見出し画像

「恋多き」と「だらしない」

恋多き女と、男にだらしない女は違う。
同じように、恋多き男と、女にだらしない男も違う。……はずである。

しかしどうも、女の場合は「恋多き」は好意的に、「男にだらしない」は心底からの嫌悪感を持って語られるのに対して、男の場合は「恋多き」は好意的に、「女にだらしない」は憎めない欠点、あるいは色男の証明として語られることが多い気がしてならない。
つまり「だらしない」ことに関して、世間様は女には厳しく男には甘いように思えるのである。

実際、不倫が露見したとたん問答無用に迫害され排除され蹴落とされる女たちと、妻子がありながら他の女性と交わったことを堂々と認めて1ミリたりとも地位も評価も揺るがぬ男たちの事例を、ここ数年の間に何件もテレビやネットを通して見せられている。
「男にだらしない女」は害悪だが、「女にだらしない男」はご愛嬌というのが、今わたしたちが生きる社会が下すジャッジなのだ。


こういう差異を嫌う質(たち)なので、つい「男にだらしない女」のほうに加勢したくなってしまうわたしだが、よくよく自分の心と相談すれば、それは本意ではない。
性関係にだらしない人は、魅力的に感じることはあっても、どうしても尊敬や信頼に結びつかない。人間性の箍(たが)の緩さを、許容できないのだ。

性的に「だらしない」というと、惚れるの意味もろくに知らぬ者が、手の届くところから片っ端につまみ食いして歩き、歯型がついたのをそこら中に吐き捨てているイメージが浮かぶ。そして実際、そうである。
あるいは「片っ端からつまみ食いされてまわり、いくつもの歯型を見せつけて生きている」かもしれない。

その歯型を「疵(きず)」とするか「勲章」とするかは人によるが、たいてい女は前者で男は後者なので、それがそのまま、害悪と卑下されるかご愛嬌だと許されるかの違いになって表れているように思う。人は、それがたとえ臭い歯型の瘡蓋(かさぶた)であっても、「勲章だ」と誇られるとつい褒めてしまうのだ。
しかし、瘡蓋は瘡蓋。どれだけ長い間許されたとて、水気も色気も抜け、だらしなさだけがぶらりと垂れ下がった老人になれば、いずれ正当に唾棄される。
何故なら、歯型は欲望のスタンプだからだ。
無節操に己だけの欲望を満たそうとする人は、他人を傷つけるばかりで誰の益にもならない。棄てられて当然である。


反対に、わたしは恋多き人が手放しで好きである。それが倫理的に許されないものだとしても、頼まれなくても加勢したくなる。世間様が叩いてくる手を払って、拍手を送りたくなる。

「恋多き」というと、惚れっぽくて惚れられ易い者が焦げるような恋をしたかと思うと瞬時に燃え尽き、その消し炭が温いうちにもう次の恋に燃えている。……というイメージが浮かぶが、実際のところ、恋愛の回数は関係なく、濃くて深い、時にスキャンダラスな要素も含む恋愛を何度かした人が、ほのかな憧憬を込めてそのように呼ばれるのだと思う。

他人と深く関わるということは、勇気がいり、気力も体力もいることだが、得るものはとてつもなく大きい。
他人と深く関わることでしか、成長させられないものが人にはあると、わたしは信じている。恋は、人を柔らかく多様に、そして優しくする。だから、命がけで己も相手も燃やしきってしまうような恋をする人を、わたしは好きなのだ。

恋もひとつの欲望である。心と肉体との両方を欲する、底なし沼のような欲望である。
そして恋には相手がおり、その人もまた、同じ底なし沼を抱えている。
「恋多き」人は、己の欲望に足を取られながらも、相手の欲望の泥水を飲む。そのとき他人を傷つけることがあっても、同じかそれ以上に自分も傷ついている。誰かを斬る刃は、必ず己も斬っている。だからいいというわけではないが、己の快楽と引き換えに誰かをめった斬りにして平気な人とは、比べようもなく同情できる。

一方で「だらしない」人は、己の泥水をあちこちの沼に注ぎ込み、辺りをぐちゃぐちゃに荒らし回るだけだ。
このだらしなさは、どこから来るのだろう。
甘えだろうか。それとも、根拠のない自信? あるいは自信のなさ?
わたしにはわからないが、もしも恋多き人とだらしない人が出会って惹かれてしまったら、と想像すると、その悲劇に身震いが起きる。


ここまで書いて、さて自分はどうなのだろうと振り返る。
生活のあちこちでだらしないところはあるが、少なくともここで言う「だらしない」とは違うと思う。
かと言って、「恋多き」かと問われれば、はいそうですとも言い難い。
まだ全力を出していないのかもしれない。
そう考えたら、何かが胸に滾(たぎ)った。死ぬまでにそれを、恋に使い切ってやらねば、きっと後悔する。

※記事を気に入っていただけましたら、下の♡マークを押していただけると励みになります(noteに登録していなくてもできます。その場合、どなたが押されたのかこちらにはわかりませんので、お気軽に)。岡部えつ

【サポート】 岡部えつは、2024年よりボランティア活動(日本のGIベビーの肉親探しを助ける活動:https://e-okb.com/gifather.html)をしております。いただいたサポートは、その活動資金としても使わせていただいております。