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短編小説【幸福ファミリー】

ストック分2つ目。


■父の目線

私は俗に言うところの良い大学を出て良い会社に就職した。上場企業だと言えばなんとなくわかってもらえるだろうか。仕事は順調でありそして忙しかった。職場の雰囲気は良く、セクハラやパワハラはなかった。世間はどうだかわからないが、付き合いで飲みにいったりゴルフで接待したりなども数えるほどしかなかった。残業が当然の風潮はあるが、概ね順風満帆でやりがいのある仕事だと思っている。

私自身の特徴は平凡であり、平均的だと思う。30年ローンの住宅を建て、そこに妻と3人の娘と暮らしてきた。思春期ごろにあるという男親と娘たちとの確執も問題にする程ではなかった。妻はしっかり者であり、私の知らないところで何かと手を打ってくれていたのかもしれない。私自身がよい父親であったかというと、これもまた「そこそこ」であり普通であったと思うのだ。

私から見た3人の、大人になった娘たち。どの子もいい子に育ってくれたと思う。姉妹とはいえ、また私の血を引いているとはいえ、それぞれの子にそれぞれの性格があり、また全く違う人間になるものだなと思う。

私も妻もそれぞれの子を贔屓したことはない。少なくとも私たちはそういったことがないよう気を付ける夫婦だった。ただ、それぞれの子の性格を伸ばしてあげるだとか、得意なことを見つけて褒めるというようなことはあまりしなかった。

最近では親子でハグをする家庭があるらしいが、私たちが古いタイプなのか、そういうことをした記憶はほとんどない。良くも悪くも自分たちができることを精一杯やったと思うし平等に接してきたと思う。

妻との会話でちょくちょくと話題に上がることがある。もう15年も前のことだ。当時私たちは家族で1泊2日の旅行に出かけた。キャンプ道具を車に詰め込み、朝早くに家を出た。子供達は車の中で寝てしまい妻もうとうとしていた。コンビニに寄り眠気覚ましのコーヒーとガムを買った。私は運転が苦にならない方だ。高速に乗り、高速を降り、ナビの通り山道を進む。一般道に入ってややもすると子供達が目を覚ました。妻はもう少し前から起きていたが、もともと朝が弱いので静かに黙っていた。

道程があやしいと気がついたのは高速を降りて1時間半もした頃だった。それまでナビが山の一本道を案内していたのが、急に元に戻る方向を案内しはじめた。私も妻も意味が分からず、最初は「何だ?どういうことだ」「なんだろうね?」と話していた。だがUターンできるようなスペースもすぐには見つからなかったので、私たちは山道を戻ることができず進んだ。子供達は最初ゲームをしたりしなかったり、元気を持て余してちょっかいをかけ合ったりしていたが、私たちの会話を聞いてか、それとも山道に怖さを覚えたためか次第に不安の声を上げ始めた。

ねぇ、これで合ってるの?

何で戻らないの?

だってナビ戻れって言ってるよ?

ナビ壊れてるんじゃない?

なんだか怖いここ。

まだ着かないの?ここどこ?

あと何分で着くの?

道間違ってるんじゃないの?

疲れた。しんどい。酔ってきた。

お腹すいた。トイレ行きたい。

ナビ壊れてるんじゃない?

もう帰ろうよ。飽きてきた。つまんない。

ここどこ?ナビ合ってんの?

あと何分で着く?まだ?

山道暗くて怖い。

お腹すいた。トイレ行きたい。

ジュースほしい。

道間違ってない?

つまんないってば。

しばらくして私の頭の奥の方で何かが切れる音がした。

「うるさい!ごちゃごちゃ言うな!!文句言うんなら降りろ。歩いて帰れ!!」

私のイライラは最高潮に上り詰め、爆発してしまい、そして車内は静かになった。妻はといえば私の気持ちもわかるし、なんとかしようと考え、運転しているのが私だとわかってくれていたから子供達を庇うようなことは口にしなかった。また静かになった子供達の機嫌を取ることもなく、ジッっとこの状況の終末に向かうことを待った。

おそらく後から娘たちに上手くフォローしてくれたのだと思う。私も落ち着いてから言いすぎたかもしれないと思ったが、どうしても謝ったり事情を説明したりする気になれなかった。言わば疲れてしまったし、またそのことを持ち出すのは正直面倒だった。

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■長女の目線

平凡な家庭に育ったと思います。父も母も普通に愛情深い人だと思うし、友達の家のことを聞いているとうちは良い方だったんだろうなぁなんて思います。

ただ一度だけ、どうしても我慢ならないことがありました。あれは小学5年生ごろのことだったと思いますが、家族旅行で山道に迷ってしまったことがあるんです。そのとき父は珍しくイライラしていてついに怒鳴りつけました。私はそれを聞いて「何を言っているんだ。道に迷ったのは父の運転が原因じゃないか、普段何事もなければいい顔をして、問題が起こったら感情を爆発させるなんてとても大人のやることじゃない。心底軽蔑した。ひどい父親だ」と思いました。

もしかするとなかなか彼氏ができないのはあれが原因?だなんて思うことがあります。彼ができてもすぐ別れます。だって男の人って女性が家事をするのが当たり前だとか、気に入らないとすぐむくれたりするじゃないですか。それなら女友達とお茶している方が楽しいですし、将来別に男性の収入で生きていくような時代でもないんだから、私はとにかく仕事で実力を発揮してやっていこうと思ってます。

■次女の目線

うちですか?んーあんまり人に言うようなエピソードとかないですよぉ?普通というか平凡というか。パパもママも平均的なサラリーマンと主婦ですよ。

そんな家庭だったからかもしれないけど、印象強かったことはありました。いや、そうは言ってもそんなにスペシャルな話じゃないですよぉ?

小学2年か3年のとき、父親が運転中に怒鳴ったんですよね。何がきっかけか覚えてないけど、パパ怒る人じゃなかったから「パパって怒ることあるんだ?」と却って興味津々になっちゃいました。すごいすごい!パパ怒ってるよ~ウケるぅ・・・・え?いや、さすがに車内の空気が悪かったのでそんなことは言いませんよぉ。でも笑うの堪えて俯いてた気がします。不思議なんですけど、石みたいなパパだったから、え?石?あぁつまり笑わない代わりに面倒なことも言わないし、ほら子供って構ってほしいじゃないですか?でもそういうこともあんまりなくて、この人石みたいな人だなぁって結構小さい頃から思ってました。

はい。彼ですか?パパとは全然違うタイプです。いつも喋ってったオシャベリな人もいたしぃ、今付き合っている人はいっつもニコニコしてるんですよぉ。え?パパと真逆?そうかもですねー。元彼の喋りはおもしろくていいんだけど、ずっとだと疲れちゃうんで別れましたぁ。今彼はニコニコ以外になんかないの!?とかたまに思っちゃいますね。笑顔って意外と飽きますよねw?え?結局パパと真逆は合わないんじゃないかって?んーそうかもしれないけどやっぱ石は恋愛対象外ですよ~。

■三女の目線

うちのことですね。わかりました。普通に幸せな家だったかなと思うし、お父さんとお母さんの子に生まれて良かったと思ってます。私お姉ちゃんが2人いるんですけど、2人はそう思ってなさそうかも。

子供の頃家族で旅行に行ったときに、お父さんが山道で迷っちゃったんですよ。でも私お父さんならなんとかしてくれるだろうと思っていたから、ゲームをしたりお姉ちゃんと遊んだりしてたんですね。でもそのうち上のお姉ちゃんが怒った顔になって、下のお姉ちゃんは飽きた顔になって、後ろから助手席のお母さんを見たけど顔見えないじゃないですか。お母さんに話しかけたら「お父さん頑張っているから」としか言わないんですよね。その言い方が逆に怖くなって「ねぇお父さん道合ってるの?」って聞いたんです。そしたらお父さんすごく怒って、今まで見た中で一番怒ってて、私怖くなって泣きそうになりました。どうして余計なこと言っちゃったんだろう、って今でも思うことがあります。でもそこで泣いたらもっと何かがダメになる気がしたので我慢しましたよ。結構キツかったな。でも上のお姉ちゃんは反抗的なことを言い出して、なんでそれを言っちゃいけないのがわかんないんだろう?と思いました。下のお姉ちゃんを見ると、俯いて笑ってるんですよ。え、この人なんで笑ってんの?なんかヒドイって思いましたね。救いを求めて後ろから助手席のお母さんを見たら、我関せずの無言だし。私の居場所、ここにはない、なんて思いました。幸せって些細なきっかけで壊れそうになるんだなとも思いました。いや、それは後で考えたことかな。そのときは早く目的地に着いてほしい、この時間が終わってほしいと思ってました。

この経験が関係しているとは思わないけど、私の彼、お父さんみたいな人なんです。普段は優しくて、話しかけると手を止めて話を聞いてくれる。やりたいことに反対されたことがなくて、彼氏もそういう優しい人です。彼も人間だから怒ることや怒鳴ることもあるかもしれません。今はまだないですけどね。でも、そうなったらなったでよく話を聞いて、自分のこととして受け止めてよく話そうと思っています。普段よく見ていれば、そうそう怒らせるようなことにはならないと思うんです。私いいお母さんになれそうかも?思ってますよ。自分では。

■母の目線

夫は私たち夫婦が子供たちを平等に育てたと思っているようです。ある意味それは間違いではないけども、私はそのようには思っていません。平等である、確かにそうかもしれない。ただ、そうしようとしたのではありません。結果、そうなったのだということなのです。

もともと私は子供が好きではありませんでした。正直産んで育てるなんていう気の長いことを自分ができると思っていませんでした。子供が大きくなるなんてあっという間よ、と友達や親戚は言いましたが、結局のところ私がそう思えたことは一度もありませんでした。

夫は家のことにも目を向けてくれるいい人ですが、とはいえ普通の会社に勤め、普通に残業があり、長女を産んですぐの私は育児ノイローゼになりました。そのことを言っても夫にはどうしようもなかった。仕事がありましたから。むしろ休日にはとても良くしてくれたと思います。ただ、もうその頃の私は早々にギブアップしたのです。子育てを。なるべく手間をかけず、なるべく嫌な思いをせず、なるべく関わらずやること。三女が成人するまでの私のテーマと時間はつまりそれ一色でした。

だからとても平等に接したとは言えません。私がやってきたことは極力関わらない、最小限に工夫したということです。酷い母親ですか?そうなのでしょう。自分でもそう思ってきましたし、そう思わされる機会は数えきれないほどありました。でも、今になって思い返してみても、私にはそれしかできなかったと思いますし、今さらそれをどうこう考えるつもりもありません。

あまり記憶に残っていないのですが、夫も娘たちもドライブをした時のことをよく覚えているようです。確か夫が怒鳴った。大きな声を出す人ではなかったので、そのことは私も覚えています。ですがそれだけです。別に私に向かって怒鳴り声を上げたわけでもありませんでしたし、なんとなくその場は収まったんじゃないでしょうか。それ以降夫が怒りっぽくなったなんていうこともありませんでしたので、どうして私以外の家族がみんなそのことを気にしている・・・・個々別々にたまに話を聞いたりするんですが・・・・のかよくわかりません。

■三女の娘(中学生)の目線(数十年後)

お母さんにはお姉さんが2人います。

えーっと上の叔母さんは快活な人でさっぱりしていて私は好きです。ただちょっといい加減なところもあるかな。

下の叔母さんは女としてとても魅力がある人のように思います。上品さが素敵で、もし私が男の人だったら惚れちゃうかもしれませんね。

お母さんは人目を気にして思ったことを言わないくせに、たまにヒステリーを起こすところがちょっとなぁ。いいところですか?そうですねぇ・・・まぁ逆にみんなのことをよく見ているというか、気配りはできるのかもしれませんね。

え?あ、はい。おばあちゃんが認知症になりました。

上の叔母さんはお金を工面するから任せて、という感じだそうです。

下の叔母さんは専業主婦だからかもしれないけど、おばあちゃんと接する時間を一番取っています。なんとなく流されてやっているという気はしますけどね。

母はおばあちゃんと同居することを考えているようです。母も働いていることもあるし、お父さんは渋っているみたいです・・・。

それよりも、私ちょっとヒドいなって思うことがあるんです。母も叔母さん2人も、おじいちゃんのことは何も話さないんですよ。母は同居したいと言っているから、おじいちゃんも・・・と思うんだけど、私、母からも叔母さんからもおじいちゃんのことをどう考えているのか聞いたことがありません。もしかしておじいちゃんだけ一人で暮らすのかな?

私、結構おじいちゃん子で、優しいし、小さい頃は面倒がらずに遊んでくれたり勉強を教えてくれたりしたんです。器用な人ではないけど、温かいなと思っています。

たぶんだけど、母も叔母さんたちもそうされて育ったんじゃないかな?チラッとそんな話を聞いたことあります。

逆におばあちゃんはなんていうか、私がまだ小さい頃から「ちょっと信用ならない?」みたいな空気を感じていて、薄情というか、人間味が薄いように感じることがたまにありました。とりわけ嫌ではないけど、そういう意味ではおばあちゃんって何が楽しいんだろう?って今でも思います。

母も叔母もみんななんでおばあちゃんのことばかりで、おじいちゃんのことを蔑ろ・・・とまでは言わないけど、なんだかなぁ、上手く表現できない。でも、なんだかなぁ、ですよ。おじいちゃんちょっとかわいそうだなって思います。

それとも私が知らないだけなのか、お母さんや叔母さんたちは、おじいちゃんの仕事が忙しくて、私がされたように遊んでくれたり勉強見てくれたりしなかったんですかね?そんなことがあったから孫の私には優しくしてくれる・・・とか?

逆におばあちゃんは自分の子供たちと平等に接していたりしたんでしょうか?その長年の関係から来る好き嫌い?みたいなものなのかな。

憶測でよくわからないですが、私が知っているおじいちゃんとおばあちゃんの印象からは、なんでこんな風になっているか上手く想像できないんですよね。

おじいちゃんは避けられ気味で、おばあちゃんは認知症。でも娘が面倒を見ようとしてくれる。お母さんはなんとなく面倒を見ないとよそ様や姉妹に嫌な感じに思われることを気にしているようで、でもお父さんの意見は聞かない。上のおばさんは・・・これは私の見方が悪いのかもしれないけど、お金さえ払えばいいと思ってるように見えちゃう。独身だから時間はたくさんあると思うんだけどな。下のおばさんは微笑みながらおばあちゃんを避けているというか、なんだか筋書きを外から眺めて・・・楽しんでる?感じがちょっと嫌な雰囲気なんだよね。

・・・・大人とか家族の幸せってこういうものなんですか?


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