悪い」
祈竜院「大丈夫ですよ、気にしません」
勅「ア、」
祈竜院「空軍パイロット、祈竜院レイと申します。以後お見知りおきを」
勅「ファクームの選手、リュウグウケアラー、大学生の神睦月勅、デス。ちょっとの間よろしくお願いシマス」
祈竜院「あは、…ちょっとで済みますかね」
勅「?」
春霞「やった、やった、やっとあえた!」
幽天「ハルちゃんも飛ぶの?」
春霞「あ、…あ、う、」
幽天「?」
二宮「おい」
祈竜院「あ」
二宮「位置につかんか、装飾も何も崩れてしまえば元も子もないとあれほど言ったが、あわや数刻で忘れたとでも言いはしないな二人して」
春霞「う」
祈竜院「今行きます!…ゴメンネ、厳しくて」
勅「上司すか?」
祈竜院「ウン、コーチっていうか。偉いんだよ、二宮サン。次期空軍トップって噂」
春霞「レイ、レイ、」
祈竜院「行こっか、…よきフライトを」
勅「ああ」
幽天「じゃあねぇ、ハルちゃーん!」
春霞「ん!」

祈竜院と春霞、二宮の待つ対岸へ歩いていく。

勅「…二宮?」
幽天「どしたの勅」
勅「いや、どっかで…」
幽天「ほら集中!(背中べしーん)」
勅「って、…ユーウー」
幽天「あ、…えへへー」
祈竜院「中将、えっと」
二宮「…昔馴染みか」
祈竜院「?は、はい、春霞の」
春霞「う、」
二宮「急いてない、ゆっくり話せ」
祈竜院「え」
春霞「じ、地元の、おさななじみ、で、あります!のろまで、よわい、私と、いつも、一緒にあそんでくれ、て、…あ、と!ファ、ファクーム、すごいって、満月の夜、私を連れだしてくれた、欠けたわたしを、わらわない、大事な、だいじな、友達、です!」
二宮「…そうか」
祈竜院「中将殿…?」
二宮「春霞」
春霞「は、はい!」
二宮「大事にしろよ、」
春霞「は、…はいッ!」
二宮「失ってからでは、遅いんだからな」
祈竜院「中将殿も」

SE:歓声

二宮「そら、時間だ。血を浴びずとも輝ける、稀有な舞台で舞うといい」
祈竜院「…ハッ」

実翻「次戦、一方は新星ニューフェイス若人の星、折り紙付きの実力派。相対するは折り目一つない真白な平野、いったい何に変化する、軍事機密の美しさ!星降る夜の雪原は、いったい何を映そうか。ささ、此度も装飾点から参りましょうかねオニイサン」
帝「あなたホントに悪趣味ですね」
実翻「折り紙作りはお得意で?」
帝「贔屓目で見ればそれこそ嫌でしょう、競技人として、芸事としても」
実翻「ンフ。土足厳禁てやつですよ。さ!まず装飾点のレビューに…アレレェ?」

装飾点レビューに、祈竜院と春霞がどちらも立っている。

勅「なんで二人とも立ってんだ」
帝「えーとお二人!装飾点の加点は一人、並び立ったとて点は…ん…どうつけるんだ……?」
二宮「はて、最終日までおしなべてみた、加点対象それのみ見れば、よいものだろうよそれとも何か、この場に二人も立ってはならぬと、規則で決まっているのかね」
勅「んな滅茶苦茶な」
実翻「いやはや参った、その通り」
帝「え?」
実翻「ルール違反じゃありません。ルールは破っちゃいないなら、御法度でもないならそうさ、まあまずレビューと行きましょう」
帝「誇りはないんすか」
幽天「はわー、すごいねぇ!!」
勅「お気楽だなオイ!」
実翻「気楽に気楽に、リラックス」
帝「祈竜院レイに春霞と、姫よ騎士よと呼ばれる彼ら、装飾点はどちらにも、つけようかってえ魂胆ですか」
実翻「ああいえそこは平等に。装飾点は一人分。万が一両者飛んだなら…二分の一にでもしましょうか!」
帝「気楽すぎます、巫山戯てんすか」
実翻「変化を拒めば衰退しますよ、芸事なんて趣味趣向だと呼ばれてしまえばそこまでですもの」
帝「…それでいうと、あちらは毒も喰らわんと、雪化粧の面持ちですか。姫も騎士も、嵐でさえも、飲み込まんとする冬のよう」
実翻「アラ採点が終わりましたか!こういう時だけ早いんだから。冬に飲まれるか、雪解けを待ち春となるか、実技の時間に参りまショ!」
帝「実技はどちらが飛ぶつもりでしょう」
勅「この手法、昔見たような」
実翻「わかりやすいデショ、…ささ張り切って第二滑走!見合って見合って、レディ~~ゴ~!!」

SE:開始の合図
幽天と同時に、祈竜院、春霞の手を取り二人で飛び立つ。

勅「バッ、マジかよ!?」
帝「いや、伴侶は地上に」
実翻「いなきゃダメなんてことないですよォ?声が満足に届かぬが故の【如来宝珠】でありましょう。ルール違反でもありますまい、まして大荷物背負ったまま、大ハンデとも見えますよ。考えましたね、」
二宮「おかげさまでな」
帝「待った待ったァ、何モノゴト常(つね)前例ってのが」

実翻、ジ、と帝を見る。
君は知っているはずだ、あの惨劇の行く末を。

帝「もう十年ですよ」
幽天「え~!いいなぁ僕もやりたい!ねーねー勅ィ、今度」
勅「バッカ集中しろ!」
春霞「ね、ユウちゃんも、おどろうよ!」
幽天「えー、でもでも僕一人だしィ」
勅「鼻伸ばしてんな!上向け上ェ!」
春霞「えへ、」
祈竜院「平気?」
春霞「ん。こっち、風弱い」
祈竜院「了解」
春霞「雲来る、翼、すこし傾けて」
祈竜院「わかった」

春霞の指示を受け、航路を変える祈竜院。

SE:歓声

実翻「ふたりきりの舞踏会ですか」
帝「神睦月選手は、…」
勅「何ができる、何に見える、あいつに何が、俺に何が、地に足つけたままに動けない、羽のないものに何が出来る」
二宮「いい目だ」
実翻「往生際の悪さは時に、突破口を超え未来となろう」
二宮「そうだ、こと常に考えろ。考えをやめて生きることなど、人間ではなく葦でもできる」
実翻/二宮「さあ少年よ、止まることなく、考え続けよ壊れることも、壊すことも厭うことなく」

勅、顔を上げる。会話中、如来宝珠を鳴らし続ける。

幽天「へ、いいの?」
勅「いい」
幽天「ほら何か、あっちもアッと驚く的な」
勅「オラ一思いにやっちまえ!驚きすらも吹きとばせ!」
幽天「簡単に言ってくれちゃって〜!」
勅「ふぶけ幽天、その雪はあわや雹になりて、何をも貫く刃になる!」
幽天「合点招致!いっくよー!」

幽天、一気にスピードを上げる。

祈竜院「…ハハ」
春霞「ユウちゃ、はやい…!」
二宮「上出来だ」
帝「重荷を背負った王子のペースに、囚われずにただ飛べばいいと。正面突破のシンプルな策、だからこそ力強くありますね」
実翻「舞踏会に呼ばれてないなら、そも踊らなけりゃいい話っと、相手の土俵に立たないってのは案外難しいものですヨ」
春霞「…レイ、」
祈竜院「ダメだ」
春霞「レイ!」
祈竜院「聞けないよ、僕のお姫様」
春霞「とばせて!」
勅「いけぇ幽天!!」

SE:ゴール音と歓声

実翻「姫の誘いをものともしない、真っすぐ道を破ってみせた!神睦月勅・幽天ペアの勝利です!」
勅「(幽天を降ろすために如来宝珠を鳴らしながら)おつかれ」
幽天「やった~!勅勅、勝ったよォ!!」
勅「ごめん、ギリまで迷って」
幽天「そんなこと!ねね、二人の飛び方見てた!?西の大国の童話ってきっとああいう風なドレスに騎士がいて、アァ~夢が広がるなぁ!」
勅「…気楽なもんだなお前はよ」
幽天「そりゃ新しい楽しみを、見つけちゃったならワクワクドキドキにっこにっこと口角なんて、言うこと聞いちゃあくれないさ!」
勅「楽しいか」
幽天「緊張してて覚えてない?」
勅「うるせ、何でも知ってるみたいに」
幽天「帝さんみたい?」
勅「全然?」
幽天「ダヨネ!」

ゆっくりと降りてくる祈竜院と春霞。春霞、不満げな表情。

祈竜院「春霞」
春霞「ケチ、…わたし、頑張れば、もっとはやく、とべたでしょ」
祈竜院「でもね、中将殿の言いつけだから、守らないとほら、怒られてしまう」
春霞「でもっ」
二宮「よくやった」
祈竜院「適性は、…言わずもがな、ですか」
二宮「万全を期して見極めなければ、誤ったなどと洒落にもならん。お前から見てもそうだろう」
祈竜院「…でも、競技人としての人生を」
二宮「君の仕事はなんだ?」
祈竜院「…空軍第三航空隊パイロット、兼、飛行用リュウグウであります」
二宮「君の収入は。君の定年は。君の社会的地位はどうだね」
祈竜院「…」
春霞「あ、の!」
二宮「ん」
春霞「も、行きましょ、メンテナンス、しないと疲れる、ね」
二宮「ああ。…わかっているさ」
幽天「ハルちゃん!」
春霞「ゆ、ちゃ」
幽天「今度はさ、一緒に、並んで飛ぼ!」
春霞「…うん!やくそく!」

二宮、春霞、祈竜院ハケ。

幽天「勅?」
勅「ほら行った行った、お前もメンテだ」
幽天「うへぇ~、勅は?」
勅「追っかけるから」
幽天「嫌なのォ?こらこら」
勅「いいっつってんだろ!」
幽天「ええ…もー、早く来なよね!」

幽天ハケ、一人残る勅。
楽しい。楽しい?一体、何が。

■第四幕:虚声-ほころび-

【四-一:勝利-かわき-】
SE:歓声(遠くで聞こえる)
メンテナンスルームにやってくる旱魃と川嶋。幽天と勅を打ち負かしては、通常運転と笑っている。これが強さの所以だろうと。

川嶋「ファクーム気づきゃあ二日目終わり、」
夜鷹「このまま終わりゃあいいけどサ」
川嶋「不穏〜」
鬼児島「イヤ慣れないねぇ勝利の美酒は、いつでも極上の味がする」
夜鷹「はいずりすする泥の味より?」
旱魃「気付けばこのざま花だらけ、めでたい頭だよかったこって」
鬼児島「勅チャンたちに勝ったからって、そう心の音も上がらなくてよ!?」
旱魃「存外散々ないいざまだぜェ?」
鬼児島「お黙り!勝ちこそ正義よ」
旱魃「へぇへぇ、一発頼むぜ兄弟」
川嶋「人聞き悪ィ~」
鬼児島「ちょっとぉ川嶋、ウーロン茶」
夜鷹「二人そろって元通りねえ」
川嶋「ファクーム明けのメンテはイヤイヤ、薬でなけりゃあ酒でもないぜ!?」
夜鷹「それがイイトコ、でしょ?」
川嶋「調子戻っちゃって」
夜鷹「ふふ」
九面「やってる?」

九面と水天がやってくる。

川嶋「ハァイばっちり、やってるよん」
勅「また来たの」
水天「私が頼んだ」
九面「やァ〜、なんだァ知らないけどネ、今日はすこぶる良かったンだよ!描く軌跡に伸びる軌道と、ふふ、ふふふ、飛べないからって嫉妬しちゃう、あぁ主よ私をお許しください」
夜鷹「セルフケアくらいできるでしょ、なくともアレだけ強いんだ」
川嶋「夜鷹チャ~ン…」
九面「フフ、私が空を飛べないのはそも天の課したいたずらだもの、それ以外はできちゃうものね?何を学ぶでもないことよ、なんでかはよく知らないけれど」
水天「…」
九面「知らなくたってできるだなんて、名も知らずとも知っているなんて、それっていわば天啓じゃない?天って空の先だもの、それだけ与えてくれる天を知る、ために飛んでもいるのだわ」
川嶋「俗にいう天才タイプってやつネ」
九面「ただ楽しんでいるだけヨ」
水天「おい」
勅「んだよ」
水天「…また頼めるか、手入れ」
勅「俺?」
川嶋「ワァオ勅これ、ご指名じゃん!そんなよかった」
水天「…(頷く)」
幽天「だよねえだよねえ、僕もわかるう!」
九面「天の恵みを、ケアラーさん」
勅「地べたからどーも、伴侶サン」

様子を伺っていた幽天たち、ぴょこぴょこと会話に入ってくる。
鬼児島だけが会話に入れない。知りたいってなに、そんな高尚なものを以てこそ、強くなれるというのだろうか。

旱魃「コラァ(デコピン)」
鬼児島「ったぁ!」
旱魃「んふふ」
鬼児島「何するんですの」
旱魃「片意地は張らず両肘はって、アタシだけ見てなって。そしたら勝つよ。今日みたいにネ」
鬼児島「…んもー、飽きれた!」

飽きれた伴侶は呆れるほどに、己が竜を愛している。
飽きれた老兵は呆れるほどに、己が伴侶を———

実翻「イイと思わない?」
二宮「結構」
実翻「デショ」
二宮「明日はもう何も、せずとも結構」
実翻「ええ~!良き芽を見つけたからなに、ああそうですかと終わらせるって?手折りも支えもせぬままに、ちゃんちゃら可笑しな御仁だこって」
二宮「もう、芸事で飛べなくなるんだ」
実翻「だからさ」
二宮「不毛だ」
実翻「君らが悪いンじゃないか〜。最終日とかぶせるなんて」
二宮「どっちが」
実翻「戦争なんてサ、僕らにゃついぞ関係ない」
二宮「リュウグウに生まれ落ちたその日から、わかっちゃいただろ」
実翻「あーあーやだやだ長い爪だの翼だの、強い力がなんになるって、芸に活かしてなんぼだろォ」
二宮「…最期だからこそ、乱してやるな。その脚その身その翼、折ろうとするのは違うだろ。標本だろうとお粗末だ」
実翻「昨日のわが身が心配かい?」
二宮「どっちが」
実翻「大丈夫さァ」
二宮「大丈夫じゃなかったろ」
実翻「あんな飛ぶ姿見せつけて」
二宮「アレは、…祈竜院たちにあったスタイルだ」
実翻「僕がどんな気で飛んだかなんて」
二宮「知れない身体がいっとう惨めだ」
実翻「…あの子たちは、まだ知れる、知に出会い血肉沸き上がったらば踊り潰えるも選べるんだよ、」
二宮「アタウ」
実翻「知れず選べない、惨めじゃない、カナ?」

二宮、実翻から渡されていた紙?を突き返し、退場。
道を断つのか道を断たれるのか、経験した方しかわからない。ふたりぼっちの二人はついぞ、ひとりぼっちが苦手だった。
場面は戻り、ケア中の室内。
水天のケアが終わり、和やかな空気が流れている。

幽天「すご、すごいやツヤツヤだぁ」
水天「…(るんるん)」
川嶋「腕上げたねえ」
勅「そりゃどーも」
夜鷹「お疲れ」
勅「してくか?メンテ」
夜鷹「あっちが先でしょ、見なよあれ」
幽天「ぐやじい…僕もツヤツヤ…」
旱魃「フッフーンあたしもツヤッツヤ」
川嶋「ほとんど姐さん自分でやるじゃん」
勅「眠らず肌艶も落ちた朧な鈍色の竜が何を言ったとて、負け犬ですらなかろうに」
鬼児島「え」
幽天「…エヘヘ」
鬼児島「ちょっと勅」
夜鷹「ぽくないよ、アンタ」
勅「何が」
夜鷹「…イイけどネ、アンタみたいなタイプはついぞ、つぶれていくのさしゃれこうべですら骨を残して空を飛ぶのに、そう、そうさねあたしみたいに」
勅「出場取り消しもそのせいだって?」
夜鷹「…あん?」
川嶋「おい勅」
勅「ファクーム消えた四枠目、流星にも似た夜鷹の星が、こんなところで油を売って、火だるまにでもしたいのか」

夜鷹、勅に詰め寄る

川嶋「二人とも」
勅「…」
川嶋「ね、さっきの試合。すごかったねえ!並び立ってさ、すんでのところで」
勅「すんでなんかじゃないんだよ、…一ピクセルでもこだわらなくっちゃ勝利の女神は着飾れず、振り向き微笑むこともない、」
幽天「ごめん、…ごめんねえ、」
夜鷹「アンタが謝ることじゃない」
川嶋「焦りすぎだって、何もそこまで」
勅「この大会はこれきりだぞ?あと一試合、九面桜花に、どうすりゃ勝ってゆけるもんかって」
夜鷹「なに、義務みたい」
幽天「義務…?」
夜鷹「ねえ、今、楽しい?」
勅「…楽しくなきゃ、なんだよ」

【四-二:翻落-あたう-】
BGM:もろびとこぞりて
勅、一人夜に取り残される。実翻、途中で入ってその様を見ている。
ここは、迷い人の漂う海である。

勅「楽しかったらそれでいいなんて、もう言えないくらい俺たちは、勝利の美酒の酔い方を覚え、カフェイン脳裏に流し込むような大人になってしまったというなら、そう思っただけで絶望する。あの日、あの夜見た風景を、追いかけ手を取り駆けてきた、この日々は楽しかったさそれでも、」
九面「君は、何のために飛ぶの?」
勅「…」
九面「ねえ」
勅「おい」
九面「君は」
勅「クソ」
九面「何のために飛ぶの?」

勅、九面に殴りかかって止まる。

九面「だってこんなに、楽しいのに!」
鬼児島「アタクシは意地のために飛ぶ」
旱魃「しょうがねぇさな、惚れたやつにアァ、着いて行くもんだアタシらは」
水天「…従うだけだ」
帝「狭き門だぞ」
勅「わかってる」
帝「リュウグウケアラーの道もある、好きなものと生活とをそう、手放さないで生きてけるんだ」
勅「わかってる」
帝「わかっててバイトしてるだろ、引退したって食っていけるって」
勅「わかってる」
川嶋「そんな状況で、どっちつかずで、何になるっていうんだよ」
勅「何かになるのが、そんな偉いか」
祈竜院「怖いでしょ」
勅「…」
夜鷹「そうして取りこぼしたって、どこにも戻っていけないものを」
春霞「ないものはない、わかってるでしょ」
夜鷹「ねだったって、天からこぼれてこないのよ。だって気体(期待)はこぼれない」
帝「…悪く思うな、お前のために、未来を思って言ってんだ」
勅「勝手言うな、バカ言ってんなよ!」
幽天「好きじゃないの」
勅「…」
幽天「ほら楽しくさ」
勅「楽しくって何」
幽天「へ」
勅「楽しくしなきゃいけないの」
幽天「楽しくないのに何するの」
勅「好きなら楽しまなきゃいけないのかって聞いてんだよわかんないかなぁ!?」

勅と実翻以外、さぁっとハケて行く。
迷った先に行きついたのは、運命の夜のお膝元。

実翻「楽しく飛べるならいいじゃン、ねえ、その何がいけないっていうの、その何が好きじゃないっていうの?」
勅「っ、…あ、あなたは」
実翻「ハァイ若人」
勅「実翻、アタウ、サン」
実翻「今はしがない実況解説、アナウンサーの端くれサ」
勅「あのっ、俺あなたに憧れて」
実翻「俺に?それとも、あの人に?」
勅「…伴侶の、」
実翻「関係者席でだんまりダ」
勅「え、…アッ、あれ、でも」
実翻「入隊したって、知らなかったデショ。教えてくれてもいいのにね」
勅「…なんで、やめたんすか」
実翻「あは、難しいもんじゃない。ソリも秘密も考えも、目的すらあぁ掛け違えちゃって、ぐらりと世界が変わっただけサ!」
勅「…目的って、なきゃダメなんですかね」
実翻「さーね、…目的瞳に意思を宿すもの。馬力に頼るだけならば、そうさねそうだ、使い捨ての量産機だよ」
勅「でも、それじゃ春霞は、」
実翻「あは」
勅「…あるに越したことはない」
実翻「大当たり!でも、そこに楽しさがなくっちゃ駄目だ?はあはてだぁれも言っちゃいないのよ」
勅「でも、」
実翻「成功者なんて大体ね、振り返ってから言うのさ嗚呼嗚呼昔はよかったアァ楽しかったへえ今も楽しいそうして笑って己の吐いた血反吐に混じった暗い言の葉、ドブもスラムも見ないふりってぇいい人ぶりたい時期が来る」
勅「でも、きっと九面は」
実翻「いーい、少年」

実翻、翼を広げて一段飛び上がる。
月影に移る彼は、どうして、そんなに寂しそうなんだろう。

実翻「痛みに気付けないのはね、いっとう強く、いっとう、弱いんだ」

【四-二:翼の隙間 -ひきがね-】
幽天、一人の帰り道。勅の様子が気になる中、後ろについてくる男の影に気が付かぬまま。

川嶋「ゆーう坊!帰りか」
幽天「ううん、お散歩」
夜鷹「そか、イイね」
川嶋「一緒にあるこ」
幽天「よーちゃん」
夜鷹「…や、幽天」
幽天「あ、あの、さ、言いづらかったらあれなんだけど」
夜鷹「…ウン」
幽天「だ、大丈夫!?ケガしてなぁい!?」
夜鷹「ン?」
幽天「久方ぶりの逢瀬があぁそれファクーム、夢の舞台でなんてと胸が高鳴り躍らせてたものの、よく知らないヤツが飛んできてさァ」
夜鷹「…フハ、その話はねェ」
川嶋「ほーらやめやめ!」
幽天「おわ、」
夜鷹「川嶋」
川嶋「幽坊も!いろいろあんだよ、イロイロね」
幽天「エーなに、なになに隠し事ってぇズルい、ズルいぞ僕も混ぜてよ!」
夜鷹「んふ、残念、幽天ぽくない、謀(はかりごと)はそう似合わないってぇ自分でもよくわかるだろ?」
幽天「だってぇ、…だってぇ!」

ズルい!と地団太を踏む幽天を見て笑う川嶋、夜鷹。君だけはあの日のままで居てほしい。
夜鷹、アレルヤに気付く。
BGM:Pray Organ4

川嶋「夜鷹?」
幽天「あっ、何々教えてくれる?秘密ってやつを僕にもさぁ」
アレルヤ「お教えしましょう小さな坊や」
幽天「おわっ、…おにいさん誰?」

夜鷹、川嶋と幽天を庇うように前に出る。

川嶋「どした、…」
幽天「よーちゃ」
夜鷹「何の用」
アレルヤ「あぁほらそう警戒しなさんな、私はただそうそこの坊やに、スカウトに来ただけですよ」
川嶋「ス、」
幽天「スカウトォ!?」

幽天、アレルヤに近寄りぐわんぐわんと袖を引っ張る。かわいい。

幽天「え、え、え!すごい、凄~い!!!」
アレルヤ「うん落ち着こうか幽天くん」
幽天「名前知ってるの!ファクームすごい!」
川嶋「おい幽、知らない人についてっちゃ」
夜鷹「アンタ」
アレルヤ「悪いようにはしませんよ。ええ、悪いようには、」
夜鷹「…狸ジジイ」
川嶋「夜鷹?」
アレルヤ「あぁあぁ口の悪いこと」
夜鷹「どっちが」
川嶋「…行こっか!幽坊も大人だし、」
幽天「そうだそうだよ大丈夫!」
川嶋「あとで勅に電話もしとこ」
夜鷹「大人だから、なに」

夜鷹と川嶋、ハケ。

幽天「何ってなんだよう」
アレルヤ「手厳しいね、君のトモダチは」
幽天「でしょでしょ、勅も厳しんだ」
アレルヤ「僕の友達もこと厳しくてね、楽しくなけりゃぁおかしいと言う」
幽天「厳しいの?」
アレルヤ「ああ厳しいさ。楽しくなくても好きは好きだろう、楽しくたって嫌いは嫌いだ、その引き際すら、チョークの粉すら、ふき取ってしまえなんて言ったなら黒板叩いて言ってやらなくちゃならない時が来るだろう」
幽天「??」
アレルヤ「僕はね、ファクームが好きなんだ」
幽天「僕も!」
アレルヤ「好きだからね、嫌いなんだよ」
幽天「へ?」
アレルヤ「嫌いは女を兼ねるのさ、二面性が潜むんだ、嬲るようにあぁ嫌いを挟んで、そうして知らないふりをできれば、何だって好きでいられたものを、二律背反で目を背けるよう目を離せぬよう」
幽天「え、えぇと」
アレルヤ「坊や」
幽天「?」
アレルヤ「戦争は好きかい」
幽天「…嫌い、かなァ」
アレルヤ「戦いは」
幽天「んーちょっと苦手」
アレルヤ「争いは」
幽天「そんな」
アレルヤ「じゃあファクームは」
幽天「好き!」
アレルヤ「素直だね」
幽天「もちろん」
アレルヤ「ファクームは争わないの?」
幽天「ううん」
アレルヤ「ファクームは戦わないの?」
幽天「そんな!」
アレルヤ「じゃあ君はきっと、戦争が好きだ。戦場が好きだ」
幽天「そんなこと」
アレルヤ「夜空を切るは成体の竜、長い爪に大きな翼、髪を空にたなびかせては、彗星の如く飛んでゆく」
幽天「…」
アレルヤ「ご飯は好き?」
幽天「も、もちろん」
アレルヤ「寝るのは当然」
幽天「もっと好き」
アレルヤ「でも空を独り占めにして、飛ぶのはどうだい」
幽天「いっとう、好き」
アレルヤ「僕と一緒に軍隊においで、空軍として飛んでみなさい。そうしたら君も、君の伴侶も、この空を独り占めにできるさ。他の誰にも奪われない、戦争ってのは奪い合い?いやいや、」
アレルヤ/勅「君を守るためのものさ」

SE:世界を捻じ曲げる音

二宮「君を、守る、ための、ゆりかごは戦車の形をして、策を練っては駆けていく、棺桶の中のひな人形に、ぼんぼりかざって遊びましょって、独り占めにしたままに、雛段からは飛び降りられずに三日三晩の宴が終われば、君はまた羽を畳むのかい?」
幽天「いや、」

二宮、翼を広げて一段飛び上がる。
月影に移る彼は、どうして、そんなに嬉しそうなんだろう。

二宮「気にするな、…芸事なんて、戦いすらアァ、須らく欲の肉塊だ」

【四-三:祝詞 -きゅうさい-】
BGM:亡き王女のためのパヴァーヌ
月影に映る男たちは、二度と戻れぬ夢を見る。
月に照らされた男たちは、夢から覚めないふりをして。

幽天「へ、」
勅「…」
幽天「勅!聞いて、さっき軍隊に誘われ」
勅「嫌いなんだ」
幽天「、…なにが?」
勅「これが」
幽天「ど、どれ、」

勅、にへっと笑う。ここ数日で、いやここ数年で一番柔らかな顔で笑う。君は、何に気付いたんだい。

勅「わからずや」
幽天「だ、だって、だってだってさあ!頑張ってたって、僕みたいなやつと、十年そうあぁ十年も!十月十日三千六百五十三日、何度も飛んできたじゃんか!ぼくはわかってるし、見てたし」
勅「見てない」
幽天「見てたし」
勅「見えないでしょ」
幽天「見てたよ!」
勅「俺、なんて計算してたと思う?」
幽天「へ、」
勅「知恵の泉の水をいかにして炎へ大樹へ大成へ、其の答えはそれ四則演算、足して引いての繰り返し。全て物事は加算と減算、それをこの身で示してきた、それをお前で示してきたんだ」
幽天「ぼく、は、ただ、ただ楽しく、」
勅「お前はなんだ」
幽天「…」
勅「俺たちは、己であり、リュウグウと伴侶、手綱を握って、錨をあげて、航路を旅する船乗りだ。君を思い通りに操る、そんなのじゃない、俺は、ただ、あの人みたいに、」
勅/実翻「自由に飛びたかっただけなんだ」
実翻「本当さ、嘘なんかじゃない」
二宮「嘘であってほしかったんだよ」
実翻「馬鹿ねェ、わかりきってるくせに。…私も、僕も、俺も、なんだい案外楽しかったぜ?君と一緒に飛ぶのはさ、唯一無二の二人で一つの、なんて呼ばれちゃあ面白いだろ」
二宮「自己顕示欲の塊が」
実翻「あの飛び方、最初に決めたの君だろう」
二宮「どうだか」
実翻「自由に羽を広げてどうして、そうも意固地になるものかって、…嘘隠し事はぽくないぜ?」
二宮「ハッ」
実翻「なにさ、」
二宮「そんなだから、言えねえじゃん」

さかのぼり十年前のあの夜。
リュウグウケアラーとして駆け出しの帝の元に、ひそりと佇む二宮。

二宮「こら手ェ動かせ、…帝?帝ォ」
帝「典人さん」
二宮「明日は初戦だ、アタウも見たろ、ツインドックだ二人で一つた、女じゃネんだぞばかばかしい」
帝「あの」
二宮「だけれどなんだいどうして少し、胸が弾む心地がする、久々なんだァ気分が良くてな」
帝「典人サン!」

シンとする静寂。帝、二宮の羽に触れる。重く、硬く、開きづらく、…二宮の身体は、もう数度といわず飛べなくなる。そんなあの日を知れない、知りたい、取り残されただけの実翻。

二宮「、…わかってる」
帝「わかってないでしょ」
二宮「うるさい駆け出し」
帝「わかってない!…典人サン、飛べなくなるんだよ、筋肉の縮小も止まらない、リュウグウと人の血が混じるとただ、一山超えてしまったならば、竜は人の子へ還っていくと、…その羽も、いずれ、」
二宮「問題ない。あと三度、今年のファクームさえ乗り切れば、俺は後退くものもない、退く後ろ髪も後進さえ」
帝「アタウさんがいるでしょ」
二宮「アイツは一人でも飛べる、なんせ純血だ、翼も爪も、俺なんぞより数倍強い」
帝「でも典人サンも」
二宮「半端者には軟弱な羽が似合いだと、虫ですら知っていることだ。蝶と蛾とあぁよく見ずともそう、か弱く月夜に背を向けて、蛍光灯のもとでしか飛べない、下卑たリュウグウと言われる俺も」
帝「オッ、…俺は、あんたのためを思って」
二宮「なら見ててくれ。…いっとう綺麗に飛んでやる」
帝「あんたの、」
二宮「アイツのためを思って、やったっていいだろう」

実翻、二宮の背に凭れる。
すんでのところで照明転換。月明かりに照らされる若人は、夢も見ぬ間に拳で語ってしまうのだからしょうがない。

幽天「好きだよ」
勅「、へ」
幽天「自由に飛ぶ僕を飛ばしてるって?冗談冗談笑っちゃうなぁ」
勅「ユウ、」
幽天「勅は自由だ、いつも、いつだって」
勅「俺の手に空は届かない、そんなの楽しくなんてない」
幽天「楽しくなくても好き、でしょでしょ?」
勅「…」
幽天「僕も好きなんだ、ファクームが、君と飛ぶ空が、風が、雲が、君がいっとう」
勅「俺は、」
幽天「君が嫌いでもネ!僕は好き勝手やってやるんだ、好きで勝手で楽しく騒いで、いつまでだって踊りあかそう、ダンスホールで踊りあかすなら、僕は絶対君がいい!」

勅、十年前のあの日を思い出す。あの日、手を差し伸べたあの子は、自分に手を伸ばしてくれている。その手をつかめば、自分は、また、

勅「足は踏むなよ、」
幽天「へへ!」

SE:鐘の音
ガラスの靴は脱いだまま、シンデレラボーイは駆けていく。
残った二人の魔法使いは、魔法にかけられてしまいたかった。

二宮「おい、足」
実翻「ごめぇん」
二宮「…いい夢は見られたか」
実翻「冗談、今から見るんでしょ?」
二宮「さあ」
実翻「ずるいよ君ばっか夢見てさぁ」

実翻、二宮にもう少しだけ寄りかかる。肉体こそがゆりかごなのだ。
二宮、寄りかかっていた実翻を押し返す。

実翻「おわ」
二宮「見せてみろよ」
実翻「そうこなくっちゃ」

■第五幕:巨星-いとあはれ-

【五-一:試練 -こども-】
ファクーム二日目飛んで三日目と、歓声に包まれながらその火ぶたは切って落とされた。
SE:歓声

帝「ファクームいよいよ最終日、子どもも大人も我慢なさって、明日から平凡な日々が来る!」
実翻「働きたくねぇ、ああそれ観ました?一戦目はあぁ、不戦勝だって」
帝「なんだかなぁと」
旱魃「正式に見れば一勝一敗、どっちつかずだな困っちまう」
鬼児島「あの軍人どもなんでしょうって、勅に負けてしまってからほら、闘う気すらもないのかしらね」
実翻「理由も言わずの棄権だなんて」
鬼児島「妙なのよ何か」
帝「まるで嵐に備えるように」
鬼児島「は、はわ、帝さんと会話、ファンサ、認知されてるう」
旱魃「中也、…ちゅうやー」

入場する九面と水天に向かい合う、勅と幽天。

九面「あらァ、お中元は塩かしら?」
勅「冗談、水でも送ってやるよ」
幽天「ええええ僕塩の方がいい」
水天「そういう話じゃない、…と思う」
勅「どうだい、調子は」
水天「…」
勅「ならいいんだワ」
幽天「ね、」
九面「ん?」
幽天「よろしくね、ネ!僕は幽天!」
九面「自分で自分を縛らなくたって」
幽天「僕はこれがいい、僕は僕がいい」
勅「そーね」
九面「…アハ、天啓も受けられぬ子が」
勅「天の声とか知らないからネ」
九面「おかわいそうに、声すら聞こえぬみなしごよ」
水天「みなしご、」
実翻「最終戦に挑むのは、若き二人と漆黒の馬、…それだけじゃァないんだなぁ!」

SE:歓声とどよめき
祈竜院と春霞、うしろから二宮が続いて入場。
春の嵐は、後ろ髪を切り捨ててでも、地上にやってくる。

祈竜院「や」
幽天「あ!」
鬼児島「そういうことネ」
旱魃「ご不満かい?」
鬼児島「勝ちは勝ちだもの、返してやらない」
九面「なになにどうして、アァそうネ!棄権で尻尾を巻いて逃げたのが、今今になって悔やまれるのねと神にお伝えしましょうってねえ、天へ空へと駆けてゆくのか、さすれば尊き信条に、答えてあげるが神の御心受けし子らのそう宿命でしょう」
勅「酔ってんのかよ、」
九面「成年ですし」
勅「否定しないんだ」
九面「酔いたいのよそう人の子は」
幽天「むずかしー話わかりにきィ~」

二宮、実翻と帝の方を見ている。

実翻「突っ込まないんだ」
帝「これがお二人の試練でしょ」
実翻「やだァ知った口」
帝「いけません?」
実翻「やめときなって、つらいだけだよ」
帝「子どものままじゃ居られませんよ」

SE:歓声

実翻「怠慢を超えたトリプルマッチ、三者三様酔ってしまいたい酔いどれチドリは足をつかんで、天高く翔る夢を見る!記念大会の大目玉、始まって終わる合同戦に、さあささ皆様みあってみあって!」
帝「マジ勘弁です」
実翻「トリプルマッチの滑空路には、帝くんサンの全力お手伝い、涙の夜なべが見えますよォ」
二宮「無理を言ったな」
帝「アンタたちなら許します」
二宮「ハハ、お高く買われたもんだ」
帝「許しますよ、惚れてましてね」
実翻/二宮「アハ!/フハ、」

帝、如来宝珠を九面と勅に渡す。

帝「なあ」
勅「なに」
帝「…手入れ、うまくなったな」
勅「おー、」
帝「…好きにやんな」
勅「何急に」
帝「お前…俺のためを思って、とか?」
勅「意味わかんない」
帝「いんだよ今は」

帝、勅の背中を押す。きっと弟たちも、子どものままで居られない。
実況ブースへ戻っていく。

二宮「二人とも」
祈竜院「は」
春霞「へ」
二宮「この試合、好きにしろ」
春霞「は、い?」
祈竜院「中将殿…?」
春霞「わ、わたし、うまくとべない、から、指示役に、ててて徹した方がって」
二宮「でも飛びたいだろう」
春霞「…」
祈竜院「…無理に飛ばずとも、飛びたいならば、己が翼を広げて飛べと、仰るのですね我らが師は」
春霞「かたっぽう、でも、飛べるかな、です、それなら飛ばず抱かれたままの、今が、きっと、か、籠のまま飛ぶ鳥で居た方が」

二宮、祈竜院と春霞の頭をわしゃわっしゃとなでる。
俺は、このふたりを傷つけたくなかっただけなのかもしれない。

春霞「ひゃ」
二宮「…翼が折れていないなら、好き勝手やっていいんだよ」
祈竜院「…お勝手ですね」
二宮「嫌か?」
祈竜院「どうでしょう」
二宮「お前ら、俺のこと苦手だろ」
祈竜院「半分違って半分正解、…ですかね」
春霞「(頷く)」

空から目を下ろさない九面。
意思疎通なんて、祈りみたいなものなのに。

九面「お祈りの時間は嫌いなのよネ、虚無の希望に消えかけた信仰かすかすの脳をしぼったってほら、天は空は神はだまって我らを見ているだけってのにサ」
水天「…シスターでもない、神でもない、のに?」
九面「アハ、信じてれば無敵、てこと」

【五-二:試練 -こども-】
夜鷹、川嶋、トリプルマッチを見るために駆けつける。

夜鷹「あいつら、」
旱魃「ややぁ、デカい花火だねえ」
実翻「さあささ舞台は整った、湧く観衆に沸き立つ血潮、背中を押すのは友か師かあぁはたまた天か、三組それぞれ位置についてェ!」
川嶋「吹っ切れてら」
鬼児島「いい気なもんね」
実翻「レディー、ゴー!!」

SE:出立の合図

三者一斉にスタート。グイグイあがっていく水天、追う幽天、少し後ろから祈竜院・春霞。

帝「広げたとはいえ、空はひろけれど、飛び手が増えればどうしても、飛びづらさがアァ出るもんですね」
実翻「地力の水天、泉の如く、湧く風に乗って進んでゆきます。初戦からアァ思っちゃいたが」
帝「自分で風を読んでますね」
実翻「重宝されますよ、知識で飛べる竜は」
帝「それはファクームに?それとも軍事に」
実翻「ンフ!どっちも!」

SE:強風
すかさず如来宝珠を鳴らす九面と、判断にラグのある勅。舵を切らせるが、幽天より水天の方が角度が強い。思い切りの良さが出る。
春霞と祈竜院は、角度が強いがスピードが遅い。

勅「なんですぐわかんだよ」
九面「え、わかるでしょ」
勅「知るか」
祈竜院「くそ、追いつけ、」
春霞「れ、レイ」
祈竜院「ん?」
春霞「降ろして」
祈竜院「そんな、この高さ」
春霞「いいから、」
祈竜院「でも」
春霞「やってみたいの、わたし、も、」
祈竜院「…わがままだなぁ」

祈竜院、春霞から手を放す。春霞、片翼を伸ばし、羽ばたき始める。抱えた荷物がなくなり、進むスピードがぐんと上がる祈竜院。

春霞「いっ、…う、」
祈竜院「春霞!」
春霞「こないで!」

痛みに顔をゆがめる春霞。もう片翼が、動くことのなかった翼が、沈黙を破り肉を突き抜けて空へ伸びていった。

祈竜院「翼が、」
春霞「わ、たし、も、レイをお姫様にできるかな、王子さまになれるかな、」
祈竜院「…まずは一曲、踊りませんか」
春霞「よろこん、で!」

春霞と祈竜院、二人で共に飛んでいく。あの日の実翻と二宮が、ありたかった姿である。

幽天「アハ、僕と一緒に踊る?」
水天「それもいいかも」
幽天「冗談好きだったりする?」
水天「ホントは?」
幽天「僕も!あと僕、鬼ごっこも好き」
水天「…ッフフ」

笑いながら、水天を追いかける幽天。
空には数多笑顔があり、地上には苦悩の顔が並ぶ。

九面「あの子が笑うなんて」
勅「楽しけりゃいい、綺麗なんだから、そう言ったろうアンタがさ」
九面「私と一緒に飛ぶのなら、願いをかなえてくれればいいの、私の思う綺麗な空と、楽しさを享受できりゃあネ」
勅「…聖職者ってのはナルシなのかね」
九面「アハ、別にシスターじゃない。勝手にいろいろ信じてるダケ」
勅「わかんね」
九面「わかりたい?」
勅「まったくもって」
九面「奇遇ね、私もおんなじ気持ち」

三つの塊が、ゴールにかかろうとしたとき、鐘の音が鳴る。
SE:鐘の音、ざわつく城内の声
それは、開戦を告げる鐘の音。その裏で、全員ゴールにたどり着く。芸事の終わる音がする。

春霞「え、」
祈竜院「この音」
川嶋「え、え、ナニナニ」
旱魃「…やなカンジ」
鬼児島「旱魃」
帝「二宮さん、実翻さ」

会話の裏で、事態に気付いた祈竜院と春霞が下まで降りていく。続くように水天と幽天も下降。

祈竜院「中将殿!」
春霞「開戦、ですか」
実翻「よかった」
二宮「そうだな」
帝「え」
実翻「穢れなきままの、終わりでよかったと思いたいんだ」
二宮「祈竜院准尉」
祈竜院「は」
二宮「春霞」
春霞「は」
二宮「両名、空軍本部へ向かえ。…飛べるな」
祈竜院/春霞「はいっ」

祈竜院と春霞、ふたりで飛んでいく。十年前のあの日のように。
SE:ざわつく観客の声

二宮「諸君!…先の鐘は開戦の合図、戦争の始まりの音だ」
帝「戦争って、」
二宮「非現実的だ、そう思うだろう、だが現実なぞそんなものだ、小説よりも質が悪い」
川嶋「に、逃げなきゃ」
夜鷹「飛べなく、なるのかなあ」
川嶋「早く!」
二宮「じきに非難の指示も出る、皆落ち着いて行動したまえ、國と國の奪い合い、己の何がし奪われぬように」

【五-二:闘争 -おとな-】
場面は切り替わり室内。
ファクームの出場者たちと、実翻、二宮、帝が集っている。
二宮、(できればジャケットの中から)赤紙を六枚出す。

二宮「君たち六人分の召集令状だ」
帝「典人さん!」
旱魃「んぇ?」
鬼児島「なんで、わたくしたち軍人なんかじゃ」
二宮「祈竜院と春霞を見て、同じことがいえるかね」
実翻「僕たちサ、何もしなくても強いもの」
九面「昔は空母一隻にゃリュウグウ一騎、だなんて呼んでもらってたって?自惚れちゃって」
勅「おい幽て、…?」
幽天「このためだったんですね、スカウト、」
二宮「もっと遅くに開戦するはずだった、…すまんね、」
勅「スカウトって」
実翻「内部的なドラフトなのヨ、ファクームに軍が参加するのはネ」
帝「年に一組でしょ!?」
二宮「緊急が故になりふり構えん」
九面「ドラフトのための当て馬だなんて、やな使い方されちゃったワネ」
水天「…」
帝「断れもしない赤紙なんて」
二宮「いや、…断ってくれていい」
鬼児島「え」
二宮「先も言ったろう皆々へ、國と國の奪い合いに、社会からの要請に、己を奪われないように。嫌なら紙を破いて捨てろ、俺は【何も見ていない】。」

BGM:別れの曲
旱魃と九面、真っ先に紙を破る。旱魃、鬼児島の紙も奪って破る。
天才たちは、己を奪われないことを優先した。

鬼児島「か、旱ば」
旱魃「ハイ辞めま~す!」
鬼児島「え」
旱魃「ふたりでさ、バカンスにでもしゃれ込もうぜ」
鬼児島「でも」
旱魃「惚れた腫れたに戦争なんざ、一番相性悪いじゃねえの。己を奪われないように?中也を奪われないようにだぁ!」
鬼児島「…あなたって、なんでそう馬鹿なんですの」
旱魃「中也に言われたかないね!」
帝「キコちゃん…」
九面「私もお断りします、…あなた(水天)は好きになさい」
二宮「…理由は」
九面「飛ぶ理由を、飛びたい理由を、奪われ捻じ曲げられたなら、もう飛ぶ意味もないじゃない。天を尊び信仰しようと、その道はすべからく真白であれと」
水天「桜花」
九面「括るな」
水天「あなたという人を、個にできるのは名前でしょ」
九面「…あなたの力を才能と呼んで、血のにじむような努力も日々も、一緒くたにして煮凝りを食む、そんな食卓星もつかないわ」

これが、九面なりの敬意の払い方。水天、無言で紙を破る。

九面「アハ」
水天「ここまで来たら付き合うさ」
九面「殉教の旅?」
水天「探索冒険の間違いでなくて?」
九面「言えてる」
帝「…お前らは、どうする」
勅「ユウ、」
幽天「と、勅」
勅「楽しいかどうかとか、よくわかんないんだけどさ、」
幽天「うん」
勅「崇高な理由、美談も正義もいらない中で飛ぶならさ、幽天と、お前と一緒ならなんでもいいって、思っちゃってる自分がいてさ」
幽天「うん」
勅「お前の意思を尊重したい」
帝「待ってくれよ、勅」
幽天「…僕もねぇ、勅と一緒に飛べるんならさ、何でもいいって思っちゃうしね」
勅「うん」
幽天「ね、二宮サン」
二宮「ん」
幽天「戦争中ってサ、たくさん飛べるの?」
二宮「…」
幽天「だよね」
勅「そっか」
幽天「ならさ」
勅「そうだな」

幽天と勅、二宮に向き合う。

勅「謹んで、お受けします」
帝「…」
二宮「召集に応じ、感謝する」
旱魃「寂しくなるねェ」
鬼児島「百人針しよっか」
勅「ダル」
幽天「百人!?」
水天「…最後に一度、手入れを頼む」
勅「もちろん」
九面「軍でもその腕が役立つでしょうね、天のお導きの元で、どうか健やかにありますように」
帝「…戦争のために、リュウグウケアラーの技なんて」
実翻「そんなの全部そうですよォ、ファクームですら、勝手に利用されないように、己さえ奪われぬように」
二宮「ファクームはどうする、引退か、復員後戻ってもいいもんだが」
勅「やめときます」
幽天「どうかぁん」
実翻「思い切るねェ」
九面「アハ、いいじゃない」
幽天「難しいこと言えないしィ」
勅「そーね」
帝「…出せよ、その、手紙とか」
勅「考えとくよ、それなりに」
帝「大切に?」
勅「俺を大切に、してくれるなら」
二宮「出立は四日後。別れの挨拶も済ませておくように」
実翻「さ!みんな帰りましょ、疲れは何をも蝕むからネ」

各員、退場していく。二宮と実翻だけが残る。

実翻「…手を取ることも、取り合わぬことも、正しいなんてあるんだネ」
二宮「気付くのが遅い」
実翻「君もでしょ」
二宮「ぬかせ」
実翻「出しなよ、あるんでしょ?」
二宮「…(実翻の赤紙を破る)」
実翻「あーッ!」
二宮「お前には」
実翻「ね、久々にワルツはいかが?」
二宮「…」
実翻「置いてかないんだろ?」
二宮「…まずはリハビリだ、しごくぞ新兵」
実翻「ア~ァ酷えの!」

二人、ケラケラと笑いながら退場。飛び立つ姿は、あの日と同じ。

【五-三:出立 -ふなで-】
四日後の未明。まだ暗く、星が輝く空の下。
勅と幽天が待ち合わせをしている。

幽天「ごめえん、待った?」
勅「今来た」
幽天「ホント?」
勅「嘘かも」
幽天「ね、ほんとにいいの」
勅「どれが」
幽天「ファクームとか、引退とか」
勅「これがベストな死にざまよ」
幽天「死ぬのぉ!?」
勅「命、尊厳、社会的にとか、…俺らが死ぬとね、全部なかったことになんの」
幽天「うん」
勅「ファクームを観てた人の中に、俺らの中にある偶像虚像と一緒くたにして、死んじゃうんだよ墓もなしにさ」
幽天「うん」
勅「引退して、ファクームの俺と幽天が、死んだことにされてしまうのも、美化に偶像に虚構に追いやる、胸糞悪いわそんなんさ」
幽天「虚ろなままでで居た方が、己を守ってられるから…?」
勅「そ、」
幽天「むずーい」
勅「ごめんごめん」

勅と幽天、空を見上げる。
あの日と、あの満月の夜と似ている。

幽天「あの日、あの満月の夜、僕らは誰よりも自由で、誰よりも不自由で、翼もなく足で駆けることしかできない小さな子どもだった」
勅「俺たち、どこまでだって行ける。あの穹にだって」
幽天「だから僕は頷いたって、君に言ったら笑われるかも」
勅「お前は彗星、駆ける竜、俺は其奴の軌道を創り、導き守る伴侶となろう」
幽天「…うん」
勅「だから、…一緒に飛ぼう、幽天!」
幽天「勿論!僕の伴侶、僕の命運、僕の…一番大事なともだち!」

二人を星が包んでいる。
この先の穹へ飛び立つふたりを、見たものは星しかいない。

終幕

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