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第一章「蔦の島」

第一節

暗闇くらやみのなかにぎとった最初さいしょ記憶きおくは、香草こうそうかおり。
はな刺激しげきするのが海水かいすいではなく、空気くうきであることにづき、おもたいまぶたをゆっくりとちあげる。

――いきている。ゆめではないのだろうか。

ぼんやりとかすんでいた意識いしきがはっきりするころ視界しかいにとびんできたのは、っこのようなものでげられた天井てんじょうだった。

さきほどからの香草こうそうかおりをえば、見慣みなれない内装ないそう部屋へやのまんなかに、赤毛あかげおんなうし姿すがたがあった。
鼻歌はなうたまじりになにかをているおんな耳先みみさきながくとがり、ちらっとえるうなじや、しきりにうごかすうでは浅黒あさぐろい。
以前いぜん、じいやからいたことがある。みみなが種族しゅぞくは、エルフとばれる妖精ようせいぞくであることがおおい。彼女かのじょはエルフなのだろうか。

視線しせんかんじとったのか、ぬのずれのおときとったのか、ながみみがぴくりと ひとねすると、おんな鼻歌はなうたをやめぼくのほうへふりかえった。

「あっがついた!からだいたいところはない?」みどりひとみがぼくをとらえる。
「え、ああ、うん……きみ…あなたが、たすけてくださったんですか?」
「んー…たすけたっていうのかなぁ? 二日ふつかくらいまえにね、浜辺はまべにびしょぬれでたおれてたから、とりあえずいえにひっぱってきたの」だからちょっと生傷なまきずが…とごにょごにょ言葉ことばにごしながら、ばつがわるそうにする彼女かのじょ。そういえば、全身ぜんしんがなんだかむずがゆいかもしれない。

二日ふつかも…ありがとうございます」
「おれいなんていいっていいって!あと、ちょっとムズムズするから、できればかしこまらないでおはなししてほしいな〜」
「はい…いや、うん、わかったよ」そうこたえたところで、盛大せいだいにぼくのおなかる。
彼女かのじょ一瞬いっしゅんキョトンとしたかおせるが、すぐにまゆはちげ、はにかみながら「そうだよね、二日ふつかまずわずじゃおなかるよ〜」となべ様子ようする。
「そろそろちょうどえてそうだし、ごはんにしよう!」

***

その食事しょくじ質素しっそながらも風味ふうみゆたかなものだった。
いくつかの香草こうそう穀物こくもつとともに、小動物しょうどうぶつにくんだもの。彼女かのじょいわく、にはやさしく、なおかつ滋養じようのあるなべなのだそう。
一口ひとくちほおばるごとににくうまみと、さわやかな香草こうそうかぜ鼻腔びこうをぬけ喉元のどもとをうるおす。
あぶらすくないさっぱりとしたくちあたりは、二日ふつかあけのきっぱらにはたまらないごちそうだ。

食事しょくじをしながら、彼女かのじょやこのしまについてのいくつかのことをきく。
彼女かのじょ名前なまえはチコということ。
いま二人ふたりあにと、このしまらしていること。
彼女かのじょたちはエルフの亜種あしゅにあたるミリテスという種族しゅぞくで、魔力マギアあつかいより体力たいりょくけた、きわめて希少性きしょうせいたか種族しゅぞくであること。
むかしはもっと沢山たくさん仲間なかまがいたが、度々たびたび発生はっせいする疫病えきびょうにより人口じんこうがへり、現在げんざい彼女かのじょたち三人さんにんだけがのこっているのだということ。
彼女かのじょあかるい口調くちょうからはすこしもそんな雰囲気ふんいきはうかがえないけれど、きっといままでつらかっただろうな。
きながらくちふくむスープのしおに、ほんのりむねあつくなる。

「それにしても、ひさしぶりにおにいちゃんたち以外いがいひととおはなししたよ〜」そういわれてづく。
「そういえば、お昼時ひるどきなのにおにいさんたちをないね」
「あ!いまね、おにいちゃんたちはみなとほう日用品にちようひん仕入しいれにってるの!」
みなと?」
「うん!いしみなと!ここからなら片道かたみち六日むいかくらいかなー。かけたばっかりだから、当分とうぶんはあたし一人ひとりでお留守番るすばんなんだ〜」

いしみなと。そのみなとはぼくの、ぼくらのふね目的地もくてきちだった場所ばしょだ。
「ぼくもいしみなと途中とちゅうだったんだ」
「へえ、そうだったんだ!でも、なんでびしょぬれで浜辺はまべに?」
ってたふね海賊かいぞくにおそわれてね。しんじられないかもしれないけれど、あらしべるグリテスが船長せんちょうで、ふねからほうりだされたときそのままなみにのまれちゃったんだ」
「うわー、よくきてたね…!」
「きみがたすけれくれなきゃ、あぶなかったかも。本当ほんとうにありがとう」
「えへへー、いっぱい ありがとうわれてなんだかれちゃうね〜」チコはもじもじしながらさじくちはこび、かくしするようにめいいっぱいにくをほおばる。

「なんとか、はぐれた仲間なかま連絡れんらくれればいいんだけど…」
「そうゆうことなら、おにいちゃんたちかえってきたら相談そうだんするといいよ!このしまじゃむりだけど、みなとまでけば伝言屋でんごんやさんがいるって、おにいちゃんからいたことある!」
「おにいさんたちに迷惑めいわくかけるのはけるけど、そうだったらありがたいな」
「あたしからもおねがいするもん!おにいちゃんたちやさしいし、大丈夫だいじょうぶだよ〜」

それまではここになよと、カラッとした笑顔えがおでぼくをむかえてくれるチコ。
世話せわになるあいだだけでも、せいいっぱい恩返おんがえししよう。
中身なかみをのみほしたうつわすこしの名残なごりしさをかんじながら、ぼくはチコのもうをありがたくけた。

第二節

チコにお世話せわになりはじめてはや十日とおか

今日きょうがけちかくに自生じせいするモモイという植物しょくぶつの、採取さいしゅする手伝てつだいをしている。
モモイは普通ふつう植物しょくぶつにくらべ魔成器官フォルマンテ発達はったつしていて、魔素フォルマ豊富ほうふふくまれている。そしてモモイの魔素フォルマ吸収効率きゅうしゅうこうりつがとてもいらしい。だから、魔素フォルマ不足ふそくしがちなチコたちには必需品ひつじゅひんなのだとか。
おおくの魔成器官フォルマンテがあるぶん魔素フォルマ純度じゅんどたかい。けれどとても苦味にがみつよいので、チコは低純度ていじゅんどでもほうをよくべるらしい。

いつもの鼻歌はなうたうたいながら、チコは手際てぎわよく選定せんていしていく。

「いつもうたっているそのうたは、しまつたわっているもの?」
「うん!癒唄イオナっていうんだよー。ご先祖せんぞさまがね、エルフのひとたちからおしえてもらったものなんだって。魔力マギアひくいあたしたちうたってもあんまり効果こうかないんだけど、ちょっとした風邪かぜなんかにはそこらの薬草やくそうよりきくんだから!」

古代語こだいごだから歌詞かし意味いみはよくわからないんだけどね、と苦笑にがわらいしながら、今度こんどこともそえてうたいあげる。
なるほどたしかに、ぼくらのしまつたわる、あのけのうたとどことなくている。こちらはとおるというよりも、やわらかな毛布もうふのようにあたたかい旋律せんりつだ。
チコに癒唄イオナおしえてもらうわりに、ぼくもチコにけのうたおしえながら、採取さいしゅをつづけた。

***

そらが、わずかに朱色しゅいろびてきたころ。

「チコ、そいつ、だれだ?」

不意ふいにぼくら以外いがいひとこえがした。
びっくりしながらりかえると、そこにはチコとおなかみはだいろをしたおとこひとっていた。

「ルダにい!おかえりなさい!」

いつもあかるいチコだけど、あにかえりをるやいなや、いつも以上いじょう笑顔えがおがかがやく。

「このはねー、リィレっていうんだよ!」
「リィレです。チコには大変たいへん世話せわになっています」
あらし翌日よくじつにね、浜辺はまべたおれてたのを、あたしがたすけたの!」
「チコ、リィレ、お世話せわ人助ひとだすけか。チコ、えらい」そういいながら、ルダにいばれたそのひとはチコのあたまやさしくなでる。
「えへへー、ルダにいめてもらっちゃった〜」
「チコ、元気げんき。おれ、安心あんしん
「あたしもルダにいかえってきて安心あんしん〜」

「おれ、ルダ。リィレ、あらしたすかる、とても強運きょううんからだ無事ぶじ、よかった」
チコからきなおってぼくに微笑ほほえみかけてくれるルダさん。片言かたこともあいまってほんのり無骨ぶこつ印象いんしょうがあるけれど、チコがいうとおり、やさしそうなおにいさんだ。

「そういえばアルにいは?一緒いっしょじゃないの?」
「アル、いえでチコ、ってる。おれ、晩飯ばんめしり。ついで、チコ、さがす」
いえにいるんだね!こーしちゃいられないよ、はやこっリィレ!アルにいにも紹介しょうかいしたげるっ」
「わ、ちょ、ひっぱらないでチコ!わかったから!」そでをひっぱられ体勢たいせいをくずしかける。
みとどまったあしを、そのままいそいでっぱられるほうへとしだして、ぼくらはそのをあとにする。
なが気味ぎみりかえると、ルダさんがちいさくっているのがえた。

第三節

かけあしいえもどると、ちょうどなべのむこうに、ぞらのような髪色かみいろおとこひとが、あぐらをかいてすわっていた。

「アルにい!おかえりなさい!」

屈託くったくのない笑顔えがおでそういうと、チコはアルにいんだひとのもとへとかける。

「おうおうチコや、今日きょうあまさず元気げんきじゃのう」
今回こんかいかえってくるのはやかったね!」
舟道ふなみちおしえるためにルダをともにしていたけえの。しかしあれじゃのう、やはりけやはこびの人手ひとでおおいにかぎるわい」アルにいばれたひとは、すこしうえをきながらしみじみとをとじる。

「いいなあ...あたしもいつかみなとにいきたいなー」
「もーうすこきがてきたられてってやるわい。いま土産みやげ我慢がまんじゃな、ほれ」いいながら、チコの手首てくび腕輪うでわをまく。しろはなのような装飾そうしょくをあしらった、かわいらしい腕輪うでわだ。
「おみやげ!わー!キレイな腕輪うでわ!ありがとうアルにい!」
「はっはっは、これはさきながいかのう」

「して、なぁだれじゃい」
すこをおいて、いくらか温度おんどのさがった声色こわいろともにこちらに視線しせんがむけられる。すこ背筋せすじがぴりっとする。

「このはリィレ!何日なんにちまえあらしのあとにね、浜辺はまべたおれてたのをあたしがたすけたんだ〜」
「ほぉ、チコの客人きゃくじんじゃったか」すこしだけ、声色こわいろあたたかみをりもどす。
「このしまには来客らいきゃくなど滅多めったゆえ、つい警戒けいかいしてしまったわい。すまぬのう」
「いえ、おになさらず…」
そういえば、となにかをおもいだすようにつぶやいたアルファさんはふたたびチコにかおをむけてく。

採取さいしゅ仕事しごと成果せいかたのかの」
「あっっいけない、わすれてた!はい、これ!いわれてたモモイのっぱと!」いきおいよくカゴをすチコ。
「うむ、れいうぞ...おや、ほうすこりんかの?」
「そうかな?すこしってどれくらい?」
「そうさな、この重量じゅうりょうなら、みのりのいのをあと三房みふさほどかのう」
「あとみっつね!わかった!そのくらいならすぐってきちゃうんだから!」いうやいなやいえしていくチコ。ニコニコしながらそれを見送みおくると、アルファさんはぼくのほうきなおって挨拶あいさつをした。

あらためて名乗なのろう、わぁはアルファじゃ」
「アルファさん…ぼくは、リィレといいます。チコには大変たいへん世話せわになっています」
「さんけなどこそばゆいのう、わぁこともアルファとててくれてかまわん」
「じ、じゃあ、アルファ…よろしくおねがいします」
敬語けいごもこそばゆいが…まあいまはええか。おう、よろしゅうのう」

かるいおじぎをすると、しだされたをにぎりかえあらためてアルファさんをみる。
つきのわるさで最初さいしょこわ印象いんしょうをうけたけど、さくで裏表うらおもてがなさそうなひとだ。
こそばゆい、というのはよくからないけれど、れくさそうにしていたからチコとおなじことをっていたのだとおもう。

「チコにはアルあにばれてましたけど、アルファさ…アルファはチコたちのおにいさんなんですか?」
「いや、チコらはわぁまごじゃの」
まご!?」
「とうんは冗談じょうだんじゃい」

「だがまあ、家族かぞくみたいなもんじゃの。親友しんゆうわす形見がたみじゃ」どうやら、のつながらない家族かぞくということらしい。
わす形見がたみ…あの、お世話せわになってるあいだにチコからむらのことをいたのですが、やっぱり?」
「そうじゃの、元々もともとかずりつつあったが、数年すうねんまえ疫病えきびょう流行りゅうこうおりおきりょうていたわぁ三人さんにんのぞき、全滅ぜんめつじゃ」

すこしのをおいてアルファはつづいてかたる。
「いくつかのくすりためしたが、しまにあるくすりたぐいのものでもなくてのう…さいわひとからひとへはうつらなんだが、なんの前触まえぶれもなく発症はっしょうし、わずか数刻すうこくのうちに衰弱すいじゃくしてしまう奇病きびょうでの。むら全体ぜんたい発生はっせいしたのはアレがはじめてじゃったが、結局けっきょく原因げんいんわからずいまいたっておる」
本当ほんとうに、なんの前触まえぶれもなく?」
嗚呼あぁ、いつもどおりじゃったな。あさいちにぎわい、ひるみなりだの採取さいしゅだのにいそしみ、よるもいつもどおりにしずまり…けのりょうかけるまでも、なにわったことはなかったのう」

「アルにいー!ってきたよ!」
アルファの沈黙ちんもくのあとに、チコが元気げんきよくいえへところがりこんできた。チコのには三房さんふさのモモイのと、闇夜やみよほしをとじめたように、きらりとかがやいしのかけらがあった。

「おお、宵闇鉱よいやみこうってきたんけぇ」
「うん!ちょっとおくほうりにったらね、洞窟どうくつみつけて、そこにいっぱいあったよ!」
「ほう?おくほうには絶壁ぜっぺきるのみのはずじゃがな…チコがっていたあらしいわくずれでもしたのかのう」
「そうかも!あたしもあっちにはくけど、洞窟どうくつなんていままでたことないし」
「しばらくはまたくずれないか様子ようすじゃな。ねんためわぁ安全あんぜん確認かくにんするまではちかづかんようにの」
「はーい!あそこ景色けしきかったからちょっと残念ざんねんだけど、しょーがないね」元気げんき返事へんじのあと、チコがちょっぴりうなだれる。

「ともあれ安全あんぜん確認かくにんできれば、当分とうぶんあいだ宵闇鉱よいやみこう不足ふそく心配しんぱいはせんでもよかろう、お手柄てがらじゃな」
チコのあたまをなでるアルファ。チコは満足まんぞくそうにしている。
宵闇鉱よいやみこうは、なに使つかうものなのですか?」
おもには交易品こうえきひんとしてじゃが、それ以外いがいでは夜間やかんあかりとしての利用りようじゃな。そのままではほしあか程度ていどあかるさじゃが、モモイをせんじたえきなかほうんでやれば、ほれ、このとおりじゃ」

そういいながらアルファはたなのほうから小瓶こびんしてきて、チコのってきた宵闇鉱よいやみこうをつめる。なかえきにひたされた宵闇鉱よいやみこうは、まるでランプのともるようにひかりはなちはじめた。

魔素フォルマ反応はんのうしてひかいしなんですね」
「おお、あまおどろかんのだのう。みなと連中れんちゅうにはおおウケなんじゃが」
「ぼくのしまでも、ふもとのほうではひかいしあかりがわりにしているんです。ぼくらのとこの光石こうせき日中にっちゅう太陽たいようひかりたくわえるものでしたが、魔力マギアそそことでも多少たしょうひからせることができたんです。こちらの鉱石こうせきのほうが、いくらかあかるいし便利べんりそうですけどね」
「そういえば、原理げんりについてはふかかんがえたことがなかったのう。こやつも何処どこかからひかりたぐいのモノなんじゃろうか」

「ぼくがみるかぎりでは、この発光はっこうのしかたは、魔素フォルマ吸収きゅうしゅう反応はんのうだとおもいます」いながら小瓶こびんをゆずりけ、ちょぽ、とらす。
びんれたらつよくかがやくのは、モモイえき魔素フォルマっているからではないでしょうか?」
成程なるほど、おぬし見目みめおさなさのわりさといのう」
辻風つじかぜたみは、ふつうのひとにくらべていし魔力マギアのあつかいにけているんです。ながくいしせっしている歴史れきしがあるからこその推測すいそくで、ぼくが特別とくべつかしこいわけでは…」なんだかれくさい気持きもちになり、しどろもどろする。
「そういうもんかのう。歴史れきしもとづくものだとしても、わぁらからすれば価値かち知見ちけんじゃ。ほこってよいとおもうぞ?」とアルファはをほそめてわらってくれた。

***

ばんごはんはいつもよりにぎやかで、一層いっそうたのしいものだった。
おおきめの草食そうしょく動物どうぶつをすぐにさばいてつくったしおきに、備蓄びちく乾燥かんそう果実かじつでつくったサラダという料理りょうりにく一切いっさいくさみがなく、肉汁にくじるのうまみと ほどよいしおっけがくちなかざりう。ぼくしまではなま野菜やさいべる機会きかいすくなかったので、サラダのほうれないあじだったけれど、乾燥かんそう果実かじつむたびに奥深おくぶかあまみをかんじて面白おもしろい。
「そういえば、リィレは何族なにぞくたるのかの」ふいにアルファにかれる。
「あ!あたしもそれになってたー!人族アウリンっぽいのにはねえた種族しゅぞく?って、アルにいのおみやげばなしにもてきたことないよね。なん種族しゅぞくなのー?」
「リィレ、片翼へんよく怪我けがか?」二人ふたり口々くちぐち疑問ぎもんをなげてくるので、直前ちょくぜんにほおばったしおきをみながらこたえる。
「ぼくら自体じたいはただのアウリンですよ。ただ、退魔たいまかみ『クイン・アルヴァ』をとしているという伝承でんしょうがあって、たまにこうしてつばさつものがうまれるんです。片翼へんよくなのは、もう片方かたほうつばさあにっていて…」そうつたえたところで、アルファは食事しょくじをのどにまらせてしまった。
しばらくゲホゲホとんでいたけど、「ほおお、退魔の神クイン・アルヴァか!あのかみたしか、悪華禍ロゼドデモニ退しりぞけた救世神きゅうせいしんでもろう?つたえが本物ほんものなら神族しんぞく末裔まつえいじゃ!こいつはすごい!わぁらはかみ末裔まつえい食事しょくじともにしていることになるのぉ!こと長生ながいきはするもんじゃ!」せきちつくやいなやをきらきらさせてまくしたてる。

「あはは、アルにい大興奮だいこうふんだね〜〜」
「アルファ、よろこかた、お年寄としより」
「なにおう、わぁなぁらの父親ちちおやよりは…」いいかけるがすぐに思案顔しあんがおになり、「いや…ほんの一回ひとまわ年寄としよりじゃな……」納得なっとくしてしまったアルファをみてまたくすくすとがる二人ふたり

「さっき ちょっとってたけど、リィレにもおにいちゃんがいるんだね~」サラダをくちはこびながらチコが興味津々きょうみしんしんといったふうに、「ねえねえ、リィレのおにいちゃんってどんなひと?」といてくる。
「…じつちいさいころにはなばなれになってしまって、よくおぼえてはいないんだ。ただ、やさしいあにだったことはおぼえてる」っていたうつわ視線しせんうつし、「今回こんかいたびは、成人せいじんとして朝焼あさやけの聖地せいちかうものではあるけれど、同時どうじに、あにははさがたびでもあるんだ」

「「リィレ!!」」突然とつぜん、チコとアルファが大声おおごえす。
「おにいちゃんとおかあさんとはなばなれなんてかなしすぎるよ!さみしかったよねええ」「健気けなげじゃのう、健気けなげじゃあ!わぁはこのはなしよわい…ええいもっとえ!いっぱいっておおきくなった姿すがた二人ふたりせてやるんじゃあ!」さきほどまでニコニコしていた二人ふたり号泣ごうきゅうしながらめよってくるので、おどろいで反射的はんしゃてきく。
「チコ、アルファ、リィレおどろく、すこく」二人ふたりをなだめながら、「リィレ、すまない。おれたち、家族かぞくはなし、とても大事だいじ」とたどたどしくルダさんが説明せつめいをする。

「おう…ついかんきわまって、おどろかせてまなんだ」つづけてアルファもそういいながらじりをぬぐう。
家族かぞくとの離別りべつくと、つい此奴こやつらのおやかさなってしまってのう…わぁらにとって家族かぞくとはなににもがたたからじゃけえ」
「あたしたちに出来できることなんてすくないかもしれないけど、出来できることはなんでも手伝つだっちゃうからね!」
「そのとおりじゃ、物資ぶっしでも知恵ちえでも、なんでも相談そうだんせい」
「おれたち、リィレ、やくつ。沢山たくさんたよる」

「チコ…アルファ…ルダさんも…」むねあつさととも名前なまえをかみしめると、
「リィレ、おれも、さんけしない、うれしい」ルダさんがすぐにかえし、
「そうじゃてそうじゃて、水臭みずくさいのはしじゃしじゃ」
「ルダにい仲間なかまはずれはイヤだもんね~」二人ふたり口々くちぐちあとった。
このあかるくちいさなうたげは、つきのぼりきるまでつづいた。

第四節

そとがうっすらとあかるさをもどしたころ。
ふいにうめきごえのようなものがこえたがして、ゆかからがる。

おおきなからうようにしてできているこのいえは、してひろくはないが特別とくべつせまいわけでもない。
わずかにこえるいきづかいのするほうへくびると、反対側はんたいがわ壁際かべぎわ宵闇鉱よいやみこうあかりのすぐかたわらにアルファとルダのかげえた。

「なにかあったのですか?」とまぶたをこすりながらくと、「おお、こしてしまったか」となんだか強張こわばったこえでアルファがかえった。

とてもいやな空気くうきかんじてそちらにちかづくと、そこにはくるしむチコがいた。宵闇鉱よいやみこうあかりにらされたそのかおさおいていて、ひゅ、ひゅ、とのどらしてしきりにくびうごかしている。

「…昨日きのう疫病えきびょうはなしをしたのはおぼえておろう?」ひきつった笑顔えがおのままのアルファからこえふるえをおびたままつづく。「発病はつびょうじゃ。チコはもなくいのちとす」

いのちをおとす。現実味げんじつみのない言葉ことばがあたまのなかをぐるぐるまわる。

チコかんでしまう?なにかの間違まちがいではないのか。だって。だって、昨日きのうはあんなに元気げんきだったじゃないか。

「ほんとに、びょうき、なんですか」
「…何千なんぜんとこの症状びょうきてきたんじゃ、間違まちがえるはずい…」
「…ぼくらになにか出来できることは」
「あったら無様ぶざまくしてなどおらぬ」
「でも、もしかしたら」いいかけた言葉ことばを「くどい!」とするど怒声どせいさえぎる。沈黙ちんもくのあと、「…いや、すまん」と背中せなかしにちいさくしぼされたこえつかれをびていた。

無慈悲むじひ時間じかんながれていく。本当ほんとうていることしかできないのだろうか。ぼくらの無力むりょくさが、刻々こくこく空気くうきうばっていく。

ふと、ぼくの背中せなかはねがわずかにさむさをかんふるえた。このしまてから一度いちどだってかんじなかった違和感いわかん。チコのからだからかんじる魔素フォルマが、しんじられないほどにすくないのだ。さらには徐々じょじょにではあるが、アルファやルダのからだからも魔素フォルマっているようにかんじる。
つむがれたいとのような魔素フォルマながれをっていくと、くらがりのなかまたた星々ほしぼしひかりあつめたように、その鉱石こうせき爛々らんらんわらっていた。

「アルファ、ぼく、病気びょうき原因げんいん、わかったかもしれません」
「…なんじゃと」
細々ほそぼそとだけれど、そこの宵闇鉱よいやみこうに、アルファやルダの魔素フォルマられています。チコからはほとんど魔素フォルマかんじられないし、もしかしたら、劫喰ガトラが、きているのかも」

劫喰ガトラなんじゃい、そやつは」
滅多めったこるものではないのです」そう、ぼくだってはじめてるものだから、たしかなことはいえない。「ですが…まえにじいやからおしえてもらいました。ながく魔素フォルマ不足ふそくがつづいた生物せいぶつ鉱物こうぶつのなかには、手当てあたり次第しだいちかくのものからいとることで、おのれ魔素フォルマたそうとするものがることがあると…。それをぼくらは劫喰ガトラんでいます。」一呼吸ひとこきゅうおいて、「チコがいうにはこれをった洞窟どうくつには、大量たいりょう宵闇鉱よいやみこうがあって…しかも洞窟どうくつながらくまっていた」ぼくの言葉ことばにアルファはハッとする。
「…成程なるほどそうことか、彼奴きゃつめ、モモイの魔素フォルマだけではらなんだか…!」いきおいよくあかりのほうをにらみつけ、「ではこの宵闇鉱よいやみこうとおざければ…!」ばしかけたをルダがつかむ。
「アルファ、チコ、もう限界げんかい宵闇鉱よいやみこうはなしても、チコの魔素フォルマもどらない…」つよにぎりしめながら、くちびるをかんでをそらす。「宵闇鉱よいやみこうれる、アルファも危険きけん…」
「なんとことよ…ようやく、やまいもとせたかもしれぬのに…」
よこたわるチコの呼吸こきゅうが、徐々じょじょにほそくあさくなっていく。さきほどの言葉ことば現実味げんじつみびていく。いのちのほどけるおとがする。
いますぐチコに、大量たいりょう魔素フォルマ
おくらなければ。なにか、なにか方法ほうほうはないのか。かんがえろ。かんがえろ。かんがえろ。

ふいにとなりから、きなれた旋律せんりつがした。
その涙声なみだごえは、ふるえてほとんどうたていをなしていなかったけれど、チコのにぎり、かおゆがめながらアルファが癒唄イオナをしぼりだしていた。
いくばくかのののち、ルダもそれにつらなり、粛々しゅくしゅくうたいだす。

そうか、うただ。いやしのうた
チコはうたっても風邪かぜなお程度ていどだといっていたけれど、ぼくがいれば、あるいは。
モモイのもたくさんつかって、ぼくも一緒いっしょうたえば。

いそいでたなちかくのかごからモモイのつかみとる。
おどろくアルファたちをにせずに、おおきくくちをあけ、いきおいよくをほおばる。
さるよう苦味にがみ旨味うまみなにもない、ただぐに口内こうない蹂躙じゅうりんしていく苦味にがみだ。あまりの不味まずさにいきまらせる。しそうになる。けど、これで、チコが、たすかるなら。

ぼくは絶対ぜったいに、んでみせる。

ひとつかみ。ふたつかみ。みつかみ。
奥歯おくばですりつぶすたびに魔素フォルマあふれるのをかんじた。何度なんど何度なんども、なが魔素フォルマのどおくめる。背中せなかがあつい。つばさが、はね一本いっぽん一本いっぽんがざわめく。

つばさいたむほどに魔素フォルマをたくわえて、ぼくはチコのひたいをあてる。
たしか、うたはじめは――。

空気くうきふるえ、突風とっぷうつ。あたりがやわらかなひかりでみちていく。
魔力マギアが、いやしのちからが、しまのすべてをつつんでゆく。

朝日あさひうように、いのりをとどけるように。


第五節

チコをいやしてから数日すうじつ。ぼくたちはおおきな洞窟どうくつまえにやってきた。
チコはなんとか一命いちめいめて、いまからだやすませている。笑顔えがお食事しょくじをとれるところまで回復かいふくしたが、直前ちょくぜんまで魔素フォルマってしまっていたせいか、うごけるようになるにはもうすこ時間じかん必要ひつようそうだった。

「これは...なんともおびただしいりょう宵闇鉱よいやみこうじゃのう」
宵闇鉱よいやみこう沢山たくさん口々くちぐち感想かんそうをもらす二人ふたり
真昼まひるであるにもかかわらず、あた一面いちめん満点まんてん星空ほしぞらのようにかがやき、大小だいしょうさまざまなひかりつぶが、洞窟どうくつなかをきらきらとおどりまわっていた。

「チコがってきた鉱石こうせきおな洞窟どうくつのものなのに、この宵闇鉱よいやみこうたちは、劫喰ガトラこしていないようですね…」つばさからなにかんじないのを不思議ふしぎおもい、鉱石こうせきのひとつをゆびおそおそるつついてみる。

「それについては、わぁおもうにリィレ。なぁ御業みわざ恩恵おんけいであろう」
「ぼく、ですか?」
なぁうたいながらかんじんかったか?癒唄イオナちからしまつつんでゆく感覚かんかくを」
「ええ、たしかに、ちからがずっとこうのうみまであふれるかんじは、しましたね…」
実際じっさいあふれておったからのう」アルファはまた興奮こうふん気味ぎみに、「魔力マギアうとわぁらでもかんれるほどのちから。これがかみ末裔まつえいちからか…!とふるえるおもいじゃったわい」
「アルファ、実際じっさいふるえてた」よこからルダがふかくうなずく。

「あれだけの魔力マギア放出ほうしゅつしたんじゃ、このしま一体いったい魔素フォルマ不足ぶそくになっていたものは、粗方あらかたたされたのではなかろうかのう」いいながらいそいそと採掘さいくつ道具どうぐふくろからす。「あらためて、これだけあれば当分とうぶん交易品こうえきひんこまらんのう、いやまこと有難ありがたい」
「えぇ、劫喰ガトラこす鉱石こうせきなのに、かわらず交易こうえき使つかうんですか!?」おもわずいてしまうが、アルファは飄々ひょうひょうと、
「なに、劫喰ガトラとやらは余程よほど魔素フォルマえとらんとこらんのじゃろ、ならば仕組しくみを説明せつめいしたうえで『毎晩まいばんモモイえきえよ』とねんせば問題もんだいなかろうて。どく使つかよううしのう、長年ながねんなやまされたやまいではあったが、原因げんいんわかってしまえばこっちのもんじゃい!」
「はぁ…そういうものですか」
宵闇鉱よいやみこういままでのツケ、はらわせる」そういうとルダもせっせと鉱石こうせきはじめる。
「なんだか たくましいなぁ…」つぶやいていると「ほれほれ、リィレも一仕事ひとしごとせんかい」とうながされたので、うーんとうなりながらも採掘さいくつ道具どうぐった。

***

「ついにリィレもこのしまはなれちゃうんだねー…ううー、さみしいなぁ…」あれからすっかり元気げんきもどしたチコが残念ざんねんそうにつぶやく。

結構けっこうながいあいだこのしまにお世話せわになっていたものね。ぼくもちょっとさびしいかも」
「おお?じゃあこのままこのしまらすか?わぁ大歓迎だいかんげいじゃぞ」
「それはさすがに…じいやが心配しんぱいしているとおもうし、ぼくにはやらなきゃいけないことがあるから」
「リィレ、あにははさがす、ってた」
「そうだよね!リィレはおにいさんとおかあさんをさがしてるんだもん…!さみしくてもちゃんとおくってあげなきゃ!」いつかの夕飯ゆうはんときはなした、たび本当ほんとう目的もくてきすこ予定よていおくれてしまったけれど、ようやくせるんだ。

ずはいしみなといたら伝言屋でんごんやじゃな。はぐれたじいやとやら、ちかくにればばやいんじゃがのう…」
ちかくのうみさがしているかもしれないけれど、あれから ふたつきってしまったし、ふねには余分よぶん備蓄びちく余裕よゆうもなかったから、一度いちどしまかえってるかもしれません…」じいやはぼくら兄弟きょうだいのこととなると自分じぶんすようなひとだったから、いらない負担ふたんをかけていないか心配しんぱいだ。

「ではみなといたら、伝言屋でんごんやくわえて手紙屋てがみやにもあしはこぶかのう。とりあえずなぁ故郷こきょうへ、なぁ無事ぶじであるらせと、あとはなんだ、ミリテスのおともけたのでたびつづける、とかかのう?」くびをかしげるアルファにくびをかしげかえす。
「ミリテスのおとも?あの、みなとおくってくれるだけじゃあ…」かえすと、

あー、それなんじゃがな、とアルファはあたまきながらはなしりだす。
みなとまでおくるだけじゃあわぁまんきに、わぁなぁたびいてぇこうとおもう」
「えっ、それは とってもありがたいです、けど...いいの?」
おどろいてまたかえすと、よいよい、とをひらひらさせながらアルファはつづける。
さいわい、良質りょうしつ宵闇鉱よいやみこう大量たいりょうはいったんじゃ。多少たしょう手間てまはかかるが、モモイははちでの栽培さいばい出来できるしのう、このふたつをりさばいてあるけば多少たしょう長旅ながたび支障ししょうはなかろうて」大量たいりょうせながら、「まえにもうたが、チコらはわぁ家族かぞくじゃ。家族かぞくいのちすくうてもらったとあらば、それ相応そうおうれいくさんとのう」

「モモイの節約せつやくと、まんいちこのしまじいたずねてきたときのために、チコとルダには留守番るすばんをしてもらうが、まあ、わぁれば千人力せんにんりきじゃ。大船おおぶねったつもりでおれ!」にかっとアルファがわらい、ルダはそれにつづくようにゆっくりとうなずく。
留守るすまかされた。おれ、チコまもる。リィレ、心配しんぱいらない」
「もしおじいちゃんがしまにきたら、ちゃんとリィレのことつたえるからね!」チコも意気揚々いきようよう右手みぎりあげた。

悠然ゆうぜんたたむルダと、元気げんきいっぱいにうでまわすチコ。正反対せいはんたい二人ふたりおくられながら、ぼくとアルファはしまった。目指めざすは第一だいいち目的地もくてきちいしみなと…。

第一章だいいっしょうつたしま」 かん

余録

一般公開イラスト

画像2


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