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Art|ゴヤ《ウェリントン公爵》 黒の奥行き

本来でしたら、本日3月3日がロンドン・ナショナル・ギャラリー展が開幕するはずでしたが、新型コロナウィルス感染症の感染予防・拡散防止のため、開幕が延期されることになりました。

発表によると、会場である国立西洋美術館の臨時閉館にともなう延期で、延期による新しい開幕日は未定とのこと。事態が収束し、安全に安心して鑑賞できるようになることを、いまは祈るほかありません。

上のお知らせによるとロンドン・ナショナル・ギャラリー展に導入された新しいチケット制「ファストパス」の臨時閉館日分については払い戻しがあるとのことで、お手持ちの方がいましたら、確認をしてみてください。

引き続き、ロンドン・ナショナル・ギャラリー展を楽しみにするためにも、火曜のArtでは、引き続き、出品作品のなかから1枚を選んで紹介していこうと思います。

スペインを解放したイギリスの軍人の肖像画

今回紹介するのは、18~19世紀のスペインの宮廷画家フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)の作品、《ウェリントン公爵》です。

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フランシスコ・デ・ゴヤ 《ウェリントン公爵
1812-14年 ロンドン・ナショナル・ギャラリー

82年の生涯で2000枚もの作品を残したといわれているゴヤは、30代までは、壁画やタピスリー(綴れ織り)の原画などで実績を積み、43歳で宮廷画家に任命され、その10年後の見事に主席宮廷画家に登り詰めます。

18世紀末のヨーロッパは、1789~1799年のフランス革命から、皇帝ナポレオン・ボナパルトによる対ヨーロッパ戦争「ナポレオン戦争」(1803–1815)の渦中にありました。

スペインはナポレオン率いるフランスと同盟を組んでいました。しかし、国内で、国王カルロス4世とその子フェルナンド7世が対立。そこにナポレオンが介入し、両者を幽閉し、実兄のジョゼフを王位に就けたことで、首都マドリードの民衆は武装発起します。1808年5月2日にマドリードで対フランスへの反乱が起こると、それがスペイン全土に拡大します。

この反乱に対し、スペイン側に支援したのがイギリスでした。この絵に描かれている初代ウェリントン公爵は、このとき派遣された部隊を率いた軍人です。

ウェリントンはイギリスの爵位の名称のひとつ。ですので、この人物には、アーサー・ウェルズリー(1769-1852)という名があります。

アーサー・ウェルズリーは、1814年に対フランスの「半島戦争」でスペインを勝利に導くと、さらに、長く続いたナポレオン戦争の最後の戦いとされるベルギーで起こった1815年の「ワーテルローの戦い」に勝利し、ナポレオンを打ち破ります。

本作は、そうしたスペインの対フランス「半島戦争」の渦中、1812年8月、フランス軍から解放されたマドリードに入ったアーサー・ウェルズリーを、宮廷画家であるゴヤがさっそく描いています。アーサー・ウェルズリーはこの時43歳です。

描き換えられた首から下げる勲章

ゴヤはアーサー・ウェルズリーを前に一度に肖像を描きますが、その後、1814年まで、数か所を書き換えて、ようやく完成させています。

たとえば、首から下げている「戦功金十字勲章」は、当初は、イベリア半島勲章だったものを、アーサー・ウェルズリーがウェリントン公爵になった年に描き換えられています。

左胸の3つの大きな勲章は、一番上から時計回りに、イギリスの騎士団勲章のひとつ「バス」、スペインの「サン・フェルナンド」、ポルトガルの「要塞と剣」が飾られています。

左上から差すライトに照らされ重く輝く勲章のほか、首元の白のレースや、こめかみにわずかに出てきた白髪など、60代後半になったゴヤの観察眼とそれを表現する技がカンヴァスの上に残されています。そして、口元からほんのわずかにのぞく前歯。今にもウェリントン公が言葉を発しそうです。

スペインを解放した軍人に対し、スペイン王室として最大の敬意を称した肖像画をゴヤが担当し、まさに迫真とよべる肖像画を完成させたのです。

ゴヤが塗りこめた背景の黒は、闇なのか影なのか

戦勝国にはなったものの、イギリスと新しい関係が始まり、スペインはいったいどうなっていくのか、そんな不穏が国中にありました。それを象徴するかのように、背景を黒い闇で塗りつぶしウェリントン公爵の顔が浮かび上がらせたゴヤ。

実際の歴史では、ナポレオンとの戦争後にスペイン王に復位したフェルナンド7世が、自由主義者を弾圧し、恐怖政治を断行。国情は再び暗転することになります。

ゴヤは、こうした祖国スペインをどのように見ていたのでしょうか。

自由主義者とみなされていたゴヤは、1824年、78歳でフランスのボルドーへ亡命。その4年後に、ボルドーで客死します。享年は82。最後まで絵筆を置くことはなく、亡命先でも描き続けたといいます。 《ウェリントン公爵》の完成から14年後のことです。

展覧会実際に見ることが叶えば、 《ウェリントン公爵》の背景の黒に注目したいと思っています。

この黒の背景は、闇なのか、希望の光を映す影なのか。その黒はどんな奥行きを見せるのか。

印刷物やインターネットの画像ではわからない、実際に反射する画面を見いながら、黒の背景に注目して見てみてはいかがでしょうか。

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12月から編集を担当し、展覧会当日の3/3に発売される「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展 完全ガイドブック (AERAムック)」も、Amazonで予約開始になってます! お出かけ前の予習にぜひ!


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