トリックアート

いつものように呼び出される。そしてまた、待たされる。もう慣れてしまったのかもしれないとアイスコーヒーを飲んでる自分が少し嫌いになる。
いつものように、待ち合わせよりも早く来てるのはモーニングのピザトーストセットを食べたいからだ、と自分に言い聞かせる。
いつか、ここのウエイトレスにモーニングが美味しいから食べて欲しいと勧められてから食べるようになったがここまでハマるとは自分も思っていなかった。あいつの事を彼女は「レイコーさん」と呼ぶが、いつの間にか私の事を「もーにんぐさん」と言い出しかねないなと思うとふと口元が緩んでしまった。
そんな顔をあいつには見られたくないと思っていると、道路に面したガラス面の席に座っていた私とあいつの目が合う。彼は独特のニヤニヤ顔でこちらに手を振る。
もしかしたら先程の顔を見られたかもしれないと思うと少し気が重いが、アイスコーヒーを啜り、気持ちを切替える。
彼はいつものように私の向かいに座り、「またせたな。」とあのニヤニヤ顔を浮かべて私に話しかけた。そして「美味そうなもん食うてるやん。」と私を茶化すように言う。多分これは先程の顔を見らてたんだろうなと直感した。そして彼はウエイトレスに「レイコー1つ!」と伝えると「レイコーさんもたまにはほかの頼んでくださいよ。」とウエイトレスにメニューを渡された。
「いつも美味しそうやなぁと思うんやけど、目移りして決められへんねん。」といつもの独特の顔で言う。「じゃ、パンケーキなんかどうですか?それともモーニングとかどうです?ウチのモーニングのピザトーストは絶品ですよ!」等と矢継ぎ早にウエイトレスが勧めてくるのをのらりくらりとかわす。ウエイトレスは諦めたようにため息を着くとアイスコーヒーのみの注文を受けて下がっていく。
「いやぁ、今日はいつにも増して色々勧めてくるわ。」とニヤニヤとした表情で言う。
「たまにはなにか頼んでやればいいじゃないか。」と私が言うと、細い目をさらに細めて「ドイルの反応でお腹いっぱいなれるからええねん。」と気持ちの悪い返答が来た。
ドイルとは私のことで、彼はいつも私の事をこう呼ぶ。独特のニヤニヤ顔の男は亜賀佐といい、なんでも三流ライターだとかで、いつも私に変な話を話してはその反応で面白い記事になるかどうか判断してるそうだ。こちらとしてはいい迷惑である。(しかし、彼から聞いた話は私を刺激するのも確かなのだが。)
「早速やねんけど、って食べてるとこやもんなぁ。」と、彼は珍しく話を始めるのを渋る。
なんだ、らしくないな、と思い「もう食べ終わるし、話したらどうだ?」と彼の話を促した。「そうかぁ、じゃ、見せたいもんがあるんやけど」と、ジャケットの中に手を入れる。そして懐から出てきたのは茶封筒だった。
「これな、ある男性の彼女が写ってんねん。」と言い出した。どことなく歯切れが悪い話し出しだ。
「なんだ?いつもはもっと人を試すように話をするじゃないか?」と素直に質問してみた。「いや、まぁ、なんというかな。とりあえず見せる前にこれについて話すわ。」と茶封筒の中身について話し始めた。
「これな、知り合いに頼まれて預かったんやけど、さっきも言ったように持ち主の彼女が写ってるんよ。いや、写ってると言うのはこの写真の持ち主が言うだけで、どこにも写ってへんねん。」と、いつにも増しておかしな事を言う。「持ち主が写ってるって言うんだろ?じゃ写ってるんじゃないのか?」と言うと、「いや、見つからへんねん。何の変哲もない写真やねんけどな。女は写ってない。」と彼は言う。そして続け様に「ただな、なんか見てると気分が悪くなるというか、誰かに見られてるような、そんな変な感覚に陥んねん。」と彼は言う。
いつもの事だが彼は不思議な事を言う。そして、こういう時の彼の話はだいたいにして常軌を逸している。「そんな写真見せるのが、美味しいもん食べてる時にどうかな?と思ってな。」と気遣いしてくれたらしい。それなら遅れず来てくれる気遣いをして欲しいものだ。
「とりあえず、もう食べ終わるし、その写真見ない事には始まらないだろ?見せてくれよ。」と、私は促す。それもそうだなと言わんばかりの顔で彼は封筒から中身を取り出した。中身はハイキングの格好をした男が、おそらくどこかの山頂付近で撮ったであろう写真だった。
男の後ろに木の柵と青い空と白い雲が写っているがどことなくモヤがかかっているようにも見える。全体的にかかっている訳じゃなく部分部分でそう見える写真だ。
ただ、確かにどこにも女の姿はない。ここに彼女がいると言われても全く分からない、そんな写真だ。「特別不思議なところはないと思うが、確かに女性は写っていないな。」と彼に視線を戻すと、あの独特のニヤニヤ顔は消えていた。
「やろ?ただな、この写真の男。今と全然違うねん。」と、先程の封筒からもう1枚写真が出てくる。それは同じ人と言われなければ分からないほどやつれて細くなり、目の隈が酷く、無精髭など印象がかなり異なる風貌をしていた。
「え?これがさっきの写真の男って言いたいのか?」と、私は素直に聞く。「せやで。だいたい半年くらい前って聞いてるわ。」と真面目な顔で言う。「これやと、彼女がいてる言われても信じれんよな」と少しおどけた調子で言うがその顔はさっきと同じ調子だ。
「まぁ、心配せんでも彼は生きとる。少なくともこれを預けた人からはそう聞いてる。」と私の心配を汲み取るように彼は続けた。全く、こちらの反応をいちいち察してくる。
私は「しかし、こんなにも人が変わるもんなのか?いや、そもそも病気とかほかの可能性は?」と聞くと「あぁ、一応、体力は落ちてるけど、病気とかそんなんやないと聞いてるわ。」と彼はコーヒーに口をつけ、そして続けた。「この男な、さっきの写真撮ったあとに周りに彼女出来たと言うてたらしいわ。それでこの写真に写ってて笑ってる、ってな。」と彼は2枚目の写真を取って見つめる。
私はにわかに信じれなかった。よく聞く、幽霊に取り憑かれた人の話にも聞こえるが、そんな話が実際にあるとはとても信じれなかった。そして彼が「よく聞く、幽霊に取り憑かれた人の話みたいやな」とニヤニヤ顔で言う。またあの顔だ。私の心を覗くようにニヤニヤしてくるあの顔だ。私は居心地の悪さを感じ、そしてコーヒーに口をつけた。
私は何となく手元にあった1枚目のハイキングの写真を手に取った。もう一度見てみるがやはり女が写っている様子はない。ただ、見れば見るほど、なにか、こう見つめられてるような、そんな不思議で気味の悪い感じがする。そういえば、最初に亜賀佐がそんな事を言っていたなと思いながら目線を外した。
すると、聞きなれた声で「おかわりいりますか?」とウエイトレスが聞いてきた。気づけば私のコーヒーは無くなっていた。「あれ?なんの写真見てるんですか?お友達ですか?」と彼女が私からヒョイと写真を取り、そしてまじまじと見つめている。
すると、「これ、面白い写真ですね!トリックアートですか?」と私に返してきた。
「どういう事?」と私と亜賀佐の声が揃う。なんだか声が揃ったのが気持ち悪かった。「え?だってほら、これひっくり返したら女の人の顔が写ってるじゃありませんか?」と彼女が言う。私と亜賀佐は2人してその写真を逆さにして見てみた。
すると、先程見た時には気づかなかった、いや、もしかしたら気づいていたけど、脳が処理できていなかったのかもしれない。モヤや背景、雲等色んなところに顔のパーツが見える。それは写真いっぱいに映し出された女の顔だった。確かに笑っている。笑っているがなんとも不気味で、また歪んだ表情をしている。そして、恐ろしいのはこの顔を1度見てしまうともう背景に溶け込まず、ずっとはっきりと認識出来てしまう。
「あー、これは記事にできんわ。」と珍しく亜賀佐が言う。「こんな写真載せて事の顛末まで書いたら、被害者増えてまう。こんなもん、記事にならん。」と亜賀佐が頭を抱えていた。
そして、状況を飲み込めないウエイトレスは「ところで、おかわりどうしますか?」と聞いてきていた。彼女には我々の反応よりもおかわりの方が大事なようで、それがなぜがホッと出来た。
後日、亜賀佐から連絡が来た。この写真を預けた人物と連絡を取り、写真の男と一緒にお祓いに言ったそうだ。その際に一悶着あったそうだが、なぜが詳しくは教えてくれなかった。
そして「ドイル、悪いことは言わんからお祓い言った方がええぞ。」と言われて神社を紹介された。私は、そんな大事に巻き込まれたのかと思うと、亜賀佐との付き合いを考えるべきなのかもしれない。




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こちらは朗読用に書いたフリー台本です。
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