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Rock|ジェフ・ベック《エモーション・アンド・コモーション》

日曜の新テーマRockの第3回目です。

既存の価値観を破壊するRockという表現方法がもつ本来の役割を、今一度理解することで、文化はどう作られていくのかを考えていきたいと思っています。

三大ギタリストの一人、ジェフ・ベック

今回紹介するのは、エリック・クラプトン(1945年生)、ジミー・ペイジ(1944年生)とともに「三大ギタリスト」の一人と言われるジェフ・ベック(1944年生)です。

だれが三大ギタリスト(日本独自の言い方らしいです)って決めたんだよ、って突っ込みをいれたくなる方もいると思いますが、世界的な名プレイヤーであることは事実であるし、一応、納得できるストーリーがこの3人にはあります。

それは、「ヤードバーズ」という1960年代のイギリスのバントの歴代ギタリストだったということです。このバンドでまず注目されたのは、初代ギタリストだったクラプトンでした(在籍:1963-65年)。

ヤードバースは、クラプトンの海を越えたアメリカの黒人音楽ブルースにどっぷりつかったスタイルを中心にした演奏で、ライヴシーンで人気になります。しかし、レコードセールスでは苦戦し、ポップミュージック路線に変更します。これにブルース志向が強かったクラプトンが反発し、脱退したといいます。

2代目ギタリストになったのが、後に3代目のギタリストになるジミー・ペイジ(在籍:1966年)の紹介で加入したジェフ・ベック(在籍:1965-66年)です。

ジェフは、クラプトンと同様にブルースの洗礼を受けたギタリストですが、古典的な奏法を求めたクラプトンに対して、ジェフは弦を擦って音を出す「ピックスクラッチ」や、エレキギターの音色を変えるエフェクターの多用など、ギター奏法に関しては柔軟な姿勢を持っていました。

その外側に向かうジェフの感性がヤードバーズの新しい方向性に合い、バンドはヒット作に恵まれます。

ジェフはヤードバーズ脱退後、ソロギタリストとして活躍しし続けています。今回紹介する《エモーション・アンド・コモーション》は、2010年に発表された、当時は7年ぶりになるスタジオアルバムです。

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フィンガリングではなくピッキングにあるジェフの独自性

1曲目の「コーパス・クライステイ・キャロル」は、アメリカのシンガーソングライターのジェフ・バックリィが、作者不明の賛美歌を編曲したものです。1994年のバックリィのデビュー作《グレース》に収められています。

ジェフ・ベック(同じ名前のジェフなので、これ以降は氏名で表記)は、「ジェフ・バックリィのアルバムを聞いた時、そのシンプルさと美しさに驚かされた」といいます。その曲を、ジェフ・ベックは、丁寧なギターで表現しています。

ここでは、メロディー(音階)ではなく、1音1音、音の立ち上がり、音質に注意して聞いてもらいたいです。

こもったように声を出す人、声質が高い人、酒やけでもしたのか少し枯れた声の人、自信なさげに入りの声が小さい人、抑揚をつけづに声を出す人、そうした多種多様な声の個性をもった人が、代わる代わるこの讃美歌を歌っているように聞こえませんか?

ジェフ・ベックは、一音一音、指と弦の当て方、はじき方、擦り方を変えて、時には、トレモロアームを使って弦のチューニングを変える奏法や、ボリュームコントロールをしながら弾き分けています。

ジェフ・ベックの奏法を動画で見てみましょう。

この曲はビートルズの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」のカバーです。ギターは、右利きの場合、左指でフレットをおさえて音を出します。ですので、速く弾いたり、魅力的なメロディーを奏でるギタリストであれば、フレットを華麗に移っていく指先に注目が集まるところなのです。しかし、ジェフ・ベックの場合は、右の指先、弦を弾く方がひんぱんに映sじ出されます。

左指のフィンガリングではなく、ピッキングに注目されるギタリストは、世界にジェフ・ベックしかいません(と僕は思う)。

41歳でニュースタイルに挑む

このフィンガーピッキング(指弾き)奏法は、1985年の《フラッシュ》からとされています。

それまでは、ピック(爪の意)をつまむように持って弦を弾く奏法をしていました。指弾きは、ジャズやブルースのギタリストも多用する奏法で、それ自体は珍しいものではありません。しかし、ピック奏法で表現者としてトップまで登りつめた人が、指弾きに変えたということを、聞いたことがありません。

ジェフ・ベックはこの時、41歳。世界のトップギタリストが、それまでの奏法を根本的に見直す行為に向かったのは、ギターによる表現の可能性をどう広げていくかという、彼なりの未来への回答だったのではないでしょうか。

それは、新しい道具や素材、テーマといった外的な要因を取り入れることで変化を求める、たとえば、ビートルズがインド哲学に寄っていったり、ロックと他のジャンルを融合させたミクチャ―音楽という拡張の方法ではなく、己の身体の使い方を変えるという行為で、ギター表現を拡張しようとしたところにジェフ・ベックの特異性があります。

この拡張方法は、例えば、包丁を使わずに指先だけで料理をしたり、絵筆を持たずに絵を描くようにしたり、PCを使わずに原稿を書いたりするような行為と説明すればいいいのでしょうか。

その表現を自分が持ち合わせていないのが、とても残念なのですが、とにかく身体の動きを変えることで見えてくる新しい表現方法を、ジェフ・ベックは41歳の時に始めました。

それから25年経って、再びフィンガーピッキング奏法で到達したひとつの表現方法の回答が《エモーション・アンド・コモーション》(感動と興奮)というアルバムなのです。

音階ではなく音質のデザインに向かったギタリスト

エモーション・アンド・コモーション》の中で、もう1曲、ジェフ・ベックのフィンガーピッキング奏法の名演を挙げるとすれば、8曲目の「誰も寝てはならぬ」(原題:Nessun Dorma)です。

ジャコモ・プッチーニ作曲の歌劇『トゥーランドット』のアリア(独唱曲)としても知られているので、曲自体をご存じの方もいるかもしれません。

01:47あたりに、何度も繰り返されたメインの旋律が最後に現れるのですが、このときのフィンガーピッキングらしい抑制された音質は、このあとのドラマテックな展開への伏線になっているようです。

音の入りから、音質の作り方、音の消え方、再び現れるタイミングをどのように身体とともに表現していくか。

音階ではなく、音質のデザインに向かった唯一無二のギタリスト。

誰よりも高いところに向かうのではなく、誰もしていない、誰も価値を見出していない領域に挑み、そこで至高の技術を磨く方法を選んだジェフ・ベックを、職人と呼ぶむきもありますが、この精神性こそ芸術家と呼ぶにふさわしいのではないでしょうか。

それとともに、41歳のジェフ・ベックのように、これまでのキャリアを捨てて、一からやり直していく決断が自分にできるのか。自分に問いかけるものでもあります。




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