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短編小説『あの夜、4人の友達』


◇あらすじ

友達のアキラが自殺した。自殺の原因は不明。
ある夜、葬儀が行われる斎場で久しぶりに顔をあわせることとなったかつての高校時代の四人の男友達。彼ら四人は、斎場の喫煙ルームでアキラとの思い出話を語り合う。

(アキラの死の謎に関わっている人物がこの四人の中にいる…)


◇登場人物

・歩六(20)あゆむ、男、大学生。
・拓磨(20)たくま、男、大学生。
・真樹(20)ま  き、男、大学生。
・喜一(20)きいち、男、職業不詳。

・アキラ(享年20)故人。

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   あの夜、4人の友達



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友達のアキラが死んだ……。
ある夜、彼の葬儀の日。斎場の喫煙ルーム、そこにはかつての高校時代の三人の男友達が買って間もない新品の礼服をゆたっと身に纏い、タバコの白い煙を線香のようにかぼそく上げながら悲しんでいた。
歩六「一体どうしてなんだ……」
拓磨「未だに信じられねぇよなぁ……」
真樹「そうだな……あいつが、まさか自殺するなんて……」
 二十歳で死去したアキラの両親の耐えられない悲痛な叫びを背に、三人の男友達は溢れるやるせない気持ちを拳の中でグッと握りしめていた。あんなにも真面目で人の良いアキラのあまりにも突然で早すぎる死。家族も友達も、警察も、誰もが彼の自殺した原因が一体何なのかわからなかった。

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 斎場に一人の男が慌てて駆け込んできた。
ボサボサの髪、剃られていないままの髭、礼服のジャケットの後ろからはヨレヨレの白シャツがはみ出た生活感のないだらしない格好の男。
歩六「あ、喜一……」
拓磨「ほんとだ……あいつしばらく見ないうちにだいぶ変わったなぁ」
真樹「喜一って、確か高ニの時に引き篭りになった……あいつか」
 喜一は、アキラの死のことを知らされていなかったのだろう。荒れた息の上から涙がボロボロと止まらない。
 ジャケットの袖で涙をさっと強引に拭うと、三人のいる喫煙ルームの方へ向かってくる喜一…………三人と目が合った。

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 どんよりとした喫煙ルーム、タバコを吸う四人の男たち。
喜一は、顔を上げることなく、ただ溜息とタバコの煙を昇らせている。
歩六「なぁ喜一、大丈夫か?」
喜一「あぁ……まぁ」
 喜一は、未だにアキラの死を受け入れることが難しそうでいる。それは他の三人も同じ気持ちだ。
喜一「あいつなんで自殺なんてしたんだ? お前ら、アキラに一体何があったのか知らないのか?」
拓磨「いや、実は俺らも、親御さんも警察も誰も何もわかっていないんだ」
喜一「そうなのか……(アキラ、どうしてなんだ……)」
真樹「そういえば喜一、久しぶりに会ったな。確か高ニの五月以来か」
歩六「喜一、高ニに上がってから、急に学校来なくなっちゃったもんな。前はあんなに明るくてクラスの元気者だったのによ」
喜一「あぁ、そうだったな……俺、ずっと家に引き篭っていたからな」
拓磨「こんなこと今更聞くのもあれだが……何で急に学校来なくなっちゃったんだ?」
喜一「あの頃のこと、今更お前らに話してもな……」
歩六「何だよ、俺たち聞くぜ」
喜一「そうか……」
少しの間戸惑をみせていた喜一だが、みんなの顔を見ると訳を話し始めた。
喜一「……俺さ、みんなの前ではいつも明るく元気に振舞っていたんだけど、本当は真逆で、弱い人間でさ。いつしか俺に対するみんなの変な視線や陰口とか、そういうのが凄く気になってしまって……そうなったらなんだか人前に出るのが急に怖くなってしまったんだ……」
歩六「喜一にそんな事があったなんて全然知らなかったよ。多分他のやつも……なぁ?」
拓磨「俺、知らなかった」
真樹「俺も……」
再び溢れた涙をジャケットで素早く強引に拭う喜一。
拓磨「俺たちにその時話してくれていたらよかったのに……」
歩六「そうだよ、俺ら友達だろ?」
喜一は目を瞑って涙を抑え、黙って三回ほど頷いた。
喜一「……でも、その時はもう学校行けずに引き篭もっていたし、なかなかこういうことって自分で話すことも、理解してもらうことも難しいんだぜ……」
すると、喜一は再びジャケットの袖でシクシク目を抑えた。
歩六「ごめん、おい大丈夫か……」
喜一「すまん、つい思い出しちゃって…………いや、アキラがさ……俺が引き篭っていた間、あいつだけは心配して何度も家に来てくれたんだよ……あいつはこんな俺のことも忘れずにずっと側で気にかけてくれていてさ……」
 喜一の目から涙がボロボロ溢れ出して止まらない。三人は喜一の背中に手をそっと当て慰め続けた。

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しんみりとした喫煙ルーム、物思いにふけながらタバコを吸う四人の男たち。
歩六「もうこんな時間かぁ~腹も減ってきたな~」
 真樹がスマートフォンをカチャと起動し、ホーム画面内の時刻を確認する。そのホーム画面には真樹の好きなアクション映画の壁紙。
 その映画の壁紙をどこか懐かしむ様子で見つめる真樹。
歩六「どうした? 真樹」
真樹「いや、そういえばアキラはよく俺がオススメした映画をちゃんと全部見てくれて、見た感想まで教えてくれる良いやつだったなぁ~って思い出しちゃって……」
歩六「そういえば、真樹はよくアキラに自分のDVDコレクション貸していたよな」
喜一「あ、俺もアキラとそのDVD、家で一緒に見てた」
真樹「なーんだ、喜一も一緒に見てくれていたのか! 俺のオススメ映画は間違いなく面白かっただろ?」
喜一「うーん、まぁ俺は映画とかあんまわかんないからな……」
拓磨「去年も年間二百本映画見たのか?」
真樹「そりゃぁもちろん、当然だろ! 俺はいつも映画サイトに映画雑誌、それから映画評論家がラジオで紹介してる最新映画情報まで抜け目なくチェックしているし、自分のウォッチリストにも欠かさず書き込んでいるからな」
拓磨「おお! さすが映画ウォッチ超人!」
喜一「へぇ~そうなんだ」
真樹はバッグから一冊のノートを取り出すと、三人に中身を広げて見せびらかす。
真樹「ほら、これ見ろよ!」
 ノートの中身は見た映画の記録、これから見る予定の映画、独自の評論、そしてみんなにオススメしたい映画のリストがびっしり書き込まれている。
拓磨「おぉ! 凄えな!」
歩六「これほどの映画通の真樹がオススメするなら間違いないね!」
真樹「そうだろ~」
歩六「ちなみにアキラは何かオススメしていた映画とかってなかったの?」
真樹「ん……あぁ~何個か教えてもらってノートにメモしていたんだけど……」
 ノートをペラペラめくり、見た映画、これから見る予定の映画の項目を指で辿る。
真樹「あれ? なんだったっけかな…………」
とある映画の前で指が止まる。
【映画『愛すれど心さびしく』】 
「あ、これだ……(アキラのオススメ、まだ見てなかったな……)」

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しんみりとした喫煙ルーム、物思いにふけながらタバコを吸う四人の男たち。
さっきから沈黙が続いていたが、歩六が唐突に話を切り出した。
歩六「アキラってさ、彼女いたっけ?」
真樹「なんだよ、急に」
歩六「いや、なんとなく……いたのかな〜って」
真樹「さぁ~。でも、アキラって女子苦手だったし、いなかったんじゃないの?」
拓磨「いや、あいついたよ」
喜一「あ、俺も噂で聞いたことがある」
歩六・真樹「えっ! そうなの!」と互いに顔を見合わせた。
拓磨「彼女の写真見せてもらったこともあるよ」
真樹「えっ……可愛かったん?」
拓磨「うん、普通に」
歩六・真樹「へぇ~(そうなんだぁ……)」
拓磨「でも、去年の十二月に喧嘩してフラれたとか」
真樹「そうなんだ。もう別れちゃってたんだ……」
喜一「もしかして……自殺の原因って」
歩六「それはないだろ。だって今はもう夏だぜ。あれから半年以上も経っているじゃんか」
拓磨「俺もそれはないと思うな。前会った時、普通に元気にやっていたし、あいつも失恋なんかとっくに乗り越えたさ、きっと……」
 少ししんみりとした拓磨だったが、その後微笑むと語り始めた。
拓磨「実はお前らにはあんまし話してこなかったけど……」
他三人「???」
拓磨「恥ずかしい話、実はアキラには俺の恋愛相談をよく聞いてもらっていたんだ。初めて彼女ができた時も、初めて失恋した時も。でも、特に失恋した時は精神的にほんと辛くて……食べ物も喉を通らないくらい落ち込んでいた時は、あいつは暗くなるまでずっと側にいて慰めてくれてよ……」
歩六「あのアキラがね」
真樹「めちゃくちゃ良い奴じゃん!」
拓磨「そうなんだよ!おかげで俺は立ち直ることができて、次に進むこともできたし、本当にあの時アキラの存在には救われたな……」
四人のしんみりとした気持ちがより一層深く強まった。喜一はまた溢れだす涙をジャケットでぐっと強引に拭った。

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しんみりとした喫煙ルーム、物思いにふけながらタバコを吸う四人の男たち。
突然、喫煙ルームの前にコロコロと野球ボールが転がってきた。
歩六が気づいてボールに歩み寄る。「何でここにボールが?」
すると、廊下の向こうから六歳くらいの少年が「投げてー!」と声をあげた。
 歩六は仕方なくボールを手に取ると、スナップを利かせて軽く投げ返す。だが、ボールは少年の頭を通り越していく。「あっ……」
 喫煙ルームにトボトボ戻る歩六は、右肩を回して少し気にしている様子。
真樹「そっか歩六、高二の時に野球で肩壊したんだっけ……」
歩六「あぁ、投げすぎで無理しちゃってな……まぁ、コントーロールは元々悪い方だったけどな」
喜一「野球はもうやってないの?」
歩六「うん、野球はね……」
拓磨「昔からあんなに野球大好きだったのにな……」
歩六「うん……」
歩六は肩を軽く回しながら、天井の蛍光灯を仰ぐと、ずっと我慢していた目から涙を溢れさせた。
歩六「……俺、肩壊して好きな野球を辞めた時とか、正直何もやる気が起きなくなって……やりたいこともなくて……なんか、俺って何のために生きているんだろうな、ってなってよ……」
急にそう告白した歩六に対して、他三人はただ呆然だった。
歩六「でも……そんな時に、アキラについそのことをぶちまけたことがあって。そしたらあいつ、こう教えてくれたんだ……」
                 ×     ×

アキラ『じゃあさ、何でもいいから毎日何か一個今までにやった事のない新しい事をやってみようよ! 毎日一個新しいことをやり続けていれば、一年で三百六十五個も新しいワクワクが経験できるんだぜ! そのワクワクは歳を重ねても永遠に続いていくし、お前にとってそれは本当に素晴らしい人生に変わっていくと思うんだ……』

             ×     ×
歩六「あの時、アキラが側にいてくれて俺の気持ちを聞いてくれていなかったら、あんな言葉をかけてくれなかったら、今の俺は新しい一歩を踏み出すこともできずにいたし、もしかしたら、今頃俺は死んでいたかもしれないな…………」

場が一気静寂と化した。
おそらくこの場にいる四人全員が同じことを察し、遂には気づいてしまったのだろう…………。

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四人全員「(あいつには俺たちの気持ち、今まで何でも話してきたけど、俺たちはあいつの気持ちを聞こうともしていなかった……一度も……)」


                  (終)

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