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ナチスを正しく学びたい

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 私がなぜナチスに興味を持ったかと言えば、別にナチスの軍服の格好良さや二度と再現できないであろう人種政策に惚れたわけでもなく、ヒトラーを否定する善人を気取りたかったからでもなく、大戦時のドイツの兵器に魅せられたわけでもなく、数多ある総統閣下シリーズや『帰ってきたヒトラー』で笑わせてもらったからでもない。

 ぶっちゃけて言うと、一部の政治活動家や自称文化人が政治を批評する際に、相手を悪人に仕立てる万能の比喩として「ヒトラー」「ナチス」を持ち出す態度が気にいらなかったから。
 アドルフ・ヒトラーや国家社会主義ドイツ労働者党(Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei, 略してNSDAP、要はナチス)が社会の表舞台で肯定的に扱われることはまずないし(忌避されるほどの絶対悪ではなくなりつつあるが)、第二次世界大戦の引き金を引いたことを考えれば今後もないだろう。だからといって、その名前を引き合いに出しさえすれば自分の批判は正しいというのは、(歴史に対する無神経さを差し引いても)あまりに安直ではないでしょうか?

 というわけで、同時代を扱った書籍の和訳を以前からぽつりぽつりと読んでいた(後述)。
 小野寺拓也先生の訳したウルリヒ・ヘルベルト『第三帝国 ある独裁の歴史』の巻末に、ちょうど理解を深めるための書籍が紹介されていた。これで入門レベルらしい。ここも通らずにナチスを語ると(む?こんな時間に誰だろう?……

研究者が推すナチス本(一般向け)

(以下、翻訳者と出版社は略)
①芝健介『ホロコースト ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌』
②石田勇次『ヒトラーとナチ・ドイツ』
③リチャード・ベッセル『ナチスの戦争1918-1949 民族と人種の戦い』済
④マイケル・バーリー、ヴォルフガング・ヴィッパーマン『人種主義国家ドイツ1933-45』
⑤リチャード・J・エヴァンズ『第三帝国の到来』
⑥イアン・カーショー『ヒトラー:1889-1936 傲慢』『ヒトラー:1936-1945 天罰』
⑦デートレフ・ポイカート『ナチス・ドイツ ある近代の社会史』
⑧山本秀行『ナチズムの記憶 日常生活から見た第三帝国』
⑨ロバート・ジェラテリー『ヒトラーを支持したドイツ国民』
⑩ロジャー・ムーアハウス『戦時下のベルリン 空襲と窮乏の生活1939-45』

≪追記≫コメントでこれも良いとお勧め頂いた本です。
⑪森瀬繚『図解第三帝国』
⑫ロバート・ジェラテリー『ヒトラーを支持したドイツ国民』
⑬クリストファー・R・ブラウニング『増補 普通の人びと』
⑭ヴォルフガング・ベンツ(斉藤寿雄訳)『第三帝国の歴史―画像でたどるナチスの全貌』
⑮マシュー・セリグマンほか(松尾恭子訳)『写真で見るヒトラー政権下の人びとと日常』
⑭⑮は上述の小野寺先生よりコメントを頂きました。恐縮です!

既に読んだナチス関係の本(備忘録)

①リチャード・ベッセル『ナチスの戦争1918-1949 民族と人種の戦い』
 上の一覧の中にもある。発売直後に読んでいろいろ感心。相手を批判するために「ナチス」「ヒトラー」を持ち出す人の足元を見るにはこれで十分。ナチスはどのような世界観を抱いていたのか、具体的にどう政策に落とし込んだかの話が中心。当時のドイツの政党、ナチスでなくてもヤバい。ヤバい政党の中で台頭したのがたまたまナチスだったのか?

②クリストファー・R・ブラウニング『増補 普通の人びと』
 何の特徴もないドイツ軍後方部隊が、ユダヤ人狩りの実行部隊に変貌していった記録。兵員の経歴から、一人一人の証言する良心の呵責や記憶の曖昧さ、振り切れてしまった後の人を殺すルーチンワーク感が生々しい。写真が大量に掲載されているのが特徴。なるほど人を狩り集めて鉄道で運んだのは「普通の人びと」だったのだなと思わせる。

③ウルリヒ・ヘルベルト『第三帝国 ある独裁の歴史』
 ザ・解説本。「ナチスの経済政策ってどうだったの?」「ユダヤ人に対して具体的に何をしたの?」「どうやって戦争を始めて負けたの?」等々。歴史教科書の簡潔すぎる記述と、世の中のなんとなくのイメージではよく分からない、しかし頻出するであろう問いに広く浅く答えてくれる。理解を深める出発点としてはすごく良さそう。個人的にはもっと数字、表、写真など詳細なデータを見てみたかったが……。

④『帰ってきたヒトラー』(映画)
 ドナルド・トランプもそうだったが「表立っては言えない本音を言わせてくれる人、代弁してくれる人」は、特にストレスの溜まる時代(タテマエの強い時代)には根強い支持を得るものだ。当時のドイツ人はなぜヒトラーに国家を託したのか、の回答の一つかもしれない。ロケ地の市民が意外と好意的なことには驚いた。

 他にもあると思っていたが、ナチスに特化した本はこれだけ。後は戦争一般や国際政治学の本、第一次大戦までのドイツ軍事史、太平洋戦争の戦史関係ばかりだった。ウカツ!

余談

 どうしてナチスを肯定的に評価する主張は絶えないのか?(ナチスの非道を知っていれば)どうしてそんなことができるのか?と不思議に思う研究者のツイートを先日見かけた。マニアックな偽書の類はさておき、次のような理由ではないかと私は思っている。

1.時間の経過
第二次大戦の終わりから既に75年が経過しており、同大戦やナチス・ドイツに初めて触れるのは、史実を参考にした映画など各種エンターテインメントであっても不思議ではない。原爆投下の教育方法さえ、過度に残酷なものは考え直されている。国家が総動員体制を敷き、数百万の人が戦場で死ぬ世界はすっかり歴史上のものとなった。

2.多様性教育とナチス絶対悪玉論の相性
21世紀の教育を受けている学生は、自分と他人の考え方が違っていて当然だし、世の中の良いこと、悪いことが単純に割り切れないことを国語や社会科の教育を通して学んでいる。だからこそ、「ナチスは絶対悪」と言われれば「本当にそうなの?でも……」とごく自然に、悪気なく反論する。「悪と言ったら悪なのだ」では通らないのだ。そして学校現場の教材は、ナチスの悪行を説明するには綺麗すぎる。

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