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予測不能な世界を生きること

2019年11月24日、試合終了のホイッスルが鳴り、30秒ほどの間を置いてスタジアムが大きな歓声に包まれた。

この瞬間、2019シーズンの栃木SCのJ2リーグ残留が確定した。

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残留確定の喜びに包まれるフクダ電子アリーナのビジター席


2019シーズンは、今思い返しても苦しい1年だった。

苦しさの理由は、チームの戦績だ。このシーズンは、全42節のうちの26節目から降格圏に沈み、以後最終節まで一度も脱出することができなかった。残り4試合の段階で、そこまで5試合しか勝っていないのに3勝以上しないと残留できないという崖っぷちも崖っぷちな状態で、正直降格を覚悟していた人も多かったのではないかと思う。

そんな中、チームはギリギリのところで奇跡的に息を吹き返し、残り4試合を3勝1分という戦績でフィニッシュし、大逆転の残留劇となった。

勝った瞬間、ファン・サポーター、関係者が抱き合って涙を流しながら喜ぶ中、私は正直なところ「嬉しい」という気持ちがあまりなかった。もちろん残留できたことでホッとはしていたのだが、それよりも「今回はなんとか残留できたけれども、今後もずっとこんな綱渡りみたいな日々を送らなければならないのだろうか」という気持ちのほうが大きかった。

仕事としてサッカーに関わると、これは「最悪な競技」だなと思う。

何が一番困るかというと、不確実な要素が多すぎるというところだ。たとえば天候。屋外スポーツなので、雨が降ったら観客動員が1試合あたり1,000人以上減り、その分見込んでいた収益が大幅に減る。あとは、勝敗。これもビジネス側の人間は、選手やスタッフに投資はできるが、実際にピッチ立ってシュートを打つことができるわけではないので、皆を信じて託すしかない。

しかしながら、この「勝敗」は事業の成否に大きなインパクトを与える。そしてサッカーというスポーツは、あらゆる競技の中でも、この勝敗が非常に読みづらいのだ。

この不確実さは、競技を見る側あるいは競技を行う選手にとっては、醍醐味になる。弱小チームが強いチームを倒す「ジャイアントキリング」は、あまりサッカーに興味がない人が見ても痛快なものだ。そして実際にサッカーの試合では、アリがゾウを倒すことは珍しくない。

しかしこれが、ことクラブチームを経営する側に立ってみると、面白くもなんともないのだ。会社を経営するということは、売上と支出の予算を立て、その見込み通りに結果をコントロールしていくことに他ならないからだ。「この年はたまたま雨がたくさん降って売上が10%減りました」「たまたま主力選手が怪我をして降格してしまいました」は許されない。

率直に、この仕事に就いて最初の年は、こんな理不尽な仕事があるのだろうかと思った。自分たちが正しい打ち手を打っていたとしても、そんなこととはおかいまいなしに「天候」「怪我」「勝敗」といった予測不能な要因で、自分たちの仕事の評価が決定づけられてしまう。悪事を働いたわけでもないのに、激しい批判の的になったり、職を失ったりすることもある。

私は「えらいところに来てしまった」と思った。これまでの自分の経験からいけば、やり方さえ間違っていなければ、粘り強く施策のPDCAを回していくことで、仕事では必ず結果を出すことができた。なのに今の仕事ではそれができない。はたして自分はここにいても良いものなのだろうか、いても役に立たないのではないか、と悩むこともあった。

そんな折、突然「コロナウイルス」がやってきた。

最初は訳がわからなかった。情報が錯綜し、何を信じたら良いかもわからなかった。そして、多くの産業がダメージを受ける中で、我々も肝心要の試合を開催することができないという事態に陥ってしまった。

折しもそれは、何ヶ月も前から準備を続けてきたホーム開幕戦の直前だった。用意していた全員配布のプレゼントはすべて廃棄になり、チケットは払い戻し、その後もいつリーグ戦が再開するかもわからない中、開催されるかどうかもわからない試合の準備をしなければならなかった。

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約4ヶ月ぶりのリーグ戦再開は無観客試合だった


しかし、このとき私はあることに気づいた。自分自身が、思いのほか前向きだったことだ。

以前の自分であれば、売上の3割が吹っ飛ぶような事態に陥ったら大慌てしただろうし、先の見通しが立たないことにイライラしていたと思う。ところが、このときは「まあ、こんなこともあるさ」と思っていた。

スポーツビジネス、その中でも予測が難しいと言われるサッカーという競技に携わることで、私は自分でも気づかないうちに「予測できないこと」や「理不尽なこと」への耐性を身につけていた。

というよりも、もともと私たちが生きる世界というのは、予測不能でコントロールができないものの方が多いのではないだろうか。にも関わらず、私は多くのことを予測可能でコントロールできるものと勘違いしていたのではないだろうか。

サッカービジネスについて、ある人は「クラブはストレスを売っている」と言った。ストレスというのは何に対するストレスかというと、思うようにいかないストレスだ。

確かにサッカーはキーパー以外は手を使えないスポーツなので、見ていて非常にストレスが溜まる。思うようにボールが飛ばない、思うようにシュートが入らない、思うように勝てない。すべてが思うようにいかないが、それでも諦めずにチャレンジし続けていれば、たまに願いが叶うことがある。

それは、私たちの人生そのものなのではないだろうか。

私たちはサッカーと同じ、1分1秒が予測不能な、コントロールできない世界を生きている。明日のことは誰にもわからない。

そんな中でも、今自分ができることに最善を尽くす。たとえ、その努力が報われなかったとしても。

それが、私がスポーツを仕事にするようになって、学んだことだ。



※このnoteは、パナソニック株式会社が主催する連載「#スポーツがくれたもの」のプロモーションとして主催者の依頼により書いたものです。

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