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人生における"仕事"の優先順位を確定させたい。

友達に弱音を吐かなくなった。


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僕は、仕事をする時いつもデュアルモニターでPCを使っている。
初めはただ、「かっこいい」と「周りがそう」という主に二つの理由だけでモニターを1つ追加注文した。でも今ではもう画面が2つないと不便で仕方がない。

机上の右斜め前に置いた大きめのモニター画面の下、定位置に置かれた僕のスマートフォンが突然なった。

『今日、新橋で飲まないか?』

僕は二つ返事でOKした。


定時間近に頼まれた面倒な仕事を残業で片付け、約束の時間を少し遅れて僕は新橋駅に降りた。

新橋駅は平日にも関わらず、相変わらずの混雑で、僕は少しだけ辟易しながらSL広場を横切る。狭い喫煙所に入る気には到底ならない。

SL広場を抜け、飲み屋が軒を連ねる通りにはいっていく。
すでに顔を赤くしたサラリーマンたちが、身振り手振り、街の音に負けないようにして声を張り上げている。
僕もいっつもあんな風に見えてるのかな、と思うとちょっぴり恥ずかしくなる。

目的の店にはすぐについた。
店の奥で大きく手を振っている二人を見つけて、僕は店員さんに友人たちが手を振る方を指差して「待ち合わせです」と目で伝えた。

彼らは大学時代の元サークル仲間。いまでもよく飲みに行くから、”元”なんて一文字が蛇足に思えるような、とってもありがたいお友達。

席について、レモンサワーを注文する。
混んでいるのに、すぐに運ばれてきたことが、その日はなんだかとても嬉しかった。厨房に手を合わせる、なんて大仰なことはしなかったけれど、そのくらい。


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「かんぱい!」

昔は乾杯するの恥ずかしかったな、と乾杯するたびにいつも思う。
今はそれなりに日々頑張っているってことなのかな。
毎回、ちょっと大人になった気がする。

「最近カラオケばっかりだったからちゃんと話すの久しぶりだな?」

酔いが回っていないのに、アイドリングトークも円滑だ。
東京に出てきて、大学でこいつらと出会ってからもう5年半も経つのか、なんていちいち思ってしまうのは僕の悪い癖だ。

翌日も仕事があるというのに、こいつらと飲むといつも飲みすぎてしまう。酒がすすみ、酔いに比例するように、話も日々の感情の中にどんどんと進んで行く。

「俺、最近仕事が楽しくてさ」

僕は言った。

1ヶ月前、ちょうど仕事が楽しい時期だった。ほんの短期のプロジェクトだったが、自分の力で推し進めて行くのが楽しかった。
「仕事」というものの依存性みたいなものを意識し始めたのもこの頃だけど、今回の趣旨とは違うので次にでも書こうと思う。

「そうなの!え、なんか嬉しいな。お前が楽しそうにしてるの、コロナ禍に入ってからあんま見なかったから。」

友人がニコニコしながらそう言うので、僕はとても嬉しかった。

「確かにコロナでこいつ変わったよな〜」「なんかちょっと暗くなったよなw」
こんなペースで好き勝手に言われ始めたので、うるせえ!なんて言いながらも、僕は誰かが自分のことを見てくれているということの嬉しさでさらに酒を飲んだ。

それから1ヶ月、僕は友達に弱音を吐かなくなった。

明るい自分を見て誰かが少しでも明るくなってくれるなら、弱音を漏らさず頑張るような、いわば「大人」になろうとしても、別にいいかなと思った。


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1ヶ月経って、少し涼しくなってきたので、僕は窓を開けて、音楽を聴きながらお酒を飲んでいた。

ローテーブルの右奥には、IQOSの吸い殻が入っている蓋つき灰皿が置いてある。その手前、右手がすぐ届く位置に置いてあったスマートフォンが鳴った。

『今から飲みに行かない?!』

21時を少し回っていた。

翌日の仕事はどうしても外せないもので、僕は散々迷った挙句に断った。
誘ってきたのは、もう半年近く会っていない、大学時代の親友だった。
多忙な上、休日もろくにとれない彼の誘いを断るのは本当に嫌だった。

パスタを茹で、お酒の締めのような形で軽く食事をとった。
風呂を沸かし、30分ほどゆっくりと浸かった。
床に就く準備を整えて、先週洗ったばかりの心地よい枕カバーに頭を預けて目を瞑って、僕はつぶやいてしまった。

なんのために働いてるんだろ。


僕は心底「大人」に向いていないらしい。


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結局、仲のいい同期に電話をして、深夜まで酒を飲みながら、我慢していた鬱憤や誘いを断った自己嫌悪みたいな疑う余地のないTHE弱音を聞いてもらい、、翌日は二日酔いで仕事をした。
もちろん、「どうしても外せない仕事」はあまりうまくいかなかった。

僕は今恋人がいないから、今大事にするべきものは家族と友達だと思っている。
大事にするべきものの一角を担う友達と会うことを放棄してまで仕事を選んだ自分が許せなかった。
そんな遅い時間に呼び出してくる友達は良くない、なんて正論は知らない。僕の友達を知らない人が何を言っても僕には響かない。

僕はただ、大事にすべきものを見誤っているような気がした。


社会人たるもの論で語れば、きっと僕の判断は正しかったのだろう。
でも僕は、そんな自分が全く好きになれなかった。むしろ嫌いだった。

ここで見えた僕の課題は、仕事への人生における優先度のつけ方が全く掴めていないことだと思う。

逆のことをしたらどうなるのだろうか。

次に同じようなことがあったら、僕は仕事をサボってやろうと思う。

それで自分を嫌いにならなかったら、僕は当面そのスタンスで仕事に取り組んでいくんだろうな。

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