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宇多田ヒカルの作詞とスティーブン・キングの言葉

The most important things are the hardest things to say. 
最も重要なことは、言うのが最も難しい

(Sptephen King / スティーブン・キング)

 宇多田ヒカルさんは「EIGHT-JAM」(テレビ朝日系)に出演した際、米国人作家スティーブン・キング氏の言葉を引用して、作詞の難しさを語りました。

 「歌詞が表現する物語、テーマにおいて、ほとんど言い切った気がするのに、まだ何行か完成していない最後の部分がある。単に言葉数を埋めるわけにもいかず、大事なこと、意味があることを絞り出したい。でも難しい。諦めないでずっと考えた挙句に、『わっ、そうか!!』と思える、自分でも全く予想していなかった発見、発想の転換が出てくる」(宇多田ヒカルさん)

 宇多田ヒカルさんが引用したスティーブン・キング氏の言葉は、映画『スタンド・バイ・ミー』(原題: Stand by Me)の原作『スタンド・バイ・ミー - 秋の目覚め -』(原題: The Body、作: スティーブン・キング(Sptephen King))の冒頭に登場します。

 次のように続きます。

 …because words diminish them -- words shrink things that seemed limitless when they were in your head to no more than living size when they're brought out. 
なぜならば、言葉はものごとを縮小させてしまい、頭の中で考えているときには無限に思えることでも、いざ口にだしてしまうと実物大のひろがりしかなくなってしまうからだ

『スタンド・バイ・ミー - 秋の目覚め -』(スティーブン・キング著、山田順子訳)

[語註]

diminish 少なく[小さく]する

shrink 〔サイズを〕縮ませる

bring out 〔言葉を〕発する、しゃべらせる

 中編小説『スタンド・バイ・ミー』において、最も重要なできごととは何だったのでしょうか。

 それは主人公のゴーディが、仲間と冒険の旅に出た翌朝早く、ひとり森の中で一頭の雌鹿と出会う体験です。映画の中にも登場する印象的なシーンです。

We looked at each other for a long time... I think it was a long time.
私と鹿は長いこと、じっと見つめあっていた……長い時間だったと思う。

『スタンド・バイ・ミー - 秋の目覚め -』(スティーブン・キング作、山田順子訳)

 ゴーディはこの感動的な体験を、共に旅をしていた友人達に話すことはありませんでした。でも、彼にとって雌鹿との出会いは、この小旅行での最高の部分であり、一番すがすがしい部分でした。

 そして、その後の人生で辛い事があるたびに、雌鹿と見つめあったあのひとときを思い返すようになります。

 ベトナム戦争で恐ろしい目に遭ったとき、息子が難病の可能性があると診断されたとき、母親が危篤状態となったとき。そういうとき主人公は、あの朝にもどっていて、あの雌鹿のことを考えているといいます。

it was a moment I found myself returning to, almost helplessly, when there was trouble in my life
ふと気が付くと、人生のトラブルに出会ったとき、ほとんどなすすべもなく、あのひとときに帰っている。

『スタンド・バイ・ミー - 秋の目覚め -』(スティーブン・キング作、山田順子訳)


[語註]

helplessly どうしようもなく、どうすることもできず

 この一節を読んでいて、写真家星野道夫さんの言葉を思い出しました。

子どもの頃に見た風景がずっと心の中に残ることがある。いつか大人になり、さまざまな人生の岐路に立った時、人の言葉でなく、いつか見た風景に励まされたり勇気を与えられたりすることがきっとあるような気がする。

『旅をする木』(星野道夫著) - ルース氷河より

 「風景に勇気づけられる」。日米の作家が、同じような表現を残していることに驚きます。主人公のゴーディは雌鹿に出会ったあの朝に励まされていたのです。

 諦めずに言葉を探し続けた星野道夫さん、そしてスティーブン・キング氏が同様の言葉の「発見」をしたのかもしません。

 たとえ難しくとも、言葉を探し続け、大切なことを伝え、多く読者や聴衆からの共感、共鳴、感動を呼ぶ作品を作り続ける作家やアーティストたち。彼らの創作活動への感謝と作品に向き合う真摯な姿勢に尊敬の念が堪えません。

(※)参考図書
・スタンド・バイ・ミー―恐怖の四季 秋冬編
 スティーヴン・キング著、山田順子訳
 

・The Body
 Stephen King著
 

・旅をする木
 星野道夫著
 

(※)参照リンク
・映画『スタンド・バイ・ミー』※
 

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