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フランス革命がなければ、その存在が知られていなかった?ナンシーのマカロン!

フランスの地方のマカロンの中では一番有名かな?ロレーヌ地方のMacarons de Nancyナンシー
のマカロンです。Macarons des Soeursと呼ばれていますね。Soeurというのは妹または姉という意味ですが、もう一つ意味があって修道女(英語もシスター)のことを言います。

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修道女のマカロン。なぜ? なぜかというとフランス革命後修道女たちは、修道院が破壊されて(でも革命でなんで修道院が破壊される?それは王侯貴族と聖職者たちが癒着関係にあったからです)修道女たちは逃げるわけですね(それで今まで修道院で作られていたお菓子のレシピがどこかにいってしまう、という事件発生(笑)。けっこうそういうお菓子あります。カヌレもル・クルーゾワもそう。だけど後年、誰かに見つけ出され無事蘇る)で、ナンシーの場合は、行き場がなくなってしまったCatheline Grillot と Elisabeth Molot という修道女をGormand夫妻がかくまった。そのお礼に修道院で作っていたマカロンを作って差し上げたら評判になり、今日に伝えられることになったのです。

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なぜナンシーでマカロンだったかというと、
マカロンはアンリ2世にイタリアから輿入れしたカトリーヌ・メディシスが持ってきたわけですが、その孫であるカトリーヌ・ド・ロレーヌがナンシーに1624年、慈善修道院を設立。自分に厳しく食にもストイックな食生活を送っていたカトリーヌ。年々身体が衰弱していったのです。そこでおばあさんが食べていたというヴェネチア発祥
のあのマカロン(マカロニと当時は言っていた)を思い出しそれを作って(作らせて?)食べたら元気が回復したわけ。

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まあ当時は現在のように形が整っていたかどう
かはわかりません。絞り袋もないわけですから。そのマカロンは、Eolisabeth Molot
の家系で伝わり、今はGenot家がその伝統を守っています。ということで、1600年から伝わるということだから、このマカロンの歴史は400年以上です!

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#nancy#genot#macaron”
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マカロン#ナンシー#元気回復#フランス革命#継承#伝統#今日も良き日を!


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フランス菓子&料理研究家。フランス全土を巡り、そこから見えてくるお菓子や料理の背景や歴史、携わる人々、文化が好き。目黒区で料理菓子教室主宰。毎年フランスツアーを開催しているが、今年はCovid-19の影響で中止。来年はポーイヤックの仔羊とアヴスノワのブーダンを食べてみたい。

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お菓子の裏側
お菓子の裏側
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あらゆるジャンルのフランス菓子を食べて、作って、教えて、取材してかれこれ30年。それでも、まだまだ迷路に舞い込んでは、美味しいお菓子とは何ぞや?を追求する日々。しかし、ある日その秘密の一部が、ストンと胸に落ちてきた。それはお菓子の裏側に潜んでいたのだ。今は、SNSでもインスタ映えする美しいお菓子の写真が溢れているが、そのお菓子自体の裏側はどうなっているのかな?具体的には、焼き菓子だったら、こんがり焼けた美味し そうな色が付いていて欲しいし、生菓子は、土台の生地の裏までちゃんと焼いて、その存在を示して欲しい。そして、もう一つ、大切な裏側の秘密がある。それは、それ ぞれのお菓子のストーリーである。お菓子が生まれ育った背景は、その後のお菓子の行方を決めるのである。そんなお菓子の裏側を探りながら、それにまつわる日常(あ る時は非日常も)も含め、綴っていきます。

コメント (4)
初めまして。 カトリーヌ・メディチは専用の料理人を連れてフランスにお嫁入りしたのに、ストイックな食生活を送っていたのですか! 知りませんでした。 マカロンの大元がヴェネチアだということも知りませんでした。 ヴェネチアには今でも存在しているのかしら? 面白いです。
カトリーヌ・ド・メディシスは、王妃でしたからそこそこリッチな食生活を送っていたとおもいますよ。しかもイタリアから料理人などを連れ、フォークももたらし、フランス料理に革命を起こしたのですから。記事にあるカトリーヌは、修道院に身をささげたその孫娘の話です。修道女は神に捧げる身としてやはり質素な暮らしだったと思います。自給自足ですし。マカロンの素はアマレッティだと思います。ヴェネチアのフローリアンというカフェでは、ザバイヨーネに砕いたアマレッティ(マカロン)を入れていました。きっと前日の余ったマカロン?ヴェネチアは、砂糖菓子(ボンボン=飴)の発祥の地とも言われているんです。とにかくルネッサンス時にはヴェニス
の商人たちは稼ぎまくっていてリッチな町でしたから(砂糖は当時貴重で高価でした)。
シチリアにいらっしゃるんですね。4年前訪問した際は、通訳コーディネーターの浅田まりさんにお世話になりました。ご存知ですか?シチリア大好きです!
もう一度読ませて頂きました。孫娘のカトリーヌでしたね。 アマレッティがマカロンになったのですか。北イタリアでは甘いアマレッティとカボチャで作るラビオリが有名です。
フランスにしてもイタリアにしても、伝統菓子は殆ど修道院で生まれているのは同じですね。
浅田まりさん、存じ上げていないです。 どこの町にお住まいかしら? 私はパレルモです。
ご返信ありがとうございます。まりさんは、確かパレルモの郊外だったような、、。
シチリアのブロンデでしたっけ?そこのピスタッチオは最高ですね!
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