クチナシの花
5月のはじめにくちなしの鉢植えが届いた。緑色の蕾をいくつもつけていた。差出人は息子で、鉢は早速、家の中で一番日当たりのよい窓辺の主役となった。
今年の母の日も、買い物に行くと花屋の前に、カーネーションを手にした小さな子どもたちや、若い男性が行列していた。夜にはどこの家庭でもセレモニーがあって、贈られた『お母さん』は顔をほころばせて花を受け取り、その笑顔を見て贈った側もまた顔をほころばせたのだろう。
去年はわたしも花屋の列に並んだ。そして数日後、贈った花が母の部屋で寂しくしおれていたのである。あのときわたしは、(せっかく贈ったのに・・・)という虚しさを覚え失望したのだが、母の物忘れが進んでいることを考えれば、娘から花をもらったことを、一晩寝て忘れてしまってもおかしくない。
(親には、娘から贈られたものを大事してほしい)と思ったのは、まだ『母親』であることを期待していたからである。
実家で再び一緒に生活すると、家を離れていた間に、母は、数多くの習い事に参加し、多くの友人を作り、旅行や発表会、食事会を楽しんできた様子で、それはわたしが知らなかった一面であった。このことは彼女の全体を浮かび上がらせてくれた・・・親に対して『娘』であり、夫に対して『妻』であり、こどもに対して『母親』、そして自分自身。
わたしは何十年も前にすっかり親離れし、自立したと思い込んでいたが、今だに『母親』でいてほしいと思うのは、親子として過ごした経験の蓄積故だろう。母の記憶からはその経験が次第に薄れつつある。もう、母親という役どころから引退しても早くはない。
わたしの娘からは、母の日になんの連絡もなかった。一ヶ月ほど前にわたしが言った一言が気に入らず、へそを曲げているに違いない。娘はまだ、わたしに『母親』でいてほしいようである。そう考えれば、感情の行き違いも張り合いにさえなる。娘は、わたしが『母親』という役を演じてることを、まだまだ必要としている。
息子にクチナシの花の礼を言うと、
「あれは悠沙(息子の妻)が手配してくれたものだよ。」
という返答だった。彼女は今、良き妻、良き母、良き嫁という役目を努めようとしている。ひたむきさが伝わり、微笑ましい。息を吸うと、新鮮で、純粋な彼女の思いそのもののように、窓辺のくちなしの芳香が、胸いっぱいに広がった。
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