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アスリートに役立つ栄養情報源を考える

こんにちは。管理栄養士の月岡美由紀です。
スポーツ医療に関わる方であれば、栄養面の相談を受ける機会もあるのではないかと思います。

栄養士でなくても受講できるスポーツ栄養系の資格講座や、”最新の栄養療法”のオンラインコースなどを含め、次々に色々な学びの機会を目にする中で、「アスリートにアドバイスができるといいな」と栄養について勉強されている方や、どんな資格講座がいいのか悩んでいる方もいらっしゃるかもしれません。

「栄養」というのは、食文化にも影響される、食品の色や香りによる刺激から始まって、目には見えない多種多様な栄養素の混合体を食物として口にし、咀嚼や嚥下といった動きや、酵素やホルモンの働きなどによって、それぞれの栄養素が消化・吸収・輸送・利用・再利用され、不要なものや最終代謝物が体外に排出されるといった、非常にダイナミックで果てしなく複雑な動態です。

さらにアスリートへの栄養アドバイスとなると、トレーニングや競技時に栄養動態がどう変化するのか?それに応じて食物や栄養素の取り入れ方を変えるとパフォーマンスにはどんな影響が出るのか?というところまで考える、栄養の応用分野です。

いろいろな栄養情報や資格が氾濫しているのが現状ですが、2019年にSports Medicineに公開された、スポーツ栄養研究者であるClose氏らの「From Paper to Podium: Quantifying the Translational Potential of Performance Nutrition Research」というレビュー(*1)では、スポーツ栄養研究を実際にスポーツ現場での実践やアドバイスに落とし込む場合に考慮すべき、9つの項目が説明されています。

今回の記事では、その中から多職種のスポーツ医療関係者にも役立つ基本的な項目をご紹介します。アスリートへの栄養アドバイスの根拠となるような情報選択のヒントとして、
1.情報源が確認できるか?
2.ヒトで確認されている情報なのか?
3.少なくとも、害にならない情報か?
の3点を考えてみたいと思います。


1.情報源が確認できるか?

栄養セミナー、コラム記事、講座などいろいろな情報源がありますが、その講師や著者は、情報元を明らかにしているでしょうか?
「情報元を確認できる情報である」ことは大切です…これは栄養に限ったことではないですが、もちろん栄養情報もそれが当てはまるということです。

導入部分で紹介した9つの確認項目(1)には、

1.研究の属性
2.被験者特性
3.研究デザイン
4.食事と運動の調整
5.運動パフォーマンスの評価の妥当性と確実性
6.データ分析の仕方
7.実用性
8.リスク/効果分析
9.介入のタイミング

が挙げられています(下図参照)。これらも元の情報にアクセスできて初めて確認できるものです。

情報源が明記されていないものは、つまり情報発信者個人の見解や、文書化されていない経験談などであると考えられるので、これらがアドバイスの根拠にならないということは、医療関係者であればご納得いただける…かと思いますが、残念ながら書籍やセミナー、コラム等々、情報源が分からない栄養情報が溢れているのが現状であると感じます。

栄養に関しても、情報元が分からないアドバイスを鵜呑みにしたり、意識的・無意識的に拡散してしまったりしないよう注意したいですね!

情報元が確認出来たら、9つのチェックポイントの中から、基本的な事項として「1.研究の属性」と「8.リスク/効果分析」を考えてみましょう。

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2.ヒトで確認されている情報なのか?

まず最初に「研究の属性」に注目してみましょう。

ヒト、またはアスリートを対象に行った研究なのか、動物実験や試験管研究なのかは、スポーツ栄養研究であればタイトルで判断できる場合が多いです。スポーツ栄養研究者でInternational Journal of Sport Nutrition and Exercise Metabolismの編集者でもあるBetts氏らが2020年に発表した、スポーツ栄養研究の適切な報告のためのチェックリスト「PRESENT 2020」(*2)の中で、タイトルに関するチェックポイント(p. 3)の一つとして、

The title should identify the study population if characteristics are directly relevant to the study design (e.g., sex and/or training status). If using nonhuman models, the species should be stated.
意訳: 被験者特性が研究デザインと直接関連している場合、タイトルは研究被験者を同定できるものであるべきである(例: 性別やトレーニングレベル)。ヒト以外を対象にした研究であれば、その種を明記すべきである。)

と示しています。

ヒトの生体内での研究ではないことが通例である分野の場合は、タイトルで判断できないかもしれないので、「動物実験や試験管研究かもしれないな…」と考えつつ抄録を読んでみることになるでしょう。

細胞レベル、また分子レベルでのメカニズムを元にしたアドバイスは「科学的」であるかのように感じられるかもしれません。しかし、実際にヒト(アスリート)への栄養介入での運動パフォーマンスへの影響が評価されるまでにはほど遠い「仮説的」なものも多く、メカニズムだけではアスリートへの栄養アドバイスの根拠として十分とは言えない…というかかなり弱いものであると考えられます。

メインで紹介しているレビュー(*1)では、各項目の評価を点数化して実践への可能性を計るシステムを提案していますが、研究対象がヒトではない場合には、被験者特性や食事と運動の調整、運動パフォーマンスの評価の妥当性と確実性、実用性、リスク/効果分析、介入のタイミングといった他の多くの項目でも低評価になり、アスリートに当てはめる実用性は低いと判断されるでしょう。

ここで誤解しないで頂きたいのは、動物実験やメカニズム研究の意義を否定したいというわけではなく、あくまで実際にアスリートの栄養面に当てはめるという、スポーツ栄養の視点から考えた場合の判断だということです。
複雑な栄養動態をメカニズムだけで説明しようとすることには限界がありますし、スポーツ栄養学はまだまだ新しい学問です。アスリートのサプリメント使用に関する国際オリンピック委員会の声明の中(*3, p.107)には、

.. a mechanism is not necessary to demonstrate an effect that may be meaningful to an athlete.
(意訳: メカニズムというのは、アスリートにとって有意義な可能性のある効果を示すのに必ずしも必要なものではない)

と書かれています。

各栄養素が、部分的にどういった働きをするのかという「ミクロ」の部分ばかりに気を取られ、その栄養素の摂取量を変えることが、体の他の部分を含めたヒトの生体内の「マクロ」な視点ではどのような影響が起こるのか検討することをおろそかにしてしまうことは、栄養学的ではありません。
栄養士課程の学生時代にも、生理学の教授からは「ミクロをきちんと理解しつつ、マクロな視点で考える大切さ」をよく強調されていたな~と思い出します。

メカニズムがイメージできると、それがその通り体内で生じているような錯覚に陥ることはありますが、栄養学というのは目には見えない内科的な学問であり、ヒトの体内のメカニズムもまだまだ断片的に分かっているに過ぎないということを考えると、メカニズム研究や動物実験による運動生理学研究の結果を直接アスリートの栄養面に生かそうというのは、かなりの論理の飛躍があるということに気を付けたいところです。


3.少なくとも、害にならない情報か?

極端な低炭水化物・高脂質食や、特定の栄養素を「日本人の食事摂取基準」などに示される適正な量を無視してサプリメントで大量に摂取するよう勧めるような手法が「科学的根拠のある最新のスポーツ栄養学」であるかのように語られることも多いと感じますが、極端な情報であればあるほど、「少なくとも、害にはならないか?」を確認することは重要です。

例えば、クレアチンには運動時の脳震盪によるダメージを軽減する働きがあるかもしれないという可能性は、現時点では動物実験でしか確認されていません(*4)(いつ脳震盪が起こるかは予測できないので、アスリートでサプリメントの量や期間をコントロールした研究を実施するのは難しいということは予想できます)。動物実験の結果だけでは脳震盪による損傷軽減のためにクレアチンの摂取を勧める根拠にはなりませんが、クレアチン・サプリメントは正しく使用すれば副作用の心配がほとんどなく、しかも「アスリートを含むヒトでの運動パフォーマンス向上効果が確認されているサプリメントである」という前提があるため、付加的な効果として脳震盪への備えとして使用することができるかもしれません(*4)。

逆に、カフェインのように「 アスリートを含むヒトでの運動パフォーマンス向上効果が確認されているサプリメントである」ものの、「見過ごせない副作用もある」(*3)場合には、使用するかどうかの決定やアスリートに合ったプロトコールを見つけるため、より慎重な栄養教育と栄養計画が必要になるでしょう。

前述したように、動物実験の段階や、ヒトでの安全性が担保される量が確認されていない状態の情報のみをアスリートへのアドバイスの根拠にすることはありません。さらに、特にサプリメントを使用する場合などは、「ドーピングのリスク」というアスリート特有の問題も考慮しなくてはいけません。
故意かそうでないかに関わらず、アスリートの検体から禁止物質等が検出されれば定義上ドーピング違反になりますし、こちらはあまり知られていないかもしれませんが、スタッフが競技会時に禁止物質を所持していたり、アスリートに対して禁止物質を投与する/投与を企てることもドーピング違反です(*5)。

アスリートに対してサプリメントの摂取を含む栄養情報を提供する場合には、アンチ・ドーピングについての知識や注意喚起は必須です。自分が紹介しようとしている商品や成分がドーピング違反に当てはまるか分からない場合は、スポーツファーマシストに相談してみると良いかと思います。アスリートを守るためにも、自分や所属する組織を守るためにも必要なことですので、くれぐれもご注意いただきたいところです。


まとめ

以上、まとめます。

1.情報源が確認できなければ、栄養アドバイスの根拠として論外

2.メカニズム <<< ヒトで実際に栄養栄養介入を行って確認されている情報

3.健康被害やドーピングのリスク等を考慮し、少なくとも害にならないかという確認は必須

細胞レベルのメカニズムで栄養素について図解され、「なるほど!」と思われたとしても、それだけではアスリートへの栄養アドバイスの根拠にはなりません。ましてや、それがアスリートに害になる可能性があればなおさらです。

栄養学は、テキスト数冊や、資格講座と検定試験で気軽に「マスターできる」ものでもありません。

高脂質食やファスティング、特定の酵素や菌、遺伝子や腸内環境の検査、ミクロレベルのメカニズムに特化したような栄養学などなど、色々な栄養情報がスポーツ栄養と関連付けられて宣伝・発信されていますが…栄養情報を調べられる際や、アスリートに向けたアドバイスや情報発信、情報拡散の際にはぜひ「アスリートに役立つ栄養情報源として妥当なのか?」、ひと呼吸置いて考えてみられてください!


*参考文献:

1. Close GL, Kasper AM, Morton JP. From Paper to Podium: Quantifying the Translational Potential of Performance Nutrition Research. Sport Med. 2019;49(s1):25-37. doi:10.1007/s40279-018-1005-2

2. Betts JA, Gonzalez JT, Burke LM, et al. Present 2020: Text expanding on the checklist for proper reporting of evidence in sport and exercise nutrition trials. Int J Sport Nutr Exerc Metab. 2020;30(1):2-13. doi:10.1123/ijsnem.2019-0326

3. Maughan RJ, Burke LM, Dvorak J, et al. IOC consensus statement: Dietary supplements and the high-performance athlete. Br J Sports Med. 2018;52(7):439-455. doi:10.1136/bjsports-2018-099027

4. Rawson ES. The Safety and Efficacy of Creatine Monohydrate Supplementation : What We Have Learned From the Past 25 Years of Research. Sport Sci Exch. 2018;29(186):1-6.

5. 世界アンチ・ドーピング規程 2021(日本語翻訳). https://www.playtruejapan.org/entry_img/wada_code_2021_jp_20201218.pdf


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