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アスリートのマグネシウム摂取を考える

こんにちは。管理栄養士の月岡美由紀です。
最近、SNSの健康情報などでよく目にする「マグネシウム」。栄養士としては…そんなに注目度の高い栄養素だっけ?というのが正直な印象でしたが、アスリート向けのセミナー等でもマグネシウムのサプリメント摂取が勧められていたり、欧州サッカー連盟の栄養に関する声明(*1)にもマグネシウムについての記載がされたりと「気になる」栄養素になってきました。

日本人の食事摂取基準(*2)を見てみると、マグネシウムが不足し、低マグネシウム血症になると吐き気や嘔吐、脱力感や筋肉の痙攣などの症状が見られることが紹介されていますが、同時に

通常の生活において、マグネシウム欠乏と断定できるような欠乏症が見られることは稀であると考えられる。(p.285)

とも書かれています。また、サプリメント等による過剰摂取の影響としては、下痢が挙げられています(*2)。

運動やスポーツとの関連では、筋肉量やパワーの維持、炎症反応への効果が期待されているようですが、アスリートでのサプリメント摂取による効果は曖昧であるとされています(*3)。

今回の記事では、もう少し具体例を掘り下げつつ、
1.アスリートでマグネシウムは実際に不足しているのか?
2.競技パフォーマンスへの影響は確認されているのか?
3.実際、どう摂取するのがよいだろうか?
の3点について文献から探ってみたいと思います。


1.アスリートでマグネシウムは実際に不足しているのか?

何を持って「マグネシウムが不足している」と考えるかという疑問には、

・ 摂取量の目安に対して、その人の摂取量が足りていない
・ 体内のマグネシウム状態を示すバイオマーカーが、適切な範囲に達していない

という2つの視点が挙げられると思います。

それぞれの視点で考えてみましょう。

【摂取量の目安に対して、その人の摂取量が足りていない】
マグネシウムの「摂取量の目安」に関しては、日本人の食事摂取基準(*2)に「推定平均必要量」と「推奨量」が定められています。
ちなみに、聞き慣れない方のために用語の補足をすると、

・ 推定平均必要量: 摂取不足の回避のために定められた、集団の50%の人で必要を満たす量
・ 推奨量: 推定平均必要量を補助するものとして定められた、集団の97~98%の人で必要を満たす量

のことです(*2)。

参照される機会の多い男女別・年代別の推定平均必要量・推奨量の表では、基準値に各カテゴリーの参照体位を掛け合わせていますが、アスリートの場合は競技特性等によって体格の個人差もより大きいので、もとの基準値を見てみましょう。(もし、目の前にいる20代の女性アスリートが60 kgだったとしたら、18~29歳の女性の参照体重50.3 kgを使用した数値を使う必要はないわけです。)
日本人の食事摂取基準2020では、マグネシウムの摂取の目安は次のように定められています(*2)。

・推定平均必要量: 1日に体重1kg当たり4.5 mg
・推奨量: 推定平均必要量×1.2 つまり、1日に体重1kg当たり5.4 mg

日本での実際の摂取状況の参照として、令和元年の国民健康・栄養調査結果(*4)を見てみると、20代の摂取量中央値は男性209 mg 、女性186 mg (推定平均必要量はそれぞれ 280 mg、230 mg)、30代でも男性229 mg、女性193 mg(推定平均必要量はそれぞれ310 mg、240 mg)と、不足傾向が見て取れます。

日本のアスリートの例としては、大学ラグビー選手の食品摂取頻度調査によるデータがありました(*5)。
推定された1日の摂取量は、フォワード選手18名の平均で311 mg、バックス選手16名の平均で283 mg、アスリートではない対照群26名で209 mgとアスリートのほうが摂取量が多いものの、それぞれの群の平均体重で割ると、3.6 mg/kg、3.9 mg/kg、3.6 mg/kgといずれも推定平均必要量の4.5 mg/kgを下回っていました。
ただ、この数値ははどんな食品をどのくらいの頻度で食べているか?という質問票で自己回答するという簡便な調査からの推定なので、ごく大雑把な傾向という捉え方です。
これらのデータから、マグネシウム摂取量に関しては推定平均必要量に達していないアスリートは少なくないだろうと考えられます。


【体内のマグネシウム状態を示すバイオマーカーが、適切な範囲に達していない】
実際にどのマーカーのどんな数値がマグネシウム不足を判断する基準になるのか?アスリートでは一般と基準が違うのか?ということに関しては、はっきりとした結論は出ていないようです。

最初に紹介した欧州サッカー連盟の声明(*1)では、オリンピックアスリートを対象にした研究(*5)で、赤血球のマグネシウム濃度を用いた推定で22%のアスリートが欠乏状態だったと紹介されています。
この研究を見てみると、対象者は英国の陸上競技連盟に所属するオリンピック・パラリンピックアスリート192名で、8年間に渡って採取したサンプルのうち、いずれかの時点で赤血球のマグネシウム濃度が1.19 mmol/L未満だったのが42名(= 22%)であったと報告されています(*6)。
この研究では、アキレス腱や膝蓋腱損傷の既往があるアスリートと、既往がないアスリートでは赤血球のマグネシウム濃度に差があったことも報告されていて、既往があるアスリートの濃度範囲であった1.27-1.34 mmol/Lによるものなのか、

赤血球マグネシウム濃度が
・ 1.34 mmol/Lを超えれば最適
・ 1.30-1.34 mmol/ℓは最適以下
・ 1.25-1.30 mmol/Lは不足傾向
・ 1.30 mmol/L未満が欠乏

という、アスリートの赤血球マグネシウム濃度のガイドラインを提案しています(*6)。しかし、この数値の範囲の理由づけが十分ではないような印象を受けました。

また、この研究では血漿または血清マグネシウム濃度は運動や食事など様々な要因で変化しやすいため、全血または赤血球の濃度のほうが長期的なマグネシウム状態を示すよりよい指標であるとして、赤血球マグネシウム濃度を測定していますが(*6)、それが主流というわけでもなさそうです。
この研究文献中に参照されていた、ギリシャの130名のエリート陸上選手のデータでは、血漿マグネシウム濃度が用いられ、むしろ28名(= 22%)が正常範囲(1.5-2.5 mg/dL)よりも高く、低いケースは4名(= 3%)だったと報告しています(*7)。正常範囲より高かった人が見られた理由としては、選手たちのサプリメント利用によるものではないかと考察されています(*7)。

ちなみに、日本人の食事摂取基準に記載されている血清マグネシウム濃度は1.8-2.3 mg/dLで(*2)、こちらも範囲に多少のズレがありました。

まとめると、現時点でアスリートに最適なマグネシウム状態のチェック手法や、不足・欠乏しているか判断できる基準は統一されていないと考えられます。


2.競技パフォーマンスへの影響は確認されているのか?

運動やパフォーマンスに対するマグネシウムの効果としては、抗炎症作用や運動後の筋弛緩の促進、神経-筋活動や気分、骨の修復の強化などが期待されていますが、実際の効果はまだ十分に確認されていないようです(*8)。

17歳以上の健康な男女を対象に、マグネシウムサプリメントを摂取させて運動パフォーマンスへの影響を検証した、22本の研究(計663名)を分析したシステマティックレビューでも、一時的または4週間以内の短期的な介入ではカウンタームーブメントジャンプやベンチプレスの1RM(1回のみ挙上できる最大の重量)が向上したり、全身の炎症マーカーの上昇を抑えた研究がある一方、それ以上の期間になると効果が確認できなかったりと、結果はまちまちです(*3)。

ネット記事で、マグネシウムの摂取によりトライアスロン(スイム500 m、バイク20 km、ラン5km)のタイムが早まったようなデータが示されていたので、情報元を探してみました。
1998年に出版された、ある研究(*9)(情報元に記載が年号と筆頭著者のみだったので、おそらくこの研究だろうというもの)では、確かに4週間サプリメントを摂取した群のほうが平均で早くゴールしており、ランのパートではタイムに有意差も報告されています。ただし、この研究では23人の男性トライアスロン選手を、群間で年齢・身長・体重に差が出ないように2群に分けていますが、競技力の差は考慮していなかったようです(*9)。
サプリメント摂取前にパフォーマンステストがあったわけでもなく、1回の競技での群間の比較なので、「マグネシウムサプリメントの摂取によってタイムが良くなった」とは言えない研究だという印象です。

先に紹介したシステマティックレビューは、この研究から約20年後のものですが、マグネシウムサプリメントの摂取による持久系運動パフォーマンスの効果を支持するエビデンスはない、と結論付けています(*3)。

マグネシウムで運動時の足攣りを予防!といった文句も目にしますが、こちらもまだまだ仮説の段階で、足攣りの原因の解明とともに、本当にマグネシウムに効果があるのか、どのタイミングでどのくらい摂取すれば良いかなど、今後の研究が期待されます(*6)。


3.実際、どう摂取するのがよいだろうか?

アスリートではマグネシウムの摂取量が不足傾向にありそうだ、ということがそのまま「だから、サプリメントが必要だ」ということになるわけではありません。

マグネシウムは緑色の葉物野菜や果物、乳製品、種実類などに多く含まれています(*6)。マグネシウムが不足しがちな食生活は、こうした食品の摂取が不足していることを示しているかもしれません。

月並みなアドバイスではありますが、食事の時には主食、たんぱく質の多い食品に加えて、野菜を毎食100 g以上食べるように努力すること、またアスリートには「間食を上手に活用する」ことを特にオススメしていますが、その際に果物、乳製品、種実類を積極的に取り入れることといった工夫をしてみましょう。

昨年更新された、オーストラリアスポーツ医学研究所のアスリートのサプリメント使用に関する枠組み(*8)では、マグネシウム単独でのサプリメント使用は、それまでのB評価(科学的に支持されつつあり、研究やモニタリングが可能な状況ではアスリートへの使用を検討)から、C評価(科学的に支持されていない。アスリートのサプリメント使用を勧められない)へと下がっています。
その理由としては、食事からの摂取が十分にできればサプリメントの効果が期待できないことに加え、サプリメント使用による毒性のリスク(低血圧、脱力感、呼吸性疲労、無呼吸)にも言及されています(*8)。多すぎても少なすぎても似たような症状が出るというのは興味深いところです。

マグネシウムが多く含まれる食品を考えると、摂取が不足している場合には他の栄養素も摂取不足である可能性があります。よっぽど血液検査で異常値が出たような場合でなければ、なによりもまずマグネシウムを優先して栄養を考える必要はないはずです。食習慣全体を見直すことで、マグネシウムを含む足りない栄養素を摂取できるよう、計画を立ててみてください!


まとめ

以上、まとめます。

1.マグネシウムの摂取量は不足傾向があるようだが、体内で実際に欠乏状態かどうかの判断は難しい

2.マグネシウムの補給が競技パフォーマンスを向上させるというエビデンスは弱い

3.食習慣全体の見直しにより、マグネシウムの摂取の増加を目指すのがオススメ

マグネシウム…残念ながら、噂に流れてきたほどの劇的な効果は期待できないようですが、ケガの予防との関わりなど、今後の研究が楽しみな栄養素ですね!


*参考文献:

1. Collins J, Maughan RJ, Gleeson M, et al. UEFA expert group statement on nutrition in elite football. Current evidence to inform practical recommendations and guide future research. Br J Sports Med. 2020;0:1-27. doi:10.1136/bjsports-2019-101961

2. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2020年版). 「日本人の食事摂取基準」策定検討会報告書. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/syokuji_kijyun.html

3. Heffernan SM, Horner K, De Vito G, Conway GE. The role of mineral and trace element supplementation in exercise and athletic performance: a systematic review. Nutrients. 2019;11(3):696. doi:10.3390/nu11030696

4. 厚生労働省. 令和元年 国民健康・栄養調査報告. 第 1 部 栄養素等摂取状況調査の結果. https://www.mhlw.go.jp/content/000711006.pdf

5. Imamura H, Iide K, Yoshimura Y, Oshikata R, Miyahara K. Nutrient intake , serum lipids and iron status of colligiate rugby players. J Int Soc Sports Nutr. 2013;10:9. doi:10.1186/1550-2783-10-9

6. Pollock N, Chakraverty R, Taylor I, Killer SC. Magnesium Status in Elite Track & Field Athletes : An 8-year Analysis of the British Athletics World Class Performance team Magnesium Status in Elite Track & Field Athletes : An 8-year Analysis of the British Athletics World Class Performance team. J Am Coll Nutr. 2020;39(5):443-449. doi:10.1080/07315724.2019.1691953

7. Malliaropoulos N, Tsitas K, Porfiriadou A, et al. Blood phosphorus and magnesium levels in 130 elite track and field athletes. Asian J Sports Med. 2013;4(1):49-53. doi:10.5812/asjsm.34531

8. The AIS Sports Supplement Framework. Group C. Magnesium. https://www.ais.gov.au/nutrition/supplements/group_c#magnesium

9. Golf SW, Brender S, Grüttner J. On the significance of Magnesium in extreme physical stress. Cardiovasc Drugs Ther. 1998;12:197-202.


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