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たとえ死が私を歩もうとも

 急ブレーキで車を止めると俺は毒づいた。窓を開けて今しがた轢きそうになった相手に怒鳴ろうとしたが、声が出なかった。

 ヘッドライトの先には子どもがいた。小学生ぐらいで、クマのぬいぐるみを担いでいる。それを見てなぜか俺は戦争映画を思い出した。

 嫌な予感がした俺は黙って車をバックさせはじめる。が、車と同時に男の子が動いた。まるでワープした俊敏さで助手席にしがみついた。

「乗せて! 乗せて! 乗せろお!」窓ガラスを殴りながら男の子が叫んだ。気圧された俺がもたついていると子どもはすぐに乗り込んだ。

「出て行け! 俺の車だ!」

「いいから出せ! 早くしないと死ぬぞ」次に叫んだのはぬいぐるみ。中に大人がいるような声で俺は震え上がった。俺がヘッドライトの先を見ると、少年がいた位置の向こう、マンホールがあった。蓋の中から黒い液体が出てくると、巨大な形を取った。飛んだ。行き先はボンネット。

【続く】

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