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緑のおとぎ話の星

アスラン星系は、中央から離れた所にありましたが、緑豊かな星系として知られておりました。
 実は宇宙工学や工業技術も優れている国として地味に知られていましたが、農業や酪農の安定したのんびりした風景の方が有名でした。戦争も内乱も長く絶えていて、これからもそれは縁遠いと皆が信じている、そんな星系なのでした。
 その中の星の1つ、鉱石採掘星・ルルブからとても珍しい貴重な鉱石、レアメタルが見つかるまでは。

 そのレアメタルは、宇宙工学で理論だけが確立していた、高速宇宙艇のエンジン製造に必要な物でした。今まではとても少ない量の鉱脈しか発見されていなかったので、残念ながら高速宇宙艇の実用化はまだまだ難しい、と言われていたのです。
 そのレアメタルの鉱脈が、ルルブで大量に発見されたのでした。

 アスラン星系はそのニュースに湧き立ちました。レアメタルはどれ程この星系を豊かにしてくれるだろうかと。
 けれども王様は別の考えを持っていました。このレアメタルは争いをアスランに呼ぶのではないかと。
 王様のその心配を裏付ける様に、多くの商人からルルブでのレアメタル採掘権を買いたい、と申し出が来ています。
 中でもマルクという商人はなかなかに強気でした。
 自分はとても効率よく採掘して大々的に商用ルートに乗せる方法を他のどの商人よりも知っているし、アスランにはそれ相応の契約金を支払うので、お互いにとってとても良い話です、と。
 最近急速に台頭してきた、とてもやり手の、あまり評判の良くない男です。
 実際に会ってみましたが、流れる様な提案をするけれど、とってもとっても悪人面でした(そんなにあからさまで大丈夫かと思ってしまう位でした)。
 他の商人達もみんな採掘権と言っていますが、それだけで済むとはとても思えませんでした。
 鉱脈の利権を取り合って、どんなことになるか分かりません。
 王様はとてもとても悩んで考えて……決めました。ルルブを手放してしまおうと。


 商人マルクは、宇宙で誰もが知っている商人になるのが夢でした。
 最初はちゃんと真面目にやろうと思っていましたし、そうしていたのですが、商売を早く大きくするために、いつの間にかちょっと人に言えない方法を使う事が増えて行きました。そうして、今では誰が見ても悪人面になってしまっていたのです。
 マルクの大事な娘エマが小さかった頃、友達にマルクが悪い奴だと言われて泣いていたの見た時には、ちょっとだけ心が痛みましたが、もう変える事など出来ませんでした。何より妻ユリーとエマに、もっともっと贅沢な暮らしをさせてやりたかったのでした。
「そんな事よりもパパと一緒にママのご飯を食べたいわ。」
 十六歳になったエマが寂しそうに何度も言うのに、見ないふりをし続けました。
 元々はマルクの身の回りの世話をさせていて、今では秘書の様な事も任せているヒュープが気を利かせて
「旦那様、今夜は調整すればお嬢様と奥様とのお食事の時間がなんとか取れそうですが…」
 と言った時も、じろりと彼をねめつけて黙らせてしまいました。
 ヒュープは少年の頃からマルクが珍しく信用して目を掛けてやっている青年で、エマを大切に思っている事もマルクは知っていました。今日だってきっとエマの為なのでしょう。
「落ち着いたらな。」
 さすがに気が咎めてそう言いはしましたが、そんな時間は全く有りませんでした。
 だってもうマルクの仕事はマルクにも止められないのです。どんどん大きくなって、どんどん新しいチャンスがやって来るのですから。
 ルルブで、レアメタルの大きな鉱脈が発見されたと言うニュースが飛び込んで来たのはそんな時でした。


 王様の考えに、議会は最初大反対をしました。だってルルブで見つかったのは、アスラン星系にどれ程の利益をもたらしてくれるか、想像するだけで舞い上がってしまいそうな大きな鉱脈なのです。どれだけ高額でも、一時の売却金などで見合うとは思えません。
 けれども王様は根気よく、誠実に議会に説明しました。
 私たちの星系はもう十分豊かだ。皆家族と美味しい食事が出来る。勉強も自分がしたい事を自由に学べる。ライフラインは見事に機能しているし、病院に掛かるのだって誰も困らない。戦争なんて影も形もない。そういう風に私達はアスランをはぐくんで来た。
 けれど、あのレアメタルはアスランの外から様々な利益を求める者達を呼び込んで来るだろう。その者達はアスランがどうなろうときっと気にしない。自分達の利益のためにアスランを争いに巻き込んだりするのだって平気でやるかもしれない。
 私はアスランに、穏やかで豊かな国であって欲しい。家族が、友人が、大切な人がいつも笑っている国であって欲しい。皆もそうだろう?争いなど要らない。だから、その種となるかもしれないルルブを、アスランの手から放してしまおうと思う。
 なに、大丈夫だ。今までもレアメタルなどなくても私達は充分に豊かで幸せだった。発展し続けて来た。これからもそうだとも。だって私達にはその力があるのだから。幸せであり続けようとする意志がね。


 そうしてルルブは、マルクの物になりました。宇宙のここでしか見つかっていない、レアメタルの大きな鉱脈の星です。マルクが行った事前の調査でも、今後数百年は良質なレアメタルが産出可能だと、太鼓判が押されていました。
 マルクは他のどの商人よりも高額なお値段で入札して、ルルブを購入しました。これから入ってくるだろう利益を考えて、ちょっと見栄も張ってしまいました。それでも十分なお釣りが来るお値段に抑えるのは忘れません。
 マルクはほくほくとしていました。もうこれでマルクは宇宙の誰もが知っている商人の仲間入りです。レアメタルが欲しい星も企業も沢山沢山有ります。引きも切らない問い合わせに、マルク商会はてんてこ舞い。
 愛娘のエマが
「ママがパパのために作ったランチよ」
 とバスケットを職場に持って来るのも珍しくなくなりました。
 マルクは余りに忙しすぎて、家に帰る時間も有りません。しょっちゅうレアメタルの商談や打ち合わせをしていて、エマが持ってくるユリーのランチを直接受け取る事も出来ません。
 栄養剤でも充分だと豪語するマルクですが、それでも料理上手のユリーが、マルクが手早く食べられるように工夫したランチは嬉しいものでした。
 もうどれだけユリーとエマの顏を見ていないかな、とふと思った時でした。ルルブの鉱脈が枯れた、と連絡が入ったのは。


 枯れた、と言うよりも使える鉱脈では無くなった、という事だそうです。と、ヒュープは唇を噛んでマルクに報告しました。
 レアメタルの鉱脈は確かに有る。けれども少し掘り進んだ先のレアメタルは質が悪く、宇宙航行システムには使用出来ないものになったのです、と。
「そんな……そんな。調査もちゃんとしたじゃないか……」
 良質のレアメタルの大きな鉱脈だと、後数百年は産出されると、ちゃんと調査報告されていたのに。
 後で分かった事ですが、レアメタルの調査員達は、以前マルクがちょっと人に言えないやり方で潰してやった商人の関係者でした。間違いがあってはいけないと、マルクは調査員の身元もしっかりした者を選ばせていました。なのに、どこでこうなってしまったのか、もう分かりませんでした。
 それからはあっという間でした。今まで大きくしてきたマルク商会は、影も形も無くなってしまいました。
 残ったのは、ユリーとエマとヒュープだけでした。


 すっかり意気消沈したマルクは、ユリーとエマとヒュープを連れてアスランに引っ越しました。他の星では何もかも無くなってしまいましたし、マルクは沢山沢山人に言えない事をして来たので、今までの星ではとっても住みにくかったのです。
 その点アスランではマルクはルルブを購入しただけでしたし、知った人もいないのでむしろ気楽に思えました。
 何より、以前一緒にアスランに来ていたヒュープが、
「緑のとても多い、穏やかな『森の国』ですよ。」
と言ったのに、エマが顔を輝かせたのが理由になりました。
「おとぎ話の国みたいな所なの?絶対行ってみたいわ。」
 エマがおとぎ話の国や森の国が大好きなのだと、マルクはその時初めて知りました。


 マルクは、ヒュープも居なくなるだろうと思っていました。けれどもヒュープはすっかり元気をなくしたマルクに、旦那様ご一家位俺が養ってみせます!と言って、引っ越す前にアスランでの住まいや勤め先も決めて来ました。
 雇って貰えました。家も小さいですが、雨露はしのげます、と。
 有難う、と涙ぐんでしまったのはユリーとエマには内緒です。
 ユリーもエマもアスランに着いてすぐ、仕事を見つけて来ました。料理上手のユリーは町の小さなレストランの厨房で重宝される様になり、エマは可愛らしい雑貨屋で看板娘と言われる様になりました。
二人はアスランに着いてすぐ、一つだけ家の法律を作りました。
食事は皆で揃って食べる事。
 きゃっきゃと笑う二人に、マルクは開いた口が塞がりませんでした。こんなに生き生きと元気な彼女達を今まで見たことがありません。
「もう我慢するのはやめにしたの。ずっと我慢していたけれど、何も良い事は無かったわ。私は家族で一緒の時間が欲しいの。」
 そう言うユリーはとても逞しく見えました。線の細い、守ってあげないといけない人だと思っていたのですが、すっかり別人の様でした。なんだか逆らえる気がしません。
「私もよ。パパの我儘はもう聞いて上げないから。」
 わがまま。
 ずっと食事を一緒に取らなかったのを、そんなに根に持たれていたとは思いませんでした。ヒュープは、口をあんぐり開けているマルクを見て、ずっと笑っていました。


 妻と娘とヒュープの三人で一緒に食べる美味しい食事攻撃で、マルクはだんだん元気を取り戻して行きました。家族みんなが楽しそうに笑っているのを見ると、胸が暖かくなります。
 マルクががむしゃらに働いていた時、ユリーとエマはこんな風に明るく笑いませんでした。
 二人に笑って欲しくて贅沢な生活をさせてやろうと思っていたけれど、今の方がずっと二人は笑ってくれるのです。そう言えば、マルクは一度も二人にどうしてあげたら嬉しいかと訊いた事は無かったのでした。
 マルクはもう一度働こうと思う様になりました。
 今度は二人がいつも笑っていてくれる仕事にしよう。


 アスランの議会から、ルルブの再開発案の募集が出されたのは、そんな時でした。
 レアメタルが使えないと分かり、もう何の役にも立たないと見向きもされなくなったルルブは、借金のカタとしてマルクから別の商人の手に渡って行きました。そしてその商人からアスランが買い戻していたのです。
 そんなルルブを、新しい姿に生まれ変わらせられないか。
 アスランの王様と議会はそう考えたのでした。


 採用されたのは、
 ルルブを緑のおとぎ話の星にする
 案でした。
 提案者はなんとエマです。
「綺麗な緑のおとぎ話の星に、沢山の人が遊びに来たら素敵だなって思ったの」
 緑の瞳をきらきらさせて、ほっぺたを真っ赤にしてエマは微笑みました。マルクとユリーとヒュープは三人で一緒にエマをぎゅうぎゅう抱きしめて笑いました。


 マルクはルルブの『緑のおとぎ話の星計画』のチームに応募しました。小さいとは言え星を丸ごと変えてしまう計画です。関わる人は一般に広く募集されていたので、マルクも申し込むことが出来たのでした。
 マルクが『あのマルク』だと分かっていたのでしょう、応募して程なくマルクは王宮に呼び出されました。
 おっかなびっくり向かった先に居たのは王様でした。王様はマルクを観とめると、にっこり笑いました。
「やあ、久しぶりだね。見違えたよ。」
 マルクはすっかり毒気が抜けて、もう前の知り合いが見ても誰もマルクと気付かないのではないかという位、顔つきが変わっていました。それもこれも、ユリーとエマとヒュープの、家族でおいしい食事攻撃のせいです。
「今日はどんな御用でしょうか。」
 ちょっと照れくさくなりながら、マルクは王様にたずねました。
「うん。貴方がどうしてこの計画に応募したのか知りたくてね。」
 王様は率直です。
 マルクは以前はとっても評判の悪い商人でしたし、ルルブを一度は購入した本人ですから、気になるのも当然でしょう。
「エマに、娘と家族に笑っていて欲しくて。」
 マルクも正直に答えました。全部なくしてしまった事、家族だけが残った事、家族が笑っていてくれるのがとても幸せだと気づいた事。
「うん。そうか。」
 王様はそれで納得した様でした。
「王様は、どうしてあの時ルルブを手放そうと決めたのですか?」
 採掘権だけを渡して、ずっと利益を得る方が儲けになると、あの時は誰もがそう思うはずだったのに、あっさりと手放した王様がマルクには正直不思議だったのです。
「娘に、皆に笑っていて欲しくてね。」
 王様は穏やかに微笑みました。
王様の気持ちが、今のマルクにはとても良く分かりました。


 マルクは『緑のおとぎ話の星計画』のプロジェクトチームに配属されました。あまりにびっくりして嬉しくて、また四人でぎゅうぎゅう抱きしめあって笑いました。


 それから、ごつごつした岩の星だったルルブは、沢山の人の手を受け入れて、水が巡り、緑がそよぎ、爽やかな風と光がきらめく星へと変わって行きました。
 皆はマルクがとっても評判の悪い商人だった事を知っていたので、その間に色々なことが有りましたが、今ではすっかりマルクはプロジェクトチームの一員です。時々うっかりな事をして笑われますが、マルクはそんな自分が嫌いではありません。


 ルルブが生まれ変わって行く途中で、隣のレミト星系の王子様がアスランの王女様に婿入りするお目出度い事件も有りました。
 そう、大事件です。
 今のアスランの王様とレミトの王様が退位する時に、二つの星系は新しい一つの星系になるのだそうです。王子様と王女様はその時王様と女王様です。
 二人の結婚式はそれは盛大で晴れやかで、花が星中に舞っている様でした。レミトの王子様もアスランの王女様もそれはそれは幸せそうに笑っていました。


 二つの星系が新しい一つの星系になった頃、ルルブはとうとう『緑のおとぎ話の星』になりました。
 沢山の人がおとぎ話の星を楽しみにやって来るようになりました。
 新しいルルブには、巡る水としたたるる緑、流れる風ときらめく光だけでなく、美味しいご飯が食べられたり未来を約束する施設もあるのです。
 エマとヒュープは、その場所で結婚式を挙げました。
 エマが、パパの新しい仕事が成功したら式を挙げるわ、と宣言した通りです。
 エマの笑顔の幸せそうな事!隣に立つヒュープは涙ぐんでいます。二人を見つめるユリーの笑顔は、マルクとの結婚式の時の彼女を思い出させました。
 ああ、なんて嬉しいのでしょう。
 マルクはエマとユリーとヒュープのこの笑顔が見たくて、本当に頑張ったのです。
 随分待たせてしまったなあ、と言うマルクを、三人はやっぱりぎゅうぎゅう抱きしめて笑ってくれました。
 マルクは笑いながら、気になっていたことを聞いてみました。
「新しくなっても家の法律はそのままなのかい?」
 エマもユリーもヒュープも声を揃えて笑って答えます。
「もちろん。」

「ご飯は一緒に食べる事。」


<FIN>

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