第四章「鉄の街」
第一節
金属たちの熱い悲鳴がこだまする街、クーベラ熔鉄街。 ここは地上に出てきたドワーフと、銃火器の研究を始めたアウリンたちが共に築いた街だと、じいやからは教わった。当初の旅の予定でも通過するはずだった街なので、この街についてはちょっと詳しく教えてくれたのを覚えている。
ドワーフは金属加工に長けた種族だ。土の魔術を得意とする彼らは、その住処でもあった地下世界に眠る鉱石たちを加工しながら、独自の文明を発展させたという。ドワーフたちがなぜ地上に出てきたのかは島に取り寄せた文献には伝えられていなかったそうだけれど、未踏の地である地上に足を踏み出した彼らがアウリンと共存できたのは、お互いに利害が一致したからではないか、と じいや はいっていた。
丁度その頃の大陸は、石の港に限らずアウリンとその他の種族との縄張り争い――というよりも、アウリンが住処を追われる侵略行為――が頻発していたという記録があり、魔術や身体能力で劣っていたアウリンは民の数と道具の発展を頼りに身を守っていたらしい。そんな折に鉱物や金属の加工が得意なドワーフたちが現れたのなら、たしかに衣食住を提供する代わりに技術をもらうのは 賢いやり方かもしれない。
銃火器という強い武器を手に入れたアウリンたちは瞬く間に領土を取り戻し、力の拮抗を感じた種族たちは争うことを辞めた、と されている。その後は交流を経て、アウリンたちの作った食器や農具などが多種族にも流通していったらしい。もっとも 製造技術はあまり伝わらなかったようで、長い時が経った今でも、アウリン製の食器などは交易の際の目玉商品になっているそうだ。
そういえば、花と水の都で食べたケーキのお店でも、提供された食器はアウリン製のものらしかった。蔦の島で使っていた木製の食器も味わいがあって ぼくはとっても好きだけれど、便利なものは便利と割り切って 争っていた相手のものを受け入れた人たちも、自分たちを侵略していた種を滅ぼすのではなく 良いと思ったものを提供するアウリンたちも すごいと思う。
「“鉄の街にて待ち人来たれり”、だったかしら」
「うむ。“捜し人”で無いのが少々すっきりせんが、大方新たなる手掛かりの持ち主に逢えるとでも言った処で在ろう」
イザベラとアルファが、先日のハーニャの占い結果を確認する。ここから朝焼けの聖地まではそう距離がない。聖地は険しい山脈の中にあるので、道のりとしてはあまり整備されていない森の中を進む必要がある。知識のないまま歩くとあっという間に遭難してしまうらしいので、現地の案内人を雇う必要がありそうだ、という 話を今朝方していたのを思い出した。
「では、我らは物資の補給に行ってくるからのう。留守番は頼んだぞ、リィレ」
「良い子にして待ってるのよ、ハーニャ」
宿の部屋に着いてから しばらくした後、アルファとイザベラはそう言って出かけていった。この街では食料のほかに 色々な金属の道具も買えるので、旅に便利な小物なども買い揃えるらしい。
ハーニャは少し眠たそうにしていたので、お昼寝をするように提案してみた。宿の寝台は今までの街で見た木製のものとは違い、ツヤのある金属製だ。ふかふかのシーツが敷かれたそれは日の光を受けて あたたかそうに 寝そべる者を待っている。
気持ちよさそうに寝息をたて始めるハーニャを後目に、ぼくは窓から街を眺めることにした。本当は外を歩きまわりたい所だけれど お留守番を任されているし、石の港での一件を考えると一人で観光するのは気がひける。幸いこの部屋は宿の一番上の階にある部屋なので、通りの様子をくまなく見渡すことができそうだ。
大通りを眺めていると、ぶわ、と 何度めかの突風が吹く。高い建物が多いこの街では どうやら風は力を増すらしい。風に乗ってこちらに向かって飛んできた白いなにかを 咄嗟につかまえる。
見ればそれは一通の手紙だった。送り主の名前は封には書いていないようだけれど、封に使われている蝋にはこの街のシンボルマークが象られている。大通りに視線を戻すと、小さな男の子がこちらを見あげて立っていた。
***
「……ありがとう、お兄ちゃん。これ、だいじなお手紙なの」
宿の外に出たところで先ほどの男の子に手紙をわたす。
ふと見渡してみるけれど、周囲に男の子を気にかける大人はいなかった。
「君は一人なの?大人の人と はぐれちゃったのかな」
「ううん、ぼくは ずっと一人で歩いてるよ」
「ずっと一人?きみは一体どこから来たの」
「わかんない」
一人だというけれど、どうやら迷子のようだ。
「ぼくはリィレ、きみの名前は?」
手を差し出しながらぼくが聞くと、
「それも わかんないんだ。ボクは、ボクが誰なのかを しらないの」男の子はあまり表情を変えることなくうつむいた。
「ただ、とおりすがる人たちには、ポスティナって よばれるよ。ボクはずっと、わたされた 手紙を とどけながら、こえがする方に あるいているだけ」
ポスティナとは、町から町へと手紙をはこぶ仕事をする人のことだ。
「ポスティナ……声って?」ぼくが聞き返すと、
「あたまの中にね、こえがするの。こっちだよって ボクをよんでるの」右のこめかみを指さしながら、ポスティナと名乗った男の子は 少し上の方に視線をうつす。
聞けばポスティナは、物心ついた頃からずっと一人で旅をしているらしかった。言葉があやふやで くわしくは分からなかったけれど、目的の方向へ進むかたわら、荷物や手紙を、通過する街々へ届けて路銀を稼いでいるらしい。ぼくより幼そうな男の子なのに、彼をみた道行く大人たちは何も思わなかったのだろうか。手紙を捕まえたお礼にと もらったクッキーを 軽く握る。
「一人じゃやっぱり危ないよ、旅をするなら ぼくらと一緒に旅をしない?」放っておけないと思い そう提案してみると、
「お兄ちゃんは、あっち」そう言いながら北の方角を指し、今度は「ぼくはこっちなの」と南――ぼくらが進んできた方角を指した。
「一人でも、だいじょうぶだよ。心配してくれて ありがとう」ぎこちないお辞儀をすると、男の子は踵をかえして去っていった。人混みへ進んでいく背中を追って呼び止めようとしたけれど、瞬きをした次の瞬間には、彼の姿は消えていた。
お礼にもらったクッキーが手のひらにある以上、現実に起こった事なのだけれど、なんだか化かされたような気分だ。
ポスティナと別れてから しばらくして はたと気づく。
――ぼくは ぼくの目的地を伝えただろうか?
第二節
「そいつは妙な体験じゃのう」
買い物から帰ってきたアルファたちに男の子のことを話してみたところ、
「買い出しのついでに手紙屋らにも寄ってきたが、丁度居合わせた今日のポスティナはガタイの良いオヤジで在ったぞ」と不思議そうな顔をされてしまった。
ポスティナは配達組織の構成員の事を指す呼び名らしく、一つの街には日に一人しかやって来ないそうだ。
「もしかして、伝説の観測者に会ったのかもしれないわね」
イザベラが思い立ったように口にする。
「ハウェル?」
「一説によれば神話の時代の遺物から生まれた幽霊とされているわ。大昔から遍く出来事を記録し世界を彷徨っているとか」
「ゆ、ゆうれい…」化かされたようなあの感覚を思い出し、背筋がほんのり冷たくなる。
「尤も、あくまで噂、伝承上の存在ね」
ぶるりと身震いしたぼくを見てイザベラは話半分といったふうに肩を竦めた。
「そういえば、我の幼少の頃にも其の様な伝承は在ったのぅ……観測者は何時でも我等を観て居る故、良い子にせねば要らぬ者として食われてしまうぞと、良く母君に脅されたもんじゃ」
「あら、とんだ悪ガキだったのかしら」
「やんちゃの盛りで在ったからのう」
過去の自分を可愛がるようにカカッと清々しく笑う、アルファのお腹が盛大に鳴る。
「そういえば、昼飯が未だじゃったのう…宿の食堂へ急ぐぞい!」
***
熱々の鉄串に刺さった塊肉と 程よい長さの焼き葱が、甘辛いタレの香ばしさと共に、ぼくの鼻先に心地よい香りを添える。
食堂一番の人気料理だという串焼きを皆でほおばりながら、温かな食事の時間を過ごす。
串焼き単体でも十分おいしいけれど、白米という、稲の籾を精米して炊いたものと一緒に口に入れると、ケーキや干しルルベルとはまた違った甘みが、タレや肉汁、葱の香ばしさと共に広がる。
僕の島でも穀物は採れるけれど、ここまで綺麗に皮をむく技術はないため、米が出る日はいつも 籾殻だけをむいて肉や出汁と共に炊いたものが食卓に並んでいた。
石の港で食べた魚料理は交易団の人に協力してもらえれば なんとか近いものが作れると思うけど、この技術もどうにかして持ち帰れないだろうか。
「いや、此奴は旨いのう」
アルファが上機嫌で次々と串焼きにかぶり付き、その勢いのまま麦酒をあおる。
ぼくにはまだお酒は早いらしいのだけれど、アルファの飲みっぷりを見ていると本当においしそうだ。
イザベラがいうには、とっても苦い飲み物らしい。
ぼくは苦いものより甘いものの方が好きなので、ぼくの口には合わないのかもしれない。
それでもやっぱり気にはなるので、いつか、もう少し大きくなったら飲んでみたいな。
串焼きのおかわりを頼んでしばらくした頃、一緒に注文した甘味の皿が届いた。
この食堂にもケーキがあるというので、頼んでみた。
なんでもチーズという、家畜の乳を加工したものを使用しているそうだ。
食べてみると花と水の都のケーキとはまた違った風味や柔らかさで、すこし酸味のある生地はしっとりとした重みのある舌ざわりだ。
しかも、このケーキは切り分けられていない、大きな丸い形だ。たくさん食べられるうれしさと、濃厚な甘酸っぱさに上機嫌で食べすすめていると、ふと、食べた側とは反対側の生地が減っていることに気づいた。
覗き込むと、手のひらくらいの大きさの、髪を二つに結いあげた女の子が、おいしそうにむしゃむしゃとケーキを掘っている。
「うわぁ!」
「んぬ、どうしたリィレ」
「ケーキに、ちっちゃい女の子が!」
驚いたぼくに相づちを打ったアルファが、ぼくの視線の先を追う。
「ほぉ」と少し目を見開くと、
「レプテスではないか。此れはまた珍しい」
と口もとへ手をやった。
「……あたち、りりぱでぃあ!」
二つの視線に気づいた女の子は、もぐんぐと数回口を動かしたあと、ごくりと喉をならして元気よく名乗りはじめた。
「えぇ…?えっと、ぼくはリィレ。あの、きみはどうして、こんな所に」
「あ!こらリリィ!アンタまた客の皿に手を出したね!?」
状況がよく飲み込めないまま質問をしようとした ぼくの声をさえぎって、呆れたような声色の女の人がやってくる。
「今度という今度はおやつ抜きだよ!!」
「やーーーっ」
「やーーーっじゃない!」
リリィと呼んだ少女をつまみ上げながら、まるでいつもの事だというように、手なれた様子で叱る。
「なんじゃ、保護者も居るではないか」
「ああ、驚かせてすまないね」
アルファの軽やかなつぶやきに返事をすると、女の人は空いている方の手を胸の辺りにそえた。
「アタシはテレジオン。この宿の工房で土産物の金細工を作ってる者さ」
「リリィが世話をかけたねぇ。この子ときたら筋金入りのヤンチャでさ、甘味を見つけると所かまわず飛びついちまうんだ」
第三節
「こらリリィ!仕事道具にいたずらするんじゃあないよっ」
「はぁ〜いっ」
テレジオンさんの工房には、色んな工具が置いてあった。
リリィが食べてしまった分のケーキのお詫びといって、テレジオンさんが端材でお土産の細工を作ってくれる事になった。金細工師が本職だという彼女だったが、金ではない素材にも造詣がふかいらしく、棚の中にはさまざまな鉱物が分類されて詰められている。
テレジオンさんが準備をしているあいだに鉱石を次々眺めていると、ひとつの石がぼくの目に留まった。
海の底のように深い青色の中に、ぽつんとひと雫の光が浮かぶような、ふしぎな石だった。
「そいつは竜石だね」
そのままじっと眺めていると、後ろから声がした。
「竜石?」
「古の伝承に伝わる種族、ドラコニュートの心臓から産まれたとかなんとかって、イカした言伝えがある石さ。ま、採掘量的には価値はそんなに高くないね。良かったらそれも細工に組込んであげるよ」
そういって棚から竜石を取り出し、テレジオンさんは作業台に向き合った。
先ほどまでの親しみやすさと打って変わって、突き刺すような真剣な眼差しだ。声をかけるのも気が引けるような空気をまとって、道具で金属を熱し、折り曲げ、時には削り込み。
しばらく見ていると、テレジオンさんは ふぅ と一息空気を吐き、次には唄を歌いはじめた。
同じ響きの短いフレーズを、時計の針の音のように繰りかえす。
「なんだか いさましい唄ですね」
「奮唄ってんだ。なんかアタシのひぃひぃひぃ……とりあえずかなり前のご先祖様が神様から賜ったとかなんとか」あまり信じていないといった風に、おちゃらけた様子で口を動かす。
手の動きはそれと反して繊細さを保っていて、大きく曲げて輪っかにした金属板に細かい装飾を入れていく。
「そんな大それたモンだとは思えないけどねぇ。ま、なんとなく景気が良い感じの旋律だから、こうやって作業中なんとなく口寂しい時に歌ってんのさ」
そういうと少し目線を上にして、「そうだ、アンタもよかったら一緒に歌うかい?」とぼくの方へ ちらと笑顔をふってきた。
「ふふ、じゃあご教示よろしくお願いします」
「任せな!まずは出だしの発音だけどな…」
***
「お?おおお?」
ぼくが唄を教えてもらい一緒に歌い始めると、テオジオンさんが不思議そうにうなり始めた。
「ど、どうしたんですか?」
「なんか、目の見え方が変わったな……アンタが歌い出してから やけに細部がよく見える」
「あ、もしかして、この唄も蔦の島の癒唄と同じようなものなのかも……」
「蔦の島の癒唄?」
聞き返すテレジオンさんに、たまたま話を聞いていたという風のアルファが、通りがけに立ちどまり答える。
「我の一族に伝わっていた唄だのう。我等が歌っても風邪の治りが早まる程度じゃが、此奴が魔素を溜めて歌うと死の淵に居る者も忽ち回復する程の力を秘めておった」
「へえ、そいつはすげーや」口笛を吹きながら、テレジオンさんは驚いたというふうに目を見ひらく。
「あながち奮唄が神様からの賜りモノってのも嘘じゃあないのかもな。リィレのおかげで箔がついたね」
一緒に歌いはじめて数刻。「よし、できたよ」と満足げにテレジオンさんは額をぬぐった。
渡されたのは、黄土色に鈍く光る、繊細な彫刻がされた腕輪だ。
中央にある、目のように見える模様の中に、整えられた大粒の竜石が光を反射する。両隣りに添えられた水晶石と合わせると、まるで本当の竜の目のようだ。
「ありがとうございます!」
「良いってことさ。リリィが世話をかけた詫びなんだ、遠慮なく持っていきな」
もらった腕輪をはめながら、いつの間にか楽しげだった少女の声が消えていたことに気づく。
「そういえば、リリィはどこに行ったんでしょう?」
第四節
「やーーーっ」
「此度という此度は看過できませんぞ!国へお戻りください、陛下!」
宿屋の廊下に、リリィと年配のおじさんの声が響く。
何事かとみんなで声のする方向に急いで行くと、それなりに身なりが良さそうなドワーフが、嫌がるリリィの腕を掴んで連れて行こうとしていた。
「なんだい、アンタ達は!」
テレジオンさんはそう叫ぶと慌ててリリィからおじさんを引きはがし、彼女を胸に抱えこんだ。
「我々はレパディア王国の者でございます。女王陛下を連れ戻しにやって参りました」
「女王を連れ戻しに?じゃあ何だって暴れるリリィをとっ捕まえているんだい。その子は関係ないじゃないか」
「いいえ、関係はあるのです」
「リリパディア様は由緒正しき、レプテスの女王なのでございます」
驚いてテレジオンさんを見ると、テレジオンさんは大きく首を横に振った。
「まさか!リリィが現れるようになって三ヶ月が経つが、そんな話は初めてさ!」
大臣だと名乗るそのおじさんとしばらく話をしたら、どうやらリリィは脱走の常習犯らしい。自分の身分をかえりみないで気軽に城を抜け出してしまうので、臣下の者たちは皆とても困っているとの事だった。
いつもは居なくなるのは一日の内の数時間だが、今回は一日の終わりにも戻ってこなかったので慌てて各地を探し回っていたらしい。
「……はぁ、しょうがないねぇ」
テレジオンさんが困ったやつだといった風にため息をつく。
「大臣さん、どうかたまにリリィを地上へ連れてきちゃくれないかい。三ヶ月も寝食共にすりゃあアタシにも分かるが、ありゃもう性分だよ。ただ連れ戻したところで どうせまた脱走するのは目に見えてるし、見聞を広めるのも女王としての振る舞いに役立つだろう?地上での滞在拠点には、アタシの工房を貸し出すからさ」
「ふむ……、そう易々と甘やかすのは……と言いたい所ではありますが、確かに陛下の度重なる脱走はもはや性質だと捉える方が、幾許かは健全かもしれませんな」
「ありがとう、流石は大臣だ。リリィにもこれくらい話が通じると楽なんだけどねぇ」
「いやはや、全くおっしゃる通りですな」
未だふくれっ面のリリィを覗き込むと、テレジオンさんは優しく声をかけた。
「また遊びに来な、リリィ。ただし今度はちゃんと御付きを付けて来るんだよ」
「テレおねえちゃま……わかったの、『オンナどうしの やくそく』よ!」
「ああ、約束、な」
ニカッと笑い、お互いの小指の先をちょんと触れあわせる二人は、まるで本当の姉妹のようで。
幼い日々のおぼろげな、兄との日常を思い出して すこし胸のあたりが疼いた。
***
キッキュウ!キッキュウ!キュワッキュワッ
どこかで聴いた覚えのあるような鳥の鳴き声が聞こえる。
ほんのり空が橙に染まる頃、ぼくらはリリパディア女王陛下の出立を見送るために外に出ていた。
「テレジオン様、リリパディア殿下が長らくお世話になりました」
「いいよいいよ、アタシも楽しかったしさ」
深々と頭を下げる大臣に、軽く手を払いながら笑うテレジオンさん。あの気さくさが、もしかしたらリリィを三ヶ月も惹きつけていたのかもしれない。
「じゃあな、リリ――」テレジオンさんがリリィに別れを告げようとした その時。
ガァンッ 、となにかが爆ける音がした。
音の方へ振り向くと、ぼくの背後でアルファが 遠くの人影に構えながら片膝をついていた。
どうやら腕を負傷したらしく、「ぐ…ううむ、」とうめくアルファの足元に数滴、血が滴っている。
「アルファ!!」
「しくじったのう…ハーヴェロイの籠手は熱に弱い」
わずかに残る 焼け焦げた匂い越しに、俯いていた襲撃者の蒼髪がゆらりと揺れる。
「翼を よこせ」
「…シャルヴィスさん!?」
そこには石の港で 僕とハーニャを助け出してくれた恩人の姿があった。
「翼を よこせ」
シャルヴィスさんは再びそう言い放つと、今度は勢いよく走り出し突っ込んできた。
すぐにアルファが応戦する。
ぼくも急いで奮唄を歌おうとするけれど、唄の力が現れるまでには少し時間がかかる。詠唱の間にも次々と繰り出される弾丸を薙ぎ払うアルファの額にはあぶら汗が浮かんでいった。
払い返した一発の弾へ追撃が二発打ち込まれ、三発の弾丸がアルファを襲う。
唄の加護が間に合ってそれを弾ききったけれど、アルファの動きが一瞬止まる。
シャルヴィスさんは それを逃さなかった。
加護を受けて肉体を強化されたはずのアルファが、数撃の蹴りを受けたのち 向かいの壁まで吹っ飛ぶ。
銃口がこちらに向けられる。港で出会った時とはまるで別人のように ぎらつくまなざしに、とっさに縮こまって目をつぶる。
しかし痛みがやってくることはなく、聞こえてきたのは発砲音と同時に鳴り響く、甲高い金属音だった。
おそるおそる目を開けると、目の前には辻風の神都の紋章を背にかかげる 鎧の騎士。
「――じいや!!」
「どうやら間一髪、間に合った様ですな。加勢いたしますぞ、坊っちゃま!」
煤埃が 緊迫した面持ちで辺りを撫で走っていく。
シャルヴィスさんを囲んだ兵士たちの鎧は鈍色にひかり、まとわりつく煤埃たちを引っ張りちぎるように、構えた剣が固唾を飲む。
シャルヴィスさんは辺りを一瞥したあと、
「多勢に無勢か、已むを得ない」
ぼそりと そう呟いて たかく飛び上がり兵士たちから距離をおくと、あっという間に門の外へと走りさってしまった。
第五節
アルファの傷の手当てをし、リリィ達と改めてお別れをした後、ぼくらはようやく再会の喜びを分かち合った。
「ご無事で何よりです、坊っちゃま」
「じいやこそ!」
喜びでかけ寄ったのもつかの間、ぼくはじいやの後ろに居た人物に目を丸くした。
でっぷり太った隻眼の鳥人が"どうだ"と言わんばかりにふんぞり返っている。
「な、なんでバーディンが一緒にいるの!?」
思わず叫ぶぼくに、じいやは少しだけ眉根を寄せて口元へ手をやった。
「成り行きと申しましょうか……事情があり、同行を許しています。」
「キュワッ同行を許すだと!?冗談じゃねえぜ!オレサマだってなぁ、このジジイに捕まりさえしなけりゃあ……」
「ほう、捕まりさえしなければ?」
「い、いや、なんでもねぇぜ……」
プッとつばを吐きながら なにか悪態をつこうとしたバーディンを じいやが一瞥する。
そのまなざしに震え上がりながら語尾を弱めるバーディンを確認すると、じいやは ぼくに向き直って深々と頭をさげた。
「坊っちゃま、一つお頼み申したい事がございます」
「頼みたいこと?」
「成敗した賊とはいえ、この者達の協力なくして坊っちゃまとのクーベラでの早期合流 及び御身の守護は叶いませんでした。我らの船を襲った事に対する贖罪としてしまえば良いかとも思われますが、話を聞くと どうやらあの襲撃にも已むを得ぬ事情があった模様。つきましては一度、聖地への往路を外れ夕霧の海域への遠征をお許しいただければと」
「ジ、ジジイ~~~ッおまえ、もしかしてイイヤツなのか!?」
つぶらな瞳をこれでもかという程 うるうるとさせながらバーディンが叫ぶ。
イザベラは「季節的にガイドの確保は早い方が良い」と少しだけ反対をしたけれど、じいやは以前兄を連れて聖地に赴いたことがあるのでガイドを買って出てくれ、ハーニャも導唄で占いをしてくれた。
「…夕霧の…導きに……真を…得たり」
「決まりじゃの」アルファが腕の包帯を優しくさすりながらうなずいた。
「思いがけず早く この間の約束が果たせそうね」
「あの歌姫は健在かのう」
グレイスとアルファが口々に期待感を口にする。
それを聞いていたバーディンが、まるで苦虫を噛み潰すように羽毛を震わせた。
「……ああ、生きては いるぜ」
「あいつは今じゃもう、"歌えぬ歌姫"なんだがな」
第四章「鉄の街」 完
余禄
一般公開イラスト
おまけマンガ
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?