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不条理は善にも悪にも働く~ドラマTOKYO MERから考えさせられたこと~

不条理とは何か。不条理は、人に多大なる影響を与え、その人を形成するにあたり、いかようにも (善の方向にも悪の方向にも) 働く可能性がある。

広辞苑では不条理が下記の通り定義されている。

①道理に反すること。不合理なこと。背理。
②(absurde フランス)実存主義の用語で、人生に意義を見出す望みがないことをいい、絶望的な状況、限界状況を指す。特にフランスの作家カミュの不条理の哲学によって知られる。

人は生きていると、何も悪いことをしていなくとも、絶望的な状況に陥ることがある。

不条理について考えていたきっかけは、ドラマ TOKYO MER (TBS 日曜日21時~) である。第1話から毎週楽しみに観ているドラマだ。

21年9月5日放送の第10話では、城田優さん演じるテロリスト エリオット・椿の本性がついに大部分明るみになった。

エリオット・椿は、鈴木良平さん演じる喜多見幸田に命を助けてもらった過去がある。医師である喜多見は、テロリストである椿の命を救ったのだ、それも椿がテロリストであると分かっていながら、彼の命を救うことを最優先し、椿の身柄を隠したのであった。その際に、椿は「わたしを助けたことを必ず後悔させます」と言って立ち去った。

喜多見先生は、このことで凶悪なテロリストを匿った罪で1年逮捕をされた。誰であろうと目の前の命を最優先にし助けることが喜多見先生の強い信念であったがゆえの過去だ。

そして、第10話で椿は、自分の命を救ってくれた喜多見先生の大切で自慢の妹である涼香さんの命を奪ったのだ。普通に考えて矛盾している。自分の命を救ってくれた恩人なのだから、感謝をするはずだ。ただ、椿は違った。

涼香さんの命を奪った後、椿は喜多見先生に言った。

いつも満面の笑みで理想を語っていた喜多見先生に、世の中は不条理だってことを分かってほしかった。

喜多見先生は、1992年のアメリカ ペンシルベニア州のショッピングモールで起きた銃の乱射事件に幼い頃に家族と巻き込まれ、両親を亡くしている。生き残った喜多見先生は、この事件をきっかけに、悲しみのどん底の経験を乗り越えて、優秀すぎる程の医師となった。

これは個人の推測でしかないけれど、実は、椿も喜多見先生と同様、このショッピングモールで起きた銃の乱射事件によって大切な人を失ったのではないか。そして、彼も何とかその悲しみから逃れようと日々を送っていたが、その悲しみに打ち勝つことができず、自分を見失い、凶悪なテロリストになってしまったのではないか。

同じ事件に巻き込まれ、同じような悲しみを経験しているのに、今を生きている時点でこんなにも違う自分と喜多見先生を比べたのであろう。その、喜多見先生がいつも笑っていて、エネルギッシュで、善に満ち溢れた人生を送っていることに、椿は苛立ちを覚えたのでは。銃乱射事件のような不条理な出来事に遭ってしまったら、自分のように悪に生きる人間になることが道理にかなっていて正であるのに、それとはかけ離れて生きている喜多見先生を見ていると、どうしても納得がいかないはずだ。椿自身の正を喜多見先生に教えたくて、また、あの時と同じような不条理なことが再び起きたら喜多見先生はどうなるのか、と先生の最愛の涼香さんの命を奪ったのであろう。

椿のやっていることは全く共感できず、許すこともできない。ただ、気持ちを理解することはできる。不条理は、人格を形成するにあたってかなりの影響を与え、同じことでもこんなにも対局な人間を生み出すのかもしれない。

100%個人の推測のため、事実は違っていると思うが、不条理について初めて深く考えたので記したいと思った。来週の最終回をとても楽しみにしている。

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