色をなくしたぼくら【1】
私の心は、長い間無色のままだ。
何か大きな出来事があったわけでもないけど、
私は自分でも自分が分からなくなることがよくある。
今日もまた、私は色を追い求めている。
色を求めてまた、今日もにぎやかな場に自ら向かう。
■■■
何となく開いた手帳には、隙間がないほどに予定が書きこまれている。
私はこの予定たちを、終わったものから順に横線で消していくのが好きだ。
横線の色は様々。赤の時もあれば青の時もある、それに緑の時も。
見る人によっては、小学生の手帳みたいだと思う人もいるかもしれない。
それほど手帳の中身はカラフルだ。
「叶歩って、本当に派手なのが好きだよねぇ!
暗い気持ちになったり、落ち込んだりすることってあるのー?」
笑いながら話しかけてくる同期社員の声に、いつも通りの笑顔で答える。
「私も一人の人間なんだけどー!失礼だなぁ」
この会社に入社して早7年目になる。
気付けばもう、若手とは言えない立場になっていた。
いくつか大きなプロジェクトに携わり、自分にそれなりの自信もついている。
それでも私の心は、何色にも染まらないままだ。
それを良いことだと思うことも出来るけど、
私にとっては、多分良いことではない。変えるべきなんだろう。
でも、どんなにあがいても変われていない。
そしてそのまま、私は年齢だけを重ねていた。
「あら、叶歩ちゃん!いらっしゃい!」
よくランチで足を運ぶ定食屋へ、今日は仕事帰りに寄ってみた。
いつも通りの聞きなれたお店のおばちゃんの声が、今日も心地いい。
「こんばんわ。夜はメニューって変わりますか?」
「ほとんど変わらないわよー!いつものやつにする?」
「はい。じゃあいつも通り、生姜焼き定食で。」
「はいはーい!」
ここに来ると、私は自分の心に色がないことを責めないでいられる。
理由は分からないけれど、なぜだか気を張らずにいられるのだ。
料理を待っている間は、いつも通りパソコンを開いて、
たくさんの色鮮やかな写真を何枚も見続けた。
自分の真っ白な心に色がついてくれないかと願いながら。
「お待たせー!」
おばちゃんが持ってきた生姜焼きを見て、私の息は急に止まった。
「あれ、この添え花は…」
「あ、そうそう!夜は、昼間と違う子が調理するのよ!
その子はどんな料理でも、いつもお花を添えたがるの。
生姜焼きとか肉じゃがとかに花なんてって私も思うんだけどね。」
おばちゃんは、いつも通りの調子でそう説明してくれた。
いつもの生姜焼き。でも、私の心は、なぜか一気に温かくなった。
その添えられた花を見ながら、私は生姜焼きを口に運ぶ。
味はいつもの味。その日何か、つらいことがあったわけでもない。
それなのに私の目からは、一滴また一滴と涙が流れ落ちた。
「おいしい…」
思わず出た声が震えていることに、自分でも驚いた。
添えられた花と同じオレンジ色に、私の心は一気に染まった。
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